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遍歴のオズ  作者: Iyakanyoto
第1巻 旅の始まり
1/2

プロローグ

……いつからだ?

俺はこんな泥沼に囚われていたのは。


そんなことを考えた瞬間、敵の一撃が俺の身体をダンジョンの壁へと叩きつけた。


「……はぁ……」


重たい息が漏れる。


いつも、こうだった。

少なくとも、自分を覚えている限り——死は常にすぐ傍に潜み、わずかな隙を狙って俺を喰らおうとしていた。


意識がまだ朦朧としたまま、顔面から壁に激突する。床に崩れ落ち、鼻から垂れる血だけが視界に映った。

壁の破片がすぐ傍に崩れ落ちたが、幸運にも身体には当たらなかった。だが、衝撃と激突による痛みだけでも十分すぎるほどだった。


顔を上げると、奴が立っていた。鼻を鳴らしながら、こちらを睨みつけている。


その姿を見た瞬間、胸の奥が鋭く抉られた。

……あの熊を思い出した。何年も前の、あの時の——


頬に残る古傷が、焼けるように疼いた。


ふらつきながらも、なんとか立ち上がる。

倒れていれば、そのまま死ぬだけだ。剣をしっかりと握り、再び構えを取る。


あとは、次の一撃が来るのを待つだけ。


奴が再び鼻を鳴らす。

その輪郭が、揺らいだ。


そして——突進してきた。


一瞬で、距離が消えた。

奴の足音が地面を揺らす。

割れた唇の隙間から覗く牙が、濁った光を放っていた。

凝視するその瞳は、凝縮された殺意を滲ませる血のように赤黒い。

鼻孔から吐き出される蒸気が空気を歪め、周囲に圧をかけていた。


そして、その首には紫色の石を埋め込んだアミュレットが吊るされていた。

まるで生きているかのように、脈打っている。


——こいつが、このダンジョンのボス。

Bランクの魔物、オーク・デモニアックだ。


異形の肉体がぐっと距離を詰める。

奴の拳が振り上げられ、俺を押し潰そうとしていた、その時——


鈍い衝撃音が響いた。

オーク・デモニアックの巨体が吹き飛び、深く刻まれた足跡が地面に引きずられていく。

その胸には大きな裂傷が走り、血が勢いよく噴き出していた。


……間一髪、助かった。


「ナイスだ、クロウ!」


もし俺が一人だったら、とっくに終わっていただろう。

だが今の俺には、共に戦う存在がいる。


クロウ——


「ニャア!」


満足げに鳴いたその姿は、小さな黒猫。

背には蝙蝠のような翼が生えている。

俺の使い魔にして、唯一の相棒だ。


張り詰めた空気が、一瞬だけ和らいだ。

だが、オーク・デモニアックが再び咆哮を上げる。

クロウの一撃は効いたが、仕留めきれてはいなかった。


「気を抜くな、クロウ。こいつは手強いぞ」


クロウが応えるように、鋭く鳴いた。

俺たちは再び陣形を取り、敵に相対する。


オーク・デモニアックは傷口を押さえながら、再び低く唸り声を上げた。

そのまま玉座の方へと向かう。

そして、そこに立てかけられていた戦斧を掴んだ——巨大な骨で作られた斧。刃には無数のルーンが刻まれている。


奴の手がそれに触れた瞬間、空気が変わった。

殺気が一瞬で膨れ上がる。


視線が交わる。

俺は息を吐き出し、肺の奥から空気をすべて追い出す。

そして、新たに深く吸い込んだ。

乾いた空気。

熱気がこもる空間。

埃の臭いが鼻腔を焼く。

……それでも、今の俺には、それが活力となる。


オーク・デモニアックが激しく鼻を鳴らし、空気がまた歪む。

俺たちは互いに構えを取り、沈黙の中で殺気を高める。


——そして、同時に地面を蹴った。


奴が戦斧を頭上に掲げ、縦に振り下ろしてくる。

俺の頭を真っ二つに割るつもりだ。


身をひねって回避し、すぐさま前へ出る。

剣を振りかざし、奴の左肩に突き立てた。だが、皮膚が分厚くて深くは通らない。


奴の拳が飛んでくる。

それをかわすように跳び、顔面に蹴りを入れる。

その反動で身体を回転させ、距離を取ろうとした。


だが、着地する前に——

奴の足が俺を捉えた。


咄嗟に腕でガードしたが、その衝撃は骨に響く。

身体ごと吹き飛ばされる。


……くそっ、また追い詰められた。


オーク・デモニアックが迫る。


——だが、奴は気づいていない。

すでにクロウが背後に回り込んでいることを。


クロウの口元から、焔が解き放たれる。

オーク・デモニアックの背を直撃し、その皮膚が焼け崩れていく。


獣の叫びが部屋中に響いた。

轟音のような断末魔。

石造りの壁が震え、砂塵が舞い上がる。

奴は、一瞬だけだが完全に静止した。


——今しかない。


剣を握り直し、俺は駆け出した。


だがその時だった——

炎の中から、紫色の光が滲み出た。


部屋の壁、玉座に刻まれたルーンが一斉に光を放ち始める。

鋭い音が頭の奥を突き抜けた。


オーク・デモニアックが、炎の渦の中からゆっくりと歩み出る。

その瞳は紫に輝き、手にした戦斧もまた同じ色で脈動している。

放たれる圧がさらに重くなった。

だが、奴は動かない。

まるで、隙だらけのように見えた。


……けれど、動けなかったのは、俺のほうだった。


全身が強張り、一歩も動けない。

完全に、魔力に縛られている。


そのまま、奴が走り出す。


全身を炎に包んだまま、止まることなく一直線にこちらへと突っ込んできた。

血が滴り、肉が焼け落ち、皮膚が裂ける音さえ聞こえる。

だが奴の歩みは止まらない。

目に映るのは、狂気と殺意のみ。


……動け、動け、動け!


クロウはすでに次の攻撃に備えている。

もし、今俺が立ち止まれば——

死ぬのは、あいつだ。


思い出す。

クロウと初めて出会った日のことを。

あの時も感じた、この感覚。


——恐怖。


だが、あの時と同じように、俺は決意する。


地を蹴り、奴の股下へと滑り込んだ。

両手を広げ、極細の糸を展開する。

ほとんど視認できないその糸は、鋼よりも強靭な暗殺用の道具。


旋回しながら奴の全身に絡め取り、縛り上げる。

単純だが、極めて効果的な戦術——の、はずだった。


だが——


その糸が、まるで紙のように断ち切られた。


「なっ……!」


奴の怪力が、それを一瞬で引き裂いたのだ。

それでも、わずかに動きが鈍った。


十分だった。


クロウが再び舞い上がり、鋭く喉元を裂いた。

首の半分以上が抉れ、血が噴き上がる。

それでも、奴は倒れない。


クロウを狙って戦斧を振り上げる——

その腕に、俺は再び糸を巻きつけた。


クロウは身を翻して後方へ逃れた。


だが今度は、奴が糸を伝って俺を引き寄せる。

その巨腕が俺の身体を掴み、宙へと投げ飛ばした。


宙を舞いながら、俺は奴の肩に突き刺した剣を抜き取る。

まだ糸は切れていない。

奴の咆哮が空間を裂き、瞳がさらに強く光る。


戦斧が旋回し、俺ごと薙ぎ払おうとしてくる。


だが——


糸を即座に切り離し、地面へと走る。

横殴りの斧がかすめた。

髪が数本、宙に舞った。


……間に合った。


その隙を突いて、剣を胸元へ深く突き立てる。

クロウの攻撃でできた裂け目から、刀身が容易に沈み込んだ。


そのまま跳躍。

宙を舞い、糸で斧を掴み、引き寄せる。


力任せに引っ張った。


斧が落下し、俺の身体とともに振り下ろされる。


斬撃が、奴の頭部を真っ二つに裂いた。


血が噴水のように部屋中に広がる。

壁も玉座も赤く染まり、俺とクロウの身体にも降りかかった。


……俺たちの勝利だった。


「……はぁ、はぁ……勝ったな、クロウ」


全身の力が抜け、思わずその場に膝をつく。

クロウが俺の頬にすり寄る。

血に濡れた身体で、それでも嬉しそうに甘えてくる。


もう大丈夫だ。

あとは、ギルドに戻って報酬を受け取るだけ。


俺が剣を引き抜こうとしたその時、クロウがふわりと舞い上がった。

玉座の近くに降り立ち、何かを見つめている。


……部屋の中はさっきよりも暗くなっていた。

血が飛び散り、いくつかの松明の火が消えている。

それでも、ルーンは淡く紫色に輝いていた。

その光が、クロウの瞳に反射している。


「……クロウ?」


声をかけると、クロウはすぐにこちらへと戻ってきた。


俺はオーク・デモニアックの牙を四本、そして首から下げていたアミュレットを回収する。

ボス級モンスターの討伐証明として、それらを持ち帰る必要がある。

素材の残りは売却用だ。


残念ながら、戦斧は死と同時に灰になってしまった。


そのまま、俺たちは街へ戻った。


ダンジョンの出入口は、苔に覆われた古代の石造り。

その入り口には、魔除けのルーンが刻まれていた。

滑りやすい石畳の道が街まで続いている。距離はわずか五分ほどだ。


ギルドに立ち寄り、討伐報告を済ませ、金貨二十枚を受け取る。


その後、宿へ向かった。


熱い湯に浸かり、クロウと一緒に焼いた肉を平らげると、ようやくベッドに身体を預けた。


全身が軋むように痛むが、ここ数時間で初めて……

ようやく、気が緩んだ。


「……今日は危なかったな、クロウ」


クロウが「ニャア」と短く鳴き、俺の胸の上に丸くなる。

柔らかな毛並みに指を滑らせ、俺は大きなあくびをひとつ。


……ふと視線を机に移す。

そこに置いた袋の中には、オーク・デモニアックの首飾りが入っている。

あの斧とは違い、これは消えていなかった。


袋から取り出し、手に取ってみる。


ただの粗末な紐に、紫色の多面体の石が吊るされているだけの、簡素な首飾り。


「……妙な石だな。いくらぐらいで売れるんだろ——」


その瞬間だった。


石が、激しく輝いた。


「っ……!」


視界が白に包まれ、一瞬、目が焼けるような感覚に襲われる。


次に目を開けたとき、クロウがじっとこちらを見つめていた。

その瞳は——完全に、紫に染まっていた。


直後、声が頭の奥に直接響いた。


——「オズ!」


その声は、氷のように冷たく、背骨を貫いた。


何が起きたのか理解する前に——

俺の意識は、闇へと沈んでいった。


……そして、それ以降の記憶は、曖昧になっていく。


だが、ひとつだけはっきりと覚えていることがある。


——俺の名は、オズ。


そして、あの日こそが——

本当の旅の、始まりだった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

これは、自分が初めて書いて投稿した作品です。

もし誤字や表現のミスなどを見つけたら、遠慮なく教えてください。

あらためて、ありがとうございます。

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