海の向こうに・・・
過去編です。
少々、外見や出自による差別表現が含まれますが、作者はそれを推奨しているわけではありません。
Light and Dark~光と闇の物語~
「海の向こうに・・・」
1 Missing
世界暦1613年、未明。
森の中で、小さな子供が二人で遊んでいた。
ザァッ!
「ゎぁ…」
ふいに、強い風が木々の間を吹き抜ける。
「…あれ?」
子供が思わず瞑ってしまった目を開けて、辺りを見回す。
「どこ行っちゃったの?」
つい先程まで一緒に遊んでいた子供が見当たらない。
「ねぇ…?」
返事もない。
「いないの?-ザァッ-うっ!」
また強い風が吹く。しかし今度は、一人残された子供の声をかき消すだけだった。
2 Casual meeting?
世界暦1618年、秋。
ここは、通称 風の島。
北東から南西に向けて吹く風の通り道になっている島である。
小さな島で村が一つしかなく、その村は森の木々に囲まれている。
「ほら、あの子よ。いつだったか、神隠しに遭った…」
「あら、神隠しに遭ったのは、もう一人の子の方でしょ?」
「そりゃあそうよ。でなきゃ、今ここにいるわけ無いじゃない。…でも、一緒にいたって話よ。」
「あら…、じゃあ、あの子だけ助かったの。」
「まぁ、なんにしても…」
「「気味悪いわねぇ。」」
その‘あの子’は耳がいいらしく、話がすべて聞こえた様子。
俯き、急ぎ足で自分の家に向かっている。
言ってることの意味をすべては理解できなくとも、良い噂ではないことくらいはわかる。
…まぁ、もっとも。彼女達も隠すつもりなど無かったのかもしれないが。
「ただいま。」
「おかえりなさい。今日はどうだった?」
民家に入っていった子供を、母親らしき女性が出迎える。
「えと…魚…三匹。父さんが…」
子供は、父親と釣りに行ってきたようだ。
「そう。…他には?」
「僕が、貝…たくさん掘った。」
「あら、すごいじゃない。頑張ったのね~。」
「うん。」
子供は、得意そうに返事をする。
「お父さんは?」
「まだ、海にいる。もう少し採ってくるから、先に帰って母さんに言っておいてって…。」
「そう、わかったわ。…まだ、お夕飯まで少し時間があるから、外で遊んでらっしゃい。」
「…うん…。」
途端に、子供の顔が暗くなる。
「どうしたの?お友達と遊んでらっしゃい。」
「…うん…!」
家に籠もりがちな母親は、あんなふうに陰口を言われてることなど知らない。
…言われていても、気付かないことが多い。
そんな母を、子供は幼いながらも心配させたくないと思っている。
「行ってきます。」
そうは言っても…
(ともだちなんて…いないもん…)
昔は…いつも二人で遊んでいたのに…。今は、その子はいない。
子供は、いつものように一人で森へ行く。
すると…いつもの場所に、先客がいた。
あの木の枝は、居心地がよくて好きだったのだが…仕方ない。
子供は、別の場所へ行こうと踵を返す。
すると…
「ちょっと待てよ。」
先客に呼び止められた。
また何か言われるのだろうか…と、恐々と振り返る。
木の枝から飛び降りてきた先客は、自分と同じくらいの背丈で、頭に布を巻いていた。
顔はよく見えない。
「何…?」
「お前、あの家に住んでるやつだろ?」
「な…なんで?」
「さっき、家から出てくるの見た。」
「そっか…。じゃあ…」
子供は、早々とその場を去ろうとする。
「待てよ!オレ、そこの隣の家に越してきたんだ。仲良くしようぜ?」
「え?」
彼の思いがけない言葉に、子供は茫然とする。
「…僕のこと、気味悪くないの?」
村の人たちは、森で神隠しに遭った男の子片割れ…
「僕の双子のお兄さん、神隠しっていうので、消えちゃったんだよ?」
…双子の弟を、何故片方だけ助かったんだと気味悪がっている。
「…なんだそりゃ?お前は消えてねぇんだろ?なら、友達になれるじゃないか。」
しかし、村人が彼を…彼らを気味悪がるのは、神隠しの件のせいだけではない。
「で、でも…。僕の髪、こんな色してんだよ?みんな、僕たちの髪の色は気味悪いって…。よそ者は、悪魔の色の髪をしている…て…。」
この子供の家族は、以前に神隠しに遭い行方不明になった子を含め、この島よりもはるか北東、言語すら違う島から流れ着いた…いわゆる‘よそ者’で、みな茶髪の村人達の中では異質な、黒髪をしていた。
この子の母が村人の悪口を知らないのは、母はここの言語を話せないからということもあるのだ。
「なんだよ、そんなことかよ。」
「そんなこと?」
「だったらオレもよそ者だぜ?家族もみんな。」
そう言うと、彼は頭に巻いてあった布を外す。
「オレはカルロってんだ。ヨロシクな。」
布からこぼれた彼の髪は…輝くばかりの金色をしていた…。
「お前は?」
「僕は…しょうりゅう、あさだしょうりゅう。」
これが、ショウてカルロの、初めての出会いだった。
3 Changing our days
「はぁ?しょうりゅう?…めんどくせぇ名前だな。…よし、お前は今からショウな。」
天使のような金髪の少年カルロは、いきなりそう言った。
「え…えぇ?!」
「なんだよ、問題あるのかよ?」
「べ、別に…。」
「じゃ、ヨロシクな、ショウ。」
「う、うん。」
(なんか…ゴウインな人だ…)
それが、ショウのカルロに対する第一印象だった。
それから、二人は毎日遊ぶようになった。
誰かと遊ぶということは、双子の兄が神隠しに遭って以来、五年振りのことだった。
「いってきます!」
今日もまた、ショウは出かけていく。
「なんか…。最近、あの子が楽しそうでうれしいわ。」
「そうだな。…友達ができたかな?」
「そうですね。…よかった。あの子がいなくなってしまってから、ずっと寂しそうだったから…」
「…そうだな…」
「カルロー!遊びに来たよ?」
「おぉ、ショウ!来たか。」
カルロと待ち合わせた島の女神像の前に行くと、そこにはカルロと…
「あー!アサダの家の奴だ。」
「なんでこいつが来るのさ。」
島の他の子供たちがいた。
「なぁ、カルロ。こんなヤツほうっておいていこうぜ!」
「なんで?」
「知らねーのー?」
「しょうがないじゃん。カルロは昨日来たんだから。」
「そっか。あいつな、ワルモンなんだ!」
「なんで?」
「あのね、あのね。母さんが言ってたの。アサダの子は、昔‘かみかくし’にあったんだって。だから、あの子は、マモノかもしれないって。」
「かみも夜の色だもんなー?」
「なー。」
「夜は、アクマが出るんだもんなー?」
「なー。」
わいわいとショウの悪い噂を騒ぎ立てる島の子達。
(…こんなこと聞いたら…カルロだって…)
ショウは一人、俯いてしまった。
しかし…
「なんで?」
カルロは怪訝そうな顔で、首を傾げる。
「…え?…だから~!」
「こいつとはともだちにならないほうがいいの!」
「なんで?」
「だから!」
「なんで、そんなふうに言うんだ?なんでともだちになるとよくないんだ?どうしてショウがマモノなんだ?だれか見たのか?」
カルロはただ淡々と言い募る。
「そ、それは…」
「こいつは、よそ者だから…!」
「だったら、オレもそうなんじゃねぇの?別の島から来たんだぜ?かみの色ちがうし。」
島の子達の茶髪の中で、カルロの金髪は目を引く。
「カルロはてんしさまみたいな金色のかみだもん!」
「なら、オレも黒かみだったら、あそばないんだ?」
「そ、それは…」
カルロの言葉に、島の子達は言葉が出なくなってしまう。
「せっかくなんだから、みんなであそぼうぜ?みんなであそんだほうがぜったい楽しいって。」
カルロがにかっと笑うと、みんな表情を緩ませた。
それから、ショウは久しぶりに‘友達’と遊んだ。
4 This is fatally meeting.
ある日ショウが村の真ん中の広場へ行くと、カルロは一人だった。
「カルロ!おはよー。」
まだみんなは来ていないのかな?と思いつつ、ショウは今日も友達と遊べることへの期待に胸を膨らませていた。
「……。」
しかし、カルロから挨拶は帰ってこない。
「カルロ?」
カルロの様子がおかしい。
「…みんなは…?まだ?」
なんとなく出てきたその問いに、カルロはやっと答えた。
「来てたけど、もうかえった。」
「え?なんで?…もしかして、今日何かあるの?」
「…ちがう。みんな、オレがイヤになったんだ。」
「え…?」
思いもかけない答えに、ショウは混乱する。
カルロは金糸のような髪や愛敬のある笑顔…そして、明るい性格。
越してきてすぐに、村の子達の中心的存在になった。ショウはそれがとても羨ましかったのだが…
「…なんで?」
「…うちの家業をだれかが知って、みんなの前で話しだして…。そしたら、みんなイヤなものを見るような目で見てきて…。そのままみんな行っちまった。」
半分開き直りか、カルロは淡々と…、少し笑いを交えながらそう語った。
まるで、こんなことは慣れっこだ、と言わんばかりに。
「…家業って?」
「…うちってさ、親父が盗賊なんだよね。」
「とうぞく…?」
「それを言っただけで、みーんなどっか行っちゃった。もうともだちじゃないってさ。」
子供の素直な言葉は、時に鋭利な刃物より凶悪な凶器になりうる。
身体的にではなく、精神的に…。
「…ショウだって…」
「なんで?」
「へ?」
「……とうぞくって…シーフのこと…だよね?」
盗賊という単語に少々驚くが、一生懸命頭を回転させて、まだあまり多くはない知識を引っ張りだす。
「…知ってるのか?」
シーフのことだろうか。今度は反対に、カルロが驚いている。
「なんか…。街の方でできた ぼうけんしゃ って人たちの、しょくぎょう っていうのの一つで…えと…人の物をぬすむとかじゃなくて、宝探しとかする人のことだって…お父さんに聞いた…。」
ショウの言葉を、カルロは静かに聞いていた。
「……ちがうの?」
「あ…えと…、うん。うちは、トレジャーハンターっていうのか……うん。」
「だったら… こうこがくしゃ っていうのみたいな…。それが、ちょっと わんぱく になっただけだって。」
「…なんだそりゃ?こーこがっしゃ?」
「…よくわからないけど、ぼくのお父さんが前に言ってた。」
「へぇ…。でも、わんぱくって…」
そんな言われ方をされたのは初めてだったのか、カルロはおもしろそうに笑った。
「……ねぇ!」
なんとなくこの話にキリが着いたところで、ショウはカルロをある場所に誘う。
「なんか、久しぶり?」
「うん。…村のみんなとあそぶようになってからは、来てなかったから。」
「オレたちが、はじめて会ったばしょ…。」
二人が来たのは、家の裏の森の奥。あの…二人が会った木があるところだ。
「…ここ…」
ショウは、あの時カルロが座っていた木の上に登りつつ言う。
「ぼく、ここからの けしき がすきなんだ。」
「ここ?」
カルロも後から着いてきて、ショウの横辺りにある枝に立つ。
「うん。ここから見える海がね、すきなんだ。」
「海?」
ショウは、森の木々の間から見える海に視線を向ける。
「前にね、父さんが教えてくれたんだ。ぼくらは、海をこえてこの島に流れ着いたんだって。それから、ここではかみの色のこといろいろ言われるけど、この海の向こう…そこにある島には、かみの色が全然ちがう人たちがいるんだって。」
「俺が生まれた島じゃ、みんな金髪だったしな。」
カルロも同じ海を見ながら、相槌を打つ。
「うん…。それ聞いたときは、信じられなかったけど…。僕、生まれたのは別の島だけど、ここに来てからのことしかおぼえてないからさ。」
「へぇ。」
最近来たカルロと違い、ショウの生れ故郷の記憶は皆無なのだ。
「それだけじゃなくて…。もっと他の島行けば、黒かみが当たり前のようにいる島もあるってことも聞いた。」
「へぇ。」
「……だから、ね。」
「ん?」
雰囲気の変化を感じたカルロは、海を見るのをやめて、ショウに目を向ける。
「…ぼく、いつか…この海の向こうに行きたいんだ。」
「海の向こうに…」
「うん。こんな小さな島だけじゃなくて、いろんな島に行ってみたいんだ。」
そう話すショウの目は、好奇心でいっぱいで、輝いていた。
「…んじゃあ…」
「え?」
「ショウが、この島を出るときが来たら…。オレもついてく。」
「え?!」
カルロの想定外の言葉に、ショウは海から目を離す。
「んだよ、文句あるのかよ?」
「別に…そうじゃないけど…。」
「オレが、今、決めたの。お前がイヤだって言って置いてこうとしても、無理にでも着いていってやっからな!」
「……ハハ。カルロには、かなわないなぁ…。」
「おうよ。お前がオレに勝とうなんて、十年早いんだよ。」
「…じゃあ、十年後にしようかなぁ?」
「な…!……あははははは…」
「あははははは…」
二人は笑い合った後、木を下りた。
「さっきの、約束な。」
帰路につきながら、カルロはつぶやいた。
「…いつになるかわからないんだよ?カルロ、わすれない?」
「バカヤロー。オレは、約束は守る男なんだよ。」
「……わかった。」
この約束は、そう遠くない未来に、果たされることとなる…。
Fin
,
連載の初めっから、一緒に旅をしていたショウとカルロの過去話です。
二人の出会いはこんな感じ。
あ、髪の色は間違えじゃないです。カルロは金髪です。
でも、前回のあとがきで載せたプロフィールの黒髪も間違えじゃないです。
今回は特別な新キャラもいないので、このへんで。




