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えーい!ててーい!

「……は?」


ルキウスにしては珍しい低い声にハリエットは目を(しばた)かせた。


──今のルキウス様の声……?


いつも柔らかで、ハリエットを前にすると怯えから(もたら)されるビブラート付きのテノールを発するルキウス。

だけど今の声はバリトン……?まぁそこに気を取られていては一向に話が進まないので触れないでおこう。

ハリエットは補足するようにルキウスに告げる。


「ロシュフォード殿下はおっしゃったわ、女王陛下には癒しが必要であると。それは私も貴方に対して感じていたことなの」


「……待ってくれ。国の将来を背負い、政務に奔走される陛下に癒しが必要なのはわかる。だけどなぜ僕に癒しが必要だとキミは言うんだ」


「だからそれはさっき言ったじゃない、年増女に凌じゅk…「それは違うと、僕もさっき否定したじゃないか」……嘘は付かなくていいとも言ったわよね?」


言葉の間に口を挟んできたルキウス。

これも彼にとっては珍しいことだ。


おかしい。

ルキウスなら一も二もなくハリエットと王配の提案を喜んで受け入れると思っていたのに。


なのに目の前のルキウスはとても喜んでいるようには見えない。


──話を聞いて直ぐ、露骨に喜ぶわけにはいかないという遠慮かしら?


結婚当初からハリエットに対し遠慮の塊であるルキウスなら考えられる。


「嘘じゃないって僕も言ったよね?」


だけど今のルキウスは遠慮しているようには見えない。

ハリエットのイエスマンであるルキウスが、さっきから否定ばかりするのだ。

さっぱりわけがわからない。彼にとって願ったり叶ったりな話なのだから体裁など繕わず、喜色満面で頷けばいいだけなのに。

そしてさっさと翼を広げて女王の元へと飛んでいけばいい。

それこそツバメのように……。

ミラフィーナは年上ではないけれど……。


そんな悶々とした思考を払拭し、ハリエットはキッパリとルキウスに告げる。


「回りくどい御託は結構よ。せっかく王配殿下が場を整えてくださったのだから、貴方は有り難く享受すればいいの」


「有り難いなんて思わないし享受もしたくないよ」


イラ…


「我慢しなくていいわ……貴方にも幸せになる権利があるの」


「我慢なんてしていないし僕は充分幸せだ」


イライラ、


「私に遠慮は要らないわ……貴方にも癒しは必要よ」


「遠慮なんてしてないし毎日キミと子ども達に癒されてる」


イライライラ、


「私を怖がってるくせに」


「キミを怖いと思ったことは一度もないよ。どちらかといえば陛下の方が怒ると数倍怖い」


イライライライラ、


「出産から半年経つのに私に触れようともしないくせにっ……まぁもう閨を共にする必要もないけれど!」


「初産で難産の末の双子の出産だったんだ。まだ授乳中だし、まずはキミと子どもたちを優先に考えてなんだけど……」


ブチッ、


こんな会話、さっさと切り上げて終わらせたかったのに。

ああ言えばこう言うルキウスのせいでイライラを募らせたハリエットの堪忍袋の緒が切れた。


ハリエットは執務室のローテーブルの端に手をかけ、東方の国での最上級の怒りの表現“秘技ちゃぶ台返し”を、


「えーい!ててー…いっ!?」


繰り出すことは適わなかった。

ルキウスが先手を打ってローテーブルを押さえつけたのだ。


「ちゃぶ台返しはさせないよハリエットっ……」


乙女のくせに男の腕力でローテーブルを押さえるルキウス。ハリエットは負けるもんかと手に力を込める。


「っ手を離して頂戴っ……こんなの、ローテーブル(ちゃぶ台)の一つや二つ、ひっくり返さないとやってられないわよっ……一体何なのよさっきからっ……!」


ぐぎぎっ……と力を込め、歯を食いしばりながら話すハリエットに対し、ルキウスは無表情で淡々と告げる。


「キミの方こそ一体何なんだ……妻であるキミがなぜ、僕が陛下の愛人となることを推奨するんだ」


「それが貴方の幸せだとわかっているからよっ……くっ……はぁっ……ぐぬぬっ……!」


「僕の幸せの形を勝手に決めつけないでくれ」


「決めつけじゃないわっ……!だって貴方を見ていればわかるものっ……私のことなんて本当は嫌いなくせに!ずっとずっと、陛下だけを愛しているくせに!」


力を込めた状態で勢いよく叫んだハリエットだが、その瞬間に“ぷつん”と何かが切れる音がしたような気がした。

と同時に手元がふいに軽くなる。


「えーい!ててーいっ!!」


ルキウスの声と共に、目の前のローテーブルが鮮やかに宙を舞う。

そして派手な音を立てて、返されたローテーブルが床に叩きつけられた。


ハリエットではなく、なんとルキウスの方がちゃぶ台返しをしたのだ。


ハリエットはそれを呆然として見つめた。

重厚感のあるローテーブルを力任せてひっくり返したせいか、はたまた昂った感情がそうさせるのか。

ルキウスは肩で息をしながら視線を落としていた。


「ル、ルキウス……様……?」


呆気に取られながらもハリエットが彼の名を呼ぶと、ルキウスは大きく嘆息し、押し出すように声を発した。


「よく、わかったよ……」


その言葉を聞き、ハリエットは安堵する。

彼がなぜちゃぶ台返しをしたのかは理解できないが、ようやく自分の心に素直になってくれたらしい。

ミラフィーナの愛人となることを受け入れたようだ。

そのことにハリエットの胸がつきんと痛んだが、それを無視してルキウスに言う。


「……わかってくれたのね」


「ああ。今までの僕の行動が全て間違っていたとね」


「え?」


ルキウスはハリエットが今まで見たことないような怜悧な笑顔を浮かべている。

笑顔……?いや、目が笑っていない。

そしてその冷たく鋭い笑顔から発せられる声はバリトンどころかバスとなっていた。


「僕が朴念仁で唐変木で臆病で甘ったれだったせいで、キミに誤解を与えていたとは」


「え?誤解?え?」


ハリエットの額に冷たい汗が滲んだ。




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