第9話 地下から温泉の気配? ドリル戦車を作ろう
「わふっ! わふっ!」
見渡す限りの青空の下、黄金色の小さな毛玉が、ふかふかの黒土の上を元気に跳ね回っていた。
昨日、アルドの家族に加わったばかりの神獣の赤ん坊――ゴールデンレトリバーの姿をしたレオだ。泥だらけだった毛並みはマチルダの完璧なシャンプーによって光り輝き、今はリーリャが投げた木の枝を不器用な足取りで追いかけている。
「ふふっ、レオ、こっちですよ!」
「キュ~ン!」
リーリャがしゃがみ込んで両手を広げると、レオは短い尻尾をちぎれんばかりに振りながら、彼女の胸の中にダイブした。
開拓地での生活が始まって数日。過酷な逃亡生活で笑うことすら忘れていたエルフの少女の顔には、今や年相応の明るく無邪気な笑顔が咲き誇っていた。
その平和な光景を、アルドはログハウスの広々としたウッドデッキから目を細めて眺めていた。
「よく食べ、よく遊び、よく眠る。平和でいいことだ」
『ええ、レオちゃんのバイタルも極めて安定しているわ。それにしても、リーリャちゃんの植物魔法と私の培養土の相乗効果には驚いたわね。見て、あそこ』
アルドの隣にふわりと現れたマチルダのホログラムが指差す先には、昨日の「3分間農業」で育った見事な野菜たちが、太陽の光を浴びて宝石のように輝いていた。
真っ赤に熟れた巨大なトマト、はち切れんばかりのキャベツ、そして土から半分顔を出している丸々としたじゃがいもや人参。
「ああ。これだけ見事な新鮮な野菜が手に入ったんだ。しかも、家族も増えた。……となれば、今日の昼飯は少し気合を入れて『ごちそう』を作るとするか」
アルドが腕まくりをして立ち上がると、マチルダが嬉しそうにパチンと手を打った。
『大賛成よ! もちろん、お肉などの不足しているタンパク質は私が合成してあげるわ! 何を作るの?』
「採れたてのじゃがいもをたっぷり使って、『シェパーズパイ』を作る。それに、口直しに冷たいフルーツポンチも添えよう」
『完璧な栄養バランスね! すぐにキッチンを準備するわ!』
★★★★★★★★★★★
ログハウスのシステムキッチンに、トントントン……という軽快な包丁の音が響き渡る。
アルドの太く大きな手は、無骨な見た目に反して信じられないほど繊細で正確だった。魔導工学のミクロ単位の回路設計で培われた指先の感覚は、料理の仕込みにおいてもプロの料理人顔負けの技術を発揮する。
「まずは、王都から持参した玉ねぎと、今朝リーリャが追加の種から育ててくれたばかりの新鮮な人参を、芸術的なほど均一な細かいみじん切りにしていく」
独り言のように呟きながら、アルドは手際よく野菜を刻む。次に、マチルダの生体プリンターで合成してもらった上質なラムの挽き肉を、熱したスキレットに投入する。
――ジュワァァァァッ!
ラム肉特有の野性味あふれる香ばしい脂の匂いが、一気にキッチンを満たした。
肉の表面にこんがりと焼き色がついたところで、先ほど刻んだ香味野菜を加え、じっくりと炒め合わせる。野菜の甘みが引き出されたら、そこに特製のトマトペースト、赤ワイン、そしてローズマリーやタイムなどのハーブを惜しげもなく投入する。
「ここから弱火で煮詰めて、肉の旨味と野菜の甘みを完全に融合させた濃厚なグレービーソースに仕上げる」
グツグツと煮込まれる肉の香りに誘われて、外で遊んでいたリーリャとレオが「いい匂い……」と鼻をヒクヒクさせながらウッドデッキから覗き込んできた。
肉を煮込んでいる間に、アルドはもう一つの主役である「マッシュポテト」の準備に取り掛かった。
皮を剥いて柔らかく茹で上げた大量のじゃがいもをボウルに移し、熱いうちにマッシャーでなめらかに潰していく。そこに、濃厚なバターとたっぷりの生クリーム、そして隠し味に少量のナツメグと岩塩を加え、空気を含ませるように手早く練り上げる。
「よし、これでベースは完成だ」
アルドは耐熱性の深い陶器の皿を取り出し、底に熱々のミートソースをたっぷりと敷き詰めた。その上に、先ほど練り上げた黄金色のマッシュポテトを分厚く被せていく。
仕上げに、フォークの背を使ってポテトの表面に波打つような模様をつけ、最後に粉チーズをパラパラと振りかけた。
「これを、マチルダ特製のオーブンで一気に焼き上げる。表面のポテトがこんがりとキツネ色に色づくまでな。……その間に、デザートの準備だ」
アルドが振り返ると、キッチンの作業台には、先ほどリーリャが魔法で急成長させた、バスケットボールほどもある巨大な「スイカ」が鎮座していた。
「フルーツポンチといえば、こいつの出番だ」
アルドは包丁を入れ、スイカを上部3分の1のところで水平にカットした。鮮やかな赤色の果肉が顔を出す。
丸くくり抜く専用のスプーンを使い、スイカの果肉を次々とボール状にくり抜いていく。空になったスイカの皮は、そのまま巨大な器として使用する。
スイカの器の中に、くり抜いたスイカボール、マチルダが合成した色鮮やかなブルーベリーやラズベリー、そしてミントの葉をたっぷりと盛り付ける。
『仕上げは私に任せて!』
マチルダのアームが伸びてきて、冷え切った特製の「微炭酸シロップウォーター」をスイカの器の中に注ぎ込んだ。
シュワシュワシュワ……! という爽快な炭酸の弾ける音とともに、フルーツの甘い香りが広がる。見た目にも涼しげで、宝石箱のように美しい「丸ごとスイカのフルーツポンチ」の完成だ。
「チィィィン!」
ちょうどその時、オーブンから軽快な終了音が鳴った。
扉を開けると、暴力的なまでのバターと焼けたチーズの香りが、熱風とともにアルドの顔を撫でた。
表面のポテトは見事な黄金色に焼き上がり、フォークでつけた波模様の頂点はカリッと焦げている。そして隙間からは、マグマのように熱々で濃厚なミートソースがフツフツと泡を立てていた。
「完璧だ。さあ、飯にするぞ!」
★★★★★★★★★★★
「「いただきます!」」
広々としたリビングのダイニングテーブル。
アルドが大きめのスプーンでシェパーズパイをすくい上げると、サクッとしたポテトの層の下から、湯気を立てるミートソースがとろりと顔を出した。
それぞれのお皿に取り分け、熱いうちに口に運ぶ。
「……んんっ!!」
リーリャが一口食べた瞬間、目を真ん丸にして悶絶した。
オーブンで焼き上げられた表面のポテトはサクサクで香ばしく、中のポテトはバターと生クリームの風味をまとってクリームのように滑らかに溶けていく。
そこに、ラム肉の強烈な旨味と野菜の甘みが凝縮された濃厚なグレービーソースが絡み合い、口の中で爆発的な味のオーケストラを奏でるのだ。
「美味しい……! なんですかこれ、お肉の旨味とポテトの甘さが絶妙すぎます! 噛むたびにハーブのいい香りがして、無限に食べられちゃいそうです!」
「ああ、我ながら最高の出来だ。ポテトが新鮮で水分をたっぷり含んでいるから、これだけ滑らかなマッシュポテトになったんだ」
アルドも深く頷きながら、満足げに自分の料理を堪能した。
足元では、レオがマチルダ特製の「高級ビーフペレット」を猛烈な勢いで平らげている。
熱々のシェパーズパイをハフハフと味わった後は、口直しの「丸ごとスイカのフルーツポンチ」の出番だ。
冷えた器からフルーツと一緒に炭酸水をすくい、口に運ぶ。
「冷たっ! そして甘くてシュワシュワします!」
リーリャが嬉しそうに声を上げた。
濃厚なパイで火照った口の中を、スイカの瑞々しい甘さとベリーの酸味、そしてミントの香る冷たい微炭酸が、一気に爽やかに洗い流してくれる。
熱い、美味い、冷たい、爽やか。この無限ループは、まさに至福の時間だった。
「……あー、食った食った。大満足だ」
アルドが食後のコーヒーを飲みながら、深くソファに背中を預けた時のことだった。
『アルドくん、お腹がいっぱいになったところで、ちょっといい報告があるわよ』
食器の片付けを全自動で済ませたマチルダのホログラムが、ウキウキとした様子でアルドの前に現れた。
「ん? なんだ、防衛レーダーにまた何か引っかかったのか?」
『ううん、逆よ! 今日リーリャちゃんが畑を広げたから、今後の農業計画のために地殻の成分と水分量を深くスキャンしてみたの。そしたら……』
マチルダは空中に、ログハウス周辺の地下構造を示す立体ホログラムマップを投影した。
『地下800メートル地点に、極めて純度が高く、豊富なミネラルを含んだ「巨大な熱水鉱床」……つまり、大湧出量の「温泉脈」を発見したわ!』
「お、温泉だと!?」
アルドは持っていたコーヒーカップをテーブルに叩きつけるように置き、ガタッと身を乗り出した。
「源泉かけ流しの温泉。それは、俺が王都での過酷な配管工生活の中で、いつか絶対に手に入れたいと夢見ていた至高のリラクゼーションじゃないか……!」
『ええ! 温度も泉質も完璧よ。疲労回復、美肌効果、神経痛の緩和など、効能は数え切れないわ。リーリャちゃんのお肌ももっとツルツルになるわよ!』
「ほ、本当ですか!?」
エルフの少女も、目を輝かせてホログラムのマップに釘付けになった。
「よし、決まりだ! すぐに掘り当てて、至高の露天風呂を作るぞ! だが、地下800メートルとなると、普通のスコップじゃ何年かかるか分からないな」
『私の主砲で縦穴を開けましょうか?』
「馬鹿言え、それじゃあ熱水ごと蒸発して、ただの底なしのクレーターになっちまう。温泉を傷つけず、周囲の岩盤を崩さないように垂直に掘り進める、繊細な『専用の道具』が必要だ」
アルドの瞳の奥に、魔導工学師としての――いや、筋金入りの「DIY職人」としての熱い炎が燃え上がった。
ログハウスの建築ではマチルダに完全に主導権を握られてしまったが、今回ばかりは自分の腕の見せ所だ。
「マチルダ、お前の掘削パーツとナノバインダーの出力制御を、俺に預けろ。俺の『超精密魔力操作』で制御回路を編み上げて、全自動の温泉掘削機をクラフトする!」
『ふふっ、面白そうね! お母さんも全面的に協力するわ!』
★★★★★★★★★★★
ログハウスの裏庭。
アルドとマチルダによる、前代未聞の共同工作作業が始まった。
アルドは作業用エプロンを締め直し、両手に青白い魔力を纏わせる。彼のミクロ単位の魔力操作によって、複雑な指示を出すための「魔導制御基盤」が空中に織り上げられていく。
「マチルダ、外殻パーツの成形を頼む! 先端はチタン以上の硬度を持つ多重螺旋ドリル。ボディは排土性を考慮した円筒形だ!」
『了解よ! ナノバインダー、形成開始!』
マチルダのアームが動き、周囲の岩盤から成分を抽出して、眩い銀色に輝く装甲と巨大なドリルを瞬時に組み上げていく。
「よし、次に俺が組み上げた制御基盤をコアに接続する。掘り進めると同時に、マチルダのナノマシンを壁面に放出し、穴が崩れないように超硬度の『ケーシング』を自動形成させるプログラムだ」
『完璧なロジックね、アルドくん! これなら、地下水脈を汚すことなく、真っ直ぐに源泉まで辿り着けるわ!』
アルドの魔法と、マチルダの超科学。
本来なら相反するはずの二つの技術が、アルドの天才的な調整力によって完璧な融合を果たす。
バチバチッ! という魔力の火花と、ウィンウィンと唸る機械の駆動音。アルドの顔には、王都では決して見せなかった少年のようにイキイキとした笑みが浮かんでいた。
そして作業開始からわずか1時間後。
「完成だ……!」
アルドが額の汗を拭い、満足げに息を吐いた。
目の前に鎮座しているのは、全長2メートルほどの小型ながらも、無骨で力強いキャタピラと、先端に巨大な銀色の螺旋ドリルを備えたマシンだった。
全体的に丸みを帯びたフォルムは、どこかモグラを思わせる愛嬌がある。
「名付けて、全自動温泉掘削子機『モグドリル1号』だ!」
『うふふ、可愛い子機ができたわね! さあ、さっそくお仕事開始よ!』
アルドが起動スイッチを入れると、モグドリル1号のドリルがギュイィィィン! と猛烈な勢いで回転を始めた。
「行け、モグドリル! 俺たちの温泉の夢はお前に託したぞ!」
「がんばれー!」
リーリャとレオが見守る中、モグドリル1号は地面に向かって垂直にダイブした。
ズギュルルルルルッ!! という、硬い岩盤を豆腐のように削り取っていく豪快な掘削音が、大地の底に向かって響き渡る。
泥を排出し、壁を自動で補強しながら、ドリル戦車は恐るべきスピードで地下800メートルの源泉を目指して潜っていく。
「ふぅ……。これで掘削はモグドリルに任せればいい。さて、俺も休んでいる暇はないぞ」
アルドは夜空を見上げながら、さらなるやる気をみなぎらせて腕まくりをした。
「地下800メートルから噴き出す熱水をそのまま湯船に引いたら、熱すぎてとてもじゃないが入れたもんじゃないからな。完璧な温度に調整するための熱交換器と、湯船に安定して供給し続けるための魔導ポンプの設計図を引かなくちゃならない。ここからが配管工の本当の腕の見せ所だ」
王都では誰も評価してくれなかった、地味で泥臭いインフラ整備の技術。それを今、誰に指図されるでもなく自分のためだけに、最高のリラクゼーション空間を創り出すために全開で振るうことができる。
アルドはこれから完成するであろう極上の露天風呂の姿を思い描き、たまらずニヤリと笑った。
温泉が湧けば、この開拓地のスローライフは、いよいよ究極の癒やし空間へと進化を遂げることになる。




