7.冷めた余熱、あるいは届かない宣誓供述
「……強力、どころじゃないわね。その店長の娘さん、湊くんが厨房で一番頼りにしてる人よ」
翌日の昼休み、結衣は莉央から聞いた話を反芻し、忌々しげに唇を噛んだ。
「昨日もね、湊くん、その人と専門的な機材の話をしてる時、本当に楽しそうに笑ってた。……正直、私も悔しい。私だって湊くんのこと、いいなって思ってるのに……あんな『同じ景色を見てる人』に割り込む隙なんて、今の私にもないわ」
「やだぁ……結衣までそんなこと言わないでぇ……。湊を、湊をどこにも行かせないでよぉ……っ」
莉央はなりふり構わず結衣の腕に縋り付き、泣きべそをかいた。結衣は「あんたの自業自得でしょ」と突き放すこともできず、ため息をつきながらその背をさする。
「泣いてる暇はないわよ。湊くんのお母さんから貰った『最後のチャンス』、どう活かすか考えなきゃ。……まずは、あの親友くんにも話を通しましょう。あいつなら、今の湊くんの『本音』の解像度が一番高いはずだから」
放課後。二人は教室に残っていた湊の親友、海斗の元へ向かった。
莉央が涙ながらに語る「幼稚園の頃の約束」と「今までの傲慢な勘違い」、そして「絶望的な現状」。それを聞いた海斗は、困惑を隠せない様子で後頭部を掻いた。
「……悪いけど、水瀬。俺、あいつと入学以来ずっと一緒にいるけど、つい最近までお前らが幼馴染だってこと、一ミリも気づかなかったわ。客観的に見て……いや、客観的に見るまでもなく、お前らってただの『他人』だろ? 今の状況じゃ」
海斗の言葉は、悪気がないだけに鋭利な刃物となって莉央を切り裂く。
「この前の廊下での会話もそうだけどさ。湊、お前のこと吹っ切ったあとは、本当に清々しい顔してるんだ。あいつにとって、お前との思い出はもう『綺麗に梱包して屋根裏にしまった宝箱』なんだよ。今さらそれを無理やり開けて、今のあいつを混乱させるのが、本当にあいつのためになるのか?」
「……う、うわあああん!」
莉央がまたしても泣き崩れる中、結衣が海斗の前に一歩踏み出した。
「わかってる。わかってるわよ。でも、このままじゃ莉央の時間が一生止まったままなの。……お願い、海斗くん。ダメ元でいい。一度だけ、湊くんに莉央の気持ちを伝えてみてくれない? 莉央がずっとあいつだけを思って、不器用に空回りしてたってことを」
海斗はしばらく沈黙し、窓の外に広がるオレンジ色の空を見つめた。
親友として、湊がどれほど苦しんであの恋を「思い出」に変えたかを知っている。今さら掻き乱すのは本意ではない。
「……わかったよ。伝えるだけは、伝えてみる。でもな、これだけは言っておく」
海斗の瞳が、初めて真剣な色を帯びた。
「どんな結果になっても、俺は湊の味方だ。あいつが今の平穏を選ぼうが、新しい恋を選ぼうが、俺はあいつを責めないし、支える。……お前の『後悔』のために、あいつの『今』を壊すなよ」
莉央は言葉を失い、ただ激しく溢れ出す涙を拭うこともできずに、親友の覚悟の重さに震えていた。




