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5.溶け落ちた甘い夢、そして現実という名の冷え切った厨房

「……いい、莉央。落ち着いて今の状況を整理しなさい。あんた、自分がどれだけ詰んでるか分かってる?」


放課後の校舎の裏、結衣は手帳を取り出し、容赦なくペンを走らせた。その淡々とした口調は、まるで死刑宣告を読み上げる執行官のようだ。


「まず、接点。家は隣だけど、あんたは陸上部の朝練と居残り。湊くんは早朝から仕込みの予習をして、放課後は夜までバイト。登下校を合わせるなんて物理的に無理。クラスだって離れてるし、休み時間に行く口実もないわよね?」


「……っ、う、うん……。でも、お母さん同士が仲良しだから……」


「そのお母さんも『邪魔するな』って言ってるんでしょ? はい、外堀は埋まったわ。次、スクールカースト。あんたは男子に囲まれる一軍のエース。湊くんは地味な実益重視の二軍以下。周りは『あんな地味な奴が水瀬さんと?』って目で見てる。湊くんにとっては、あんたの存在自体がもはや『ストレス』なのよ」


莉央の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。けれど結衣の手は止まらない。


「トドメはバレンタイン。クラスの男子や部員には一生懸命手作りして、笑顔で手渡した。なのに、本命のはずの湊くんには市販の、しかもお母さん経由でポイ。……湊くん、パティシエ志望なのよ? 彼の目には、あんたが『自分以外の男のために一生懸命お菓子を作っている姿』しか映ってない。自分がもらったのは、ついでに買い出しで済まされた義理チョコだと思い込んでるわ」


「違うの、違うんだよぉ……。湊に恥ずかしいもの渡せなくて……っ」


「そんなの本人には伝わらない! バイト先の大学生のお姉さんたちはね、湊くんの好みをリサーチして、もっと大人なアプローチをしてる。湊くんが彼女たちの好意に気づくのは時間の問題よ。……ねえ、莉央。もう諦めたら? 正直、見てて痛々しいわ」


「う、うわあああああん!!」


ついに莉央が声を上げて泣き出した。しゃがみ込み、顔を覆って子供のように泣きじゃくる。おっとりとした普段の余裕など、微塵も残っていない。

結衣は溜息をつき、泣き崩れる親友の背中を、複雑な感情を込めてなだめるように叩いた。


「……最後、本当に最後のチャンスよ。湊くんのお母さんに相談してみなさい。それと、さっき一緒にいた海斗くん。彼なら、湊くんの本音を知ってるはず。彼らを味方につけられなかったら、もう終わりよ」


「……っ、ぐすっ。そ、それをしたら……湊と、結婚……できるの……?」


涙でぐちゃぐちゃの顔を見上げ、莉央が縋るように問う。

けれど、結衣は目を逸らした。

「……わからない。湊くんの心は、もうあんたのいない場所で、大人になろうとしてるから」


莉央は再び顔を覆い、夕暮れの校舎裏に、救いのない泣き声を響かせた。

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