1-4:地方集権都市 近江の生誕 東條保文のインフラ改善
『御柱黎明が預言者といわれるゆえんは多くありますが、最初の偉業の一つが『滋賀の政治改革』であったことはあまりに有名でしょう』
『彼はこの県の改革と同時に、己の器を計っていたのではないかと思われます』
『自分は果たしてどこまでやれるのか? どこまで世界を変えられるのか? と』
『その証拠に、彼が総理大臣となった後実施した改革の多くは、この県で試されていたことが今ではわかっています』
『ネットワークインフラの拡充。人間の体系の変化への対応。日本を国際的発言力を持つ強国へと押し上げる方法』
『失われた30年といわれ、弱体化しつくしていた日本を、たった一人の政治家が世界を揺るがすほどの強国へと押し上げた』
『その神髄のほとんどは、この時期に黎明が試していたものでした』
シリーズ動画アーカイブ「激動近代史 ──近代偉人伝──」 旧日本政治学者 ラインハルト・フォン・アルタイルの解説。
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黎明の予言じみた政治方針は、正鵠を射ていたようだった。
政治方針の転換と施行が行われた、1年後……ただの田舎県でしかなかった滋賀県の人口は、京都・大阪への玄関口であった大津を中心に、10倍近い数値まで膨れ上がっていた。
「信じがたい……。信じがたいぞ? まるで本当にお前の予言が当たったみたいじゃないか」
「俺の予想が当たったんだって現実をいつまで受け入れないつもりなんっすか西住先生。まぁ、流石に予言とまでは言うつもりはないっすけど」
「お前はいつになったらまともな敬語を覚えるんだ黎明?」
「もうこっちの方がキャラ立つし愛嬌もあると思うんすけど?」
「政治家なめとんのか?」
そんな雑談を、新幹線の中でかわす西住と黎明も、実は結構忙しい。
何せこの大改革を行った後、見事に成果を上げた東條と東條が所属する「民生改革党」は、現在日本政治界の台風の目となっているのだから。
次の地方選挙で多くの議員を排出するために、国会議員を擁する東京の本党からは、地方都市の政治家を中心に東條の講演会を開くよう指示が出ていたからだ。
東條の腹心である西住と、その補佐を命じられた黎明は、現在日本各地を飛び回り、その公演会の下見と、地方議員たちとの折衝を行っている最中だった。
滋賀を立て直しつつある東條の知恵を、ぜひ他の議員にもというのが本党の狙いのようだが……。
「ぶっちゃけこの手口って使えて3~4回程度が限界なんっすよねぇ」
「なに⁉ そうなのか⁉」
「だって、転居者を増やしただけじゃないっすか。人口集中地から人をもぎ取っただけで実際国民の数を増やしたわけじゃぁない。割を食った都道府県も多いだろうから、同じようなことをすれば確実にもめますよ」
「むぅ、言われてみれば確かに……。京都・大阪あたりに「民生改革党」議員はかなり肩身の狭い思いをしていると聞く」
「三重・奈良あたりは、もともと人が少なかったからさほど気にしちゃいないみたいですが……それにしたってこれ以上人が滋賀に流れ込むなら黙っちゃいないでしょう」
「ならどうするつもりだ⁉」
「どうもこうも……巻き込むしかないでしょう?」
「?」
うきうきした顔で駅弁を取り出し、蓋を開いて手を合わせる黎明。
口調の割にそのあたりはしっかりしているらしくない黎明の姿に面をくらいつつ、西住もひとまず駅弁を取り出す。
「人間はだれかが自分より得した姿を見るのが不愉快に感じる生き物です」
「それは偏見と悪意に満ちていないか……」
「失礼。人間のほとんどはだれかが自分より得した姿を見るのが不愉快に感じる生き物です」
「変わっていないではないか」
「ちょっとは善良な人がいると認めたじゃないっすか」
どうやら意見を翻すつもりは毛頭ないらしい黎明に、深々と西住はため息をつく。
「でもその利益が自分にも来るとなると、話は変わってくる。隣人は敵対者から極めて有益な協力者となるでしょう」
「……つまり?」
「うちの県から多くの人間を外に出かけるようにすればいい」
――さぁ、みんな大好き交通インフラの拡充の時間っすよ、西住先生。
そう言って笑う黎明に、いよいよもって西住は底知れない何かを感じる。
この男は一体、どこまで先を見ているのだろうと……。
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翌週、東條保文の働きかけにより、JR西日本は異例の時期のダイヤ改定を実施した。
滋賀から京都・大阪方面へと抜ける電車の本数を増やしたのだ。
そのほかにも「大津・京都・大阪・兵庫」のみを往復する「光快速」なる新たな普通列車の種別を試行。より多くの県民をより早く主要都市へと送り届ける体制を作り上げた。
そのほか、滋賀から各県に向けて伸びる公共交通機関は軒並みその運行ダイヤを改訂し、従来よりもより多くの人間を送り届ける体制を整えた。
また、高速道路の分岐を増やし、滋賀から近畿の府県に直通の道路の建造を宣言。
滋賀に集まった人々は、休みや仕事など様々な用事で近畿地方内部を駆け巡るようになる。
それによって生まれた経済効果は、莫大な額となり近畿地方はバブル崩壊以降初めての、好景気を迎えつつあった。
世間はこの時期にこの政策を推し進めた、東條保文の先見の明をたたえ、令和を代表する政治家として、その名を日本全国に広めつつあった。
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そして、そんな経済立て直しの立役者はというと……。自分の事務所で青い顔をして頭を抱えていた。
「むしろ金で黙ってくれる程度の相手でよかったとみるべきっすね」
JR……および各種交通機関への根回しと、道路建築によって吹き飛んでいった金額に青い顔をしている東條に、黎明はズケッと言い放つ。
「今のうちの県には余裕がある。単純計算で住民税が10倍になったんすから当然ッスね。でも、その余裕はほかの県から奪ったものだ。ここらで一度『仲良くするつもりですよ』とポーズを示しておかないと、余計な横やりを他県から入れられる可能性がありました。必要経費っすよ。必要経費」
「とはいえだね……この金額の放出はさすがに議会に叩かれるんじゃないか?」
「それこそ問題なしっすよ」
そういうと、黎明はスマホの動画アプリを開き、あるニュースサイトを開いた。
そこでは滋賀県民となった人物が明るい笑顔でこう言っていた。
『もう本当に、東條さんは最高ですよ。常に県民のことを考えて動いてくれている』
『一時期は政策を翻したみたいだからどうなるかと思っていましたが、結果的に今の滋賀県があります。あの人についていけば間違いありません』
「……印象操作か?」
「まさか。流石にそこに金を割く余裕はまだないですよ」
「あったらやっていたのか……」
「まぁ、そこは置いておいて……。今の県民の素直な感想はこういう感じっす」
「…………」
「東條先生は間違いなく慕われている。今最も国民に寄り添う政治家として、その名を広げつつある。ここで不用意に先生をたたけば、市民からのバッシングは必至。議会は絶対に動きません」
「本当にそう思うか?」
「えぇ……なんてったって来週にははじまりますしね」
そういうと、黎明は不敵に笑って今朝刷り上がったばかりのポスターを広げた。
『県民に寄り添う政策を!』
そう大々的にプリントされた、東條の宣伝ポスターだ。
「滋賀県議会選挙……および滋賀県知事選挙が」
のちに語り草となる『東條保文の革命』とうたわれる、地方議会選挙が間もなく幕を開けようとしていた。