離れ小島と湖の主 前編
酒場の邂逅の後のお話
Light and Dark~光と闇の物語~
「離れ小島と湖の主」
1 九死に一勝?!
世界暦1623年、秋。
ここは、広い土地と豊かな土壌をもち、他国との貿易が盛んな豊かな国を持つ、大地の島。
…の、西の海。
海洋魔物の巣も多く点在する決して安全とは言えない海の上を、今にも沈みそうな…古い、小さな舟が航行していた。
「なぁ、ホントにコレ大丈夫なのか?」
「何?僕の魔法を信じられないの?」
小さな船の中から、声や口調から少年同士のものと思われる会話が聞こえてくる。
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど…」
先の二人とは違う、また少年の声がする。
「ショウ、それならソイツを黙らせろ。」
ショウと呼ばれた三つ目の声の主は、物騒なことを言い放つ青年の声にさえぎられた。
「イオ、てめぇは黙ってろ。ショウもバカなことすんなよ。」
ちなみに、この先ほどからやたらと無礼なこの少年は…
「バカなことって…。ったく、カルロは…」
カルロという。
「いいか。いくら『魔法で船強化しましたー』なんて言われてもな、こーんなガキの魔法だぞ?そんな簡単に信じられるかよ。」
「魔法に年齢はあんまり関係ないんだよ?カルロ。」
「てゆうか、僕の実年齢前に言わなかったっけか?」
「クロをガキなどと呼ぶなと言ってるだろう!」
カルロの言葉に、三者三様のツッコミが入る。
「ふん。そんなんオレは知らねぇし。何年生きてようがガキはガキだろうが!ってか、そんなに言うならイオみたいに『クロ』って呼ばせろよな!クルソウドなんて長ったらしい名前一々呼んでられるかボケェ!!」
やっと名前が出た、クロことクルソウド。
この四人…ショウ、カルロ、クロ、イオ…で、彼らは船旅をしている。
「うーん…名前が長くて呼びにくいっていうのは少しあるかも…。」
ショウも、控え目にカルロに賛同する。
「ねぇ、クルソウド。愛称で呼ばせてもらうことは、できないかな?」
ショウの申し出に、クロは少し考えてから
「…『ライ』でいい…て、言わなかったっけ?」
「うん…でも…。」
なんとなく、距離を感じる気がする。
「…愛称は、魔族同士で呼ぶときに使うから…。そんなに気やすく呼ばせないようにしてるんだ。」
「…そうなんだ…。」
「『クロ』と呼ぶことを許されてるのは、まだ私を含めて二人だけだ。」
やはり、それが今の自分たちの距離なのか。
そう思うと、少し淋しかった。
「…『ライ』も、昔使ってた愛称だよ?嫌いな人とは関わらないし、興味ない人には名前も教えない。」
「え…」
まるでショウの全て見透かしたような言葉。
(やっぱり、クルソウドは不思議だ。)
「そういえば、父上はライと呼んでましたよね。…友人なんですよね?」
「…たぶん。」
「たぶん?!」
「おーい、島見えたぞー?」
「あれ?カルロいたんだ?」
「ひどっ!ライてめぇ…」
「そういえば、珍しく存在感消えてたな。」
「ショウ、お前まで…!」
「よし、それじゃあ上陸しますか。」
「イオ、てめぇは流すな!!」
ゴッ
「…何の音?」
嫌な音がした気がする。
「……船底に、何か当たったみたいだね。」
クロは、回りの気配を探ってから言った。
「マジ?」
「わー、沈むー!」
「クロの魔法がかけてあるんだ。沈むわけないだろう!」
「ほぉ?んじゃ、賭けるか?」
「な…。私は、そんな低俗なことは…」
「へぇ。自信ないんだ?」
「…!乗ってやろうじゃないか。」
「オレが勝ったら、一つ魔法使ってもらうぜ。」
「沈まなければ、私達に言った暴言を取り消して、…土下座してもらおうか?」
「やってやろうじゃん。ついでに一日奴隷にでもなってやろうか?ヘタレ魔法使い。」
「な…。後悔するなよ?クサレ盗賊が!」
「ヘタレ魔法使い!」
「クサレ盗賊!」
もう何度か見た二人の言い争い。
「なんか、いつも以上に盛り上がってるような…。」
「いつも以上にレベルの低い言い争いな気もするけどね。」
「…相変わらず手厳しいね。」
ショウとクロの二人は、すっかり慣れてしまっていて…。
いつものように、のんびりと観戦していた。
「ていうか、カルロは勝っても負けても嫌なことあるんじゃない?」
「…あぁ。船が沈むか、奴隷になるかだもんな。」
「わかって言ってるのかな。」
それはすでに疑問形ではない。
「たぶん…、はぁ。馬鹿なヤツ。」
ショウは大きなため息をついた。
「…で、ライ。一応聞くけど、大丈夫なんだよね?」
「さぁ?」
「ちょっ…。『さぁ』って何?!」
「…さぁ。」
「イントネーション変えてもダメだから!」
「だってー」
ガクン
視界が傾いた気がする。
「…気のせい?どこからか水の音が…」
ショウは、顔色を変えた。
「何言ってんだよショウくん。ここは海だよ?水の音がするのなんて当たり前じゃないか。」
「現実逃避はよくないよ、カルロ。」
無理矢理笑みを作って言うカルロに、クロはまるで人事のように淡々と話す。
「てめっ。ガキが何呼び捨てにしてんだよ。」
「失礼な。僕はカルロの五倍くらい生きてるんだよ?」
「……またてめぇはっ…!」
またカルロのばか騒ぎが始まりそうになったところで
「ライ!…船は、大丈夫なの?」
ショウの必死な声がそれを止めた。
「え?…うん。沈みそうだね。」
「え~!!!!」
奇しくも、賭けはカルロの勝ちのようだった。
2 彼の事情
大地の島の西側にある離れ小島。
そこに、四人の者が流れ着いた。
「はぁ、はぁ…ハァ…。ったく、…ホントに、…はぁ…沈みやがって……。」
「…はぁ。自分は…沈む方に…はぁ…賭けておいて…、よく…言うよ…。」
本当に沈んでしまった船から、十数メートル程泳いできて、彼らは息切れをしていた。
普通に泳ごうとしたならば平気だろうが、いきなり、着衣、荷物あり、などの悪条件が重なり、遠泳と呼ぶには足りなすぎる距離であったにも関わらず、この有様だ。
「わぁー。船からここまで、結構距離あったんだねー。」
「…なんで…てめぇは…!そんな、…平気なんだよ!!」
「え?」
「そういえば、ライ…服も…濡れてない…よね。」
「?…うん。」
ずぶ濡れで息も乱しまくりの二人に対し、クロは船が沈む前となんら変わり無い様子だった。
「ほら。…僕、魔術師だし?」
「理由になって…るか。はぁ。」
ショウは息を整えるためのものではない息をついた。
ショウもカルロも大分呼吸が落ち着いたようで…。
「おい、イオ!なーにが『沈むわけない』だ!しっかり沈んでんじゃねぇかよ!」
「カルロ。」
「だから、ガキは呼び捨てにするなって言ってんだろ。」
「イオは今意識無いよ?」
「…はぁ?」
クロの言葉に眉根を寄せるが…
「…なるほど。」
魔法使いであるはずの彼は、魔術師のクロとはかけ離れた姿でそこにいた。
「こいつは何やってんだ…。」
「大丈夫なの?」
カルロは呆れ顔で、ショウは心配顔で倒れているイオの元へ行く。
「イオ?」
「おい、起きろよヘタレ。」
「…起きないね。」
そんな三人のもとへ、静かに傍観していたクロも近づく。
「イオ。起きないとヘタレ決定だよ?」
・
・
・
「な…、クロまでひどいですよ!!」
「あ。起きた。」
飛び起きて不平を言うイオを軽く受け流し、クロは辺りの適当な岩に腰掛ける。
「う…ゴホッ…ゴホッ…。」
「だ、大丈夫なの?」
「ハァ、ハァ…」
「何が起きたってんだよ。」
カルロの問に、イオは顔色を変える。
「…ぼ、僕は、火の国出身なんだよ。あそこは、山ばかりの地だし…。それに、僕はずっと学校とその裏山にしか行ったことなかったから。海を見たのだって旅に出た時が初めてだったし。山にある水場だって、標高高くて冷たすぎるか、火山の影響で有毒の火山鉱物が入ってるかで泳ぐのなんてもっての他だったし…」
「要するに?」
カルロの冷たい問に答えたのは…
「要するに、カナヅチなんだよね。」
クロだった。
「わぁーーー!!!!」
辺りを、静寂が支配する。
「…そうだったんだ?」
「ほぉ。なるほどねぇ。だから、『絶対沈まない!』て、あんなむきになってたのか。」
「それとこれとは別だ!!」
「でも…沈んじゃったね…。」
「ヘタレ決定だな。」
「……クロー!!」
ショウのさり気ない事実発言と、カルロの無遠慮な発言にイオは…師匠であるクロに泣き付いた。
(さすがにホントに泣いてはいないが。)
「だから僕は『さぁ?』って言ったでしょ?」
クロは悪怯れもなく言い放つ。
「で、でも!魔法かけてあったのでしょう?」
「僕がやったのは、僕ら全員が乗れるように船上の屋内の空間膨張と、船の浮力の補助だけ。船底に穴が開くことなんて想定してないよ。」
「な…。」
「想定外のことに対策してあるはずないでしょ?」
「し、しかし…」
「魔法は決して万能というわけではない。…魔法学校で育ったイオならよく知ってるでしょ?」
「……はい。」
イオはもう何も言い返さなかった。
「…とりあえずさ、オレの勝ちだよな?」
「え?」
カルロが、嫌な笑みを浮かべてうなだれていたイオを見下ろす。
「まさか、ほんの数分前のことを、忘れたとは言わねぇよな?」
「な…」
「それともなんだ?ヘタレはてめえでした約束の一つ果たせねぇのか?」
「く…。わかってるさ、そんなこと!」
今日のイオは惨敗だった。
「よっしゃあ~!」
「カルロ…何頼むつもりなの?」
「んなの、決まってんだろ。」
「金?」
ショウの中で、カルロの言いそうなこと…は、それしか思い浮かばなかった。
「な…偽金など、私は作らないぞ!」
「ぶぁか!!んなことするわけねぇだろ。盗賊なめんじゃねぇぞ?」
「じゃあ…?」
「…船、どうにかしてくんねぇか?」
「…は?」
カルロから発せられた意外な言葉に、イオもショウも怪訝な顔をする。
「無理なことは言ってないと思うぜ?相応の対価だろ。」
「ま、まぁ…。そう、なのかなぁ…?」
首を傾げるショウを無視して、カルロはイオに詰め寄る。
「そうだろ?
今回の仕事を持ってきたのはお前らだ。ショウがあの舟じゃ不安だって言ったのに、魔法を掛ければ大丈夫だと言い包めた。
あんなボロッちい舟でもなんとか今までやってきたんだ。けど…五人乗せるだけの力は無かった、と。」
「…仕方ない。約束は約束だ。私の力を教えてやろうじゃないか。二度と無礼な物言いできなくなるぞ。」
「イオー。なんかそのセリフ、悪役みたいだよ~♪」
イオがカルロの申し出を承諾し、そのイオにクロがどこか楽しげに突っ込む。
その一方で…
「……」
ショウは茫然としていた。
「ん?ショウ、どうしたんだ?」
カルロがそれに気付き、歩み寄る。
「…お前…さっき、言ったよな?『五人』て。」
「ん?あぁ。…ああ゛~!!」
「「依頼人!!」」
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