婚約破棄と、2人の悪役令嬢
婚約破棄から始まる、よくある話――のはずでした。
ただし今回、その相手は少しばかり“間違っていた”ようです。
軽めのコメディ寄りで進みますので、気楽にお楽しみください。
婚約破棄?──ああ、それ“誰の許可で?”
王都最大の夜会は、完璧な均衡の上に成り立っていた。
音楽、笑い声、グラスの触れ合う音。
そのすべてが、決して崩れぬ秩序の中にあるはずだった。
「エレノア・フォン・ヴァイスハルト!」
その一声で、空気が裂けた。
「私はお前との婚約を破棄する!」
場が静まり返る。
誰もが知っている。これは断罪だ。
王子が悪役令嬢を切り捨てる、ありふれた一幕。
だが。
「……はあ」
漏れたのは、悲鳴ではなく呆れたため息だった。
銀の髪を揺らし、エレノアはゆっくりと顔を上げる。
「確認いたします」
静かな声。
「その発言は、王家としての正式決定で?」
ざわ、と空気が揺れる。
王子は鼻で笑った。
「当然だ。私は王子だぞ?」
「なるほど」
エレノアは扇を閉じた。
「では、その発言には効力がございません」
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「殿下の権限では、当該契約の破棄は成立いたしません。
必要なのは王の裁可、あるいは両家の合意。いずれも満たしておりません」
わずかに微笑む。
「つまり今のは、ただの宣言ごっこでございます」
空気が凍る。
「……くくっ」
その沈黙を破ったのは、楽しげな笑い声だった。
「おもろいやん、それ」
ゆっくりと前に出たのは、朱の髪の令嬢。
東方公爵家の嫡女、
カグラ・フォン・アマツ。
「なあ王子様」
にやりと笑う。
「それ、ほんまに通る思ったん?」
「き、貴様……!」
「ウチ?東の公爵家やけど」
一瞬で黙らせる。
「で?」
首をかしげる。
「権限もないのに、なんでそんな大口叩いたん?」
「私は王子だぞ!」
声が裏返る。
「その私に逆らうというのか!」
「逆らう、とは?」
エレノアが淡々と返す。
「成立していないものを、成立していないと申し上げているだけです」
「要するにやな」
カグラが肩をすくめる。
「寝言やで、それ」
誰も笑わない。
笑えない。
ただ一人を除いて。
「……っ、貴様ら!」
王子の顔が真っ赤に染まる。
「この場での発言の意味を理解しているのか!」
「ええ」
エレノアは頷いた。
「証人多数の場における、不適切な権限行使未遂。
および契約関係の誤認による外交問題の誘発」
「簡単に言うとな」
カグラが笑う。
「国を傾けかけとるで、あんた」
ざわ、と空気が揺れる。
ようやく周囲が理解し始める。
これはただの婚約破棄ではない。
もっと致命的な何かだと。
「……撤回すれば問題ないだろう!」
王子が叫ぶ。
「できません」
即答だった。
「すでに公の場で発言されました。
覆すには、それ相応の代償が必要となります」
「例えば?」
王子が問う。
エレノアはわずかに考え、
「王族の責任問題、でしょうか」
「軽く言うとやな」
カグラが笑う。
「国外追放ぐらいで済んだらラッキーちゃう?」
「なんでや!!」
夜会は、完全に崩壊した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この後、話は一気に“個人の問題では済まない方向”へ進んでいきます。
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