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1-2:地方集権都市 近江の生誕 東條保文の困惑

『あれがすさまじいのは時流を読む才覚でした』

『1年、2年などという話ではないのです。あれは、現状ある情報や、技術の発展具合から……10年……いや、ひょっとしたら50年後の未来も見えていたのかもしれない』

『本人はいたってまじめな顔で「俺がやるって決めたからそうなったんだ。別に未来を読んだわけじゃないっすよ」と抜かしていましたが……』

『私は今でもあいつが、預言者的な超能力でも持っていたんじゃないかと疑っています』


シリーズ動画アーカイブ「激動近代史 ──近代偉人伝──」 東條保文へのインタビュー映像より



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



「どういう……ことだ」


 この政策にかけていた。そう言える程度には、手間と労力をかけて通そうとしていた政策。

 その失敗を予言されたことに、東條保文は少なからず動揺する。


 そんな彼の動揺など知ったことではないのか、珍生物──御柱黎明はあっけらかんとした表情で、ソファーにふんぞり返った。


「どういうことも何も、言葉通りだよ。この段階で最低賃金を引き上げたとしても、人口は増えるどころかむしろ減るぜ」

「何を根拠に」


 普段の穏やかな姿は鳴りを潜め、追い詰められたネズミのように、保文は黎明に食って掛かる。

 普通に考えれば、狂人の戯言と切って捨てるのが正解だっただろう。

 今のところ、黎明には政治家の信念を揺るがせられるようなものは、何一つとしてないのだから。

 だが、保文は食って掛からずにはいられなかった。


 黎明の言葉には、保文を動揺させるに足りうるほどの……謎の説得力があった。


「考えればわかるだろう。今県内に本拠地を置く企業っていったいどの程度よ?」

「地元企業か? それは多くはないが……」

「そう。多くはない。じゃぁ、その多くない企業の代わりに穴埋めをしているのはどこだ? 外部からチェーン店を出している外部企業だ。そして、この政策で割りをくらうのもまたそういった企業だ」

「だ、だから何だというのだ? そういった大手企業なら、一地方の賃金値上げ程度では大した痛手にはならない」

「ご指摘の通り。大した痛手じゃぁない。でも……同時にこうも考えられる」


 出されたお茶をガブリと口に含みつつ、傍らに置かれたお茶菓子の袋を無造作に破く。


「人が増え始めたとはいえ、一地方の田舎でしかないこの県に出店するにあたり、そこまでのコストを割く価値はあるのだろうか? と」

「っ!」


 それは、滋賀のために……この県のために身を粉にしてきた、東條にとっては受け入れがたい言葉だった。

 自分の県はどこにも負けない。そういう自負があったからこそ、彼は政治家としてここに立っていたのだから。

 だが、黎明の言うこともまた事実だ。

 現在の滋賀は確かに人口が増えてはいるが……田舎のレッテルがはがれるほど発展しているわけではなかった。

 

「大企業が一つでもそう考えちまえばもう終わりだ。隣には京都もあるし、多少時間がかかるが大阪にだって出るのは難しくないうちの県では、集客は望みがたい。だったら、人口も多く他県からの集客も見込める京都・大阪に出店店舗を確保する方がまだ利益は出る。大体のチェーン店企業はそう考えることだろう」

「…………」


 東條は、否定の言葉を紡ぐことができなかった。

 代わりに否定の言葉を放ったのは、横で控えていた秘書だった。

 

「な、何を知ったような口を! あくまでそれは最悪のケースだ! 東條先生は精力的に働きかけておられるし、地元企業の了解だって」

「だからそれじゃぁ足りないって話だろ。まぁ、あんたの言うことも一理ある。これはあくまで最悪のケース。ひょっとしたら、東條先生の改革もうまくいくかもしれん」


――だがいかなかったときはどうする?


 言外に告げられたその問いに、東條は答えるすべを持たない。

 この政策を通すことにすべてをかけてきた。失敗する可能性など、考えたくもなかった。


「チェーン店を持つ大企業が見限っちまえば、この県は終わるぞ? ろくな品ぞろえもない地元中小企業じゃぁ増えた人口に対する供給は賄えない。そうして住みづらくなったこの県に、残ろうと思ってくれる県民は一体どれくらいいる?」

「……では、対案があるのか?」

「先生!?」


 そして東條は、にやにや笑いながらあくまで余裕を崩さない黎明の姿に、活路を見出した。

 悪魔の手を取るような感覚だが、その時の東條には他に選択肢がないように思えた。


「まさか、ただ私の政策をけなしに来たわけではあるまい。『俺を国会議事堂に連れて言ってぇええええ!』だったか? 目標は国会議員なんだろう? そんな野望を持つ君が、一地方都市の改革案の一つも考えていないとは、考え難いが?」

「まってました!」


 その言葉通り、黎明は針にかかった魚を見るような目で登場を見つめ、いう。


「俺たちがいまやるべきことは市民の懐を潤すことじゃぁない。【住】の拡張をすることさ」


 己が考えた、最強の地方都市を作る方法を。


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