初恋は妻となった人 (ルキウスside)②
「縁談?……誰に?……僕にっ?」
生家に戻ってあまり日を置かずに、ルキウスの縁談が纏められた。
本人の了承も得ずにだ。
「そんな勝手なっ……僕はまだ新しい環境に慣れるので精一杯で、とてもじゃないけど結婚なんて無理ですよっ。せめてもう少し、僕の気持ちの整理がつくまで待ってくれてもいいじゃないですか!」
ルキウスは父に抗議するも、父は「お前は昔からうじうじする性質がある。お前のペースで心の整理とやらが終わるのを待っていたら何年先になるかわからん」と言って取り付く島もない。
「……お相手は誰なのです?」
「オーラウン伯爵家の当主、ハリエット殿だ」
「っ……」
その名を聞き、あの日あの時に見た彼女の表情が脳裏に甦る。
なんという事だろう。
これが縁というものか。
でも、だからこそ駄目だとルキウスは思った。
こんな心に穴の空いた空虚な自分がハリエットの隣に立つなんて出来ないと思った。
彼女にはもっとこう……懐の深い、細腕一本で領地領民を守る彼女を包み込んでくれるような頼りがいのある大人の男が相応しい。
こんな空っぽで何も詰まっていない男ではなく……。
そう思い必死に抵抗しても、せめて時間が欲しいと顔合わせ当日に直接ハリエットに願い出ても、父の名代で付き添った祖父がちゃぶ台を返しても、縁談が覆されることはなかった。
「お前の言う通りにしておったら、ワシがぽっくり逝って名前が変わるまで待たねばならんわっ」
初顔合わせの帰りに、ルキウスは祖父にそう言われた。
「名が変わるって……東方の国の“戒名”というやつですか?」
「そうだ。……なぁルキウスよ、時には信頼出来る者の意見に身を委ねて、何も考えずに流されてみるのも人生では必要な事だぞ?」
「僕が流されるのはいいとして、でも相手方はそんなの迷惑なだけでしょう……」
「なぁに大丈夫だろう。あのハリエットという女人、なかなか度量が広い人物と見た。東方では“年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ”と言うのだぞ?」
「そんな……」
──こんな僕が彼女の夫に……?彼女はそれでいいのか?王配に選ばれなかった男の妻にななど……本当にそれでいいのか?
ミラフィーナ以外の女性と並び立つ未来を全く想像していなかったわけではない。
王配に選ばれなければ、嫡男ではない自分は他家の入婿となるのが最も現実的だから。
──だけどまさか、こんなにも早く新たな人生を定められてしまうとは……。
そんな気持ちを抱いたまま、あれよあれよとハリエットとの縁談が纏められてしまう。
そうして迎えた婚姻式当日。
花嫁となった人は、本当に美しい人だった。
淡く輝くグレージュの髪にライラックの瞳がウォームホワイトのウエディングドレスに殊の外映えた。
ハリエットが美しければ美しいほど、聡明であればあるほどルキウスは戸惑う。
──自分は彼女に相応しくない。
せめてもう少しマシな男になってから……。
などとくよくよと迷ううちに初夜を迎える段階となってしまう。
寝室に現れたハリエットの、月明かりに照らされたライラックの花を彷彿とさせるその姿を見た途端に、ルキウスは小さく息をのむ。
──だ、だだだ駄目だっ。冷静にならなければ……。今の僕では駄目なんだ。今の僕に彼女に触れる資格はないっ、今日はまだその時ではないんだっ……!彼女に触れるに相応しい、もっとしっかりとした大人の男になってからでないと……!でもそれを彼女に言うのはあまりにも情けないっ……!一体どうすればっ……。
平静にならなければと思うほど平静さを失っていく。
ルキウスは昔から変に理想が高く、タイミングやシチュエーションに拘るきらいがある。
それが災いして今はそれが悪手となり、初夜の寝室にて「キミを愛せないかもしれない」云々の言い訳じみた発言をしてしまったのであった。
だが妻となったハリエットは実用主義で気骨のある性格で、くよくよと迷い問題解決を先送りしようとするルキウスを許さなかった。
ルキウスに媚薬を盛り、自身もそれを煽ってまで初夜を敢行しようとするハリエット。
経験はないが、人生の先達からの知恵を授かってきたのだろう、彼女は自身が持つ全ての知識を総動員して懸命にリードして初夜を果てそうとした。
ルキウスとて房事は未経験であるが、王宮で一流の(何をもって一流とするかは解らないが)閨教育は受けてきた。
そんなルキウスにハリエットは、
「貴方は何もしなくていいから」だとか「優しくするから」だとか「犬に噛まれたとでも思ったらいい」などと花嫁とは思えない、立場が逆の言葉を口にする。
その姿がいじらしくて可愛い。
一生懸命で可愛い。
自分だっていっぱいいっぱいなのに、こちらを気遣う優しさが可愛い。
拙さが可愛い。
必死になるハリエットには申し訳ないと思いつつ、そんな彼女を眺めていたくなり、つい身を委ねたままになってしまう。
だがそれでもやはり耳年増であるだけでの行為には限界が来て、困り果てるハリエットの瞳に涙が滲むのを見て、ルキウスの理性は完全に焼き切れた。
触れるほどに愛しさが増していく。
あの日、弔辞を述べた時から忘れられなかったハリエットの表情。
その彼女にまた別の表情をさせているのだと思うと、例えようのない高揚感に包まれる。
気付けばルキウスは夢中になってハリエットを抱いていた。
東の空が白み始める時刻にようやく眠りについたハリエットの寝顔を見つめる。
四つも年上であるのに寝顔はどこかあどけなさを感じる。
今日一日だけでルキウスはハリエットの様々な表情を見た。
そのどれも自分がさせたのだと思うと不思議な充足感を感じる。
それはミラフィーナには抱いたことのない感情だった。
この感情に名前はあるのだろうか。
あるとしたらそれはもしや……。
だけどルキウスにはまだ自身に芽生えた感情に確信が持てなかった。
今はただ、この妻となった美しい女性が眠る姿をいつまでも見つめていたいと思うばかりである。
が、しかし、
ルキウスは目覚めたハリエットと視線が重なった瞬間に確信する。
自分は妻となった人に初恋を抱いたのだと。
そしてその遅い春が訪れた自分自身に錯乱する。
それゆえにルキウスは、ハリエットの前で平常心を装えず挙動不審に陥るのであった。
•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆続く
【審議中】
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∧ (´・ω・) (・ω・ ) ∧∧
( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・
あともう1回続くよと申しております。