祝賀の夜会にて②
どうしてこんな状況になっているのか。
ルキウスの脇で彼とスタンリーの会話を聞いている時に突然、今日の主役……というより王城主催の催しであれば永遠に主役である新女王ミラフィーナに声を掛けられた。
これから国内外の主要人物たちからの挨拶を受けるミラフィーナは一瞬の隙間時間に、
「忘れ物を預かっている。夜会が終わったら取りにくるように」
とだけルキウスに告げてその場を去った。
そして夜会も終宴し、その忘れ物とやらを受け取りに行ったルキウスをハリエットは控えの間で待っていたのだが……。
「オーラウン女伯、ハリエット卿と呼んでも構わないだろうか」
なぜかその控えの間に突然現れたミラフィーナと二人で対面しているのだった。
その状況に心の中で困惑中のハリエットが若干上擦った声で答えた。
「は、はい勿論にございます。如何様にもお呼びになってくださいませ……。敬称も必要ございません」
「ありがとう。ではハリエット。ルキウスの妻となった貴女とは、一度話をしてみたいと思っていたんだ」
「話……でございますか?」
「そうだ」
ハリエットは目の前で鷹揚に頷くミラフィーナを真っ直ぐに見据えた。
陽光を体現したような美しいシャンパンゴールドの髪に深く澄み渡る泉のような青い双眸。
可憐で清らかな容貌とは違い、ミラフィーナの話す言葉は男性的である。
トーンが高めの涼やかな声で語られる語調は為政者に相応しい威厳のあるものだ。
生まれながらにして玉座を約束されたミラフィーナは王女というよりも王太女として育てられた、その所以であろう。
その威風堂々たるミラフィーナと比べると、彼女の周りに居た王配候補者たちの方がよっぽど王女らしい佇まいをしているのではないかと思うのはハリエットだけなのだろうか?
そんな脇道に逸れたハリエットの思考だが、ミラフィーナの言葉により引き戻される。
「ルキウスは、彼は貴女の伴侶として上手くやれているだろうか」
「……それを案じ、わたくしとの対話を望まれておられたのですか?」
「有り体に言えばそうだ。私は元王配候補者達に対し、責任がある」
幼少期から将来の王配、になるかもしれない人間として、彼らを永い時間拘束……いや確保……違う束縛……もう何でもいい、縛り付けてきたのだ。
それにミラフィーナが負い目を感じるのは理解できる。
だが、彼らはそれに見合う最上級の教育を受け、身につけるもの口にするもの全て上質なものを与えられてきたはずだ。
それに、王配の選出から外れた時点で生家には多額の恩賞金が支払われていると聞く。
そして何よりルキウスとスタンリーはもうそれぞれの人生を歩みはじめているのだから、君主であるミラフィーナが王宮を去った彼らをいつまでも気にする必要はないのだ。
そんなことを気にしていては……
ハリエットはその懸念を「畏れながら」と口にする。
「……されど陛下。そうなれば陛下は一生、彼らの面倒を見続けるということになりましょう」
「これまで共に生きてきて、陰日向無く私を支えてくれた彼らだ。それも吝かではないと、私は思っている」
ミラフィーナのその言葉を聞き、ハリエットはスタンリーが「僕たちは特別さ」と言っていたのを思い出す。
──あぁなるほど。陛下にとって、ルキウス様やバイラス侯爵令息は永遠にご自分のものであるのね。そして彼らもそれを享受している。
だからこそのあの言葉だろう。
夜会のホール、その中央で踊るミラフィーナを優しげに見つめるルキウスが脳裏に浮かぶ。
ハリエットの隣に立っていたはずの彼の心は、ミラフィーナにずっと寄り添っていたのだろう。
「……なぜ女王は一夫一婦制と定められているのだろう。歴代の王は一夫多妻が認められているというのに理不尽な話だ。もし、一婦多夫であったなら、私は……決してルキウスを手放さなかった」
聞くに憚られる胸の内を苦しげに吐露するミラフィーナの言葉を耳にしても、
ハリエットはもはや驚きはしなかった。
だがここでミラフィーナが何を言ったとして、もはや詮無きこと。
それはミラフィーナ自身も解っていて、だから敢えてハリエットに告げたのだろう。
ルキウスの妻となったハリエットに知っておいて貰いたいと、そう思ったのだろう。
「ハリエット」
ミラフィーナの凛とした声が自分の名を呼ぶ。
「はい」
「ルキウスを、どうか頼む。とても繊細で、本当に心根の優しいやつなのだ。私は王家の行く末を憂慮し、己の感情よりも利を取った。だからどうか……私の分まで、彼を幸せにしてやってくれ」
ミラフィーナの切なる願いに、ハリエットはただ恭しく頭を垂らし応えた。
話を終えたミラフィーナが控えの間を去り、それからしばらくしてルキウスがハリエットを迎えに来た。
「ごめんハリエット、待たせたね……」
心底申し訳なさそうに詫びるルキウスに、ハリエットは笑みを向けて首を振る。
──貴方を幸せにして欲しいと女王陛下に頼まれたわ。
貴方の幸せなんて、陛下の元でしか無いのにね……。
それならば、一日でも早くルキウスを自由に。
ハリエットの夫として一番の責務を果たした後であるならば、誰の後ろ指を刺される憂いもなく……いや、妻であるハリエットに遠慮することなく彼は自由に振る舞えるだろう。
ハリエットは自身の平らな下腹部に手を当てた。
──早く子ができないかしら。
そうすれば……。