黒羽と白翼
Light and Dark~光と闇の物語~
「黒羽と白翼」
1.暗雲の町
ここは、海の北西に位置する島。
島の北側の山には常に雲がかかっており、落雷が絶えない。
その為、この島は雷の島、と呼ばれている。
世界暦1623年、夏。
島民達が起きだす前…夜明け前に、この島の隅に降り立った影が二つあった。
二人は大人と子供なのか、小さいほうの身長は大きいほうの肩位までしかない。
「ここが…?」
大きいほう…緑髪の青年が、小さいほう…青髪の少年に尋ねる。
「うん。雷の島。」
「…ここが…クロが、父上と初めて会った場所…。」
「…聞いてたんだ?」
「あ…はい…。」
「じゃ、行こう。」
「はい。」
二人の影は、まだ薄暗い町の中に消えていった。
すっかり日も昇り、普通なら明るく町が活気に溢れているはずの時間。
その町の空には、黒い雲が立ちこめていた。
人々もどこか活気がないように見える。
「すみません。少々お尋ねしたいことが…」
その町の一画にある軽食処に、先程の二人連れがいた。
「なんだい、あんたら。…外からのお客かい?珍しい。」
話し掛けられた店主は、緑髪の青年を見る。
島民のほとんどが金髪という中で、青年の緑髪と、連れの少年の青髪は異色だった。
「まぁ、そのようなものです。」
青年は、にこやかに答える。
「そうかい…。で、なんだいにいさん、話ってのは。」
「私、旅の魔法使いなのですが…この町で起きていることに、興味がありまして。」
「魔法使い?!」
魔法を使える者は、そう多くはない。
魔力を持って生まれる者がまず限られている上、使えるようになるには相当の精神力と、厳しい鍛練が必要なため、魔力を持っていてもそれに気付かない者も多いからだ。
「…それで、その魔法使いがどうして…。まさか、今町に起きていることは、魔法と関係があるのか?」
「あ、いえ…それはまだわかりません。しかし…なんといいますか…それを調べるためにも、情報が欲しいといいますか…」
「そうか…」
店主は興奮を鎮めると、近くにあった椅子に腰掛けた。
「答えられることには答えよう。あんたらも、よかったら座ってくれ。」
「失礼します。」
青年は後ろにいた少年を促し、共に店主と同じテーブルに腰をおろす。
店主の話によれば、この町…いや、島全体が雲に覆われるようになったのは、そんなに昔のことでもないらしい。
とは言っても、数百年単位ではない、というだけだが。
昔から雷の多い島ではあったが、あくまでも自然現象だとおもえる範囲の物。
それが、十数年から数十年前から、日が射す日が極端に減り、暗雲が立ち込め、落雷が続く日が多くなったというのだ。
「何か、心当たりは?」
「いや。…しかし、もしかしたら…。気付かない間に、何か神様の怒りを買うようなことをしちまったのかもな…。」
男は少々自嘲気味にそう呟いた後、今も雷が鳴っている空を見上げた。
2 思い出の場所
青年と少年は、村の外れにいた。
「クロ、どうですか?」
青年は、隣で静かに空を見つめる少年に問い掛ける。
「…やっぱり、懐かしい…かな。」
「そうですか。…落雷のことですが…やはり、原因は…?」
「うん…魔物だね…。」
「そうですか…。」
少年…クロの言葉に、青年は沈痛な面持ちになる。
「…行こう、イオ。」
「え。どこへ…」
「…思い出の場所、かな?」
クロは表情の読めない顔でそう言って、歩きだす。
「あ、待ってくださいよ…」
青年…イオは、小走りでクロの後を追った。
クロが来たのは、山肌や木々に覆われどこか暗い印象を受ける…少々開けた場所だった。
「…ここが?」
「……。」
「…クロ?」
イオの問いに、クロの答えは帰ってこない。
「どうし…」
言い掛けたところで、したから手で口を押さえられ…クロは唇に人差し指を当て「しっ。」と…静かにするように示す。
イオは不思議に思いながらも、次の反応を待つ。
「…来た。」
クロが、イオにしか聞き取れないような小さな…本当に小さな声でつぶやく。
しかし、イオには何が何だかわからない。
口元を押さえられたまま怪訝な顔をしてクロを見るが、クロは空のある一点を見つめるだけだった。
イオはクロに問うのを諦める。きっと、人間にはわからないことなのだろう。
しばらくすると…
「-っ!」
辺りの空気がいきなり変化し、驚いたイオは声に成らない声をあげる。
それに対し、クロは不敵な笑みを浮かべて…ソレを出迎えた。
「どうも。」
現れたソレは、身体に対して異様に長い手足を持つ黒い肢体に、赤色の不思議な文様がある…いかにも人外のモノであった。
顔やその身体、そして両手で持つ大きな鎌。
イオなどは、死神や悪魔を連想してしまった。
しかし…そんな彼?に面しても、顔色一つ変えないクロに、逆にそっちが驚きを示していた。
「…何者ダ?」
3 Not promiss but…
「うーん…客?」
人外のソレの問いに、クロはにこやかな笑みを浮かべて答える。
「…何故此処二居ル。」
「なんでって、君でしょう?この空間に僕らを引き込んだのは。」
(へ?空間…?)
イオは気付いてなかったが、クロの言葉に回りを見回してみると…。
確かに。いつの間にか、回りに見えたはずの山肌や木々は見えなくなっていた。
先程感じた空気の変化は、こういうことだったのか。
「オ前、何カ違ウ。ソレ、知リタイ。」
「ふーん。違う、か。」
「オ前、俺、怖クナイ…?」
「なんで?」
「……人間、化ケ物テ、言ウ。ミンナ、会タラ逃ゲル。」
「そう。…でも、僕には怖がる理由もない。」
「…オ前、変。」
「クス…、よく言われるよ。」
クロは、やはり感情の読めない笑みを浮かべる。
「一つ、聞きたいことがある。いいかな?」
「…何ダ。」
「君は、昔からここに居たんだよね?なんで、いきなり町に雷落とすようになったの?」
「何故、昔カラ居タ…言ウ?」
「質問しているのはこっちだよ?」
「…昔、大キナ力、持ツ奴ガ居タ。ココニモ、人、住ンデタ。ソイツ、変ダタ。俺、怖クナイ、言タ。ダカラ…殺サナカタ。」
「…へぇ。なるほど。」
「質問、一ツ、答エタ。オ前モ答エロ。何故知テル?」
「…僕は、答えるなんて言ってないよ?」
「…モウイイ。俺、マタ馬鹿ナ人間殺スダケ。」
ソレが会話に応じたのはそこまでだった。
ソレは大きな鎌を構え、二人に襲い掛かる。
クロはそれに動じず、茫然として立ち尽くすイオを後ろへ突き飛ばすと…地を蹴る。
「でも、答えないとも言っていないよ?」
いきなり背後から聞こえてきた…つい先程まで前にいたはずの者の声に、ソレは驚きを隠せない。
「オ前、ドウシテ…」
クロは人間のそれとは違う、鋭い爪をソレに突き付けていた。
それが分かり、ソレは動かない、いや動けない。
「オ前、サキマデト、全然違ウ。」
「もう一つ聞かせてもらおうかな。」
「何言テル、モウ…」
「この姿に、見覚えはないかな?」
また感情の読めない笑顔でそう言ったクロは…白き翼を有する…魔族の姿をしていた。
「オ前…サッキノ奴カ?」
「見ればわかるでしょ?」
「……オ前…ドッカで見タコトアル…。」
「そう。」
ソレは、茫然としながらクロを見ていた。
…もっとも、その顔からは表情は読めないため雰囲気から判断しただけだが。
「…オ前…昔、ココニ居タ…?」
「うん。」
クロが笑顔で頷くと…
ソレは少々怯えを見せる。
「マサカ…アノ…、大キナ力持タ魔族…カ?」
「君がそう思うなら、そうなんじゃない?」
「…望ミハ、何ダ。」
「そんな怖がらなくたっていいじゃないか。ただ、ちょっとお願いがあるだけ。命を脅かすようなことはしないよ。」
「……。」
ソレは、疑いの眼差しを向けるが…
「君は、魔族をなんだと思ってるわけ?僕だって、好き好んで同族殺しなんかしたくないよ。」
クロが笑みを消し、そう言うと…
「…『オ願イ』…トハ?」
怯えた雰囲気は消え、魔物の顔をしていた。
「聴いてくれるの?」
「先ズハ、聞クダケ。」
相変わらず、ぶっきらぼうではあったが。
「…慎重だねぇ。」
「早ク言エ。」
「…この異常気象、やめてくれない?」
「…何故?」
クロの「お願い」に、ソレは眉をひそめる。
「……町の人達、みんな困ってるみたいだし?」
「…オ前、ソレダケデ動ク、思エナイ。」
「あ、わかる?」
ソレの言葉に、クロは無邪気に笑って言った。
「…なんか…嫌なんだよね。僕のせいみたいで。」
「?」
「だって、僕が居なくなったからなんでしょ?」
「……。」
「沈黙は肯定と受け取るね。」
「オ前、嫌イダ…。」
「別にいいよ。僕は好かれたくて言ってるわけじゃないし?」
「……。」
「それで…どうなの?聴いてくれるの?」
「…約束ジャナイ。デモ…」
4 Blue Sky
二人は、町のはずれにいた。
「クロ…、よろしかったのですか?」
「何が?」
「あの魔物ですよ。あのまま放っておいていいんですか?」
「…じゃあ。イオは…どうすれば良かったと思うの?」
先を歩くクロの表情は、イオからは見えない。
「それは…。交渉に応じないなら、それなりの報復をするのが妥当かと…。」
「…消せってこと?」
「な…。そ、そこまでは…。」
「同じ事だよ。一度攻撃を仕掛ければ、もうそれは死合いになる。」
「…手加減すれば…」
「僕はこれでも、自分の未熟さは理解してるつもりだよ?まだ、力の配分がうまくできない。力が大きすぎて…手加減するなんて難しいんだよ。」
「え…」
「それに…。彼は話せば分かる知能を持っていたし。町に落雷はあっても死者は居なかった。人を殺したいわけじゃない。…僕だって、無駄な殺生はしたくない。」
「…クロ…、すみませんでした。」
イオは、目に見えてうなだれていた。
「…別に、怒ってるわけじゃないよ?」
「え…ぁ…。」
クロが小首を傾げながら、困ったような笑みを浮かべている。
イオは自分がそんな情けない顔をしていたのかと恥ずかしくなる。
そんなイオを見てクロは今度は楽しそうに微笑む。
見た目は子供なのに…時々兄のように感じることがあるのはこういう時があるせいもあるのだろうか。
「それに、大丈夫だよ。」
「ど、どうして…。」
「僕らが最後に話してた内容、覚えてる?」
「え…あ、はい。確か…」
「それで…どうなの?聴いてくれるの?」
クロの問いに、ソレはすぐには答えなかった。
「…僕の名前は、知ってる?」
「…確カ…アノ時ノ人間、『ライ』テ呼ンデタ。」
「そっか…。僕の名前はクルソウド。今は、クロって呼ばれてる。」
「…クロ…?」
「そう。」
魔物に名乗ることは、生半可な気持ちでしてはならない。
名は、一番短い呪。
真名を知るということは、すなわちそのモノを支配するということ。
つまり、名を教えると言うことは…その相手を、信頼する、ということ。
「…俺ハ、ゴイラード=ルノス。」
「へぇ…。ゴイルと呼んでも?」
「……?」
「長いのは、めんどくさい。」
「…構ワナイガ…。」
「良かった。」
ソレ…改めゴイルは、クロをただじっと見ていた。
何か感情の変化があるのかもわからないが、少なくとも常人にそれを読み取ることはできない。
「ねぇ、ゴイル。」
「何ダ。」
「さっきのことだけど…」
「約束ジャナイ。デモ…『クロ』ノ頼ミナラ、聞イテヤテモイイ。」
「覚えてますけど…それが?」
「聞いてくれるって言ったでしょ?」
「ですが…」
「魔物は、嘘はつかない。」
「……あ。」
「イオも、覚えてるでしょ?」
「…はい…。」
もちろん、覚えている。
クロと再会した頃に知ったこと。
もう早六年が過ぎ、だいぶ薄れてきた記憶もある。
しかし、あの一連の出来事はしっかりと、頭の中に残っていた。
「『ゴイル』は、僕の頼みを聞いてくれるって。」
「…そうですね。」
やっと頷いて…。ふと、空を見上げる。
「あ……」
空にはもう、暗雲は立ちこめていなかった。
「ね。言ったでしょ?」
「…えぇ。」
代わりに、久し振りに見る青が、そこにあった。
Fin
,
今回も短めでしょうか。
「黒翼の賢者」の最後で旅立った二人が、ショウたちと酒場で会う前のお話。
彼らは、この島の問題を解決した後で、「酒場の邂逅」を果たす大地の島へを向かいます。
こんな感じで、時系列ばらばらで、私が書きたい話を書きたい順番で書く感じになります。
もっとも、あんまりばらばらになりすぎてても私が書きにくいので、ある程度は時間順ですが。
今回は、一応二人の視点?でも、メインはライくんかな。
というわけで。
既出のメインメンバーの中で最後の紹介になりました。
ライくん、またはクロについて少し。
・クロ
本名 クルソウド=ライ=トゥルーク
性別 ♂ 種族 魔物(魔族)
生年 1558年
職業 魔術師
髪色 群青色
瞳色 群青色
物静かなようで言うことは言う。
慎ましやかなようでちゃっかりしてる
謎の多い人。
しかしながら、実力は本物・・・のハズ
それでは、また次のお話で




