第36話 巨大イノシシが食料に見えるよ!
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俺たちは5人で散策に出かけていた。
特に苦も無く知っている限りで一番「きれいな川」にたどり着く。
道中で妖魔も魔獣もいない状態なんて初めてだった。たまに見る野兎や鹿もどきが可愛らしく見える。
追加の水の補給を終えると、全員で洗濯を始める。アヤノさんの『家事』スキルのおかげか、物凄い勢いで服が綺麗になっていく。見た事も無い木のみや葉っぱをブレンドして泡がわしゃわしゃと立っている。香りもいいし、天然の洗剤なんだなぁ……知識チートだな『家事』スキルは……このサバイバルだとすごい重宝されそうだ。
洗濯を終えると、川に小さい丸太棒を固定し、廃村で回収したシーツを幕にして俺がスキルで『固定』し女性陣が水浴びを始める。
『固定』って便利だけど……優秀過ぎだよな。四隅をきっちりと『固定』しすぎていてラッキーな状態は一切起きなかった。覗こうとしても不審な動きをすればナオエさんが一瞬にして気が付くだろう。気配察知の精度は恐ろしいからなぁ……
まぁ、そんなことはしないけど……したいけど……
ジンパチさんがなるべく幕の方向を見ない様に周囲を見渡す。ちょっとシルエットが見えちゃうんだよね……ジンパチさんは奥さん一筋らしく、彼女達に見向きもしないからなぁ……
「拠点はこの周辺で良いかもしれませんね、丁度高台になっている場所がそこにありますし水場も近いです。洪水が起きたとしてもあそこまでは水が上がらないでしょう。心配でしたら川方向を石で固めてしまってもいいかもしれませんね。」
「って事はここが拠点でいいんですかね?」
「おそらく。あとは妖魔の陣地がここからかなり先ですから……大分安全かと。巨大魔獣が出現しない限りは……」
「なるほど……あとは鬼人族と仲良くやれば大丈夫……って感じかなぁ……」
巨大魔獣はもうどうしようもないもんな。その時はすぐに逃げるしかないんだよね……とりあえずこの辺を偵察した感じでは、大きな足跡は発見できなかったし、ナオエさんが飛んで見回った感じだとここを根城にしている巨大な魔獣はいないとのことだった。勢力図が変わって魔獣が大移動すると駄目だけど……そこまで心配するのもなぁ……
二人で話し込んでいると、幕の中からナオエさんから注意が飛ぶ。
「カタシ君! 南のほうに大きな気配が来てる! 大丈夫そう?」
「あ、おけ」
俺とジンパチさんは南方向へと意識を向ける。随分前に見た巨大イノシシだなぁ……こっち来るのあれ? 布越しでもやっぱりわかるんだ。覗くのはやっぱり無理だな……って違う。集中しなければ。
……なんかふんふんと匂いを嗅いでうろうろとしている。
やり過ごせそうな気もするけど……
「どうします? 狩ります?」
「え?」
ジンパチさんが積極的だ。そういえばジンパチさんは『皮鎧君』と呼んでいた時代に見た時、イノシシを一人で解体してたんだったな。
あの時はすごく強そうに見えた気がする……
「じゃぁ……狩りますか。近づいてきたら」
「あ、来ますね……って、あ、方向がやばいかもしれません。幕に反応してるんでしょうか?……あ、何時もより大きいかも……」
洗濯で綺麗になったクリーム色のシーツに反応し、こちらの方にどすどすと迫力のある走りで近づいてくる。
ん? なんだ? イノシシって闘牛の牛なのか? シーツは赤くないぞ?? ってか目立つな、大自然にクリーム色の布って……
ジンパチさんが木の陰に隠れ地面に手を置く。空間を伝うよりも固体を通した方が『柔化』がしやすくなるそうだ。
……何かまったく緊張してないな、ジンパチさん……目がウキウキとしてる??
巨大イノシシが俺に気が付き、足をかきかきした後こちらの方へと突撃をしてくる。
ジンパチさんが接近してくる巨大イノシシが通る前足の地面を『柔らかく』する。
巨大イノシシは地面に足をめり込ませ、つんのめって回転しながら派手に転び大木にぶち当たる。
マンガやおもしろ動画みたいな動きだったな……そりゃジンパチさんがウキウキするわけか……
それにしても……でかいな……
俺は『固定』で大木と巨大イノシシの背中を固めて動けなくする。巨大イノシシは体全体を振り回して起き上がろうとするが起き上がれないようだ。まぁ、転んだ状態で体の一部分が『固定』されたらふつうの生物だったら起き上がれないよな……
【一応、このイノシシはエーテル含有量から「魔獣」にあたりますが……すごいものですね】
……魔獣だったのか……もう食べ物にしか見えない……
ジンパチさんが感心しながら巨大イノシシに近づいて地面に手をつく。
「凄いですね、大きすぎて泥沼に閉じ込められませんでしたよ」
そう言いながら地面を『柔化』させて巨大イノシシを半分地面に沈め、『柔化』を解く。文字通りの生き埋めだな……半分だけど。
ジンパチさんが動けない巨大イノシシの前足の付け根あたりを一突きする。槍を引き抜くと血が大量に出てくる。
慣れているな……あそこを突けばいいんだな。
【サバイバル本に載せてあるはずですが……】
え? 載ってたの? ……写真がグロすぎて詳しくみて無かったかも……ごめん。
【実際のものを見る方が「グロイ」かと思いますが……】
実際見ると現実感無いんだよね。なぜか……
【そういうものですか……】
ジンパチさんが槍をしまいながら巨大イノシシの周りをグルグルと回る。
「困りましたね……どうやって持っていきましょう……切り刻んで川に持っていくしかないですかね……」
「それだと血抜きがうまく行かないんじゃ? 吊るしてなるべく血を抜くんでしたよね、確か」
「ですがこの重量ですと……ステータスが上がった今でも厳しいんじゃないですかね?」
「確かに……軽トラくらいのサイズですもんね……」
「何百キロあるんでしょうか……」
「人……十人分はありそうですよね……」
二人でどうしようか悩んでいると、女性陣が着替えてこちらにやってくる。
なんか全員小ぎれいになった感じだな。
鬼人族にもらったこの世界の和風の様な平安時代のような着物が似合ってる。
アヤノさんがじっと巨大イノシシを見た後手を上げる。
「あの、私が何とかしましょうか?」
「え? アヤノさん……駄目だよ。話し合ったじゃない」
「……大丈夫よ。この人たちはあの人たちと大分違うわ。紳士的だと思うの」
「……うーん。確かにそうだけど……」
「サバイバル本によると早めの血抜きと、早めに冷水につける……って書いてあったから早くしないと」
「そうなんだけどぉ……」
「美味しいわよ、イノシシ、豚よりも美味しんんですって」
「うーん……いいのかなぁ」
何やら二人で俺たちの分からないことを相談しているが……
紳士的……覗かなかったからか? 覗きたかったけどナオエさんが……いや、いなくてもしてなかったな……嫌がることはしたくないし……
「はぁ……まぁいっか。美味しいごはん食べられるものね……ねぇ、このイノシシ、地面にめり込んでるんですけど?? なんで??」
「ああ、僕の『柔化』でめり込ませた感じになります」
「なるほどこれが地面が水になるスキルね……それじゃぁ、地面を『柔化』してもらった後、私の『プレッシャー』使って上に持ち上げるね。そのあとアヤノさんおねがい」
「わかったわ」
「え? そんな雑で大丈夫ですか? ……わかりました」
ジンパチさんの頭に疑問が残っているようだったが、地面を『柔化』させる。そのあとリンカさんが地面に手をつく。
ドンッ!!!
凄い衝撃音が走り、巨大イノシシが一瞬にして浮き上がる。これが『プレッシャー』のスキルか!?
文字通り『プレッシャー』……圧力を発するスキル?? 500キロ以上はありそうなのに……浮いた??
そして浮き上がった巨大イノシシをアヤノさんが……キャッチした。
……え? キャッチ??
ちょっと待て、おそらく500キロ以上あるぞ? この巨大イノシシ?
あまりに現実離れした光景に俺はぽかんとしてしまう。
「あ、体積が思ったよりあるみたいです、SPが減るのがわかります……早く吊るす場所を!」
俺たちは慌ててスキルを駆使して、獲物解体用吊るし具を二つ使って太い木の枝につるし上げる。
アヤノさんがスキルを解除すると太い木の枝が軽くしなり、吊るし具を吊るした枝がミシミシという。支給された吊るし具は頑丈だな。解体用ナイフみたいに壊れない感じだろうか?
色々と疑問を持ちながらも、全力で設置しやっと普通の解体が出来る状態になった……が、なんかすごいものを見た気がする。
「あの、もしかして、スキルは『怪力』?? とかですか?」
「いえ、『重量操作』ですよ」
「なるほど……それで……」
怪力だったら持ってた巨大イノシシを持っている場所以外は地面につくだろうし、持っている人間は地面にめり込むもんなぁ……全体を軽くできたから浮いてる感じだったんだね。
リンカさんが俺の事をまじまじと見る。
「カタシさん、アヤノさんが他にスキル持ってるのを不思議がらないんだね?」
「ああ、まぁ、『家事』だけじゃ生き残れないかなぁ……って思って」
「……まぁ、色々とありまして……」
ジンパチさんは話しを聞きながら止めを刺した場所以外を槍で突き刺し血抜きをする。その後、俺と一緒に二人がかりで解体を始める。
獲物が大きすぎたのでナオエさんの『伸びる』で台を作り、手際よく解体していく。
家事スキルに獲物の「解体」は入っていない様で、アヤノさんは補助に徹していた。
内臓を取り終わった後、アヤノさんの『重量操作』で巨大イノシシを川まで運び、流水につけて冷やすと同時に水で洗う。
現実のキャンプとかだったら……キャーキャー言って大変な事になった気がするが、ここにいる全員がサバイバルに慣れてしまったのか黙々と作業をすることになった。
皮を剥いだ後、肉を分割して再び川の水で冷やし、四次元収納ポーチになるべく仲間で均等になるように分けて収納する。
泳ぐには冷たすぎる水だから……恐らくこれでこの肉はかなり「持つ」……はずだ。
リンカさんは最初から最後まで手助けはしてくれたが見学に徹していた。
「こんなに丁寧に獲物を解体しているのをはじめてみました」
「今まではどうやってたの?」
「……なんか、狩った獲物を……血を抜いてポイってポーチに入れてましたね」
「……え? 食べるときは?」
「固形食メインだったので……果物くらいしか現地の物を食べて無いんですよ」
「なるほど……食べて無いのか……」
「……ポーチに入ったままかも……」
「……処理してないならもうダメかもね……後で埋めておこう」
「はい……怖くて見れませんね……腐ってるかも……」
アヤノさんが会話に入ってくる。
「中央での攻略組は大体そんな感じでしたね……」
「ってことは、そろそろ食料が尽きてきた頃だから……みんな解体と調理の開始かな?」
「……だといいんですが……」
「なんか、妖魔とか鬼人族襲おうぜ! とか言う人たちがいたりして、なんか身の危険を感じて逃げて来たんですよね」
「ええ、恐らくリンカちゃんのスキルが無ければ私は……襲われてましたね……」
「アヤノさん色っぽいからなぁ……」
まぁ、たしかに……なんか妙に艶っぽい。身体が若がえったせいか性欲も強くなっているから……中央にいる男たちの気持ちもわからなくはない……
そういえば中央での様子……ちゃんと聞かないと駄目だけど……トラブルがあったからこっち来たっぽいからな、どう話を切り出せばいいんだろ?
考えていると、ナオエさんが珍しく大きな声をだす。
「カタシ君!! 東の方から高速で近づいてくる気配が……たくさん!!!」
「わかった! 皆隠れて!!」
「え? なんでわかるの?」
「わかりました! リンカちゃん!」
俺は盾と槍を構え、いつでも迎撃できる状態で木の幹に隠れ、ナオエさんの注意のあった方を注視する。
気配は感じるが、殺意に満ちた『嫌な感じ』ではない……だが、とても『強い感じ』……だな。
俺は接近してくる集団の先頭に鬼人族のアスティナさんの姿を見て、若干安堵すると同時に、鬼気迫る表情に気が付く。彼女の後ろには見た事も無い鬼人族が二人付き添い、後ろに大きな荷物を背負っていた。




