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遍歴のオズ  作者: Iyakanyoto
第1巻 旅の始まり
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第1章 目覚めとホブゴブリンの依頼

 昨夜の記憶は断片的だった。ただ、意識を失う直前、紫の大きな瞳でこちらを見つめるクロウの姿だけが鮮明に残っている。

 目を覚ますと、彼は穏やかに眠っていた。体中に鈍い痛みが走り、特に〈オーク・デモニアック〉の拳を受けた箇所がひどかった。赤く腫れ上がり、何本か肋骨が折れているかもしれない。

 安物の治癒薬を一服——といっても、一時的に痛みを和らげるだけの代物だ——を飲み下し、後で診療所を探そうと心に留めた。


 クロウと共に〈冒険者ギルド〉へ向かって歩き出す。通りを行き交う人々の間を抜ければ、目的地はすぐそこだ。

 その途中、微かな焼け音と、ほのかに塩気を帯びた香りにクロウが反応した。視線の先には、街の大通りに並ぶ屋台の一つ。灰色の猫耳を持つ男が、香ばしい匂いを立ち上らせながら魚を焼いている。

 クロウの腹が小さく鳴った。


「二つ、ください」

「へい、毎度!」


 笑顔の店主に銅貨四枚を渡し、近くの長椅子に腰掛ける。クロウは驚くほどの速さで一匹を平らげ、終えるや否や、今度は俺の分を狙ってきた。思わず譲ろうか迷ったが、その隙もなく奪われる。

 肉——特に魚や獣肉——を横取りするのは彼の癖だが、腹を空かせた様子を見ると、気にする気も起きない。クロウの小さな腹は、底なしのようだ。


 食事を終え、再びギルドへ向かう。

 街並みの中で、石造りの外壁を持つギルドの建物はひときわ目を引く。木製のスイングドアを押し開けると、犬耳を持つ受付嬢が無表情な笑みを浮かべて立っていた。右手側には巨大な掲示板——そこには依頼書が二枚だけ貼られており、その隣には王国地図が掛けられている。


 ここはリンヴェル——〈アークタルス王国〉の辺境にひっそりと佇む、美しい黒木造の町だ。


掲示板へ歩み寄り、目を走らせる。できれば軽めの依頼がいい。体はまだ鈍く痛み、長居するつもりもない。この町でこなすのは、せいぜいあと一件だろう。


 貼られていたのは二件だけだった。


【ランクB依頼】

 西端の炭鉱に居座ったゴーレムの討伐。

 〈推奨:ランクBのパーティ〉

 報酬:金貨六枚、銀貨四枚。


【ランクC依頼】

 ホブゴブリンの集落からの要請。〈ゴブリン・デモニアック〉の掃討援助。

 報酬:銀貨五枚。


 ゴーレム討伐は魅力的ではあるが、俺はパーティに属していない。クロウはもちろん〈使い魔〉だが、頭数には入らない——入ったとしても一匹だけだ。金貨を増やしたい気持ちはあるが、今の体では無理をするべきではない。

 手を伸ばし、ホブゴブリンの依頼書を取った。


 以前、ランクBの〈オーク・デモニアック〉を討伐し、ダンジョンを攻略した時は二十枚の金貨を手にした。オーク討伐だけで八枚、残りは他の魔物や戦利品——例えば牙など——によるものだ。旅資金はまだ十分あるが、多いに越したことはない。


 依頼書を持って受付へ向かう。犬耳の受付嬢が柔らかい声で出迎えた。


「おはようございます、オズ様。冒険者証をお願いします」


 証を渡すと、彼女は等級を確認し、受注処理を進める。俺がダンジョン攻略を果たした際の報告も彼女が担当していたようだが、規定通りすべてを確認する。依頼の詳細は、依頼主であるホブゴブリンの村長から直接聞くことになるらしい。


 受注を終え、踵を返す。

「ご武運を」

 そう告げる彼女に、クロウが前足を振ると、小さく笑みを返してくれた。


 外へ出ようとしたところで、大柄の男と肩がぶつかった。

「失礼」

 争いを避けるには、見知らぬ相手にも礼を尽くすのが一番だ。そう教えられてきた。


「いや、こちらこそ。入る時に気づかなかった」

 男は軽く頭を下げ、背の大きな盾を揺らしながら中へ入っていく。

 その後ろには、紅い肌の長身の女と、金髪の少女。いずれも武具を帯びた冒険者で、この町のギルドで見かけるのは初めてだ。多くの冒険者は、より高報酬の依頼を求めて大都市へ移る。辺境のこの町を魔物の侵攻から守っているのは、各地を転戦する銃士隊の存在だ。


道に出る前に、宿へ寄って荷を受け取った。治癒薬二本、金貨二十一枚、銅貨十六枚、銀貨四枚、そして〈オーク・デモニアック〉の紫色の首飾り。加えて、パン数個と水筒二つを購入する——ダンジョンで使っていた一本は破損してしまったからだ。

 準備を整え、ホブゴブリンの集落へと向かう。


 道中は穏やかで、二刻ほどで到着した。

 入り口付近では子どもたちが走り回っている。俺たちに気づくと、弾かれたように駆け寄ってきた。クロウを抱き上げようとしたが、彼はひらりと飛び退き、すぐに肩へと戻る。子どもたちは先導役を買って出て、村長の小屋まで案内してくれた。


 集落は木々に囲まれた静かな場所だったが、住民たちの顔には緊張が色濃く刻まれている。外れには高い見張り台がいくつも立ち、中央部でも新たに建設が進められていた。女たちは鶏の羽をむき、子どもたちは〈ゴブリン・デモニアック〉ごっこに興じ、土製のかまどの脇には仕留められたイノシシが横たわっている。


 村長の小屋は村の中央にあった。

 向かい合って腰を下ろすと、そこには長い白髭を蓄えた初老の男がいた。わずかに緑がかった肌、全身に刻まれた赤い入れ墨——それは他のホブゴブリンにも見られるが、彼の数は群を抜いて多い。胸の中央には大きな梟が描かれ、その鋭い目をクロウがじっと見つめ、彼もまた同じ眼差しで見返してくる。


「ようこそ、我らのささやかな集落へ。私はロキェン、この村の長を務めております。この度は遠路はるばるお越しいただき、心より感謝申し上げます」


「そんなに畏まらなくてもいい。オズと呼んでくれ」


 ロキェンは口元を緩め、手を差し出した。

「では、そのように呼ばせていただきます」


ロキェンに案内され、村の猟師頭のもとへ向かう。

 東側の畑は無惨に荒らされていた。とうもろこし、かぼちゃ、芋や人参は踏み荒らされ、鶏の死骸が点々と転がっている。その光景を、険しい顔つきの男が黙って見つめていた。


「ここで何があった?」


「……ああ、あんたが冒険者か。やったのは〈ゴブリン・デモニアック〉だ」

 男は鋭い目を向ける。「幸い、畑と鶏だけで済んだ。奴らのもう一つの狙いは防げたがな……。俺はロスケン、この村の猟師頭だ」


「オズだ。よろしく」


 ロキェンが口を開く。

「〈ゴブリン・デモニアック〉は予測不能だ。今朝は夜明けに襲ってきたが、次はいつになるか分からん。理性も誇りもない……飢えと繁殖欲だけで動く獣だ」


 ロスケンは、討伐作戦を説明するため、自らの猟師たちのもとへ案内した。

 訓練場には槍で穴だらけになった案山子、弓の的、そして縄罠を編む者たちの姿があった。


 総勢二十七名。槍兵十四、弓兵九、罠師四。

 彼らが整列すると、ロスケンは俺に自己紹介を促した。


「オズ。ランクBの冒険者だ。召喚士、魔術師、剣士の技能を持ち、火と土の初級・中級魔法を使える。こいつはクロウ、俺の唯一の〈使い魔〉だ」


「この歳でランクBか……頼もしいな。火の魔法なら、巣ごと焼き払えるかもしれん」

 ロスケンは固く握手を返した。


 作戦は単純だった。次の襲撃を待ち、〈ゴブリン・デモニアック〉を一匹だけ生け捕りにする。そいつを解放し、巣まで尾行し、全滅させる。方法は水で沈めるか火で焼くか——状況次第。


 方針が固まったところで、夜明けまで待つことになった。会議後、俺はロキェンの小屋に戻る。

 そこでは村人たちに温かいスープが配られていた。女、子ども、老人はここに集められ、建物を補強して籠もるらしい。


 スープを受け取り、中央の見張り台に登る。持参したパンとスープを口にし、クロウにはパンとイノシシ肉を分け与えた。

 再び胸の痛みがぶり返し、もう一本治癒薬を飲む。すぐに和らぐが、根本的な治癒には至らない——後でより高品質なものを買わなければ。


 やがて夜が訪れ、空に弓なりの光がかかる。その輝きが、この静かな集落に迫るものを照らし出すことになるとは、その時はまだ知らなかった。



---



数刻が過ぎ、深夜になった。近くで梟の鳴き声が響き、クロウが飛び立とうとするが、逃げられてしまう。

 夜空には無数の星が瞬き、木々の葉が風に揺れていた。俺とクロウは中央の見張り台で、わずかな異変も見逃すまいと目を凝らしていた。


 〈ゴブリン・デモニアック〉を実際に見たことはない。だが、その姿は聞き及んでいる。

 緑の肌、尖った耳——


「おい、冒険者!」

 下から声が飛び、思考が途切れた。見下ろすと、猟師の一人が立っている。


「交代だ!」


 荷を担ぎ、台から飛び降りる。高さはあったが、クロウが外套をつかみ、衝撃を和らげてくれた。


「お疲れさん」

 猟師は親指を立て、笑みを見せる。「村長の小屋で見張り番には食事を出してるぞ」


 腹の虫が騒ぐクロウを横目に、小屋へ向かう。

 途中、小さな人影が背を向けて立っているのを見つけた。背丈からして、はぐれた子どもかと思い、手を伸ばす。


「おい、一緒に——」


 腕を引かれ、尻もちをついた。振り返ると、クロウが目を見開き、険しい顔でこちらを見ていた。再び前を向くと、それはホブゴブリンの子ではなかった。


 緑の肌、尖った耳、鋭い歯、充血した飛び出し気味の瞳、歪んだ顔——〈ゴブリン・デモニアック〉。手には石刃の短刀。今まさに俺を刺そうとしていたのだ。


 奴はぎこちないが素早い動きで迫ってくる。座ったまま蹴り飛ばし、転がした隙に立ち上がり、剣を抜いて突き刺す。

 ロスケンの言葉通り、単体では脆いが、その無軌道さで隊列を崩す厄介な相手だ。


 仕留めた直後、小屋の方から叫び声が響いた。クロウに先行を命じ、俺も駆ける。

 到着すると、小屋はゴブリンたちに囲まれていた。男二人が必死に防いでいたが、数が多すぎる。脚を負傷した一人が倒れ、何体かが内部へ雪崩れ込む。クロウが鋭く切り裂き、次々と倒していく。


 ほとんどが片付いた頃、小屋の中ではロキェンが布巻きの杖で最後の一体を叩き伏せていた。

「若い頃は村一番の猟師だったんだぞ」

 そう言う彼の所作には、年齢を感じさせない力があった。


「村長! 畑が襲われています! ロスケンが迎撃中です!」

 駆け込んできた男が告げる。


「オズ殿、ロスケンを援護してくれ。ここは私が守る」


 頷き、走り出す。

「クロウ、ここに残れ!」

 ロキェンが強いとはいえ、油断はできない。


 道すがら、鶏を追い回すゴブリンの群れに遭遇する。無防備な背を断ち、すぐに駆け抜ける。再び痛みが胸を刺すが、治癒薬を飲む余裕はない。


畑に着くと、そこは戦場だった。

 罠にかかったゴブリンは槍や杭に貫かれ、遠方から飛来する矢に倒れていく。ロスケンと三人の槍兵が前線で敵を突き伏せ、四人の弓兵が側面から援護していた。


 槍兵が横一列に進み、弓兵が左右を固める——単純だが隙のない布陣。相手はただのゴブリンとはいえ、〈ゴブリン・デモニアック〉の数は多い。それでも彼らは確実に減らしていた。


 ただ見ているだけではいられず、俺も前に出る。剣で数体を斬り捨て、さらに詠唱に移る。


「――〈フラム〉!」


 燃え盛る球状の炎が放たれ、六体を一瞬で焼き殺し、周囲の数体にも火傷を負わせる。続けて炎を放ち数を削るが、魔力の消耗が重くのしかかる。数歩下がり、ロスケンたちに前線を任せて息を整える。


 再び踏み込み、〈殺人糸〉で二十余りを絡め取り、槍兵と弓兵に止めを任せる。

 戦いはさらに数分続いたが、やがてロスケンが振り下ろしかけた槍を止め、遠くの鐘の音に耳を傾ける。


 彼は捕らえた一匹を片手で持ち上げ、勝鬨を上げた。

 鐘の合図は危険の終息を意味するという。第一波は終わった。討ち取った〈ゴブリン・デモニアック〉は二百十三体。


「よくやったな、オズ。あの炎と拘束は見事だった」

 ロスケンは背を叩き、笑みを見せた。


 村長の小屋へ戻ると、入口でクロウとロキェンが警戒にあたっていた。周囲には、焼け焦げたもの、貫かれたもの——幾多のゴブリンの死骸が転がっている。


 中からは女性のすすり泣きと、子どもたちの嗚咽が漏れていた。一人の女が倒れた男にすがっている。夫か、兄弟か、息子かは分からない。ただ、その悲しみは痛いほど伝わってきた。


 ロスケンは無言でその光景を見つめ、捕らえたゴブリンへと視線を移す。憎悪と軽蔑の入り混じった目で。


「今夜、襲撃に加わった〈ゴブリン・デモニアック〉は全て討った。残りもすぐに仕留める。もう犠牲は出させない」

 ロスケンの声に、ロキェンも力強く頷く。


「オズ、すぐに出るぞ。俺とお前、それに腕利き二人で行く。他は村を守れ。〈ゴブリン・デモニアック〉の巣へ乗り込む!」

「分かった」



---



夜明けの空に鳥の声が響き、微かな風が鉄の匂いを運んでくる。

 陽光が、地面に転がる数十体の〈ゴブリン・デモニアック〉の死骸を照らしていた。この村が本来持つ穏やかな景色とは似ても似つかない光景だった。


 村人たちは死体を縄で括り、大きな焚き火へと運んでいく。放置すれば他の魔物を呼び寄せる。だからこそ、ロスケンの指示で多くの猟師は村に残り、防衛に備えていた。


 出発するのは、俺とロスケン、そして猟師のゴヒルとダジョの二人。それにクロウを加えた五つの影だ。

 向かうのは畑のすぐ先に広がる森——奴らが侵入に使った道。


 クロウに上空からの索敵を頼み、捕らえていたゴブリンを放つ。奴はぎこちない足取りで森の奥へ走っていく。俺たちはその背を追った。

 ゴヒルとダジョは木々の間を軽快に駆け抜ける。ついていくのは容易ではない。出発前に最後の治癒薬を飲んだが、痛みはほとんど引かず、走るたびに胸が軋んだ。


 数分後、ゴブリンは苔むした岩と木々に囲まれた洞窟に飛び込んだ。俺たちは岩陰に身を隠し、様子をうかがう。外に出てくる個体はいない。

 ロスケンがゴヒルとダジョを周囲の偵察に出すが、別の出入口は見つからない。上空のクロウからの報告も同じだった。


 ロスケンと俺は入口に近づき、二人の弓兵はやや離れた位置に構える。洞窟は数メートル奥で終わっていたが、壁には無数の狭く深い穴が開いており、そこから低い唸り声が漏れていた。


「ここだ。蟻の巣みてぇに棲んでやがる」

 ロスケンが低く呟く。


 クロウが穴の一つに鼻先を突っ込もうとしたので抱き上げた。中へ入れば命はない。

 外に戻ると、猟師たちは袋から素焼きの壺、細縄、布製の仮面を取り出していた。一つ仮面を受け取り、俺も顔にかける。


 洞窟内の穴という穴に、壺を縄で連結しながら仕掛けていく。

 それは二層構造の毒壺だった。上層に濃縮毒液、下層に火薬。導火線に火を入れれば、壺が爆ぜて毒が広がる仕組みだ。


 設置を終え、洞窟の外へ数メートル退く。縄でつながれた導火線の端に、俺は小さく炎を灯す。


「――〈イルド〉」


 指先に生まれた火が導火線を走り、洞窟内で小さな爆音を立てた。

 次の瞬間、緑色の濃い煙が広がり、悲鳴とともにゴブリンが飛び出してくる。それらを弓矢と投槍で仕留めること数分、やがて飛び出す影は途絶えた。


「止まったな」ゴヒルが呟く。

「だが、奥で煙の届かない場所に固まっているだろう」ロスケンが答える。「オズ、火で仕留められるか?」


「……できるが、中級魔法だ。消耗が大きい」

 すでに前夜から魔力を使い続けていたが、他に手はない。


「やれるだけやってくれ」


 煙が薄くなるのを待ち、皆を安全圏まで下がらせてから洞窟に入る。

 両手を掲げ、詠唱を始めた。


「――深淵より現れよ、破壊を喰らう飢えたる焔。すべての生命を焼き尽くせ……〈エンジャ〉!」


 魔力が形を取り、紅蓮の大蛇となって地を這う。洞窟壁の穴という穴に分かれ入り、枝分かれした炎が巣を飲み込む。

 絶叫が森にこだまし、炎の揺らめきの中で紫の光が瞬いた。


 まだ維持できると感じたが、急速に疲労が押し寄せ、炎は弱まっていく。このままでは制御を失うか、完全に力尽きるだろう。魔法を解き、しばし呼吸を整えてから後退する。


「……見事だな。そこまでとは思わなかった」

 ロスケンが驚き混じりの笑みを浮かべる。


 ゴヒルとダジョも目を見張っていた。クロウが嬉しそうに頭上へ舞い降りる。洞窟は真っ黒に焦げ、動く影はもうなかった。


 腰を下ろし、水を飲む。疲弊は激しい——〈オーク・デモニアック〉との戦いで受けた傷も、魔力の消耗を早めているのだろう。

 だが、長居はできない。俺たちは引き返すことにした。


 村長の小屋の前に立つと、ロスケンが報告する。

「村長、〈ゴブリン・デモニアック〉の巣は全滅だ。オズの魔法のおかげだ」


「よくやってくれた……これで村は救われた」

 ロキェンは深く頷く。


 村人たちが集まり、空気は少し和らいだ。だが、夜の爪痕はまだ色濃く残っている。

「本来なら宴でも開きたいが、備蓄が乏しい」

 ロスケンが申し訳なさそうに頭を下げる。

「気にするな」

 俺は手を握り返し、わずかに笑った。


「オズ殿、少しお時間をいただけますかな」

 ロキェンに促され、小屋の中へ入る。


「この度は〈ゴブリン・デモニアック〉を討ち果たしていただき、心から感謝する」

「……依頼を果たしただけだ」

「そうかもしれん。それでも、ありがとう」


 そこで言葉を切ったが、胸の奥に引っかかる疑問があった。

「昨夜から見ていたが、この村の者たちは十分に戦える力を持っている。それなのに、なぜ外から冒険者を呼んだ?」


 ロキェンは小さく笑い、椅子に腰を下ろした。

「確かに、外の力を借りたことはなかった……だが、どうしても誰かを呼ばねばならなかったのだ」


「……?」


「数日前、私は星の啓示を受けた。奴らの襲撃、そしてそれを助ける一人の冒険者の姿を見た。だから、星に書かれた通りにしたまでだ」


 返す言葉を失った俺を見て、ロキェンは奥から一本の杖を取り出す。布を外すと、紫色の材質に金色のルーンが刻まれ、二股に分かれた先端から奇妙な気配が漂っていた。


「昔、この村を訪れた異種族の老魔術師が持ってきたものだ。死の間際、これを信頼できる者に託してほしいと頼まれた。……お前からは、あの男と同じ気配を感じる。受け取ってくれ」


 ただ話を終わらせるために手を伸ばした——その瞬間、異様な力が全身を駆け抜けた。

 荷袋から紫の光が漏れ、〈オーク・デモニアック〉の首飾りが宙に浮き、杖の先端にぴたりとはまる。ルーンがまばゆく輝き、杖は光に変わって俺の体へと吸い込まれた。


 右手の手首に、燃え立つようなルーンが刻まれる。

 焼けつく痛みに膝をつき、全身が灼けるように熱く、頭が割れそうになる。


 その時、頭の奥で明瞭な声が響いた。


『――オズ!』


 稲妻のように脳を貫く声。次いで、黒い影に覆われたクロウの像が閃き、全身が震えた。


 叫び声を上げる。

 ロキェンが名を呼び、誰かが体を支える感覚があった。痛みは収まらず、視界が暗転していく——そして、意識を手放した。

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