王は膝を折らない。ただし、退路は選ぶ
婚約破棄の余波は、すでに個人の問題では収まりません。
そしてついに、“本来動くべきではない存在”が動き出します。
ここから一気に、状況が加速していきます。
王城、謁見の間。
普段は静謐に保たれる空間に、重たい空気が満ちていた。
玉座の上、王は沈黙している。
その視線の先には――
銀髪の令嬢、エレノア・フォン・ヴァイスハルト。
そして、朱の髪の令嬢、カグラ・フォン・アマツ。
この国の“両翼”が、並んで立っていた。
「……エレノア嬢」
王が、ゆっくりと口を開く。
「昨夜の件、余も報告を受けている」
「恐れながら、事実でございます」
淀みのない返答。
「では確認しよう」
王の声は低く、重い。
「当該発言は、正式な婚約破棄としては成立していない。そうだな?」
「はい。王の裁可、並びに両家の合意がない以上、無効でございます」
「……そうか」
短い沈黙。
王の視線が、わずかに横へ流れる。
「カグラ嬢。そなたは、どう動く」
「どうもこうもないで」
即答だった。
軽く笑い、肩をすくめる。
「契約や。ウチが出る番やろ」
場の空気が、さらに重くなる。
「……相互介入契約か」
「よう知っとるやん」
にやりと笑う。
「そらそうや。あれ結ばせたん、あんたやろ」
謁見の間に、わずかなざわめきが走る。
王は否定しない。
「……国家安定のための布石であった」
「せやな」
カグラはあっさり頷く。
「ほな今回も、その“安定”のために動くだけや」
「結果として、騒乱を招く可能性があるとしてもか」
「あるやろな」
あっさり認める。
「でもな」
一歩、前に出る。
「もう騒乱寸前なん、あんたも分かっとるやろ?」
王は答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
「……エレノア嬢」
再び、王が呼ぶ。
「そなたの要求は」
「現時点では、確認のみでございます」
「確認?」
「はい」
静かに頷く。
「昨夜の発言が王家の正式意思でないこと。それを明確にしていただければ」
「……それだけでよいのか」
「現時点では」
含みのある言い方だった。
「だが、その後は?」
「状況に応じて、必要な措置を」
あまりにも淡々とした言葉。
だが、その裏にある重さは、誰もが理解していた。
王は目を閉じる。
(ここで誤れば、終わる)
西を敵に回せば、国は干上がる。
東を敵に回せば、国は崩れる。
そして今、その両方が動こうとしている。
(選択を誤るな)
ゆっくりと、目を開く。
「……昨夜の発言は、王家の正式意思ではない」
はっきりと言い切った。
空気がわずかに緩む。
「よって、当該婚約は現時点において有効とする」
「承知いたしました」
エレノアが静かに頭を下げる。
「それでええわ」
カグラも軽く頷く。
だが。
「……ただし」
王の声が、再び場を引き締める。
「責任は、取らせる」
その言葉に、温度はなかった。
「当然でございます」
エレノアが即答する。
「どの程度まで行くか、見物やな」
カグラは楽しそうに笑う。
その瞬間。
謁見の間の扉が、勢いよく開かれた。
「父上!」
現れたのは、王子だった。
「このような場で何を――」
言葉が止まる。
視線の先に、二人の令嬢。
そして。
王の、冷たい視線。
「……来たか」
その一言に、すべてが込められていた。
王子は理解する。
自分が、どれほどのものを敵に回したのかを。
だが、もう遅い。
すでに、盤は動いている。
戻すことは、できない。
謁見の間に、重たい沈黙が落ちた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ここで、ようやく“この国の力関係”が見えてきます。
次話では、その均衡を崩しかねない存在――聖女が本格的に関わってきます。
よろしければ、引き続きお付き合いください。
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