愛と許しを乞う……?
「僕が最初に待って欲しいだとか、キミを愛せるかどうかわからないなんて口にしてしまったからいけなかったんだ……。僕の所為だ、僕のこれまでの言動が全て悪いんだ……」
「ごめんハリエット、僕は本当に愚かだった……。だけど信じて欲しい、僕は誓ってキミに対して恐怖を抱いたことはないし凌辱されたなんて思っていない。それに、僕の幸せは陛下ではなくキミと子どもたちの元にあるんだよ……」
ルキウスのその言葉を聞き、ハリエットは堪えていたものが涙となって溢れ出た。
謝罪させたいわけではなかった。
でもあまりにも彼の声が切なげで優しげで、ハリエットは抱きしめられている腕の中でぽろぽろと雫を零す。
その涙の雫がルキウスの衣服を濡らしていくのをハリエットは「以前にもこんなことがあったな」と思いながら感じていた。
それを泣きながらつぶやくようにルキウスに言うと、
「僕はキミ専用の大きなハンカチだからね」
なんて優しい声で言うものだからハリエットは余計に泣けてくる。
この優しく温かい腕の中から出たくない。
この場所を、ミラフィーナに……他の誰にも譲りたくない。
でもそんな事を言えば、彼を困らせてしまう。
情けない胸の内をつい吐露してしまい、ルキウスに謝罪をさせてしまったのだから、もうこれ以上彼を困らせるわけにはいかない。
これでは背中を押すどころか、ルキウスの背後から後ろ髪を引っ張り足も引っ張ってしまっている。
ハリエットは大きく息を吸い込み、そしてその息をゆっくりと吐き出した。
吐息と共に、身勝手な自分の感情も追い出す。
そしてルキウスの腕の中で身動いで、彼の胸を自分の手でそっと押した。
密着していた体が離れ、寂しさと冷たさを感じた。
「ハリエット……?」
ふいに離れたハリエットを、ルキウスは懸念そうに見つめる。
そんなルキウスにハリエットは笑みを向けた。
「ありがとう、貴方は本当に優しい人ね」
「いやハリエット、優しさから出た言葉ではなく、僕の本心を告げているだけなんだよ」
「そうね、わかったわ。私を性犯罪者にしないでくれてありがとう」
「性犯罪者って……いやそうではなく、僕はキミのことが好きなんだっ、愛せるかどうかわからないなんて口にしたことを本当に後悔してるんだっ……」
「好き……?それは夫婦としての情が芽生えたと受け取っていいのかしら……。それなら嬉しいわ。だからきっと大丈夫、私たちは上手くやっていけるわ」
「……何を上手くやっていくというの?」
「子どもたちの親として、そして当主夫妻として互いの役割を上手くこなしていける思うの」
「……役割?」
「そうよ。その役割さえ果たしてくれれば貴方は自由よ、もう本当に私は大丈夫だから、貴方は貴方の心の赴くままに生きて」
酷い妻である自分を嫌わずにいてくれて、尚且つ妻として尊重してくれている。
そして子どもたちの元に愛情があると言ってくれて、それでもう充分じゃないかとハリエットは思った。
そんなルキウスなら、女王の愛人となっても家族の事も忘れずにいてくれるだろう。
これ以上を望むのは我儘というものだ。
今度こそ、彼の幸せのために快く背中を押してあげよう。
ハリエットはそう心を決めて、ルキウスの名を呼んだ。
「ルキウス様、」
「……」
ハリエットの微笑みを、ルキウスは無表情で見つめる。
「ルキウス様、私が今、心から願うのは子どもたちと夫である貴方の幸せよ。家族を失った私に、貴方は再び家族を与えてくれた。その家族が幸せでいてくれることが、私の幸せなの」
これは紛れもなくハリエットの本心だ。
もう一度得ることが出来た家族一人一人の幸せを、ハリエットはこれから守っていく。
領地領民の他、また守るものが増えた。
それを誇りに、それを支えに生きていく。
オーラウンの当主としてのハリエットの矜恃だ。
ルキウスをハンカチ代わりにするのはさっきので終わり。
もう二度と彼の前で泣くまいと心に誓う。
それが虚勢であっても、今はそれで充分だった。
ハリエットは精一杯の微笑みをルキウスへと向けた。
言うべきことは伝えた。
後はルキウスが喜び勇んで部屋を出て行くのを見送ればいい……。
しかし、待てど暮らせどルキウスは部屋から出て行かない。
「……」
どうしたのかしらとルキウスの顔を窺うと、顔からごっそり表情が抜け落ちた彼と目が合った。
「っ……?」
先ほどは笑みを浮かべていても目が笑っていなかった。
だけど今は目どころか顔全体から笑みが、表情が消えている。
「ルキウス様……?」
ルキウスの様子がおかしい。
無表情のまま、だけど内面の感情は何だか重々しく感じる。
心做しか部屋の空気も重くなってきたような……?
──一体なぜ?
まだ何かルキウスには言いたい事があるのだろうか?
ハリエットはそれを恐る恐る口にしてみる。
「あの……何かまだ憂いがあるのですか……?」
「……憂いだらけだよハリエット……」
「え?」
部屋の空気と同じく重々しいルキウスの声にハリエットはビクリとする。
ルキウスはハリエットから一切視線を逸らす事なく告げた。
「キミに誤解を与えて、それを頑なに信じさせてしまった僕が全面的に悪い。だから誠心誠意キミに謝罪をして愛と許しを乞うているのに……キミの心には少しも響かないんだね……」
「え?」
「陛下の愛人にはならないと最初から言ってるし、キミが好きだと想いも伝えた。僕の幸せはキミと子どもたちの元にあるとも告げているのになぜかキミはその勘定に自分を入れない。……僕はどうしたらいいんだろうね?」
「ル、ルキウス様……?」
「そうか。そうだね、キミは現実主義だと言ったよね。そんなキミに理解して貰うには言葉だけでなく実際に行動と態度で示さなければならないという事だね」
「え?え?どういう……事?」
「そういう事だよ。僕の言動が全て悪かったんだから僕が変わらないといけないんだ。もう二度とキミに誤解を与えないように、これからはどんどん愛を伝えていくよ」
まるで別人のように、高圧的とも取れる重く低い声でつらつらと話すルキウスに、ハリエットは完全に気圧されていた。
「あ、愛……?つ、伝え……る?」
いつもとは真逆の立場で、今はハリエットの方が挙動不審で吃ってしまっている。
「愛してるよハリエット。僕の初恋はキミだ。妻となったキミが僕の初恋の相手なんだよ。陛下との間に芽生えていたのは親愛、家族愛のようなものだった。僕がキミに抱く感情とそれは比べ物にならないさ」
「あ、あい……?あい?アイ?……愛っ!?」
予想だにしていなかったルキウスからの愛の告白に、ハリエットは只々狼狽えるばかりである。
あたふたと慌てふためくハリエットの隙を突いてルキウスが徐に彼女を抱き上げた。
「きゃあっ!?」
急に視線が高くなり、驚いたハリエットが思わずルキウスにしがみつく。
「そうそう、しっかり掴まっていて。まだ日は高いけど続きは寝室で語らせてもらうよ。エリとマリにはナニーもメイド長も付いているんだから心配ないさ。それよりも僕たちは夫婦として真剣に向き合わなくてはならない」
「む、向き合うなら執務室でいいんじゃないかしら……?」
「向き合うと抱き合うはセットなんだよ。僕はここでもいいけど、キミは落ち着かないだろう?」
そう言ってルキウスはハリエットを抱いたままスタスタと歩いていく。
廊下ですれ違うメイドや従者たち、そして家令のドライがうんうんと頷きながら生暖かい視線を向けてくる。
どうやら夫婦のすれ違いを家の者は敏感に感じ取っていたようだ。
……したがって誰も当主夫妻の行動を止める者はいない。
「ちょっ……ルキウス様、待って、こんな急にっ……、私……どう受け止めたらいいのっ……?」
「キミはただ、僕の愛情全てを受け止めてくれたらいいんだ」
「う、受け止める……?す、全て……?」
ルキウスが発する全ての言葉に唖然とするハリエット。
そうしてあれよあれよとルキウスにより寝室へと連れて行かれたのであった。
固く閉ざされた寝室の扉。
それが次に開く時には、ハリエットとルキウス夫妻の何かが変わっているはずである。
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今回は一気に書き進められました♡
次回、最終話です。
が、すみません。
明日は一日病院の日なので更新はお休みさせていただきます。
スマソ<(_ _*)>
明後日のエピローグ。
感想欄も解放しますね~!
(アルファポリスのみ)
よろしくお願いします。