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幕間 御柱黎明の答え合わせ

 カツーン。カツーン。カツーン。


 薄暗い通路の中、一つの足音が響き渡る。

 足音はやがて一つの扉の前で止まり、きしむ扉を開いた。


「ちわーっす、南場先生。お元気ですか?」

「……君のおかげでね」


 足音――黎明の視界に入ってくるのは、部屋の真ん中を隔てるように作られたアクリルの壁と、その向こうに座らされた南場総一郎。


 現在南場は『日本民生党』党首を下ろされ、東京拘置所に拘束されていた。


 罪状は殺人教唆――そして、国家反逆罪。


「こんな重罪人に、内密に会う段取りがよく付けられましたね?」

「いやぁ、今警察も忙しいらしくて……。あと、うちの政党に対する忖度なのか、正直申請ガバガバっしたよ」


 実をいうと南場だけではなく日本民政党も無事ではない。


 御柱たちが巻き込まれた奥多摩事変。その実行犯として拘束されたジョージ・ウィックマンが、今回の暗殺騒動が日本民生党ー-南場総一郎によって依頼されたものであることを洗いざらい自白。


 日本警察にも話は通っており、これは不当な拘留であるためさっさと自分を解放しろと告げてしまったのだ。


 これに怒り狂ったのは関係者として立ち会っていた自衛隊幹部だ。

 自衛官一名が銃撃されているうえ、あわや殺されるところだったというのに、このままでは警察ぐるみでもみ消されかねない。

 そう判断した自衛隊は、警察機構の制止を無視し羽田から国外へ逃げようとしていた傭兵部隊を独自判断で拘束。

 そして、警察組織で保管されていた取り調べ映像を、自衛隊広報ページにて全国ネットに公開した。


 当然日本警察は現在大混乱。自浄作用があることを見せるために、関係者各員の逮捕に乗り出したが、警察上層部の約7割が逮捕。

 その配下である関係部署所属の人員――約1400名が逮捕されるという未曽有の事態になりつつあった。


 これらのことを加味し、現在南場総一郎は国家反逆罪の罪を問われ、こうして拘束されているわけだ。


「今回の一件で、日本警察も信頼がガタ落ちですからね。今日の会見で警視庁のお偉いさん方が会見するらしいですが、さてどんな言い訳かましてくるのか」

「自衛隊は?」

「まだ捕まえた傭兵部隊の独自拘束を続けていますが……東條先生の説得には応じてくれました。自衛官5名の立ち合いの元という条件付きですが、警察への取り調べを許可したみたいッス」

「……すべてはあなたのシナリオ通り。ということですか」

「まさか。俺だっていきなりぶっ殺されかけるなんて想像してなかったっすよ。それも外人部隊なんてガチな奴を使って」

「ですが、それに近いことは起こると思っていたんでしょう?」

「……南場先生」


 苦笑を浮かべる南場に対し、黎明は心底不思議そうに首をかしげる。


「なんで俺程度にあそこまでしたんっすか?」

「…………」

「せいぜいガラの悪い連中が家に乗り込んできたり、かこんでリンチしてくる程度だと思ってましたよ、俺だって。外人部隊を呼んで、警察や自衛隊にまで根回しして、そこまでやって確実にオレを殺そうなんて常軌を逸していますよ」

「……逆に私は問いましょう」


 そういうと、南場は黎明の目を見つめ問う。


「今の日本の状態に関して、貴方はどこまで理解していますか?」

「え~。俺みたいな下っ端の政治秘書にそう言われてもなぁ」


 黎明は困ったように頭を掻きながら、


「あんたら、そのうち日本どっかにうっぱらう気なんですよね? 最大手は合衆国あたりかな? ってことくらいっすね」

「……やっぱり、分かっているじゃないか」


 黎明の言葉に、南場は深々とため息をついた。



…†…†…………†…†…



 第二次世界大戦から、現代日本までには三つのターニングポイントがある。


①戦後。ポツダム宣言及び、サンフランシスコ平和条約。

②高度経済成長期

③バブル崩壊以降の失われた30年。


「サンフランシスコ平和条約は、今から考えればあり得ん条約でした。戦争に負けた国の占領統治を放棄し、主権を回復させるなんて……どう考えても異常の一言っすよ」

「だね……。戦争の被害がけた違いになった時代だったとはいえ、本来ならば日本はパイのように各国に切り分けられ、植民地として使いつぶされても文句の言えない状態だった」

「でもそうはならなかった。そもそも時代が『植民統治』が困難になりつつある時代だったとか、冷戦のせいで日本にかかわっている余裕がなくなったとか……まぁ、いろいろあるんでしょうが。一番の理由は『正当な方法で日本を手に入れる当てがあったから』だと俺は考えています」

「その正当な方法とは?」

「経済主義国家の正当な方法なんぞ一つですよ。金です」


 指で丸を作りながら、グヘヘへ! と笑う黎明に、南場は眉をしかめる。


「アメリカはサンフランシスコで日本を手放す際に、将来的に日本に大量の国債を発行するように指示した。その指示を守り、歴代日本政府は大量の国債を発行。それが今の日本経済にのしかかる大量の借金になるわけですが……その発行された国債、本当はアメリカがほとんど買い占めるか、それに近い量の買取を行うはずだった」

「その通り。そうして借金漬けになった日本に返済能力がないとして、アメリカは国際裁判所で日本を弾劾。日本の主権を自らのものとして接収し、日本そのものを買い取るつもりだった」

「借金をしまくって自滅したバカを救う義務は経済主義には存在しない。植民地化を反対する勢力も『借金しまくったせいで自滅しました』なんてやつを助けろというほど当時はお人よしじゃないでしょう」


 ですが――と言葉を切り黎明は告げる。


「予想外のことが起きた」

「そうですね。えぇ、当時はだれも日本がああなるとは思ってなかった」

「でしょうね、まさか……戦後からわずか10年。サンフランシスコ平和条約からわずか4年で、日本が高度経済成長期を迎え、世界に名だたる巨大経済国家になるとは、だれも予想していませんでした」


 それこそが戦後のアメリカ最大の誤算。


「そして、日本の資産価値が上がりすぎた。とてもアメリカが国債を買い占められないほどに」

「池田勇人、下村治……松下幸之助に出光佐三。そのほかにも多くの偉人が日本経済を土台から作り替えた。『いつまでも敗戦国ではいられない』『暴力の時代を終えたのなら、経済で殴り合える国家にならなくてはならない』まさに彼らは護国の偉人でした。日本が世界に負けないためには、大量の金が要ると理解していた」

「これに慌てたのは合衆国……そして、戦後合衆国の指示を受け、日本を合衆国に買い取らせるために奔走していたあんたたち日本民政党だった。当時は確か『日本改革党』なんて名のっていたんでしたっけ?」

「その通り。当時私たちの代表は、右肩上がりに上がっていく日本経済に顔を青くしていたそうです。これでは約定を果たせない。アメリカからどんな制裁があるかわからないと」

「核が使用されるかも……なんて不安まで入っていたんじゃないっすか? まぁ、冷戦のおかげであちらさんにそんな余裕はなかったみたいですけど」

「えぇ、あれは不幸中の幸いでした。アメリカがソ連と事を構えていなければ、我々はあの時容易くアメリカにひねりつぶされていたでしょう」


 一息。持ってきたペットボトルを取り出し、黎明が口に含む。

 ペットボトルのカフェオレで、コーヒーのと甘い砂糖の匂いが面会室に漂った。


「さて、こうして日本は平穏無事に先進国の仲間入りをしたわけですが、まさかこのまま放置するわけにもいかない。なんとしてでも日本経済に打撃を入れる必要がアンタ達にはあった……そこで利用したのが」


 そして黎明はシャカシャカとそのボトルを振り、どんと机の上にたたきつけるように置く。

 ラベルの向こうに見えるペットボトルの中身。

 それは見事に泡立っていたが、その泡はすぐにぱちぱちとはじけて消えていった。


「バブル崩壊。加熱する土地関連融資を日銀がちょいとつついてつぶしたあれっすよ」

「ほかにもいろいろしているんですよ」

「マジっすか? 俺土地の融資だけが原因だと思ってました」


 驚く黎明に「すぐばれる嘘はよくない」と疑惑の視線を向けながら、南場はつづけた。


「実をいうとあの当時の知識人も『このままではまずい』と思っていたのは共通認識だったらしい。出来れば高騰する経済状態を軟着陸させるために、いろいろ手は打っていた……けど」

「あんたたちがそれを裏から手をまわして潰した。ひとえに『日本の資産価値を下げる』ために」

「当時の経営倫理感はまだユルユルだったからね。弱みを握るには事欠かなかったらしい」

「今警察がその『弱み』が書いてある資料を探して奔走しているそうっすよ?」

「あぁ、そうだったのかい? なら私の執務室の引き出しの3段目の底を探るように言っておいてくれ。二重底になっている。二段目にはパスワード入力式のパネルが入れてあるから、『*******』で開くよ」

「何それ欲しい!」


 ちょっとロマンを感じる隠蔽手段を持っているらしい南場の執務机に黎明が思わず食いつき、今はそれどころではないと思いなおしたのか、ゴホンと咳ばらいをしながら話をつづけた。


「さて、こうして日本の資産価値は見事に下がり、ようやく戦後アメリカが思い描いた状態に日本の状態を持って行けたわけなんですが、ここでさらに誤算が一つ」

「…………」

「下げすぎたんでしょ? 日本の資産価値」

「……その通りだ」


 現状の日本を見ればわかるように、借金の返済すらおぼつかないような経済状況。

 近年に至っては実質的に北海道を中国に実行統治されているような状況だ。


 こんな国を買い取ったところでアメリカにとっては負債にしかならず、冷戦を終え様々な特需が終わったアメリカにとって、こんな貧乏神を買い取る余裕はなかったのだろう。


「結果として日本は長らく放置され今に至る。いつか合衆国が買い取ってくれるかも? なんて淡い期待の元、経済は悪化させた状態を維持しながら」

「……すべてわかっているじゃないか」


 黎明の言葉に、南場は深々と息を吐き苦笑する。


「それで、君は私になんて言うつもりかな? 犯罪者かい? 売国奴かい?」

「俺実は南場先生のこと……日本民政党のことそこまで悪く言うつもりないんっすよ。だってそうでしょう?」


 乾いた笑みを浮かべる南場に、黎明はシレット告げた。

 まるで今日の献立でも話すように……なんて事のない世間話をする体で。


「今まで日本を守っていたのはアンタたちなんだから」

「っ!」


 誰も告げなかったその真実を、黎明は告げた。



…†…†…………†…†…



「不況に陥ったのなら税は最低限にして、経済発展を促し、国民に金がいきわたるようにする。きわめて一般的な経済論です。今時小学生でも知っている話っすね。だがあんたたちはそれをしなかった……なぜか?」

「……アメリカに国を買い取ってもらうためにだよ」

「んなバカなことがありますか。合衆国がもう日本は買えないってわかってんじゃないすか。それも理由まではっきりと。『お前らちょっと貧乏神すぎて買い取れない』って言われたんでしょ? ならちゃんと経済発展させて、アメリカが買取できるぎりぎりのラインまで国を発展させ直せばいい。でもあんたたちはそれをしなかった」

「…………」

「今のニュースや新聞は言ってますね『権力を維持するために国民をないがしろにした』とか『自分たちさえ良ければよかった!』とか……まぁそういう先生方がいたのはたぶん事実なんでしょうけど、南場先生はそこまで馬鹿じゃないっすよね?」

 外から『南場を死刑にしろ!』『売国奴南場の、早急なる死刑執行を求める!』という抗議活動の声が聞こえる。

 それをBGMにしながら、南場の額から汗が流れ落ちる。


「それはひとえに、今の状態なら日本をアメリカが買い取らないから、『主権国家としての日本』を維持できるからだ」

「……どうして」

「ぱっと考えりゃわかるでしょ。世襲政治家の皆さんは俺たちより政治に詳しい。そうなるように育てられたからだ。そんな連中がそろって権力に固執するバカと考えるよりかは『何か理由があって経済状況を改善できないのではないか?』と考えるのが自然っす」


 また喉が渇いたのか、そんな南場の様子を無視し黎明は普段通りの態度でコーヒーを飲む。

 国の行く末を決めるはずの面会――いや、会談でもこの男は驚くほどに態度を変えなかった。


「そこまでわかっていてなぜ!」

「そこまでわかっていても、今のままじゃ困ったからっすよ」


 それは彼が計り知れない賢人だったからか、

 それとも底抜けのバカだったからか、


 それとも――


「俺の野望のために、この国には貧乏でいてもらっちゃ困るんっすよ」

「……あぁ」


 底のしれない――悪党だったからか。


「私の予想は正しかった。君は何としてでも殺すべきだった。いまでも――このアクリルの板さえなければ、私はきみを刺し違えてでも殺すだろう」

「恐縮っす」

「君は……この国を壊すつもりなんだね。理由は! 理由はなんだ!」

「あぁ……いや」

「金か? それとも国に対する復讐か? ずいぶん不遇な生い立ちをしているようだが、それが理由か!?」

「ちょ、落ち着いてくださいよ南場先生。全部間違えてますって」

「間違えている? 何を? 私はいったい何を間違えたというんだ!」


 先ほどまでの冷静さは見る影もなく、まるで子熊を守る追い詰められた母熊のように怒鳴り声をあげ立ち上がる南場に、黎明はいたって平坦な声で告げた。


「まず一つ目の間違い。復讐じゃありません。むしろ俺は国に感謝しています。俺がここまで育つことができたのは、国営の児童養護施設のおかげですから」

「じゃぁ」

「二つ目の間違い。金でもないっす。俺実はミニマリストなんっすよね。物欲が割と低いっつーか。あ、でも近々出るP〇7とM〇W3は欲しいっす」

「じゃぁっ!」

「最後の間違い。俺はこの国を壊したいんじゃないんですよ」

「……え?」


 予想していたものとは違う、黎明の答え。

 南場には初めて会った時から、黎明が得体のしれない怪物の様な何かに見えていた。

 腹に底の見えない、深い深い何かを抱えていたから。

 長年の政治家としての人物選定眼に、黎明はそのように写っていたのだ。


 真っ黒な、底の見えない、深海の様な冷たい深さを持つ男だと。


「俺が壊したいのは世界――西暦という時代です」

「っ!」

「そのために、日本には薪になってもらいます。この時代というタペストリーを焼き払う、西暦最後の篝火の燃料に」


 それだけ告げると、黎明は立ち上がりその場を後にする。

 残ったのは生き残った黎明と――黎明を殺せなかった南場という結果だけだった。


「……御柱黎明。君の前には必ず多くの敵が立ちふさがる。私なんてまだかわいい方だ」


 そんな中、南場は願うように両手を組み自らを倒して見せた時代の寵児に呪詛を残す。


「君の野望に、多くの苦難が立ちはだかり――そして君の野望くじかれることを私は地獄の底で祈っているよ」


 3日後、南場総一郎の死刑が執行された。



…†…†…………†…†…



「え? 自主退職……ですか?」

「まぁな……。その足じゃもう戦えないだろう」

「何言っているんですか! 戦えますよ!?」


 眼前の上官――阿波宮 宮司に食って掛かるのは、足に包帯を巻きギブスをした御子柴 透弥。

 彼は現在阿波宮から、足の負傷を理由に自衛隊退職を促されているところだった。だが、


「診断書もちゃんと提出したはずです! 1週間もすれば問題なく回復するって! 戦闘行動にも支障は――」

「御子柴君。私もそれはちゃんと確認した。そのうえで君に自主退職を促している」

「なぜ!」


 これでも御子柴、実はあの事件の後結構やる気を出していたのだ。

 今回の騒動で自衛隊の風当たりは弱まり、むしろ政治内部の汚職を暴いたことを一定評価され、市民からの視線は好意的なものに変わりつつある。


 警察との確執という新たな問題はできてしまったが、あれはあちらも大分問題がある状態だったので、時間をかけさえすれば解決できるめどは立ちつつあった。


 これからも自衛官として、国を良い方向に導こう――なんて、柄にもないことを考えていたりもしたのだ。

 その矢先にこれである。

 御子柴が憤るのも無理はなかった。


「その上で、私からは君に強制することはできないが……ある極秘任務をこなしてもらいたい」

「は? え? 極秘任務?」


 突如告げられた退職自衛官に告げられるべきではないその言葉に、御子柴が混乱する中、


『失礼します』

「あぁ、入ってきたまえ」


 扉がノックされ、中に人が入ってくる。

 そこに立っていたのは、


「っ! お前たちっ!」


 御子柴が即座に腰に下げている銃に手を伸ばす。

 入ってきたのは、つい数日前自衛隊によって拘束された民間軍事会社――PMCのTacticalButlerのCEO アレン・ジョーンズだった。


「やめたまえ御子柴君。彼らは本日解放されることと相成った」

「な⁉ どうして⁉」

「尻尾斬り用、というと聞こえが悪いがまぁようするに罪は全部ジョージ君とやらにかぶってもらうことになったようだ。今までの日本民政党からの依頼、すべてを公開することを条件に、ジョージ君以外の部隊員の開放を打診され、我々と警察がそれを飲んだ形になる。まぁ、いわゆる司法取引というやつさ」

「納得できません!」

「君が納得する必要はない。それにこれは君にとってもいい話になるんだよ?」

「はぁっ!?」


 いよいよボケたか、この基地司令! と、御子柴が憤り銃を抜きかけたその時だった。


「御子柴 透弥君。本日より君を自衛官から解任する」

「――っ!」

「そして、本日よりPMC TacticalButlerの社員となり、世界各地を転戦し世界の軍事事情をよく勉強してくること」

「……え?」


 信じられないその指令に、御子柴が思わず絶句する中、阿波宮はため息とともに告げた。


「無論自衛隊を退職した君に対し、この命令を強要する権限を私は持たない。だが代わりに、御柱君から君に対して伝言を預かっている」

「黎明から?」


 あの事件以降、怪我の治療のために入院していた御子柴は黎明とは会っていない。

 事件の事後処理やら何やらで忙しいと一度電話をもらったが、それが最後である。

 そんな黎明から一体どんな伝言があると……。


「『俺は総理大臣になる』」

「なん――え?」

「『その際、防衛省大臣の席は明けておく。絶対に来い』だそうだ」


 阿波宮の言葉を聞き、御子柴の手は自然と銃から離れていた。

 ともに死線をくぐり、死ぬほど迷惑もかけられた気がしたが……それでも戦友と呼べる男からの誘い。


 それに、御子柴の体が震える。


「北沖事件の頃より自衛隊は政府に対する不信感を募らせている。だが日本は文民統治国家だ。第二次世界大戦の轍を踏まぬためにも、これ以上の政府組織へのヘイト感情を自衛隊内で蔓延させることはよくないと、私としても考えている」


 本当ならこんなことは私が考えるものではないのだが……。と言いたげにため息をつきながら、阿波宮は震える御子柴に告げた。


「ゆえにだ、自衛隊内の事情をよく知るモノに防衛省大臣の席には座ってもらいたい。その考えの元、白羽の矢が立ったのが君だ」


 そういうと、阿波宮は新聞を御子柴によこした。

 奥多摩騒乱の際の一面記事。


『ただ一人で海外PMCの魔の手から、政治家と政治秘書を救い出した英雄――御子柴透弥!』


「見ての通り、いまや君は時代の寵児だ。君ならば、政治家に――防衛省大臣になってもだれも文句は言わないだろう。それだけの人気を今君は持ち合わせている」

「おれが……時代の寵児ですか?」

「疑問は聞かない。事実そうだというだけだ。あとはきみが乗るか、そるかだ」


 阿波宮の言葉に御子柴は少し天井を見上げる。

 目を閉じ、あの死にそうな目にあった夜を思い出す……。


(あぁ、あんな厄介ごと二度と御免だと思ったが……案外俺は、バカだったらしい)


 そして、その思い出に恐怖はなく、楽しかったという感情が真っ先に思い浮かんでしまった時点で、彼の選択は決まった。


「極秘任務、承知いたしました」


 敬礼を返し、別れを告げる。


「御子柴 透弥。本日より自衛官を退職し国防大臣となるための用意を進めてまいります!」


 こうして御柱黎明の両翼がそろうこととなる。


 外交の秋島・S・リチャード。

 そして、国防の御子柴 透弥。


 長く黎明とともに日本を支えたこの二人は、やがて歴史にその名を刻むこととなる。

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ああ、世界征服か... いい夢だ。
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