微睡みの朝……?
『オーラウン女伯……この度は襲爵おめでとう、とまずは祝辞を述べるべきなんだろうけど……家族を失ったばかりの貴女にそんなありきたりな言葉を口にするべきではないと、思ったんだ……』
あの日、初めて言葉を交わした日、貴方はそう言ってくれたのよ……。
二年前の夢を見た。
静かな眠りの中にあった意識が徐々に覚醒してゆくのを感じる。
だけどもう少し、この心地よい微睡みの中に居たいとハリエットは夢現に思った。
──どうしてこんなにも眠いのかしら……。
そうだった、昨夜は初夜を強行して……と思ったところでハリエットの意識は完全に覚醒する。
その途端、同じベッドの中でハリエット側に側臥位になっているルキウスと目が合った。
「……!?」
「!!」
とうに起きて寝顔を見ていたらしいルキウスと目が合い、ハリエットは驚きのあまり息をのむ……のは当然だと思うが、起きていたルキウスまで驚愕するのは少し解せない。
いや、寝ていると思っていた相手が突然目をかっ開いたら誰でも驚くか……と頭の中で考える頃にはハリエットは冷静さを取り戻していた。
対するルキウスはオドオドと狼狽えたままだ。
「お、おは、おはよう……。ハ、ハハハハハ……」
何が可笑しい?なぜ笑う?とハリエットが訝しんだと同時に、ルキウスは「ハリエット」と名を口にした。
どうやら笑ったのではなく、妻の名を呼ぶのに吃ってしまっていただけらしい。
心の中でくすりと笑い、ハリエットも挨拶を返す。
「おはようございます。ルキウス様」
「そ、その……体は……大丈夫だろうか……」
逡巡しながらルキウスがハリエットに尋ねる。
夫婦として初めて営んだ妻の体を心配してくれているようだ。
媚薬に助けられながらではあるが、昨夜はあのまま夫婦の契りを交わすことが出来たのであった。
最初は、文官勤めにより人生の先達たちからの入れ知恵で、生娘のくせに見事な耳年増と化していたハリエットがリードした。
だけど必死になっているうちに、いつの間にか形勢が逆転していたような……?
媚薬のおかげで破瓜の痛みは皆無であったし、すぐに快感を拾えたハリエットを、寧ろルキウスは途中から貪るように抱いていたような……?
途中から只々翻弄されたハリエットはそこら辺の記憶が曖昧になっている。
まぁ何はともあれちゃんと夫婦として営め、子種をゲットできたのだから良しとしよう……とハリエットは考えながらルキウスに返事をした。
「はい。大丈夫そうですわ。……ルキウス様は大丈夫ですか?」
「え?僕?僕は何ともないけど……」
まさか男である自分も気遣われるとは思っていなかったらしいルキウスがそう答えると、ハリエットは謝罪も含めて彼に告げる。
「勝手に媚薬を盛り、問答無用で初夜を強要しましたから……ルキウス様の精神は大丈夫なのかと尋ねたのです」
今思えばとんでもないことを仕出かしたと自分でも思う。
初夜を拒まれたショックと当主としての責務への焦りが、ハリエットを蛮行へと導いた。
夫婦でなければ、いや夫婦であっても罪に問われても仕方ない所業である。
冷静になって考えれば考えるほど非人道的な行いをしたものだ……と、内心落ち込むハリエットにルキウスが言う。
「僕は何ともないよ……それより、キミにあそこまでさせてしまった事が今さらながらに情けない……」
ハリエットとは違い、目に見えてわかりやすくショボンとするルキウスを見て、思わず吹き出してしまう。
「ふふふ、確かに昨夜はお互い大概でしたわね。それでよく初夜を敢行できましたこと。まさに奇跡ですわ。ぷ、ふふふ……」
罪は罪だと認識しながらも、媚薬によるおかしなテンションを未だに引き摺っているのか、ハリエットは自分でも不思議なくらい馬鹿馬鹿しくて笑えた。
そのままコロコロと笑うハリエットを、ルキウスはじっと見つめている。
その視線に気付いたハリエットが笑いを収めてルキウスに尋ねた。
「?……どうかしましたか?」
「っ……い、いや、何でもないよっ……!」
また視線が合わさった途端にルキウスは挙動不審になり、
「モ、モーニングティーを持ってくるからキミはそのまま寝ていてっ……それと入浴の用意も出来ているか確認してくるよっ……」
と視線を彷徨わせながらルキウスはツラツラと言って、ガウン姿のままそそくさと部屋を出て行った。
「……」
ひとり寝室に残ったハリエットが唖然として閉じられたドアを眺める。
──これは……怯えられている?
口では昨夜の蛮行を許してくれたルキウスだが、本当は彼に恐怖心を植え付けてしまったのではないだろうか……。
これから始まる新婚生活に一抹の不安を感じたハリエットは、頭を抱えてベッドに蹲った。
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次の更新は明日の夜です。
<(_ _*)>ペコリ