表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王配に選ばれなかった男の妻になった私のお話  作者: キムラましゅろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/26

エピローグ 私が選んだ貴方

寝室で散々愛を説かれたハリエット。

ルキウスはこれまでとは打って変わってその後も惜しみない愛情表現をハリエットへと向けてくる。

そこまでされれば流石のハリエットも彼が愛しているのは自分だと理解できた。


今回の王配ロシュフォードにより齎された女王ミラフィーナの男性公妾となる話。

ひっくり返せばハリエットとルキウス夫婦の絆を深めるきっかけとなったのだが、この打診をひっくり返すのはどうしたものか……。


王配公爵直々の申し入れを無下に断って、後々に遺恨を残さないだろうか。

ハリエットはその懸念に悩まされていた。


そんなハリエットにルキウスは何でもない事のようにさらりと言う。


「キミが悩む必要はないよ。僕が直接ロシューに断りを入れるから」


「先にお話を受けたのは私よ。それを貴方自身に後始末させるわけにはいかないわ」


「僕自身に関わる話だし、アイツには少し言ってやりたい事もあるからいいんだ。それに愛する妻を、いくら親友だからといって他の男と密談させるなんて嫌だからね」


とかなんとか言いながらルキウスがハリエットの長い髪を手で掬ってそこに口付けを落とす。


──………/////


そんな夫の甘い仕草にいまだ慣れず、内なるハリエットは恥ずかしさで悶絶した。


「コホン、もうっ……貴方が近頃髪にキス(そんな事)をするようになったから、エリとマリが真似して私の髪を引っ張って舐めてくるのよ?」


ルキウスにキスをされるのも愛しい双子に髪を引っ張っられるのも本当は幸せだと感じているのだが、照れ隠しに抗議の形をとっておく。


「髪を引っ張って舐めるのはいけないな。何でも口に入れて舐める月齢だけどじきに噛むようになるだろうし、仕方ない、しばらくは髪を結い上げるしかないね……。キミの髪に触れるのが好きなんだけど、それはベッドの中だけの楽しみにしておくよ」


「……/////……もう!」


別人のように甘い言葉を吐くようになったルキウスに、ハリエットは口から砂糖を吐きそうだ。

まぁだからこそ、彼に愛されていることを実感出来てそこに幸せを感じているのだが。


ルキウスがいつロシュフォードに会って、この件の落とし前を付けるのかはわからない。

そこはもうルキウスに任せる事にしたのだが、結局ハリエットはロシュフォードと直接話をする事となってしまったのだった。


伯爵家当主として議会に出席するために登城したその帰りにロシュフォードに呼び止められたのだ。

正確に言うならばロシュフォードの側近にだが。


その側近に通された控え室で多忙な王配公爵が訪れるのを待っていると、やがてあまり時間を置かずにロシュフォードが入室してきた。

それを視認したハリエットは立ち上がり、膝を折って礼を執る。

「楽にして」と彼の声が下りてきたので顔を上げた途端に、ハリエットは瞠目した。


「殿下っ?そ、そのお顔は……」


ロシュフォードの左頬には見事な紅葉(もみじ)……張り手の跡がくっきりと残っていた。

小さな手の平の跡である事と、王配公爵の頬を張れるのはこの国ではただ一人しかいない事から、それがミラフィーナの仕業であることは間違いないだろう。


案の定ロシュフォードが

「いやぁ……ミラフィーナ様がね」と、恥ずかしそうに頬に手を当てながらその名を口にする。

それからロシュフォードに着座するように促され、メイドによって用意されたお茶を二人で飲んだ。

今日も優雅な仕草で茶器を置き、ロシュフォードが話し出す。


「そしてルキウス、アイツにも怒られたよ。流石に暴力を振るわれなかったけど」


「ルキウス様が怒ったのですか?」


「ああ。勝手な事をするなと。ルキウス(自分)とミラフィーナの気持ちを置いてけぼりにするなと言われたよ」


「置いてけぼり……?」


「ああ。僕はてっきりルキウス()ミラフィーナ様に恋情を抱いていると思ってたんだ」


それはそうだろう。

あんなにも献身的に尽くしてきたのだ。

特別な感情を持っていると、誰もが思うだろう。

そしてルキウス()と言ったロシュフォード自身()ミラフィーナに恋情を抱いているのだという事がわかる。


「だけどアイツにキッパリと言われたよ。ミラフィーナ様に抱いていたのは親愛や忠誠心だと。自分の初恋の相手は妻だと、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいに熱弁されたよ」


「そ、それは……大変失礼を……」


ルキウスがどんな風にどんな事をロシュフォードに向けて言ったのか想像がつく。

恥ずかしいやら居た堪れないやらで、ハリエットは思わず小さな声で謝罪した。


「いや。あんなルキウスを見れて、新鮮で楽しかったよ。それに……少し肩の荷が下りた」


「肩の荷、でございますか?」


「うん。ルキウスではなく僕が選ばれた事に引け目を感じていたんだ。二人が惹かれ合っていたと思っていたから尚さらね」


「ロシュフォード殿下……」


「だからせめて、後継が生まれた暁には二人が想いを遂げられるようにしようと思っていたんだ」


ハリエットも全く同じ事を考えた。

だからロシュフォードの提案を受けたのだ。


自分は選んだ方である。

縁談には他の釣書も届いていたのに、ハリエットがルキウスが良いと選んだのだ。

それにより拒否権が無いルキウスに結婚を強要したとハリエットは思い込んでいた。


でもそれは違うとルキウス自身には否定されたが、ミラフィーナはどうだろう。


女王は直接ハリエットに言ったのだ。

一妻一夫制でなければ、決してルキウスを手放さなかったと。

それなのになぜ、ロシュフォードの申し出に張り手で返したのか。


「ミラフィーナ様に、ルキウスを公妾として迎えてはどうかと進言した途端に、強烈なビンタを食らったよ」


「強烈なビンタ……」


ハリエットは改めてロシュフォードの頬を見た。

痛々しいくらいにくっきりと赤く跡が残り、腫れている。

ルキウスがミラフィーナが怒ったら怖いと言っていたのを思い出す。


ロシュフォードはまた跡の残る頬を手で触れ、つぶやくようにいった。


「『私の覚悟を侮るな』と怒りながら泣かれてしまったよ……」


そしてミラフィーナは言ったという。

確かにルキウスに対し淡い恋心を抱いていた。

が、それよりも自分の中では王家の存亡を憂う心の方が大きかった。

それだけでなく、伴侶の力量としてもルキウスよりロシュフォードの方が上であると判断したのだと。

恋情を凌駕する信頼を、ミラフィーナはロシュフォードへと寄せていた。

その信頼の前では自身の初恋など軽く吹き飛ぶくらいに、ミラフィーナはロシュフォードを信じているのだ。

だからこそロシュフォードを選んだ。

恋情はいつしか色褪せるかもしれない。

だけど信頼は余程の事がない限り消えることはない。

ミラフィーナはそう判断したのだそうだ。


「祝賀の夜会の後、ハリエット(夫人)と面会したその足で、ミラフィーナ様はルキウスにも会ったんだ」


ハリエットが待つ控え室へ向かうルキウスを引き止めて、ミラフィーナは話があると彼をテラスへと(いざな)ったそうだ。


そこで交わされた二人の会話を、ミラフィーナはロシュフォードに語って聞かせたらしい。


『……陛下。今宵は特別な夜です。早くお戻りにならなければ』


きちんと臣下の立場を弁えるルキウスを見てミラフィーナは頷き、そして言ったそうだ。


『わかっている。だからこそ、お前に会わねばと思ったんだ』


『……』


『ルキウス』


『はい』


『私はお前を好いておった。お前が私の初恋だ』


『……ミラフィーナ様、『だが、私はお前を選ばずロシュフォードを選んだ。それが(のち)の世のため、そして私自身の幸せのためだと思ったからだ』


『ご英断にございます』


『だからこそ、初めて恋情を抱いたお前に誓おう。私は必ず幸せになる、ロシュフォードと共に。そしてこの国の(たみ)全てが幸せに暮らせる国づくりをすると、長く側で支えてくれたお前に誓う』


『陛下……』


『だから、お前も幸せになれ。オーラウン女伯は素晴らしい女性だ。美しいだけでなく聡明で、お前の伴侶として申し分ない』


『祖父が申しますには“年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ”らしいですからね。妻は僕には勿体ないくらい素晴らしい女性です』


『惚れたのか?』


『はい。陛下にお伝えするのは幅かられるのですが、私の初恋です』


『ふふ、私はお前が初恋なのにな』


『そこは大変申し訳ない次第にございますが……。なれど、ロシュフォードの初恋は今も現在進行形で、そのお相手は他ならぬ陛下、貴女様ですよ』


『わかっておる。女は愛するよりも愛される方が幸せになると言うからな』


『はい。陛下は必ずロシュフォード殿下とお幸せになると、そう信じております。もちろん、私も妻と幸せになる所存です。……まだまだ彼女に相応しい男とは言えませんが』


『ではどちらの方が幸せになれるか競争だな』


『決して負けませんよ』


『私も負けるつもりはない。知っておろう?私が負けず嫌いだということこ』


『よく存じ上げております』


そう言って笑い合い、二人は固い握手を交わし、別れたのだという。



それを聞き、ハリエットは思った。

夜会の夜にハリエットに会い、そしてルキウスにも会った事で、ミラフィーナはこれまでの自分と決別したのだと。

そして心機一転。この国の女王として、ロシュフォードの伴侶として生きる人生の一歩を踏み出したのだろう。

為政者の興である愛人(ツバメ)など持たず、ロシュフォードを唯一として誠実に生きていこうと。

だからこその『私の覚悟を侮るな』とロシュフォードに怒りをぶつけたのだ。


それを理解したハリエットが自嘲し、ロシュフォードに言う。


「わたくし達は大変な思い違いをしていたのですね。互いの伴侶の幸せを願うがあまり、一番大切な相手の心に気付きもせず置き去りにした」


ハリエットの言葉にロシュフォードが頷く。


「その通りだ。夫人はともかく、僕は大馬鹿野郎だよ」


「わたくしだって大馬鹿者ですわ」


そう言って二人で笑う。

その胸の内に自身の大切な人の笑顔を思い浮かべて。

一頻り笑った後でロシュフォードが言った。


「ルキウスが言ってたよ。妻は僕を選んでくれたと。聞けばアイツ、最初はごねたそうじゃないか。それなのに切り捨てずに選んでくれたと」


「ルキウス様がそんな事を……」


そしてロシュフォードは「末永くルキウスを頼む」と、かつてのミラフィーナとよく似た事を口にした。

やはり夫婦なのだと、ハリエットは女王夫妻の絆を感じたのであった。



ロシュフォードの御前(まえ)を辞して、ハリエットは家路を急ぐ。


早く、早くルキウスに会いたかった。

子どもたちに会いたかった。

愛する家族に会いたいと、心から思った。

帰る場所に愛する家族が待ってくれている。その幸せがどれほど尊いか、ハリエットは知っている。


──そうよルキウス様。私は最初から貴方を選んでいたわ。

待ってくれだとか言われても、生まれて初めてローテブルがひっくり返るのを目撃しても他の人を選ぶ気にはなれなかった。

私は貴方でないと、ルキウス様でないと駄目なのよ……。



その事を彼に伝えよう。

思えばハリエットはまだルキウスに直接想いを伝えてはいない。


──惜しみない愛を注いでくれる貴方に、私も愛していると伝えよう。


そして愛する彼と子どもたちと幸せになる。

それが失った家族たちへの手向けになるとハリエットは思った。


逸る気持ちを察してか、馬車は滑るように屋敷へと着く。

エントランスポーチにはルキウスがハリエットを出迎えようと待ってくれている。

後ろでは家令のドライがエリックとマリエッタを抱いて控えていた。


馬車のドアが開き、妻をエスコートしようと手を差し伸べてくれたルキウスの胸にハリエットは飛び込んだ。


驚きながらもルキウスは危なげなくハリエットを抱きとめてくれる。


ハリエットは大好きになったホワイトムスクの香りを胸いっぱいに吸い込み、

そして愛する夫に告げた。


「ルキウス様、貴方を愛しています。だから貴方は絶対に私を一人にしないで……。一日でもいいから、私より長生きしてね……!」


それを聞いたルキウスは一瞬くしゃりと泣きそうになり、そして瞬く間に花が咲き綻ぶように笑顔になったのであった。




後の世のオーラウン伯爵家家系史(かけいし)によれば、


ハリエットとルキウス夫妻は長寿の末の大往生であり、ルキウスはハリエットより僅かに数日長生きをしたという。


妻との約束を果たしたと、ルキウス(おう)は大層満足そうであったらしい。






•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸お終い












お読みいただきありがとうございました。


ペコリ<(_ _*)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ