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恐妻家というやつですか

一抹の不安を感じながら幕を開けた新婚生活。


問題は多少あれど、ルキウスはルキウスなりに女性伯爵の伴侶として努力してくれていた。


まぁただ彼のスタンス全てが王配候補であった頃を引き摺っているというのが、先ほど触れた多少ある問題のひとつなのだが。



ある日、家令のドライがルキウスに振り分けた執務について尋ねた時のことだ。


「旦那様、こちらの事案について、旦那様のご意見を窺いたいのですがよろしいでしょうか?」


「もちろん、僕にわかることなら。でも僕の見解が領内の役に立つのかな?一般貴族家門の執務と女王を支える伴侶の公務とでは全く勝手が違うだろうからね」


執務について尋ねると、大体はこの前置きが入るのだ。

壮年のドライ家令も心得たもので、やんわりとそれを否定する。


「同じ“務”がつくのですからそう変わりはございませんでしょう」


「いや全く違うと思うけど……」


「とにかくこの書類に目を通していただき、その上で旦那様のご見解をお聞きしたいのです」


「どれどれ……」


また別の日は、


「旦那様?どちらに行かれるのですか?」


と父の代から勤めている古参の従者にそう尋ねられたルキウスがこう答えていた。


「十時になったからね、庭園を散歩してこようと思って。王宮にいた頃からの習慣なんだ」


「……左様にございますか」


そう返した従者の顔には、

『え?執務の途中なのでは?』と書いてある。


王女殿下が毎日午前十時に、王配候補者たちと共に王女宮の庭園を散歩しているのは、文官であったハリエットはもちろん知っていた。

それをまさか結婚した後も続けるとは思っていなかったが。

ルキウスは初め、ハリエットも散歩はどうかと誘ってくれたのだが、仕事を中断するのは嫌いだと言って断った。

それ以来、彼はひとりで午前の散歩に行っている。



ルキウスに伯爵家の仕事を覚えて貰うため、その他諸々の効率を考えて、今のところ彼の執務室はハリエットと同室にしている。

それによりちょくちょく目の当たりにする、元王配候補としてのライフスタイルやスタンスに若干イラッとしつつも、まぁ子どもの頃から染み付いているものなので仕方ないかと黙認していた。

彼はまだ十八歳。成人貴族となって一年目である。


それに、今まで王女殿下の側で彼女色に染まって生きてきたルキウスに、いきなりオーラウン伯爵家の色になれというのは酷だろう。

年上なのだからそのくらいは寛容でありたいとも思う。


だからそれは構わない。

構わないのだが……


「ルキウス様、」


「な、なな何かな?ハリエットッ……」


「……今度の夜会の衣装について相談したいのだけれど」


「あ、あぁ衣装!なるほどね、そうだよねっ、夫婦で出席する初めての夜会だもんねっ……張り切って衣装を合わせないと……!」


「べつに張り切る必要はないと思うわよ?」


「そ、そうだよねっ……あははははっ……」


と、ハリエットと接する時、ルキウスは(あか)(さま)に挙動不審となるのだ。


視線を彷徨わせしどろもどろになる。

オドオドというかソワソワというか、とにかく落ち着きがない。

初夜が明けたその日からこの調子であるから、彼を完全に怖がらせてしまったのだとハリエットは思った。

確かに媚薬まで盛ってコトに及んだのはやり過ぎであったと自覚しているが、まさかそこまで恐怖心を植え付けてしまったのかと思うと、罪悪感が重く伸し掛る。


──その事について言及して、さらに怯えさせては身も蓋もないし……。


あれが世に言う恐妻家というものか。

まさか自分が恐妻というものになろうとは。


──……ということはないわね。


現実主義で可愛げなく、キツい性格だとは自分でもわかっている。

やんわりと言ったつもりでもどこか迫力があって怖いのだと、よく文官仲間や仲の良いメイドに言われていた。


──それが夫にまで恐れられるなんて……


だから自分は結婚には向かないと思い、自立してひとりで生きて行こうと思っていたのに。

まさか家を継いで婿を迎える立場になるとは。


そして、どうせ婿を取らなければならないのなら彼がいいと欲を掻いた自分が全て悪いのだ。


彼は、ルキウスは結婚など望んでいなかったのに。


労りの言葉をかけられ、それにチョロくも心動かされた自分が招いた事態だ。



あの日、女性伯爵として初めて参内したハリエットを、当時まだ王配候補であったルキウスが声をかけてくれた。


今思えば、生家の従属家である伯爵家の当主となったハリエットに言葉掛けのひとつでもするべきだと、ルキウスにとっては義務的なものだったのだろう。


だが、誰もが身内に起きた不幸は過ぎたものとしてハリエットに襲爵の祝いを述べていた中で、ルキウスだけは言ってくれたのだ。


『オーラウン女伯……この度は襲爵おめでとう、とまずは祝辞を述べるべきなのだろうけど……家族を失ったばかりの貴女にそんなありきたりな言葉を口にするべきではないと、思ったんだ……。貴女の大切な人達の冥福を、心から祈るよ。そして、貴女の心が少しでも早く穏やかな凪となることも』


他人からすればたったそれだけの言葉。

だけどあの時のハリエットはどれほど救われたか。


襲爵の祝いとして国王に呼ばれたからには、(ほまれ)であると振る舞わねばならない。

そこに家族の喪中であることを置き去りにしなくてはならないのだ。


だからたったひとり、哀悼の意を口にしてくれたルキウスにハリエットは泣きたくなるくらい感謝したのだった。


その日から、ハリエットにとってルキウスはこれまで以上に気になる存在となった。

主家の令息としてでも、王配候補としてでもなく、ただのルキウス・ドリガーという青年がハリエットの心に住みついた。


だから、ドリガー侯爵家からの縁談の打診がきた時、一も二もなく受けたのだ。


それがこんなことになるとは……


人生とはままならない。

ハリエットは心からそう思った。




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