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第二話


「え、夏生どんだけ食べるの?」


 一頻り即興音楽に勤しみ、今後の活動の参考になるようにと緑が持ってきた五線譜に楽譜を作成していく作業をしてから、最寄り駅の近くのハンバーガーショップを訪れた四人だったが、なにせ夏生の買ってきたバーガー類の量がとてつもない。

 トレーの上に山のように乗せられた商品に荒井姉弟は驚愕する。しかし、秋菜は一人冷静だった。


「夏くん、燃費悪いから」

「食っても食っても腹減るんだよ」

「その割には痩せてるよね?」

「やせの大食いですね」


 がはは! と豪快に笑ってからバーガーに齧り付くさまはいっそ見ていて清々しい。


「でも、あれだよな。緑たちの家にスタジオあるならスタジオ代浮くってことか」

「そうだね。うちの設備で良かったらだけど」

「十分だよ~。じゃあ、その代わりに差し入れ、用意するね」

「あ……、ありがとうございます」


 そこで、緑は弟の変化に気付いた。

 仄かに頬が赤く、いつもより覇気がないのだ。

 まあ、青はどちらかと言えばいつも覇気のない性格をしているが、今日はなんだか、遠慮をしている?

 体調でも悪いのか、と緑は弟の様子を観察していた。

 そして、弟が熱視線を送る相手に気付いた。秋菜だ。

 席順は、緑の向かいに夏生、夏生の隣に秋菜、秋菜の向かいに青。となっているが、青は秋菜に熱視線を向けては、視線が絡まると慌てて逸らして、秋菜が夏生や緑を見ていると熱視線を彼女に送る、ということをしていた。


「(ほう……、青にもとうとう初恋か)」


 緑は心の中でにやり、と笑った。

 ねーちゃん大好き青くんが、とうとう恋をしたのだ。

 あのシスコンな弟が、とうとう他所様の女性に惹かれたのだ。

 帰ったら赤飯炊こうかな? と策略する緑だったが、不意に、ぽっかり心に穴が開いた気がした。

 青がいなくなったら、自分は独りになるのだろうか……。

 ちくり、と胸が嫌に痛んだ。

 自分も、恋ができるようになるのだろうか。それとも。

 緑は笑顔で会話をしながら、心では涙目だった。


 二十時には、最寄り駅で挨拶をして二組の姉弟は別れた。

 秋菜の後姿を見つめる青を笑いながら小突いてから、緑は歩き出す。


「ねーちゃん、なに?」

「明日のお弁当にお赤飯入れてあげるね」

「え? なんで?」

「さあね。自分の心に聞いてみな」


 しばらく青は緑と並んで歩いていたが、段々歩くスピードが落ちて、次第に立ち止まってしまった。そして、今はその場で真っ赤になり、ぷるぷると震えている。


「ち、ちが、ねーちゃん、ちがう!」

「はいはい、反論は聞きません~」


 青は、自覚してしまったのだ。

 井岡秋菜が、好きだと。恋焦がれていると。


「ね、ねーちゃんはどうなの?」

「うん?」

「な、夏生さんとどうにもならないの?」

「うん? 夏生?」


 緑は考えるようなふりをするが、すぐにやめて、「あいつとはどーにもなんねーわ! がっはっは!」と豪快に笑い出した。


「なんで? 仲いいじゃん」

「あのな青、仲いいからと言って恋愛に発展するかといったら否なんだよ」

「異性との友情は永遠じゃないよ」

「永遠にするしかないの」


 青はその言葉の意味が解らなかった。でも、緑は、そうするしかない理由があった。

 夏生を気に入っているのは確かだ。夏生と男女の友情が永遠に続くと良いと思っている。夏生を気に入っているからこそ、恋愛じゃなくて、友情を貫くべきだし、ずっと一緒にいるにはそうするしかないのだ。


「わかんね」

「お子様はわからなくてよろしい」

「お子様じゃない」

「はいはい。で、秋菜サンのどこがいいの?」


 青は、むっとした後、熱っぽい表情で語り出した。


「さ、最初は大人しそうなひとだな、としか思ってなかった。でも、キーボードが、あの人の弾く旋律が、綺麗で……」


 この子は、心から音楽が好きなんだなと、緑は思った。心から音楽が好きだからこそ、音楽を楽しそうにやっている秋菜を好きになったのだ。


「そっか。いい人を好きになったね」

「うん。もっと、知りたい」


 緑はその日、高揚感と悲壮感でなかなか寝付けなかった。



 翌朝、流石に赤飯はやめたが、青の好きなおかずばかりのお弁当が出来上がっていた。


「弁当、なんか豪華だね」

「青くんの初恋記念だからね~」

「やめてくれ……」


 緑はニコニコしながら、朝食の白飯をお茶碗に盛った。

 青は洋食も好きだが、和食の方が好きで、尚且つ、朝は白飯じゃないと力が出ないタイプの人間なので荒井家では殆どの朝食が和食だ。

 青の朝食がいらない日なんかは、特別でフレンチトーストやサンドイッチなんかを作ったりする料理上手な緑だった。

 今日の朝食は白飯とうすあげと豆腐の味噌汁、だし巻き玉子、焼き鮭だ。


「ねーちゃん、料理上手くなったね」

「まあ、三年も三食作ってればね」

「いつもご馳走さまです」


 そういうやり取りをしていると、突然緑がニヤァと笑う。


「ど、どうしたの」

「いや、あんたがアタシ以外に『ごちそうさま』って言う日が近いと思うと、ね」

「ホントやめて。ねーちゃん、昨日から意地悪いよ」


 そうは言いつつ、緑は寂しさでいっぱいだった。


 井岡姉弟は、緑の最寄り駅で路線を乗り換えてくるので、朝の秋菜を見て登校できないのが寂しそうな青だったが、ねーちゃんが「頑張れ!」と喝を入れてくれたのでなんとか前向きに登校してみようと思えたようだった。

 緑が改札を抜けてホームに向かうと、前方に井岡姉弟が見えた。


「(相変わらずだな)」


 夏生は相変わらず秋菜の話を愛おしそうな表情で聞いている。


「(劣等感は、ないはず。アタシはアタシだし)」


 夏生に青に、秋菜のクラスメイト。

 周りの人間から好かれている秋菜に、少しの、嫉妬。


「(アタシには、青しか、いなかったのに)」


 不意に、夏生と視線が交わった。


「おー、緑」

「あ、おはよ~、緑ちゃん」

「おはよう、二人とも」


 じくじく、と腹が痛んだ。


「……緑? どうした?」

「え?」

「体調悪い? 顔、真っ青だよ?」

「だいじょう、……ああ、あれだ。生理だ」


 昨日から情緒が不安定だとは思っていた。今朝、予定日が近かったので当ててあったナプキンにはどろりとした経血がついていて、げっそりしたものだ。

 女子の宿命に、夏生は少し気まずそうにしていた。

 駅構内に、このホームに電車が入ってくるというアナウンスが響く。

 その最中、秋菜はスクールバックに着けた愛らしいマスコットの頭に着いたチャックを開けて何かを取り出していた。


「緑ちゃん、お薬あげる」

「あ、えっと、ありがとう!」


 結局、すぐに電車が来たのでその場ではその薬が飲まれることはなかった。

 秋菜は、ロキソプロフェンナトリウムを二錠くれた。


「アタシ、そんなきつくないんだけどな……」

「うん?」


 クラスについて、夏生と名前の順で前後ろになった席に着く。

 秋菜からもらった痛み止めを眺め、ポツリと呟いた。

 ロキソプロフェンナトリウムというと即効性のある痛み止めだ。

 効果の強さもほどほどにきついはず。


「秋菜サンって生理重いの?」


 朝から手作りのホットサンドに齧り付いている夏生は、バツの悪そうな顔をする。

 どうやら秋菜の手作りらしいので、なんだかごちゃごちゃな気持ちになる。


「あー、毎回死んでる。痛み止めは必須って言ってたな」

「あー……」


 緑も生理痛に関してはたまに痛み止めを飲む、という程度なので全く理解できないわけではないが、生理痛の重さ云々に関しては例え女子でも全員均等ではないため、一概には言えないのが現状か。


「まあ、今回はちょっとしんどいし、飲んどくか」

「おー、そうしな」


 持参した麦茶で痛み止めを飲み込む。

 優しく包み込むように痛みが消えた気がした。

 寂しさも消えてくれたらいいのに、と緑は心で泣いていた。


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