2-2:苦難の選挙 東條保文の記者会見
「今年の衆議院選挙は荒れそうやな」
「そうなんですか?」
大阪府大阪市北区梅田。
そこに居を構える老舗新聞社――赤日新聞。
その政治・経済部にて一人のサングラスをかけた中年男がペンを頭に当てていた。
赤松勇気。赤日新聞の名物記者にして長く日本政治の盛衰を見守ってきたベテラン新聞記者だ。
「最近滋賀が盛り返して来たんはお前も知ってるやろ」
「えぇ。東條保文先生ですよね。政治分野に携わる人間ならもうあの先生を知らない人間はいませんよ」
「その先生が国会議員選挙に出る。それに合わせて西住重彦先生や、秋島・S・リチャード先生も本党入りして衆議院選挙に出るみたいや」
「それはまた豪勢な……。仕掛けてきているんですかね? 民生改革党」
「下剋上狙って……っていう話やったらまだことはそう複雑やないんやけどな」
「? というと」
最近入ってきた若手記者の疑問に対し、赤松はため息とともに先行開示された民生改革党の候補者の名簿を渡す。
「……これは」
「……どうやら東條先生、本党の方ではあんまり評判よくないみたいやな」
滋賀県からの衆議院議員選挙候補者名簿。その内容は以下の通りだった。
『小選挙区代表』
なし
『比例代表』
1,西住重彦先生
2.秋島・S・リチャード
…
…
7.東條保文
以上
■ ■ ■
「本党は一体どういうつもりだ!」
「どういうつもりだも何も明確に先生潰しに来てんでしょう」
東條保文の事務所にて、西住の怒号が響き渡る。
来客用のソファーにふんぞり返りながらお茶をすすった黎明は、そんな怒号など聞き飽きたといわんばかりに平坦な声で返した。
「なぜそのようなことをされねばならない! 先生がいったいどれほど身を粉にして党に尽くしてきたと思っている!」
「じゃぁその働きに価値は見いだされなかったってことだな。ご愁傷様」
「何他人事みたいに言っているんだ貴様ぁ!」
「えぇ!? あ、ちょ、暴力反対! 誰か助けてぇ!」
黎明の襟首をつかみ、がくがくと揺らす西住。黎明はその所業に悲鳴を上げて抗議するが……。
「お茶はこんな感じでよろしいんでしょうか」
「流石ですね秋島先生。筋がよろしい」
「恐縮です」
老秘書と秋島はおいしいお茶の入れ方の勉強にすっかり夢中で--黎明の悲鳴は無視した。
扱いひどくねぇ!? と黎明が目をむく中、ため息とともにしばらく沈黙を守っていた東條が口を開く。
「……西住君が言うほど私は党に尽くしてきたというつもりはない」
「先生!?」
「だが40年……。40年だ……。県議会議員になって、少しでもこの場所を良くしようと頑張り、民生改革党の理念を守って活動してきたつもりだ」
「……先生」
血のにじむような……いや、流せるものなら血の涙を流していたかもしれない。
それほどの苦痛と……悲嘆にくれた声だった。
「その仕打ちが……これか。これが、うちの党が私に返した答えなのか」
「東京本部からの返事はこうです。『確かに先生の実力は認めるが、何分お年を召されすぎている。ここは若手の育成と、今後の日本の未来のために、身を引いていただきたい』とのことです」
老秘書の言葉に東條は額を抑えため息をついた。
「……そうか。確かにな……そういうなら」
「おためごかしっすね。本気でこの衆議院選挙で勝つつもりなら、今の先生の筆頭にしないのは違うっしょ」
誰もがわかる、表面上だけの言い訳。
せめてそれで飲み込もうとした東條の言葉を、黎明は冷酷にもバッサリと切り捨てた。
「っ!」
「何考えているのかは知らないっすけど、東京の本党はどうやら先生のことが邪魔みたいっす。『名前だけかせ。でもお前を国会議員にするつもりはない』とは、なかなかふざけたこと言ってくれるじゃないっすか」
「……!」
あまりに心無い黎明の言葉に、彼をソファーにたたきつけるように離した西住は、打ち震える東條に詰め寄った。
「先生、党を抜けましょう!」
「……西住君。それは」
「このような仕打ちを受けて黙っている必要などありません! 党を抜け新たな党の立ち上げをして見返してやれば」
「アホか。そんなことしてたらこの衆議院選挙には間に合わん。実際先生は老い先短いんだ。運が悪けりゃ4年後になる衆議院選挙を待てなんて、酷なこと言えるわけねぇでしょうが」
「貴様ぁッ!」
黎明の無情ともいえる事実の指摘に、西住は激怒する。
あわや本当の殴り合いになりかねない現状に、流石の秋島もお茶を片手に何か言おうと口を開きかける。
だが、
「要は先生を比例代表選挙で勝たせればいいんだろ。余裕じゃん」
「は?」
不敵な笑みを浮かべる黎明の言葉に、その拳が止まる。
「先生が一体ここで何をしてきたと思っている。こんなしょぼい嫌がらせで今更時流が止まるとでも?」
どいつもこいつもわかってねぇな。と、黎明は笑う。
こんなちゃちな嫌がらせで……今更『東條保文』が止まる――止まれると思っている外様の馬鹿どもを嗤う。
「先生、絶望する必要なんてないっすよ」
「……君は、何をするつもりだ」
「なに。大したことじゃないですよ。大したことじゃないことをして、この程度の嫌がらせではもう止まらないところまで来ていると思い知らせてやればいい」
その言葉は数日後行われた衆議院選挙で現実となった。
「現実が見えていないロートル共に、今の日本の現状というのを見せてやりましょう」
■ ■ ■
翌日。
東條保文に対する冷遇ともいえる対応を民生改革党がとったという事実が、公的文書として発表された。
まさかの小選挙区出馬不許可。並びに比例代表区選挙名簿への順位記載が最後とされたこと。
東條保文の支持者が多い滋賀を中心に、おびただしいヘイトが民生改革党上層部に向けられる中、東條保文は即座に記者会見を開くと発表。
同日19:00に、その記者会見は迅速に開かれた。
これは、その際に行われた東條保文のスピーチの一部である。
『皆様はもうご存じでしょうが、此度の衆議院選挙における私の入選はほぼ絶望的になりました。そのことに関し、支持者の皆様が大いに憤り、民生改革党本党への抗議文を出していただけたことに、まずは感謝を申し上げたい』
『しかしながら、此度の決定は私――東條保文が衆議院選挙前に民生改革党上層部と話し合い決定したものであることを、皆さんに発表いたします』
『少子高齢化が進む現代日本において、私は声高に主張を続けてまいりました。若者に対し過ごしやすい国を。子育てを一つの不安もなくできる社会をと』
『ですが、私はもう年だ。後期高齢者といわれる年齢になりつつあり、この年に衆議院議員となったとしても長く続けられる年齢ではなくなりつつあります』
『真実、この少子高齢化を解決したいと願うのならば、国のかじ取りは老人ではなく若い議員が担うべきだ』
『幸いなことに、民生改革党には若手のホープがそろっております』
『私の協力者となり、多くの改革を手伝ってくれた西住重彦議員』
『日本の未来を憂い、民生改革党への移籍を行った秋島・S・リチャード議員』
『そして……私をここまで支え続けてくれた……やがてこの国の未来を担うであろう御柱黎明君』
ガタリ、会場の端で何かの物音が鳴った。
映像には写されていなかったが、この時会場の端で待機していた一人の秘書が、度肝を抜かれた様子で東條保文を見ていたらしい。
『民生改革党の改革は、彼らが後々担ってくれると私は固く信じております。ゆえに、私は彼らに道を付けたい』
『私の名を使い、私の功績を使い……彼らに、真実日本を変える力を与えたいのです』
『支持者の皆様……並びに有権者の皆様』
『私はこの決定に、何の不満もありません。それでも私のことを想ってくださるならどうか――』
『若い彼らに、あなた方の力をお貸しください』