1-5:地方集権都市 近江の生誕 東條保文のネット配信
『県民に寄り添う政治! 我々は日本を改革するため、皆さんに寄り添う政治を行います』
『なぜこれほどまでに税金が高いのか! 政府が、地方に己の失態の押し付けをしているからです! 我々は断固としてその行いを否定します! 消費税0! 国家の理不尽に滋賀からNo! を発信する!』
『18歳までの教育費無料化! この超高齢化社会に終止符を打つために、私たちは若い世代への支援を惜しみません!』
「うるせぇなぁ……。いつまで前時代的な選挙カー走らせてんだよクソが」
「口が悪いぞ、黎明!」
「まぁ、この時期はしょうがない」
選挙の用意であわただしく事務所を駆け回っていた黎明が、事務所前を通り過ぎる選挙カーに毒を吐く。
選挙カーに関しては人のことを言えないからか、西住が青筋を浮かべて怒鳴りつけ、苦笑いと共に東條がそれをとりなす。
「とはいえこれが選挙ってやつだからなぁ」
「それにNoを示せるのが新時代の政治家って奴っスよ。というわけで、はい」
「……本当にやるのか?」
「何のために経費で機材買ったと思ってんっすか」
「お前の趣味だろ。この前事務所で遊んでたの見たぞ」
「シャラップ!」
しらっとした西住の視線を一喝でそらしながら、黎明が東條に差し出したのはゲームのコントローラーだった。
「政治家に必要なのは知名度と、人気っすよ。今の時代それを勝ち取るにはこれが一番! やるぜゲーム配信!」
■ ■ ■
『東條チャンネル―! はい! というわけで始まりました~。このチャンネルは現役滋賀県議会議員 東條保文と、その政治秘書――御柱黎明によってお送りしまーす』
『あの……黎明君。結構見てくれているみたいだし、やはり普通の選挙演説した方がいいんじゃ』
『今回のイベントはこちら! ババン!【現役県議会議員に、「SumCountry Crime」やってもらってみた!】です!』
『あ、聞いてくれない感じなのだね。まぁいつものことだからいいんだけど』
【いつものことなの⁉】【頑張って東條先生】【何だこの政治秘書。ハヨクビにしろ】
そんなコメントが生放送内を駆け巡る中、困った顔をした保文がコントローラーを手に取る。
『というわけで先生、このゲームをやってもらうわけなんですが、パッケージ見た感想としてはどうっすか?』
『これ本当に政治ゲームなの? なんか独裁者となってあなたの理想の国家を作ろうとか書いてあるんだけど』
『では張り切っていきましょう!』
『君はまず私の話を聞こうか』
ぶつぶつ文句をたれながらも、割と堅実に道路拡張や施設敷設をしていく東條に黎明はにやにや笑いながら画面から出ていく。
「こんなのが本当に選挙活動になるのか……。街頭演説や選挙カーでの宣伝の方がよくないか?」
「んな二番煎じして何が楽しいんだよ」
「楽しさの問題ではない確実性の問題だ」
そんな黎明に、同じくカメラに映らないような場所で待機していた西住が、ひそひそと話しかけてきた。
どうやら始まった今でも不満は隠せていないらしい。
だが、
「そうすかか。じゃぁ聞くが……実際街頭演説をしている政治家の名前を覚え、その主張を覚えている人間って何人いるかわかります。西住先生?」
「……それは」
「選挙カーが垂れ流す大演説の内容を覚え、その人物に投票する人間の数は?」
「………」
高くない。詳しい数値は知らないが、そのことだけは西住にも分かった。
現在の日本は「政治に無関心な国民が多い国」として世界各地で有名である。
無造作な増税に、いくつかの失言。汚職の話しだって少なくないし、しっかりすっぱ抜かれている場合も多いのに、それが選挙に影響する値は微々たるものだ。
なぜか?
「そりゃお前、自分じゃどうにもならないことで熱くなるのはだせぇと思っているからだ」
「ださ⁉」
そういう問題なのか⁉ と西住が驚くが、実際のところそういう問題でしかない。
「だってそうだろう。さもインテリぶって『今の日本の政治家は……』『実はこれには政府の陰謀が……』『このタイミングでこのニュースが流れるのは裏で、国民に知られたくない法案を通しているからで……』とか、そんな話をしたところで帰ってくる返答はこの三つだぜ」
黎明はそういうと指を三本立てて言う。
『インテリぶっててムカつく』『意識高い系ですかぁ?』『今時陰謀論とか草』
「そ、そんなわけないだろう? いくらなんでもそんな……」
「残念なことにこれが現実。悲しいまでに現実なのよ」
政治的無関心。現代人特有の精神的病といえるこれは、政治的目標が達成されない期間が長く続くと国民をむしばむ精神病だ。
結局自分たちがどれほど声を上げたとしても、どれほど熱心に政治活動をしたとしても、それが反映されることがない。
その現実が、現代人の精神をむしばむのだ。
「でもそういったやつらが入り浸っている場所がある。果たしてそれはどこでしょうか?」
「……ネットか」
「そういうこと。外出るのはたるくても、電子媒体の前で座るのは苦じゃない。そういった世代が今のご時世は多い」
そう語りつつ「黎明君? なんか出たんだけど黎明君?」という問いかけに、黎明はカンペで答えを送る。
「コメントで聞け? ヒントくれるように頼めって? え、これ話しかけてもいいの?」
「カンペ音読するのやめてくれません先生!?」
画面外からの黎明のツッコミに無数の「w」飛び交うのをしり目に、黎明は再び音量を下げ西住に語った。
「結局のところ時代は移り変わっている。ラジオからテレビへ。テレビからネットへ……どれだけ素晴らしい選挙演説をかまそうが、どれほどすさまじいカリスマを選挙カーからたれ流そうが……結局のところ、10万再生を記録した動画の宣伝効果には及ばない」
「政治家YouTuberの動画でそんな再生数が記録できると思っているのか?」
その西住の指摘に、黎明は不敵に笑い、
「ただの政治家なら無理だな」
「先生ならできると」
「無論。あぁ、別に東條先生に心酔して近視的になったからこういっているわけじゃないぞ?」
ただ純然たる事実を並べた。
「ただの田舎地方だった滋賀を盛り立て、近畿一円に大交通網を整備し、滋賀の財政を瞬く間に立て直した……今の東條保文は、地方政治界のホープであり英雄だ。当然先生の支持者はまず最初に見に来るだろう。それでいったん再生数が伸びる」
その言葉と同時に、この生放送の再生数は初めの段階からかなり高かった。
それだけ東條が支持されているという事実の証左。そのことに西住は誇らしく思っていたのだが、
「そしてそんな男が、ネット界隈にに近づこうと生配信を始めた挙句、内容は政治とは一切関係ないゲーム配信。何かあると思って、次に政治家連中が食いつき再生数が伸びる」
「え? なに? 施設を強化すればいいって? 取りあえず一次産業の強化からか……。意外とよくできているなこのゲーム」という、東條の言葉と共に、再度再生数が跳ねた事実には目をむかざる得なかった。
「最後に政治家YouTuberとしては異例の再生数に、目ざといネット民たちが食いつく……するとあら不思議」
初回で数万越え再生数をマークした、超大人気チャンネルの爆誕だ。
その黎明の言葉を証明するように、見る見るうちに再生数が伸びていく現実に、西住は絶句するほかなかった。
「そして先生ならその先も必ず見せてくれる」
「そのさき?」
いったい何を……。と西住が聞き終わる前に。
「ふーん……。黎明君」
「はいはい。ナンスか先生?」
【今度は素直に出てきたぞ】【カンペ間に合わなかったの?】というヤジが飛ぶ中、黎明は答える。
「……これ粛清イベントとかあるんだけどどういうこと?」
「そりゃ、増えた国民減らすイベントですけど?」
シレットとんでもない会話が始まった。
■ ■ ■
『あの生配信は伝説といっていいでしょう』
『「SumCountry」シリーズは、国家運営シミュレーションとして根強い人気歩誇っていたシミュレーションゲームですが「SumCountry Crime」はそんなシリーズの中で少し変わったタイトルでした』
『別名……「デストピア作成ゲーム」。プレイヤーは一国家の独裁者となり、様々な政治的悪事を行いながら国家運営をしていくゲームなのです』
『賄賂や、虐殺。敵対政治家の暗殺や、周辺国への侵略扇動など……何でもありのやりたい放題。警察や自警組織・反乱分子などの戦いも楽しいゲームで、評価としてはかなり高いゲームではありました』
『ですがそれを現役政治家にやらせるなど無謀もいいところ。ましてそれを生配信させるなど、正気の沙汰とは思えない所業でした』
『ですが、御柱黎明はそれをやり……東條保文は満点の回答を返した』
『だからこそ、あの生放送は伝説となったんです』
──現役Vtuber 【政姫】KENKIの放送中の発言。
■ ■ ■
「何でそんなことする必要があるんだ?」
心底意味が分からないイベントの存在に、東條保文は首を傾げた。
──なぜ自国の民を、わざわざ政治家が殺すのかと。
「なんでって、食料自給率を見てくださいよ」
「ふむ……」
言われてみれば、農地の数や農夫の数が圧倒的に不足している。
一応食糧輸入でかろうじて飢えた国民は出ていないが、それにしたってその場しのぎでしかない。
周辺諸国も戦争ムードが高まっており、輸出食糧品目を絞っているのが現状だ。
「……このままでは国民の食い扶持が賄えないか」
「そうそう。なので口減らししちまった方が手っ取り早いんですよ」
戦時下を乗り切るために、意図的に国民を困窮させ、反乱分子を作るように扇動。
その後、その中に潜り込ませたスパイの告発によりそれらを摘発し、犯罪者として処断する。
何ら犯罪行為ではない。相手に罪を擦り付けて、効率的に口減らしをする方法が、そのゲーム内では記されていた。
「……このイベント強制なの?」
「実はっすね、こういった特殊イベントチュートリアルはスキップできるようになっているんですよ」
「なら、答えは簡単だね」
登場はそういうと、ためらうことなく粛清イベントのチュートリアルを中断。
政府重要施設をいくつか取り潰し、農地の拡張を始めた。
「あぁ! なにしているんですか先生! そんなことしても周辺諸国からの侵略やら経済制裁やらは止まりませんよ! 手っ取り早く国民殺して、戦力の拡充を図らないと!」
「黎明君……。君が何を考えているのかはおおよそ分かったし、君が望む通りのことを今から言うけどね」
そして、怒りがこもった半眼で黎明を睨みつけ、
「どこの世界に自分の不手際をごまかすために国民に死ねという政治家がいるんだい? そんなものは政治家じゃない。ただの犯罪者だ」
「Oh……」
「そして私にこの言葉を言わせるためだけにこのゲームをやらせた君は趣味が悪い。政治家になりたいんなら直したまえ」
「あ、すいません……」
普通にガチ目の説教をくらい、普段のお茶らけた雰囲気を潜ませた黎明は思わず頭を下げていた。
■ ■ ■
それからしばらくして、東條のSumCountryはあっさりゲームオーバーとなった。
まぁ、犯罪行為をしないと攻略できないSLGを、何の犯罪もせずに攻略しようとしたのだから当然の結末といえるだろう。
東條が作った国は他国からの度重なる侵略を受け荒廃。
最終的には首都に爆弾を落とされジエンドとなった。
「…………」
「えっと……先生。どうですか? プレイした感想としては」
「いいゲームだと思う。設定や国民感情の表示などはよくできているし、戦略ゲームとしては楽しめた」
ひとまずゲームの評価は悪くない。会社の方に生放送の許可を取りに行った際、宣伝を依頼された身としてはほっと一息付けたと黎明が内心安堵するなか。
「だが君は後でお説教だ。私の部屋に来るように」
「うへぇ……なぜ」
「当たり前だ。支持者の皆さんが見てくれているであろう放送で選ぶゲームじゃない。今後も放送する予定らしいから、私にやらせる予定のゲームをきちんと一覧化して見せるように」
それだけ言って、ため息とともに額を抑えた東條はスタジオから出て行った。
色々疲れたのか、〆は黎明に任せたのだろう。
「えーっと、てなわけで今日の放送はここまで。もり下げちゃってごめんね、みんな! あと今から俺先生にガチ説教されるから、やさしい言葉プリーズ!」
【いんがおほー】【大学卒業してまで説教されるとか恥ずかしくないんですか?】【政治秘書向いてねぇよお前】
など、黎明に対する罵詈雑言が当然のごとく届いてくるが……。
【でもまぁ、いい人だったな。東條さん】【おう。俺あの人なら投票するわ】【くそ、滋賀に住んでさえいれば】
などというコメントも散見される。
その事実に、黎明は視聴者にはわからないように口角をわずかにあげながら。
「んじゃまた来週ごきげんよう! それまでには先生のご機嫌とっとくから、期待しておけよ!」
とだけ言って、黎明は生放送ツールを終了させた。
■ ■ ■
後日……行われた県知事選挙は、初の試みとなるオンライン投票などが功を奏してか過去類を見ない投票数となった。
投票率……驚異の78%。
そのうち、東條保文への投票率……54.3%。
こうして、東條保文は名実ともに発展した滋賀県の長となった。