ハリエットの背景 ルキウスの背景 ①
すったもんだ(主にルキウスと彼の祖父のせい)の初顔合わせから紆余曲折(主にハリエットの伯父とルキウスの父の間で繰り広げられた話し合い)を経て、夫婦として縁付いたハリエットとルキウス。
そして婚姻式が執り行われた夜に所謂初夜を迎える二人なのだが、
その様子をご覧になっていただく前に(出歯亀に非ず)ハリエットとルキウス、それぞれの背景を読者諸君に説明しておこう。
まずはこの物語の主人公であるハリエット・オーラウンについて。
彼女は十八歳で女学院を卒業した後、職業婦人となりたいという希望が叶い、王宮文官として務めていた。
伯爵家の娘が婚約者も持たず婚姻もせずに職業婦人を志すなどそんな我儘は普通は通らないのであろうが、おおらかで娘に甘い父伯爵はそれを許してくれた。
それは偏に主家であるドリガー侯爵家の下で行う健全な領地経営が、豊かな財と領内の安寧を齎してくれていたおかげである。
でなければ嫡男は然る事ながら、娘も他家との政略的な婚姻を結ばなくてはならず、しかも高位に分類される爵位を持つ家の令嬢が外で働くなど以ての外であるのだから。
そのような恵まれた環境のもと、ハリエットは先鋭的な職業婦人として王宮勤めでブイブイ言わせていたのだが、文官として職を得て一年後に悲劇に襲われる。
両親と次期オーラウン伯爵である兄を乗せた馬車が事故に遭い、全員が帰らぬ人となってしまったのだ。
今季の社交シーズンのために領地から王都へと向かっていた道中での横災であった。
家族の訃報を受けたハリエットは突然家族を失った悲しみと向き合う暇もなく、その後の対応に追われた。
途轍もない喪失感に打ち拉がられるも、現当主と次期当主を失ったオーラウン伯爵家の舵取りをいきなりその細い肩に背負わされる。
生家のため、主家のため、傘下の貴族家のため、抱える使用人たちのため、領地領民のために、ハリエットは文官を辞め女性伯爵として襲爵しなければならなかったのだ。
家族の喪に服せど悲しんでいる暇はない。
夜、人知れず枕を塗らせど朝には毅然として執務をこなさなくてなならない。
当主として覚えること、学ぶことは膨大だ。
自分は非力で若輩だが、幸い支えてくれる下臣がいる。
ハリエットは彼らの力を借りながら、ただ只管にそれらに励んだ。
そしてそれから二年が経ち、ようやく当主としての立場が板に付いてきた頃合いで、今度は婿取りの話が浮上したのである。
丁度良いタイミングであったのかどうかは定かではないが、
次期女王の王配が候補者の中から正式に選定された。
その溢れたひとり、王配に選ばれたなかった令息のひとりが奇しくも主家のドリガー侯爵家の次男であったがために、ハリエットの婿として白羽の矢がたったのだ。
それがルキウスであったというわけである。