その一言で、国が揺れた
婚約破棄は、個人の問題で終わる――はずでした。
ただし今回、その“相手”と“状況”が少しばかり特殊だったみたいです。
夜会が終わる前に、噂は広がっていた。
いや、終わる頃には、すでに遅かった。
「聞いたか?」
「ああ……王子が、やったらしいな」
囁きは小さく、だが確実に広がる。
「西の公爵令嬢に婚約破棄を宣言したらしい」
「……それだけじゃない」
誰かが低く言う。
「東のも、敵に回した」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……終わりですな、この国」
否定する者はいなかった。
「西の資金が止まったらどうなる?」
「三ヶ月で国庫が枯れる」
「東が動いたら?」
「一週間で首都が落ちる」
淡々とした会話。だがその内容は、あまりにも重い。
「なぜだ……なぜそんな相手に喧嘩売ったんだ」
「知らん。聖女に入れ込んだらしい」
「……ああ」
それだけで通じた。
誰もが理解してしまった。
もう取り返しがつかないと。
「もう他国にも情報飛んでるぞ」
「は?」
「西の交易網だ。もう動いている」
「早すぎでしょう……」
「東の傭兵もざわついているらしい」
「まだ何も起きていないのに?」
「起きる前に動く。それがあの連中だ」
再び、沈黙。
「……誰か止めろよ」
「無理だ」
即答だった。
「王でも止められん」
誰も反論しなかった。
それが、この国の現実だった。
その頃にはもう、“ただの婚約破棄”ではなくなっていた。
王城。
重厚な扉の向こう、王はひとり沈黙していた。
机の上には、複数の書簡。
すでに公式報告とは別の経路からも、情報は届いている。
すべて一致していた。
間違いなく、事実。
ゆっくりと目を閉じる。
(なぜだ……)
思考が重い。
(なぜ、“完成していた盤面”を崩した)
西方公爵家。
東方公爵家。
どちらも、この国の柱だった。
(あれは……)
拳がわずかに震える。
(我が国の未来だったはずだ……)
王は頭を抱える。
「……陛下」
側近が、慎重に声をかける。
「西方公爵家より問い合わせが来ております」
「内容は」
「先の発言の真意を問う、とのことです」
短い沈黙。
「……東は」
「まだ動きはありません」
だが、それが一番怖い。
「……“まだ”か」
王は小さく呟いた。
動けば終わる。
動かぬ今は、嵐の前だ。
同時刻。
東方公爵邸。
「で?」
朱の髪の少女――カグラ・フォン・アマツが、椅子に深く腰掛けたまま笑う。
「夜会、めちゃくちゃやったな」
「はい」
側近が静かに頷く。
「殿下の発言は正式な場でのもの。証人も多数おります」
「まあ、そうやろな」
カグラは肩をすくめる。
「目の前で見てたし」
軽く言い放つ。
「アホやなぁ、ほんま」
くつくつと笑う。
「で、西は?」
「現在、まだ公式な動きはありません」
「……ふーん」
一瞬だけ、目が細くなる。
「ほな、ウチの番やな」
「動かれるのですか」
「当たり前やろ」
即答だった。
「契約や」
側近がわずかに目を伏せる。
「西方公爵令嬢との、相互介入契約」
「そや」
カグラは楽しそうに笑う。
「“あいつに何かあったら、ウチが出る”」
「そういう約束や」
指先で机を軽く叩く。
「今回は、完全に該当やな」
「しかし、これは国家間問題に発展する可能性が――」
「するやろな」
あっさりと言う。
「ほな尚更や」
にやり、と笑う。
「ウチが出んと、おもろないやろ?」
その言葉は軽い。
だが、その裏にあるのは。
国家を動かす意思だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この時点で、すでに“個人の問題”ではなくなっております。
次話では、いよいよ王家が動き出します。
よろしければ、引き続きお付き合いください。
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