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三題噺もどき3

踏切

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくさんじゅうに。

 


 空は美しくも恐ろしく染まっていく。


 沈みゆく太陽は、その存在を次に見るまで忘れるなと脅すように、光を残し続ける。

 こぼれる赤は血のようにも見えるけれど、それでもアレは光だ。

「……」

 その証拠でもあるまいが、先程から光の残りが視界にちらついて鬱陶しい。

 こんな時間に太陽に向かって歩くんじゃなかった……。帰路がこちらである以上仕方ないのだけど、目の奥が痛い。

 恩恵も与えるが、害がないわけでもないからなぁこの光。

「……」

 今日は病院へと行き、その帰り。

 いつもより余力もあった上に気分がよかったので、少し遠くまで歩きに出たのだ。

 必要最低限の荷物だけを鞄に入れたまま。気の向くまま、足の向くまま。

 休憩がてらカフェに入ったり、新しくできたらしい書店に入ったり。

「……」

 なかなかに充実した一日だったように思える。

 甥っ子や妹との時間に比べれば足りなさはあるが、これも大切な一日だ。

 一日一日を大切にとは、よく言われることだろう。

「……」

 もう少し、あの書店が近くにあれば数冊買って帰ったのだが、手荷物は増やしたくなかったのであきらめた。もう少し余力があるときに行こう。

 とは言え、近くに行きつけの書店があるにはあるんだが……。

 まぁ、いけたら行こうと言う感じだな。

「……」

 ぼうっとそんなことを歩きながら考えていると、少し遠くに踏切が見えてきた。

 あまり人の往来がない場所とは言え、この時間帯は皆の帰宅時間だ。それなりに電車が走っていた気がする。

 日中はあまり走っていないが、この時間はもう少し多かった気がしている。しかし……どうだろう……本数というよりは、車両数の問題なのかもしれない。

「……」

 昼間は一両なんて当たり前に走っているしな。

 せいぜい多くても四、五両なんだが……都会はもっと長いらしい。

 実物を見たことがないので、知らないが、終わりが見えないらしい。そんなには待てないかもしれないなぁ……踏切とか。

「……」

 他にも帰路につく人々が踏切の方へと、気持ち速足に進んでいく。

 まぁ、ここの踏切は長いからな。

 私は、忙し意味でも急ぐ用事があるわけでもないので、そのままのペースで向かう。

「……」

 踏切の数メートル手前にまでたどりつく。

 横を一台の自転車が通り過ぎた。

 瞬間。


 カン―カンーカンー


 と。

 警告音が鳴り始め、赤の光が上下しだし、棒がゆっくりと降りてきた。

 真横を通り過ぎた自転車は、間に合わず、踏切の手前でブレーキをかけた。

 キーという音が周囲に響くが、それもすぐに警告音にかき消される。

「……」

 私は少し離れたところに立ち止まる。

 さて、これはどれぐらい待てばいいんだろうか…。

 あまりこの音は好きではない。好きな人はあまりいないだろうけど……なんにでもマニアがいるからなんとも。


 わぁ―――


「……」

 突然、横合いからそんな声が聞こえた。

 ちらりと視線を流せば、そこにはベビーカーに乗った赤子がいた。

 その子供が泣き出したらしい。

 音に驚いたのか、寝起きで機嫌が悪いのか、空腹を訴えているのか。

「……」

 彼らは泣くことでその意志を伝えようとする。

 綴る思いはなくとも、伝える意思はあるのだと。

 懸命に叫び、喚き、泣き、伝えようとする。

 まるで、この場所に恐怖しているようにも見える。

 カンーカンーカンーカンーわぁーわぁわぁわぁ

 カンーカンーわぁわぁ―

 カンカンカンカンわぁわわゎぁ

「……」

 警告音と泣き声が脳内をかき回す。

 思考をぐちゃぐちゃにしていく。

 木霊す音は体内を駆け巡って、いらぬ記憶をひっかけて、全身を巡る。

 耳を塞いでも聞こえるその音は、いらぬ思い出を引きずり出す。


 ゴォォォ―――――――!!!!!


「―――っ!!」

 風を薙ぎはらい、音を切り裂き、鉄の塊が通り過ぎる。

 いつの間にか足元が見えていた視界を、引き上げられる。

 既に視界には赤色が広がっていた。

 踏切の音は止み、信号は静かに止まり、棒はなくなっている。

 目の前にいたはずの自転車も、もう見えなくなりつつあった。

「――」

 赤子は何かをもらったのか、ベビーカーの中で楽し気に笑っている声が聞こえた。

 母親は、それを見守りながら、遠ざかっていく。

 これ以上ここに立ち尽くしては、不自然に思われる。

「―――」

 逃げるようにその場を離れながら、ぐちゃぐちゃになった思考を戻す。

 嫌なものを奥に仕舞い込む。

 楽しかったあの思い出を引きずり出す。

「……」

 早く帰って、夕食を食べて。

 さっさと寝てしまおう。






 お題:踏切・泣く・綴る

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