幕間 御柱黎明の野望
「失礼します。先生」
いつものように東條の事務所へとやってきた西住は、ノックとともにその扉を開いた。
だが、おり悪く来客が来ていたらしい扉から出てきた青年と西住がぶつかりかける。
「おっと、失敬!」
「いえいえ。大丈夫ですよ。ぶつかっていませんし……って。おや? これは西住先生」
「むっ」
お久しぶりです。
そう言って笑う金髪の青年を西住は知っていた。
いや、正確には成年ですらないが……青年にしか見えない男がそこにいたのだ。
よく鍛えていると思われる細く引き締まった肉体に、不潔感を感じさせない整えられた髭。
髪は日本人離れした明るい金髪で、瞳もグレーに近い色をしている。
なにより目立つのは彫りの深い整った顔立ちだ。
「秋島……先生」
「かしこまらないでください先生。私を呼ぶときは気軽に『リチャード』とでも呼んでくださいと言ったはずですよ」
「いえ……そういうわけには」
秋島・S・リチャード。
日本に移住してきたイギリス人と日本人のダブルであり、現在の滋賀県政治において若手のホープといわれる俊英だ。
そして……東條がここまで頭角を現さなければ、次の県知事は彼であったといわれるほどの逸材でもあった。
「それにしても秋島先生はどうしてここに」
「いえ、たまたま近くに寄ったので久々にご挨拶でもと。最近は東條先生はお忙しくて、お会いする機会もめっきり減っていましたから」
「はぁ……。そうですか」
そして……彼が所属する党は『日本民生党』。
現在の日本政治の最大派閥であり、現総理大臣を擁立した最大権力集団にして……東條達『民生改革党』が打倒すべき敵対勢力でもあった。
――そんなところの男がご挨拶? 馬鹿も休み休み言え。
西住が内心そう吐き捨てる中、秋島は笑顔を崩さないまま振り返り、やや顔色が悪い東條を見る。
「では先生。久々の歓談楽しかったです。機会があればまた」
「あ、あぁ……。楽しみにしているよ。秋島先生」
そんな東條の返答に満足げに頷いた後、秋島は秘書を伴い悠々と去っていった。
「……先生。ご無事ですか⁉」
「大げさだな西住君は。本当に彼は話を聞きに来ただけだよ。まぁ……」
探りを入れられたのは否定しないけどね。と、よほど胃が痛い時間だったのだろう。
机から胃薬を取り出し、秘書に水を持ってきてもらっいながら、東條は苦笑を浮かべた。
「私の躍進が許せない……というよりかは、その理由が気になったらしい。実際話したのは10分かそこらくらいだろうが……相変わらず彼は化け物だね。そのたった10分で腹の底まで見透かされた感覚がしたよ」
「あぁ、おいたわしい。東條先生の老体に鞭を打つような真似をよくも」
「あの、西住君……これでも私まだ若いつもりなんだけど」
君も大概いうようになったね……。と東條はやや呆れた声を漏らす。
「でも10分だけ会話したらすぐ帰っていった。どうやら私は彼のお眼鏡にはかなわなかったらしい」
「それはそれで失礼な奴ですね」
「まぁ否定はできない。私は結局昔のままだ。変わったことがあるとするなら……懐刀を手に入れたことくらいだからね」
「……つまり、秋島は今」
「あぁ……その懐刀に会いに行っているはずだよ」
少し……西住の首筋を冷や汗が流れた。
得体のしれないカリスマと、人の心を見抜く洞察を持つ秋島と、東條保文をここまで押し上げた、これまた得体のしれないあの男。
その接触が何かとてつもなく大きな潮流を生み出すのではないか?
そんな予感が、西住の脳裏によぎったのだ……。
■ ■ ■
何一つとして変わらなかった。
それが私――秋島・S・リチャードが下した、東條に対する結論だった。
あの東條という政治家は、よくいえば民に寄り添う理想的な政治家であり……悪くいえば清濁併せのめない、甘すぎる男だった。
「最後にあの法案を通させて、とどめを刺し失墜させる予定だった。うまくいったはずだったのに……なぜ生きている。やはりあの生放送に出ていた男が理由か?」
「秋島先生。調べがつきました」
ぶつぶつと、秋島がとっくの昔に食えていたはずの相手が延命した理由を考えている中、秘書が先ほど頼んでおいた調査を終えたらしい。
眼鏡をかけた美人秘書が、リムジンの助手席から振り返り話しかけてくる
「その御柱黎明という男。現在は滋賀県立大学を訪れているようです?」
「県立大に? どうして」
「理由はわかりませんが……最近東京大学から招聘されたある教授に会うためだと」
「あぁ……。東條先生が是非にと頼んでいたあの男か」
東條が県知事となった後まず行ったのは、幾人かの学者の滋賀県立大学への赴任依頼だった。
彼らの研究は軒並みSFじみたもので重要視されておらず、研究資金も底をつきかけていたような零細研究室の教授たち。
彼らも今発展している滋賀への赴任依頼であり、そこで潤沢な研究資金も与えられるといわれ喜んでこちらに移住してきた背景がある。
――ご機嫌伺いか? いや、背景的にあちらが挨拶しに来るのはわかるが、政治秘書がわざわざ話を聞きに行く理由はない。ならばいったいなぜ?
これは何かある。そう判断した秋島は、さわやかな笑みと共に。
「私も興味があるな」
「では、本日午後の予定はキャンセル。県立大に行けるよう調整いたします」
御柱が何やら企んでいる県立大へと足を向けることにした。
■ ■ ■
「ここが、今黎明君が来ているところかい?」
「はい。先生と一緒にこちらに来ておられます」
滋賀県立大学に足を運んだ秋島だったが、結果としては空振りだった。
だが幸いにも大学の事務受付が黎明と黎明が訪ねた大学教授の予定を知っていたらしく、現在いるであろう場所は快く教えてもらえた。
それは滋賀県北部に建てられた、何ともきれいなビルだった。
全面ガラス張りで日光を効率的に取得できるようデザインされたそれれは、現代ビルにありがちな奇抜なデザインはなく、東西に角を向けた長方形ビルで、壁面に清掃用の業者が行き来しているところを見ると、かなり窓の清掃に気を使っているらしい。
――採光用だろうか? だがだとしてもガラスにこだわりすぎている。いったいなんだあのビルは?
そんなことを秋島が考えていた時だった。
「助かりました。黎明さん。東條先生にもよろしくお伝えください」
「いえいえ。教授の研究は国の宝となりますからね。資金援助は惜しみません。ぜひとも最高のものを作ってください」
黎明が、会いに来たと思しき教授を伴い出てくる。
「ですが、黎明さんが来てくれて本当に助かりました。電気代がバカにならず、採算が取れないといわれもう少しで私の研究は凍結される予定でしたから。九死に一生を得られたのは黎明さんと東條先生のおかげです。本当に何とお礼を言えばいいか」
「そんな大げさな。教授ならきっと予算がなくともこのビルの理論を完成されていたでしょう」
「ですがそれには今まで以上の時間がかかりました……。東條先生とあなたの判断があってこそ、我々はこの短期間でこのビルの稼働にこぎつけたんです」
本当にありがとうございます。そう深々と頭を下げる教授に、黎明は参ったなと言いたげに頬をかく。
そして。
「まぁ、何です。今の日本の食料自給率を憂いているのは教授だけではありません。この研究が必ず実を結ぶと信じて……頑張ってください教授。日本の明るい未来は、あなたが作るのです」
「はい! わかっています! 粉骨砕身の努力をば!」
ヤル気に満ち満ちた様子でビルに帰っていく教授を、黎明は手を振って見送った。
そして、その場踵を返し、
「げっ!?」
秋島を見て妙な声を上げる。
――嫌われたかな?
隠しもしないまずいと言いたげな雰囲気にほんの少し苦笑を浮かべながら、秋島は黎明に手を上げ確認した。
「やぁ、黎明君」
「こ、これはこれは秋島先生。こんなところで何を?」
「何をとは心外だな。東條先生が『ビル農業の発展研究』に資金を注いでおられると聞いてどんなものか見に来ただけだよ。君と同じようにね」
「え? なんでそれし……っ⁉」
予想はどうやら当たったらしい。その事実に内心ほくそえみつつ、隙だらけの黎明の姿にやや不安を覚える。
「さて黎明君。話を聞かせてもらおうか?」
「は、話って?」
「決まっているだろう。君が今、農業ビル支援に資金を注ぎ込んでいる本当の理由を聞かせてもらいたいんだよ。私は」
「…………」
にこやかな秋島の顔に、何か活路はないかと必死に目を泳がせる黎明。
だが、言質までとられ田現状黎明にごまかしの手段はなく、
「はぁッ……まいった」
しぶしぶといった様子で両手を挙げた。
■ ■ ■
「親父、つくね、肝、砂肝、皮、モモ、ムネ1つずつ。あと取りあえず生2つね」
「ふむ。私も同じものと……あとはこのハツと薬研軟骨を」
「先生……まだ仕事中です」
「固いこと言わないでくれよ。三葉」
「……今回だけですよ」
ため息とともに、黎明が連れてきた焼き鳥店の外に出ていき、どこかへと電話を掛けだした秋島の政治秘書を見て、
「いいなぁ……。あんな美人さんが秘書で。俺なんかしにかけの爺さんの面倒見つつ、おっかない爺さんに教育されたうえで、暑苦しい肉だるまの雑談相手しているんすよ」
「身内に対してずいぶんな評価だな」
「身内だからこそっすよ。こんなこと言ってもあの人らは俺を切ったりはしないですから」
相当な自信……というよりかは信頼かな? と、秋島は愚痴を漏らす黎明の態度をそう判断した。
事実発言の節々には親愛の情のようなものが見て取れ、黎明が今の周りの人間関係に満足していることがわかる。
「んで、何でしたっけ? 俺の狙いかなんかでしたっけ?」
「そうだ。私はね、黎明君」
おしぼりどうぞ~。と店員が声をかけてくれたのを機に一瞬間を開けながら、配られたおしぼりで手をぬぐいながら秋島は切り出す。
「あの知事選挙。絶対に私が勝ったと疑っていなかった」
「そりゃまた自意識過剰な」
「負けた今だからぐうの音も出ないがね。だとしても、東條先生と私の支持率には圧倒的な開きがあった……そう。君が来る1年ほど前まではね」
「……………」
へい! ご注文の品お持ちいたしましたぁ!
そんな言葉とともに置かれていく焼き鳥をしり目に、店員が去ると同時に黎明が口を開く。
「別に俺が来たから先生の支持率が上がったわけじゃ」
「おためごかしはイイ。滋賀への住民流入に、各交通機関への根回し。その後の近畿一円の府県への交渉など……どれも東條先生には考えもつかなかったような政策だ。君が来てから……実施された政策だ。優秀なオブザーバーが東條先生のバックについたと考えるのが自然だ。そして時期を同じくして君は雇われている。これで君を疑うなと言えるほど、政治家は甘くないよ」
「……うへぇ、そこまで男のこと調べているの? キモ」
「何とでも言いたまえ。で、君としての答えはどうなんだい?」
「あぁ、その前に焼き鳥食べません? せっかく出してもらったのに冷えておいしくなかったじゃつまらんし」
「む」
言われてみればその通りかと、ビールを掲げる黎明をまねし、秋島も置かれたビールジョッキを手に取った。
「……あぁ。なんだ」
そして黎明は一瞬言いよどんだ後。
「よき好敵手に」
「っ!」
その言葉に、秋島は口元を吊り上げ、笑いながらジョッキを黎明のものにぶつける。
「よき、好敵手に!」
それが、のちに黎明の政策を陰ながら支える懐刀……秋島・S・リチャードと御柱黎明の接触だった。
■ ■ ■
「さて、秋島先生はどうして日本が国際社会においてクソザコナメクジ扱いされるかわかるかな?」
「……理由が多くて数えられないね」
「ひゅーっ、辛辣ぅ。まぁしゃーなしといえばしゃーなしよね。国民を養える飯も作れない。ろくな防備も持ってない。技術もなければ金もない。国民も少子高齢化がいくところまで行っちゃってもう先細り状態だ。これで強国ですなんて言ったところで、とれるのは爆笑じゃなくて失笑だろう」
「だからこそ、歴代の政治家たちはそれを何とかすべく立ち回ってきた」
「ほんとにそう思っている?」
「…………」
「まぁ、沈黙は金成りってな。そして俺たちもその事業を引き継ぐ必要がある。その中で、俺がまず手を付けないといけないと判断したのが」
「……食糧問題。自給率の問題か」
「そういうこと。実際ロシアがウクライナに攻めてきたときは危なかったし、今非常に危ない状況といえる。ロシアがウクライナ攻めをあきらめ日本に来たら? それはないにしても中国がロシアに呼応し東アジア一帯を侵略しに来たら? 飯のほとんどを輸入に頼っている日本は、シーレーンの分断に非常に弱い。万一中・露が日本の排他的経済水域外で輸入船の鹵獲を行い始めりゃ、日本3日で餓死者が出るぞ」
「そして、日本国民は平和ボケしているとはいえ飯にうるさい。明日食べる食事がいないと知れば、国への帰属意識が薄くなっている昨今だ。即座に暴動に発展して国内があれる」
「そうなりゃあとはまな板の上の鯉だ。侵略者がご自由に料理してくださるだろうさ……って、なんだわかってんじゃねぇか」
「だが、日本の外交手腕によって今のところ侵略の予兆はない。うるさいのは北朝鮮だが、あちらは米国との合同監視によって動くことはないのは確認済みだ。今その心配をする必要はないんじゃないか?」
「今はな。だが将来への備えをしなくていいということにはなるまい。特に食料自給率なんてものは、長い時間をかけないと回復しないものなんだ。対策着手は早ければ早い方がいい」
「だが、それがなぜ農業ビルの開発につながる?」
「農業ビルは対策にならないってか」
「いいや。平地面積が少ないため広大な農地を展開できず、人口密集地はすべて住宅に変えてしまう悪癖がある日本において、農業ビル農法は一つの解だと私も見ている。だが今の技術ではコストがかかりすぎる。水も太陽も、農業をする条件はすべてそろっている日本において……問題となっているのは国民のやる気だけ。そんな状態で農業ビルに多額の投資をするなど、国民感情が黙っていないと思うがね? 税金の無駄遣いだといわれて、野党に叩かれるのがおちだ」
「いいや、それがそうでもないと俺は見ている」
「?」
「国民がなぜ農業から離れたかわかるか?」
「儲からない。仕事がきつい。そもそも若者がやる仕事じゃない……臭い、汚い、キツイ。この三つが従事者が減った主な理由だが」
「だが、その三つのイメージをすべて覆し、人々が農業がエリートの仕事だと思うようなイメージ改革手段がある。それは何だとおもう?」
「……農業ビルの企業化か!」
「そういうこと」
「農業ビルが儲かること。儲かるラインまで技術を落とし込むこと。そこまでをあの教授に俺は依頼してある。そのために湯水のように使った金は、この技術を定額販売することによって確保する」
「定額販売? 競りじゃないのか?」
「それじゃぁ一社がしばらくその技術を独占することになる。複数の企業が、競うようにビルを建ててはじめてファクトリーファーム=農作物工場は自給率の回復へと指をかけることができる。まぁ、値段はそれなりに高めに設定するがな」
「そしてその高めの購入金額を払える一流企業が、こぞってビルを建てて職員を集めれば……」
「あら不思議。農業はエリート社員が従事する業務へと早変わりするということだ」
「だが、それでは人件費の観点から海外からの輸入野菜に勝てないんじゃないか?」
「それに関しちゃ、企業努力としか言いようがないが……一応博士には提案を一つしておいた」
「どんな?」
「AIだよ」
「っ!」
「植物の病気検査や、日々の業務。土作りの方法から、育成データ……そのほとんどは農林水産省にデータとしてそろっている。それをAIに反映させ、可能な業務はすべてAIの判定・作業に任せる。あとはそれを確認するだけの職員を置けば人件費はかなりコストカットできる」
「だが、可能なのか?」
「今は無理だとおもっている。一応県立大学にAI開発の権威を招いちゃいるが、その人の答えもNoだ。今のAIに農業を肩代わりできるほどの性能はないとさ」
「今は……か」
「今はだ」
「かなり危険な賭けに出ているな。成果が出るかはわかるまい」
「だが誰かが賭けないとならないだろう。国策になりうる技術なら、国家が先陣を切るのは当然だ」
「AI……そして農業ビルは、本当にそれが起こる前に完成するかわかるか?」
「五分……いや七分くらいだな。俺はそう判断している」
「なぜ? 欧州や米国は現在発展しすぎたAIを規制する挙動をとりつつある。私としてもあの動きは賛成だ。AIはあまりに急激に発展しすぎた。多くの人間が職を奪われ、多くの人間が路頭に迷うことになる。今の社会に、それを受け止められるほどの余裕はない」
「だからこそだ。誰もが研究を止め、一時停滞を願われる技術だからこそ、先んじて発展させる価値がある! 事実、ロシアと中国はその流れに逆らっている。なぜか?」
「……奴らが共産主義国家だからか」
「その通り。おそらく仕事のほとんどをAIに任せ、国家がそこから出る利益を独占。国民にその冨を再分配するというのが奴らのシナリオだろう。そのシナリオゆえに、あいつらはどれだけ職を失う人間がいても、国民を納得させることができる。何れ来る未来のために、AIの発展は必要不可欠だと。が……まぁ、欠点が一つある」
「発展性のなさだな」
「それだ。現行AIは言ってしまえば既存知識を収集し、指示に従って既存知識の中から最適な答えを選ぶ機械だ。どれほど素晴らしい絵も、どれほど素晴らしい音楽も……言ってしまえば既存のもののつぎはぎにすぎん」
「だがそれでは技術発展は見込めない。現状のAIに任せきりの社会を作ってしまえば、その国は現代の技術で停滞する……か」
「そこで、俺は考えた。AIとうまく付き合いつつ、資本主義も維持し、発展性のある社会を作っていく必要があるのではと。だがその実現には金が要る!」
「そこで農業ビルの話しに戻るのか……」
「そうだ! 金が必要だ! そして国家の金とは何だ? 国力だ! どこかから借りるにせよ、自分で生み出すにせよ、国民の飯も作れませんなんて抜かす国力の国をだれが相手にしてくれる。国際社会の信用を勝ち取るため……何より、自立した国家となるためには、国内で食い扶持を大量に生産し流通させることが急務なんだよ」
「農業AIに必要なものは二つ。AIが操作作業ができる農業マニュピレーターの開発。二つ目は、農業に関する莫大な知識。だが二つ目は農林水産省のデータベースが解決してくれる。となれば」
「あとはマニュピレーターと、それを安全に操作する判断基準があればいい。あの教授とAI技術を見込んで招へいした教授にはそれの開発を依頼してんのさ」
――日本崩壊後に発掘された、ある監視カメラ映像からの抜粋。
■ ■ ■
「……凄まじいな。君は」
「あぁ?」
酒が入り、互いに口が軽くなった中、珍しく交わした激論に一息つき……秋島はポロリとそう漏らした。
「失礼だが……今の政治家にここまで考えて行動している人間は少ない。金があったとしても、それはいま苦しんでいる人間に充てようとする政治家ばかりなのが現実だ」
「悪いこっちゃねぇだろ。それで救われている人間はたぶん多い」
「あぁ……。そうだな。だが政治家がそれではだめなんだ」
「…………」
「国家を導くものとして……約一億二千万人の命運を握る者として、政治家は先を見た行動をとらねばならない。来年再来年の話しじゃない……100年200年先の未来を見据えた行動をだ」
「お、おう……。俺もそこまで先を見据えて今の発言したわけじゃないんだけど」
「だが君の発言は的を射ていると思う。少なくとも私には多大な説得力をもって語られたものだと思っている」
褒められなれていないのだろうか。それとも酔っただけか。
黎明の頬がわずかに赤くなり、照れるように顔をそむけた。
そんな彼に、
「だがそれゆえに惜しい」
「……は?」
「君……まだ私に自分の野望のすべてを明かしてはいないだろう」
「っ⁉」
冷や水をぶっかけた。
「な、何を……」
「とぼけるな。AIとうまく付き合っていける資本主義社会? 理想はご立派だが、しばらく話していてよく分かった。君は理想は高いが……非常に我欲的な人間だ。ありとあらゆる行動が自分の利益のために直結している。ならそんな人間がなぜそんな発言をした? 未来をおもんぱかる発言ができた」
「…………」
今度はだらだらと冷や汗を流しながら目をそらす黎明に、ため息とともに秋島はとどめを刺した。
「君が見据えているのはその先の野望だろう。国内諸問題をすべて解決し、強国として返り咲いた日本の国際発言力を使い、君は一体世界に何を投げかけるつもりだ」
「……まじか。あんたの脳みそマジで何でできてんだ」
そうして、黎明はため息をつき、
「誰にも言うなよ。先生や西住にだってまだ言ってないんだ」
「おや。私が一番か。それはそれで誇らしいね」
「茶化すな。マジでこれは俺の夢をかけた暴露だ。正直あんたが笑ってくれなきゃ俺はここで詰むしかない。人生をかけた一世一代の大勝負だ」
「……ほう?」
君ほどの男がそうまで賭ける野望とは一体? そう思い、秋島は興味深そうに黎明の言葉に耳を傾ける。
「実は俺はな……」
そして、黎明は秋島にこっそり耳打ちをし……。
「……は?」
秋島……いやリチャードは一瞬呆けた後。
「ぶっ! く、は……ははははははは! そ、そんなことのために、そんなことのために君はここまでの風呂敷を広げたのか!」
「なっ! 笑うな! これでも一生懸命考えたんだよ!」
「もっと楽な手段はいくらでもあるだろうに、実は君特大のバカだろ?」
「なんだとぉ⁉」
腹を抱えて笑い出す。
――これほどまでに笑ったのは、子供のころ日本の吉本を見に行った時以来かもしれない。
内心そんなことを考えながら、リチャードは涙すら浮かんだ目元をぬぐい、
「いいだろう。これは私の胸にだけ秘めておこう」
「……本当だな」
「あぁ。馬鹿の夢は壊せないさ。それに……」
――私も実は、そういった夢には目がなくてね。
そう言いかけて、リチャードはやめた。
どうせなら、もっと黎明を驚かせるタイミングで言ってやろうと、そんないたずら心が芽生えたからだ。
「いや。語るべきじゃないな」
「いや、語れや⁉ そこまで言ったんなら!」
「なに、近日中にはわかるさ。ん? 三葉?」
「秋島先生明日も早いのでそろそろ」
「あぁ、もうそんな時間か。ではね黎明。またうまい酒を飲もう。楽しい話を聞かせてもらった礼だ。ここは私のおごりとさせてもらうよ」
「え? マジで! よっしゃ! 親父! ボンジリ追加!」
「あ、今からの追加注文は自分で払ってくれ」
「なにぃ!?」
ケチなこと言うな! と怒号を上げる黎明にひらひらと手を振りながら、リチャードは思う。
――ひょっとしたら、ああいった男が次代の風雲児になるのかもな。
■ ■ ■
あの出会いから一週間ほどの時が経過した。
現在日本政治の台風の目となった滋賀県は、ある話題で持ちきりだった。
『秋島議員、党を移動する決心をされたのは一体どのような理由なのでしょうか』
『私は常々思っていました。滋賀から日本の改革を。日本にかつての経済大国としての栄光を取り戻すと。ですが、現在の【日民党】の政策は非情に保守的で、選挙を目的とした高齢者優遇政策を多く推し進めているのが実態です。高齢化社会が長く続き、人口の先細り化が進行する日本において、そのままではいけない。なんとしてでも、このタイミングで人口の回復をする必要があると私は判断しました。東條先生はその考えに深い理解を示してくださりました。自らが、数年後には後期高齢者になるにもかかわらずです。私はその高潔な精神に深い感銘を受け、先生が所属される【民生改革党】への移動を決定いたしました』
『なるほど。では民生改革党に移ったのち、秋島議員は何をされるおつもりなのでしょうか』
『なに。ある程度実績があるとはいえ、私は党内部では新米です。東條先生の下働きとして、しばらくは経験を積ませていただく予定です』
「…………」
黎明は思わずといった様子でテレビの電源を落とし、そして現在東條の眼前でニコニコ笑って立っているリチャードを見つめた。
「何考えてんだお前……」
「私もこんなことは聞いていないのですが」
「民生改革党の代表――夏木昴先生には許可をいただいております。なので先生、今後ともよろしくお願いいたします!」
礼儀正しく、それでいて堂々と90度の最敬礼をかましてくるリチャードに、文句を付けられるはずもない。
彼の秘書がそっと渡してきた、夏木先生の紹介状も無視できない。
知らない間に、完全に外堀を埋められた。
あまりにそつがないそれらの現実に、東條はめまいを覚えるように額を抑えるが……現実はどうあがいても変わらない。
「仕方がないですね。黎明君」
「はい、先生」
「しばらく面倒を見てあげてください」
「……うぃーっす」
こいつマジで得体が知れねぇ。と言いたげにリチャードを見つめる黎明だったが、顔を上げたリチャードはそんなことは気にもしていない。
あくまでワクワクとした笑みを浮かべながら、黎明の手を取った。
「さぁ、黎明。これからよろしく」
「マジで何企んでいるんだ……」
「失礼だな。私も君と同じ夢を見たい。そう思っただけさ」
「……邪魔だと思ったら切り捨てるからな」
「もちろん。こちらも付き合えないと思ったら途中下車するさ。もっとも、今の私はそんな心配はしていないがね」
「……はぁ」
こうして、黎明のそばにリチャードがつくこととなった。
このことが、黎明の野望への道をさらに加速させることになるのだが……この時の黎明はまだ、そんな未来を考えもしていなかったという。