似合いの色
ミラフィーナの即位式と婚姻の儀は二日に渡り続けて行われる事となっている。
国を挙げての慶事が二つ。
そのそれぞれの式に参列する友好国、とくに遠方の国への配慮としてあえて連日に行う事としたのだとか。
「思慮深い殿下らしい気遣いだ」
そう言って微笑んだルキウスを見て、ハリエットは複雑な気持ちになった。
妻であるハリエットにこんな柔らかな表情は引き出せない。
せいぜい緊張させて挙動不審な態度しか取らせられないのだ。
対して王女殿下(もうすぐ女王陛下)は、その存在を思い浮かべるだけで、彼にこんな表情を無意識にさせられる。
幼い頃から十数年共にあった彼らと、まだ結婚して三月のハリエットとでは積み重ねた年月が違う。
それは理解している。だけどきっとどれだけ夫婦としての時間を重ねようとも、初手で間違ったハリエットにルキウスは真に心を開いてくれることはないのだろう……。
そう思うと余計に、ルキウスの今の胸の内を慮ってしまう。
彼は選ばれなかった者なのだ。
そして最愛の王女とかつての仲間が結ばれる瞬間を、ルキウスは怖い妻の隣で式に参列して目の当たりにしなくてはならない。
これはかなり……
「哀れだわ……」
即位式と婚姻の儀、そして祝賀会となる夜会、三つの式典にそれぞれ着用する衣装の打ち合わせのために、出入りのドレスメーカーが屋敷を訪れていた。
提案されたデザイン画をルキウスと確認し相談している最中に、ひとりで物思いに耽っていたハリエットがついぽろりとそうひとり言ちてしまう。
「え?な、何か言った?このデザイン画のこと?……駄目かな?僕はとても素敵だと思うんだけど……」
ハリエットのひとり言を聞き取れなかったルキウスがデザイン画を手にして心配そうにこちらを窺う。
衣装のデザインが気に入らないと捉えたらしいルキウスに、ハリエットは小さく咳払いをして否定した。
「コホン……ごめんなさい、衣装のことではないの。確かにこのデザインは素敵ね。貴方が気に入ったのであれば、これにしましょう」
「いや……気に入ってはいるけど、キミが他のデザインがいいのなら僕はそちらでいいよ」
「私もこのデザインがいいと思っているの。それに、夫婦の衣装なんだから互いに満足できるものを選ぶべきだわ」
ハリエットがそう返すと、ルキウスはふいに目を逸らしてつぶやくように言った。
「そ、そうだね。互いに満足、確かにその通りだ……」
その後も淡々と衣装の打ち合わせは続く。
祖父の代から懇意にしているドレスメーカーは、伯爵家が一回の被服費に充てる予算を把握しており、細かい指示を伝えなくても的確な提案をしてくれる。
そこに長年王族の側で磨かれたルキウスの審美眼が合わさり、予算内でありながらいつもよりハイグレード(に見える)な衣装を選ぶことが出来た。
そして次に、その衣装に合わせるアクセサリーを決める。
グレージュの髪に淡いライラックの瞳という色合いを持つハリエットと、
アッシュグレーブロンドの髪に奇しくもハリエットと同系統である淡いアメジストの瞳を持つルキウス。
夫婦の宝石を決めるとしたら、その色合いは当然“淡い紫”である。
そしてデキる商人はこれまた予算内でのバイオレットサファイアを用いたアクセサリーを提示してきた。
その紫純の貴石を見つめながらルキウスが言う。
「自分もこの色彩の瞳を持っていながら、この色を身に付けるのは初めてだよ……」
王配候補であったルキウスはずっと、ブルーダイヤモンドを身に付けていた。
深く澄み渡る泉のようなブルーは、王女ミラフィーナの瞳の色である。
客観的に見ても、ルキウスにはバイオレットサファイアよりブルーダイヤモンドの方が似合うなとハリエットは思った。