第4話 対消滅砲で森を更地に。整地が1秒で終わる件
翌朝。アルドは、これまでの30年の人生で一度も経験したことがないほど、完璧で爽快な目覚めを迎えた。
「……あー、よく寝た」
大きく伸びをすると、身体の節々からパキパキと小気味良い音が鳴る。
王都の宮廷で働いていた頃、彼の朝といえば「鉛のように重い身体を引きずって起き上がり、痛む胃をさすりながら昨夜の魔導回路の設計図を睨みつける」という最悪なものだった。
だが今は違う。マチルダがナノマシンで岩盤から再構築した極上のマットレスは、アルドの骨格と筋肉の疲労を寝ている間に完璧に分散させ、深く静かなまどろみへと誘ってくれていたのだ。
「おはよう、アルドくん! 素晴らしい朝ね。睡眠スコアは98点、細胞の疲労度も劇的に回復しているわ!」
ベッドから起き上がると、洞窟の空間に投影されたマチルダのホログラムが、満面の笑みで出迎えてくれた。
彼女の手にあるお盆の上には、湯気を立てる朝食が乗っている。
「おはよう、マチルダ。……なんだか、本当に身体が軽いな。王都にいた頃の慢性的な頭痛も嘘みたいに消えている」
「当然よ。私が昨日の夜に飲ませた特製ポタージュと、この寝床の相乗効果だもの。さあ、顔を洗って朝ご飯にしましょう。今日は『開拓初日』なんだから、しっかり食べないとダメよ!」
アルドはマチルダに言われるがままに、用意された洗面台で顔を洗い、朝食の席についた。
メニューは、こんがりと焼けた厚切りのトーストに、色鮮やかな温野菜のサラダ、そしてふわふわのスクランブルエッグだった。
「これ、全部お前が合成したのか?」
「ええ! タンパク質とビタミン、そして朝の脳の働きを活性化させるための良質な糖質を完璧な比率で配合してあるわ。味にも自信があるわよ」
アルドがフォークでスクランブルエッグを口に運ぶと、濃厚な卵の甘みとバターの香りが口いっぱいに広がった。野菜も驚くほど瑞々しく、シャキシャキとした食感が心地よい。トーストは外がサクッと、中はもっちりとしており、添えられた甘酸っぱい果実のジャムとの相性も抜群だった。
合成食料といえば、王都の軍隊が持っていくような味のしないパサパサの「魔力ブロック」しか知らなかったアルドにとって、この味のクオリティは衝撃的だった。
「……美味い。悔しいくらいに美味いな」
「ふふん、たくさん食べてね!」
あっという間に完食したアルドは、温かいハーブティーで一息つくと、ポンと膝を叩いて立ち上がった。
「よし、腹も膨れたし、いよいよ外の状況を確認するとするか」
★★★★★★★★★★★
洞窟の入り口へ向かうと、そこにはすでに熱音響シールドを解除され、マチルダの作った特製ペレットをモシャモシャと咀嚼している愛馬の姿があった。
アルドが近寄って首筋を撫でてやると、馬はすっかり元気を取り戻した様子で、嬉しそうに鼻を鳴らした。
洞窟の外へ出ると、昨日の荒れ狂う嵐は嘘のように上がり、雲一つない青空が広がっていた。
眩しい朝日が、雨上がり特有の澄んだ空気を照らし出している。
「天気は最高だな。だが……」
アルドは顎の無精髭をジョリッと撫でながら、目の前に広がる光景に渋い顔をした。
王都から遠く離れたこの「デッドランド」は、ただ土が痩せているだけの荒野ではない。アルドが今立っている岩山の麓から見渡す限りの広範囲にわたって、黒々とした不気味な森が広がっていた。
「見事な『呪縛茨』の群生地だな。これじゃあ、拠点を作るどころか、足を踏み入れることすら厳しいぞ」
呪縛茨とは、マナの枯渇した死の大地で変異し、異常繁殖する厄介な植物だ。
太さは大人の腕ほどもあり、表面には鉄のように硬く鋭い棘がびっしりと生えている。おまけに水分を極端に嫌うため、魔法の炎で燃やそうとしても、表面が僅かに焦げるだけで中まで火が通らない。
通常の開拓民であれば、この茨の森を見ただけで絶望して引き返すレベルだ。王都の騎士団が総出で剣や斧を振るっても、1ヘクタールを切り開くのに数ヶ月はかかるだろう。
「地道にいくしかないか。俺の魔力操作で極細の『魔力カッター』を生成して、根元から少しずつ切断していく。切った茨は細かく刻んで、時間をかけて土壌改良の肥料にするとして……」
アルドは魔導工学師の頭脳をフル回転させ、泥臭い開拓の工程表を脳内で組み上げていく。
茨の伐採に1ヶ月、根を深く掘り起こして土を耕すのにさらに2ヶ月。まともな作物が育つ土壌になるまで、ざっと半年は見積もる必要がある。根気のいる作業だが、職人であるアルドにとって、そうした地道な苦労もまた開拓の醍醐味だと思えた。
「よし、まずは手前の数メートルから……」
アルドが気合を入れて袖をまくろうとした、その時だった。
『ちょーっと待ちなさい!!』
背後の洞窟から、けたたましい警告音とともにマチルダのホログラムが飛び出してきた。
「ど、どうしたマチルダ」
『どうしたじゃないわよ! 今、あなたの脳内から「泥まみれになって数ヶ月間肉体労働をする」という極めて非効率で不衛生な計画の気配を検知したわ!』
「気配ってなんだよ……。いや、でも開拓ってのはそういうもんだろう? まずは土地を平らにして、土を耕して……」
『却下! 大却下よ!』
マチルダは腕で大きくバツ印を作った。
『可愛いアルドくんに、そんな棘だらけの森で泥水にまみれながら過労死の真似事をさせるわけにはいかないわ! 私の愛するマスターの柔らかな手は、もっと創造的な仕事のためにあるのよ!』
「俺の手、どっちかというと油ダコだらけの職人の手なんだが……」
『細かいことはいいの! 下がっていなさい、拠点作りのお庭のお手入れは、お母さんがパパッと終わらせてあげるから!』
ズズン……! と、大地が震えた。
洞窟の奥から、全長5メートルの多脚戦車が、その重厚な漆黒の装甲を朝日に鈍く光らせながら姿を現したのだ。
6本の太い脚が岩場をがっしりと掴み、機体の上部――昨日アルドが見た時には格納状態だった「巨大な二門の砲身」が、ガチャリ、ガチャリと複雑な駆動音を立てながら前方へとせり出してくる。
アルドの背筋に、冷たい汗が流れた。
「お、おいマチルダ! まさかお前、昨日の夜に言っていたアレを撃つつもりじゃないだろうな!? 普段は絶対に使わないって言ってたじゃないか!」
『ええ、そうよ? 拠点防衛および整地用、主砲「対消滅荷電粒子砲」。出力リミッターを極大まで設定して、お掃除モードで照射するわ』
「話を聞け! 対消滅なんて撃ったら、森どころかこの地形一帯が消し飛んで巨大なクレーターになっちまうぞ! 俺はここでスローライフを送りたいんであって、世界の終わりを見たいわけじゃない!」
アルドが必死に叫ぶと、砲身の横に投影されたマチルダのホログラムが「ふふっ」と得意げに笑った。
『大丈夫よ、信用して。私が「お庭のお手入れ」でホコリが舞うような真似をすると思う? 通常出力だと辺り一面が砂埃だらけになるから嫌なだけ。出力は最低の最低、定格の0.0001パーセント。対象を「植物由来の有機物および地表から1メートルまでの岩石」に限定して、分子結合を優しく解くだけよ。お掃除モードならホコリ一つ出さずに綺麗になるから使うの!』
優しく解く、という言葉のチョイスがすでに兵器のそれではない。それに、ホコリが出ないから撃つというオカン特有の異常なロジックに、アルドは頭を抱えた。
だが、アルドがさらに何かを言う前に、マチルダの機体から「ヒィィィィン……」という、空間そのものが共鳴するような高いエネルギー充填音が響き始めた。
二門の巨大な砲身の先端に、青白い光の球が収束していく。
『対消滅荷電粒子砲、出力0.0001パーセント。ターゲット、前方の呪縛茨の群生地一帯。……お掃除、開始!』
ドォォォン! という、鼓膜を破るような轟音をアルドは覚悟し、両手で耳を塞いだ。
しかし――音はしなかった。
「……え?」
代わりにアルドが見たのは、砲身の先端から放たれた、目に見えない「波紋」のような空間の揺らぎだった。
陽炎のように揺らぐその波面は、放射状に広がりながら、目の前の広大な黒い森へと吸い込まれていく。
熱も、風も、爆音もない。ただ圧倒的な静寂だけがあった。
波面が通過した瞬間、アルドの視界に信じられない光景が広がった。
鉄のように硬いはずの呪縛茨が。
天を突くようにそびえ立っていた枯れ木が。
そして、地表に露出していたゴツゴツとした岩の塊が。
それらすべてが、まるで細かな砂の城が崩れるように、音もなくサラサラと崩壊していくのだ。
燃えているわけではないため、煙も焦げ臭さも一切ない。巨大な質量を持っていたはずの森が、文字通り「一瞬にして」ナノレベルの細かな粒子へと分解され、大気中に溶け込むように消えていく。
そして、波面が完全に通り過ぎた後。
数秒前まで、王都の騎士団が数ヶ月かけても切り開けないような魔の森だった場所は――。
「……う、嘘だろ……」
アルドは、信じられないものを見る目でその場に立ち尽くした。
森は完全に消滅していた。
見渡す限りの広大な土地が、見事なまでに真っ平らに「整地」されている。
それだけではない。
アルドはフラフラと歩み寄り、かつて森だった場所の土を両手で掬い上げた。
「これは……」
指先から伝わってくるのは、デッドランド特有の乾いてひび割れた死の土の感触ではない。
しっとりと水分を含み、空気の層をたっぷりと孕んだ、ふかふかで柔らかい土だ。
鼻を近づけると、雨上がりの森のような、命の息吹を感じさせる豊かな土の匂いがする。
『えへへ、どう?』
マチルダのホログラムが、アルドの隣にふわりと降り立って胸を張った。
『ただ吹き飛ばすだけじゃもったいないからね。対消滅で分子レベルに分解した直後に、昨日ベッドを作った時と同じナノバインダー・プロセスを広域展開したのよ。分解した植物の有機物と岩石のミネラル成分を抽出、再結合させて、最高級の「培養土」として地表に定着させたの。これで、どんな作物を植えても明日にでも芽が出るわよ!』
「……お前、自分の主砲をなんだと思ってるんだ」
本来なら都市を一つ丸ごと消滅させるための絶対的な殺戮兵器。
それを、極限までの出力調整と、ナノレベルの再構築という超高度な演算処理によって、一瞬にして「森を最高の農地に変える」という究極の農業チートとして使ってのけたのだ。アルドの持つ魔法の常識など、はるか彼方に置き去りにする恐るべき技術体系だった。
アルドは、手の中のふかふかの黒土を見つめ、それから背後にそびえるマチルダの重厚な機体を見上げた。
そして、無精髭をさすりながら、盛大にため息をつく。
「……王都の馬鹿共がこれを見たら、泡を吹いて気絶するだろうな」
『あら、お行儀の悪い人たちはこのお庭には立ち入り禁止よ? さあアルドくん! 邪魔な雑草は綺麗になくなったことだし、次はいよいよ「お家」を作りましょう!』
マチルダが楽しそうに両手を打つと、多脚戦車の本体から、昨日ベッドを作った時と同じ「ナノバインダー」のノズルを備えた複数のマニピュレーターがシャキッと伸びた。
王都を追放されてから、わずか数日。
本来なら絶望と苦労に満ちているはずの辺境開拓は、この過保護で規格外な「オカンAI」のおかげで、もはや整地が1秒で終わるという未知のカタルシス領域へと突入していた。
アルドは苦笑しながら、靴底から伝わる極上の土の感触を踏みしめ、果てしなく広がる自分だけの「領地」へと足を踏み出した。




