酒場の邂逅 前編
Light and Dark~光と闇の物語~
「酒場の邂逅」
世界暦1623年、秋。
そこは、近隣の島々と比較して、広い土地と豊かな土壌をもち、島々の中央に位置し他国との貿易も盛ん。
そのためか国も豊かである。
それゆえ、ここは大地の島と言われる。
その大地の島の南側の港に、先日入ってきた船があった。
乗り手は旅人。
港の北に位置する小さな村。
「もう行かれるのですか?」
「はい。あまり長居もできないので…。」
「そうですか…。それではまた、近くに来たときは立ち寄ってくださいね。ショウさま。」
ショウと呼ばれた少年は、にこりと笑って
「それでは。」
民家をあとにした。
「……はぁ。」
村の外に出たところで、ショウは大きなため息を吐いた。
「よ、お疲れ。‘ショウサマ’」
「カルロ…。他人事だと思って…。」
「だって、他人事だもんな~?」
カルロと呼ばれた少年は、楽しそうに笑みを浮かべる。
「にしても、よくできるよなぁ。オレだったら絶対我慢できねぇ。」
「我慢とかじゃないだろ。前に村の魔物を封印した礼にと、親切にもオレら二人を泊めてくれたんだぞ?」
「でも、オレはおまけだろ?まるっきり眼中になさそうだったし。」
「……。」
「我慢はしてないって言うわりには、笑顔が引きつってたよな。」
「……ぁ~もう、うるさい!」
「なんだよ。あの人がお前にベタ惚れだってのは、疑いようがないだろ?」
「それは言うな!……ったく、なんでオレなんかを…。」
ショウは、青み掛かった黒髪に褐色の瞳を持つ少年で、それなりに整った顔立ちをしている。
まぁ、本人に自覚がないのだが。
「ほんとだよなぁ。こんなのの、どこがいいんだか。」
そして、カルロにとっても、そんなことは関係ない。
「お前にだけは言われたくない!」
二人は南の港に行くと、古すぎていつ沈むんじゃないか…と心配になるような船に乗り込む。
「あれ?今日はロープ確認しないんだな。」
「…あぁ、そういやお前がやったんだっけ?」
「そうそう。お前があの人と話してる間に。」
「ならいいだろ。」
「え、でも…。前はメチャクチャだって怒ってたろ?」
「…確認する気力なんてないよ。」
「あっそ。」
…カルロがテキトーにやった船のロープは、やはりメチャクチャだった…。
しかし今回は、そのまま出発する。
まぁ、はずす時が面倒なだけで、運航には問題ないだろう…きっと。
それから彼らは海の魔物と遭遇しつつ…船を進めた。
そして昼過ぎには…
「おい、島の切れ目が見えたぞ。」
「そうか、もうすぐだな。」
この島は、もとは一つの島だったが、大きな谷に水が流れ込み、二つの島が並んでいるような形になった。
今では谷に長いつり橋がかけられ、二つの島をつないでいる。
海沿いから行くと、島の切れ目を過ぎてもう一つの陸地が見えれば、城下町はもうまもなくである。
夕方には、北の港に到着した。
「よーし、着いた~!」
カルロは船から降りると、周りを気にせず叫んだ。
案の定、港にいた人の視線を集める。
「こっの、バカ!!」
「おっと危ない。」
ショウがカルロにこぶしを上げたが、カルロはたやすく避ける。
「……なんかムカつく…。」
「まぁまぁ。そう言うなって。戦士が盗賊にスピードで勝てるわけないだろ。」
「…まぁ、そうだけど。」
「ショウは戦士にしちゃあ素早い方だけどな。」
「そりゃどうも。」
ショウはため息をつきながら、船を港の主に冒険者用に使われるスペースにつける。
「貴重品は全部持ったな?」
「大丈夫だろ。」
「じゃあ、宿探しに行くか。」
「了解!」
「よかったな、今回は宿とれて。」
街の小さな酒場で、夕飯を食べながら、カルロは言った。
「お前は…。まだ水の島でのこと根に持ってるのか?」
同じテーブルに座っているショウがあきれ顔でカルロを見る。
彼らは少し前に、水の島の町の宿屋に泊まろうとして、理不尽な理由で断られたことがあったのだ。
「べっつに~。いやぁ、いいところがあってよかったねぇ、ほんと。酒場は隣にあるし、港からもそう遠くないし、窓からの眺めもおもしろそうだし、内装も清潔だし、そしてなにより…安いし!」
「…やっぱり最後はそこへいくのか。」
「そこって?」
「……金…。」
「ったりめぇだろ~。生きる知恵っての?」
「はいはい…。」
…ちなみに、彼らが今食べているのは、ここで一番安いライ麦パンとスープである。
「あ~、このパンうめぇ~!おやじさん、おかわり!」
さらに、隣の宿の宿泊客のみおかわり自由というサービス付き。
「はいよ。あんちゃん。」
酒場の主人が、直接おかわりのパンを持ってきてくれた。
「ありがトゥ~!」
「ところで、あんちゃん。」
「おやじさん、ホントここのパンうめぇよ」
「ありがとう。…それでだな、」
「マジ、サイコー!ショウ、明日もここで食べてこうぜ。」
「あ…そうかい…、それでだね…」
「なぁ、いいだろ?おやじさん。オレ、マジここ気に入った。」
「……ありがとうな。」
「あ。んで、おやじさん。なんか話あんのか?」
「あ…いや…。別に。」
「そうかぁ?んじゃ、またな~。」
…そうして、酒場の主人は去った。
「…カルロ…、お前ってやつは…」
「ん?ショウ、どうかしたか?」
「いや…なぁ…?」
(公共の場だってのに、こんなに騒いで…)
「なんだよ?さっさと言えよな!」
ショウの心情など気付きもせず、カルロはまた大声で言った。
すると…
「ちょっと、もう少し静かにしてもらえませんかねぇ?」
実は、周りを気にせず騒ぐカルロに、賑やかな酒場とはいえ、他の客が迷惑そうにしていたのだ。
先程の主人もそれを注意しようとしたのだろうが、つい言い損なってしまったようだ。
しかし、カルロが騒がしいのは変わりなく…ついに、隣のテーブルにいた彼が苦情を言ってきたらしい。
「ん?誰だお前。」
「…私は、イオ=グレネードという者だ。」
「グレネードだって?!」
「はぁ?誰だよ。」
名前に驚くショウに対し、カルロは胡乱気な顔をする。
「私のことなど関係ない。ただな、周りのことを考えろ。皆迷惑している。」
「あ?なんだよ、偉そーに!」
「カルロ、みんなが迷惑してるのは事実だと思うよ?」
「あ?なんだよ、ショウ。こいつのかたもつのかよ?」
「だから、そういう問題じゃないんだって」
「じゃあ、なんだってんだよ。」
カルロは、全然わかってないようだ。
そんな彼を無視して、イオはショウに話し掛ける。
「こんな相方を持つと大変だろうなぁ。」
「それはもう」
笑みを浮かべてあからさまに同情した声を作って言うイオに、ショウはなんとなく好感を持ち苦笑を返した。
「旅の相棒がこんなんで、大丈夫なのか?」
「あぁ。まぁ、こんなんでも、戦いの時は頼りになるんだよ。」
「‘これでも’ってなんだよ!‘戦いの時は’ってなんだよ!」
(ったく、また叫ぶ。……あれ?なんか…まわりの雰囲気が変わった…?)
一人別のことに意識がむいているショウをよそに、二人は言い合いを続ける。
「言葉のままの意味だろう。」
「は!てめぇの連れなんか、ガキじゃねぇか!!」
「…彼が…ガキだと?」
「へぇ。‘彼’ってことは、男の子だったんだぁ?女の子かと思ったぜ。」
「貴様!言っていいことと、悪いことがあるぞ!」
はじめは穏やかだったイオが声を荒げたところへ、話題の「彼」が席を立ってきた。
カルロの言うように、女の子と言われても納得できるような整った顔立ちをした、少年だった。
「イオ、そのことはもういいよ。それより…何のために席を立ったか忘れてない?口論なんてしてたら、まわりの迷惑だよ?」
「あ…。すみません!私としたことが…。すぐに謝罪を!」
「大丈夫。とっくに空間隔離の呪をかけておいたから。」
「申し訳ない」
(そっか、それでさっき…)
空間隔離の呪…字の通り、任意の範囲の空間を、隔離して、そこだけ別空間に持っていく術である。
ちなみに、向き不向きがあって、特別難しいわけではないが、なかなか使える人が多くない術である。
「そうだ!名前言えよ、坊や。」
「……坊やって、僕のこと?」
「他に誰がいるってんだ!」
「…そうだね。……なんか、めんどくさい。」
「はぁ?!」
「あ~…。ライでいいよ。」
「‘いいよ’って……」
少年の答えに、さすがのショウも呆然とする。
「戦士よ、気を悪くするな。彼の名前は長くてな。」
「あぁ、いいよ。…ところでさぁ、二人とも魔法使い?」
(一般人には見えないし、戦士とかにしちゃあ軽装だし…盗賊にも見えないもんな。…グレネードだし)
ショウの記憶が正しければ、グレネードは南東の魔法学校の長の姓だ。
「その通り。私たちは共に魔法使いだ。」
「はぁ?!こんなガキが、魔法使いだって?」
「彼をガキなどと呼ぶな。」
「まぁまぁ!カルロ、お前には学習能力というものはないのか?」
「ないわけないだろ。」
(じゃあ、確信犯か)
「あ~…えっと。オレ達は、戦士と盗賊だ。」
「だろうな。」
「…そういえば、そっちの二人…イオとライは、どういう関係なんだ?見たところ、イオは二十歳前後で、ライは十代前半かな?友達にしても年離れてる感じがするし、兄弟としても…」
「ありえねぇありえねぇ。髪の色違いすぎ。緑と青じゃねぇか。」
「正確には、群青色だね。」
「私も、若草色ですけどね。」
カルロがそんな色名を知るわけがない。
「うっせぇなぁ、いちいち細けぇんだよ!」
「先程の質問の件ですが…。私とライは、元は同じ学校の生徒でした。現在は…旅に出るにあたって、師弟関係になりました。」
「え?そうだったの?」
不思議なことに、そう反応したのはライ本人だった。
「そうですよ。国を出る時、父から話があったでしょう?」
「…そういえば。」
「……ライだっけか?お前も大変だろうなぁ、こんなんが師匠じゃ。」
「師弟って言っても流派は違うし…。」
「というかその前に、勘違いしてないかい?」
「何がだよ。」
「私は師匠じゃない。彼のほうが師匠で、私が弟子だ。」
イオの思わぬ発言に、ショウとカルロはしばし茫然とする。
「ど、どういうことだよ?」
カルロが、なんとかそれだけ聞く。
「どういうことって…言葉のままの意味だよ。」
「ほ、本当なの?」
イオがそんな嘘を吐くとは思えなかったが、ショウはついライに確認してしまう。
「うん。そうだよ。」
(ライが師匠でイオが弟子?!……どういうこっちゃ…)
「お前、こんなガキに魔法習ってるのかよ?ダッセェー!」
イオは静かにカルロを睨む。
「…君って、何者?」
一方ショウは、また違った静けさで、ライと対峙していた。
「……なんだと思う?」
「…ちなみに、ライは元は父の友人なんです。修業の旅の途中で会ったとか。」
「父親の友人?一体いくつ年離れてるんだよ!」
あえてカルロには返事はせず、二人の会話に入ってきたイオに、カルロはしっかり付いてくる。
が、見事に無視される。
「ねぇ、ライは、今何歳?」
ショウでさえもかまわない。
「歳は、今年で十三だよ。」
「…‘歳は’?……じゃあ、何年生まれ?」
「はぁ?何言ってんだよ。十三歳つったら…今が1623年だから……1610年じゃねぇのか?」
「違うよ。」
「まぁ、多少の誤差は…」
「生年1558年。」
「「……はぁ?」」
二人は、思わず声を揃えて聞き返した。
「…というと…1623-1558で…今生まれて…六五年目?」
「……?うん、そうだけど?」
当たり前という顔で言うライに二人は混乱し…
「…………?」
イオに、必死で目で訴える。
「あぁ、確かに十三だよ。父に会ったときは九歳だったらしいけどね。」
笑顔で答えるイオだが、それでは答えになっていない。…確信犯だろうが。
「どういうことだ!教えろ、坊主!!」
「何故、初対面の人間にそんなことを?僕、面倒臭いこと、嫌いなんだけど。」
ライは、悪魔でも悪気は無い様子。
「なんだと~!!」
「せいぜい悩め。」
イオは、叫ぶカルロを冷たくあしらう。
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