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国葬 悲しみの側に

前国王崩御の報せは瞬く間に国内外に伝わった。


そして即位後の新体制が調いつつある新女王ミラフィーナの下において、国葬が厳かに執り行われる事となった。



社交シーズン開幕直前の弔事に王都……城下は喧騒に包まれている。


予定を前倒しし、慌ててタウンハウスへと駆け込む貴族家。

そして国外からの弔問客が押し寄せて、王都や周辺の街の高級から中級クラスのホテルは全て満室状態であるという。

国土は僅かな小国なれど、西方大陸でも指折りの古い歴史を誇る国であれば当然の事態ともいえよう。



その日、臣民のひとりとしてハリエットはルキウスと共にその国葬に参列する。


王国の安寧を支えた巨星の卒去を悼むが如く、王都上空には暗く重い曇天が広がっていた。


葬儀は新女王ミラフィーナの献花にて開葬となる。

ミラフィーナの表情は長めのヘッドドレスのベールに隠されていたが、あの美しい(かんばせ)が憔悴しきっているであろうことは容易に想像できた。

同時期に家族を失ったハリエットは、まるでかつての自分を見ているような気持ちになる。


大切な人の死を受け止める暇もなく、ミラフィーナはこの国の舵取りをしてゆかねばならぬのだ。

それを自覚しているのだろう、新女王は小柄な背を真っ直ぐに伸ばし、毅然とした立ち振る舞いで弔問客から弔辞を受けていた。


その姿を痛ましげに見つめるルキウスの心情は如何許(いかばか)りか。


最愛の女性(ひと)の悲しみに寄り添えない歯痒さを感じているのだろうか。

ミラフィーナを支えるように隣りに立つ王配と比べ、何も出来ない自分を嘆いているのだろうか。


ハリエットはちらとルキウスの顔を仰ぎ見る。

身動(みじろ)ぎもせずにじっと前を見据える彼の表情からは何も読み取れない。

それが却ってルキウスの複雑な胸の内を物語っているようで、ハリエットには痛々しく見えた。



(しめ)やかに執り行われた国葬は、王家の墓所へと向かう葬列を見送る段階となり一応の終焉を迎える。

弔問客たちはその葬列を見送り、斎場となった大聖堂を後にした。


一伯爵家に過ぎないオーラウン伯爵家は当然葬列には加わらない。

だがルキウスは別だ。

彼には元王配候補者としてだけでなく、故人とは幼い頃より親交があった縁により、参列が暗黙の了解で認められているはずだ。

ハリエットは隣に立つルキウスに告げる。


「貴方も行くべきよ」


「え……でも……」


「参列するために後を追うバイラス侯爵令息の姿を見たわ。今なら彼の馬車に同乗させてもらえるんじゃないかしら」


「……」


「前陛下には幼少の頃から可愛がっていただいたのでしょう?きちんと最期のお別れをしてきた方がいいわ」


「ハリエット……」


「それに、きっと今日という日こそ女王陛下は貴方たちを必要とされるはずよ。お側に行けるなら、お慰めして差し上げなければ」


「ありがとう……ありがとう、ハリエット。心残りがないよう、お弔いを最後まで見届けてくるよ……」


ルキウスの言葉にハリエットは静かに頷いた。

そしてルキウスは急ぎ葬列の後を追う。

その背中を見送りながら、ハリエットは思う。


──辛い時、悲しい時にああやって駆け付けてくれる人がいるって、素敵なことね……。


父王を亡くしたばかりのミラフィーナが羨ましい、だなんて口が裂けても言えない。


だけど、ただのひとりでもいい。

辛く悲しい時に寄り添ってくれる人が居てくれたなら、かつての自分の心はどれほど救われただろう。


心配してくれる友人はいた。

支えてくれる家臣もいた。

だけどミラフィーナのように、心を捧げて尽くしてくれる人間にはこれまで出逢えなかった……。


きっと今夜ルキウスは、かつての仲間たちと共にミラフィーナの側にいるのだろう。

そして悲しみを共有し、切なくも温かな涙を共に流すのだろう。


ハリエットは今夜、ひとりで亡き家族を悼む。

奇しくも三年前の今日が、ハリエットの大切な家族が失われた日なのだ。


あれから三年前。

もう三年というべきか、まだ三年いうべきか、ハリエットにはわからない。

気持ちの整理は未だ付かず、別れを告げることなく突然消えるように居なくなった家族に対し、やるせない思いを抱えたままだ。


確かに三年という時が流れた。


だけど時の経過が悲しみを消してくれるわけではない。

どれほど時間が経とうとも、大切な人を亡くした悲しみが消えて無くなることはないのだ。


ただその悲しみに慣れるだけ。


自身の命の灯が消えるその日まで共にあり続ける悲しみに慣れてゆく……それだけなのだ。


とうに夜の(とばり)が降りたタウンハウスのテラスにて、ハリエットは空を見上げた。

夜になっても雲は多く、だが時折雲間から星が覗いている。

その星を見つめ、ハリエットはため息をつく。


ひとりでも平気だと思っていた。

だから職業婦人となって独身人生を謳歌するのだと意気込んでいたのだ。

だけどルキウスと結婚し、誰かと共に歩む人生というものを曲がりながらも知ってしまった。


だからこんな夜にひとりでいることがどうしようく寂しいと、そう感じるようになってしまった。

ひとりは寂しいのだと、知ってしまったのだ。


「そんな感情なんて、知りたくなかったわ……」


ぽつりと、らしくもなく弱々しげな声がテラスに落ちていく。


その時、俄に階下が騒がしく感じた。

それがハリエットが居る場所まで近付いてくるのがわかる。

そしてテラスのある部屋のすぐ外に人の気配を感じたと同時に、ドアがノックされた。

とりあえずそれに応じるとドアが開き、今夜は戻らないだろうと思っていた人物が部屋に入ってきた。


「ただいまハリエット。遅くなってすまない」


「……え?ル、ルキウス様?」




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