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4-2:奥多摩事変 決着

「……何考えているんだ」

「……なにって? あ、ストゼロ新フレーバー出ている」

「黎明くん、私あんまり安い酒はちょっと……」

「吉田先生、コンビニにあんまり高望みされましても」

「そんなぁ……。あ、じゃぁこのボジョレーかっていい?」

「まぁそのくらいなら」


 助かるよ。といってワインを片手にレジへ向かう吉田を見送り、二人は買い物かごにやすい酒を詰め込んでいいく。


「いいから答えろよ! お前、こうなることある程度予想していただろう」

「ほう? なんでそう思った」

「そもそも最初から妙だった。PMCの襲撃からどうやってお前たちは逃げきった? よほどのヘボでもない限り素人二人殺すのなんてプロのアイツラには簡単なはずだった。ここからは推測になるが、お前は襲撃が起こるのを予期して、何らかの対策を取っていたんだ」

「そ、そんなこと……ちょっとボロアパートの壁ぶち抜いて、隣の部屋をセーフハウスにしていただけさ」

「お前それ大家の許可とったんだろうな!?」


 想像以上に派手な対策をしていた黎明なのに、御子柴の声が思わず大きくなる。

 そんな御子柴に苦笑を浮かべながら「他には?」と黎明は告げた。


「お前がやらかしたあの器物破損。今スマホSNSで調べてみたが、まだ警察が来てないと被害者がぼやいている」

「あ、やっぱきてないのか」

「いくらなんでも遅すぎだ。こんな軽犯罪、近くの交番に連絡が行ってすぐに現場検証が行われるはずだ。だがお前は警察が来ないことを予期していたな?」

「まぁ来ないだろうとは思っていたよ。ちゃんと来てくれる可能性も半分くらいあったけど」

「つまりお前は、今回の件に警察が関与しない可能性が高いと踏んでいたんだ。だからセーフハウスもつくたし、襲撃に驚くこともなくすぐに逃げを打った」

「驚いた意外とよく見ているんだな」


 正直舐めてたわ。と笑う黎明の襟首を御子柴が掴み上げた。


「認めたな。お前、一体何に狙われている? 一体何をしたんだ? 命が狙われるほどことだぞ!」

「何もしてないよ。強いて言うなら、これからしようと考えているってとこだわな」


 だが、それでも黎明は薄っすらと浮かべた笑みを引っ込めない。

 まるで御子柴には自分を害することはできないとーーいやちがう。


 最悪御子柴が自分を殺しても……ここで終わってもなんの悔いもないと言いたげな、覚悟を秘めた笑顔だ。


「これから?」

「あぁ、これからだ。これから俺は、世界を変える」

「何を言って……」

「手始めに俺はこの国で総理大臣になる」

「っ!」


 一政治秘書が語るには、不相応な大願だと言わざるえないその言葉に、御子柴は思わず眉をしかめた。


「総理大臣? そりゃ、うちの政党はいま登り調子だけど……流石に総理の席を取れるほどの実力は」


 いつの間にかレジから帰ってきていた吉田の言葉に、黎明は肩をすくめる。


「ちょうどいい、これから酒を飲むことだし二人にも教えておきましょうか」

「……案外あっさり話すんだな」

「この作戦が失敗っしたら多分死ぬしな。誰かしら生き延びてくれたら俺の野望を叶えてくれるかもしれないだろう?」

「野望?」

「おうとも! この御柱黎明ーー一世一代の大舞台のな!」


 駕籠にギッチギチに詰まった安酒を掲げながら、ニヤッと笑みを浮かべたのだった。



…†…†…………†…†…



「俺の最終的な目標は、日本を世界を相手どれる強国に押し上げることだ」

「そんなことをして何になるんだい?」

「……え?」

「そこは考えてねぇのかよ!?」


 深夜のコンビニ駐車場。

 いい年した大人3人が安酒と、ワイン瓶片手にたむろしている。


 近所の住人たちはそれを見て不審そうに首をかしげながら、コンビニに入っていくが注意をするような奇特な人間はいないようだった。


「いやだって、お前いまの日本見てどう思うよ御子柴」

「どう思うって……」


 そう言われ、御子柴は首をかしげる。


「いい国なんじゃないのか? 治安も悪くないし。飯に困るって人もあんまいないし」

「じゃぁ逆に聞くが、それ以外のいいところはなんだ?」

「……それは」


 そう言われると答えに窮する。

 それだけで十分という人間もいるが、中国に北海道を取られてから――日本は先進国という枠組みからは外れつつある。

 日本の食糧庫であった北海道がなくなったことで食品価格も高騰し、唯一自給率が100%だった米も、現在は自給率70%まで落ち込んでいる。


 これは一概に北海道喪失だけが理由ではなく、戦後続いてきた減反政策の悪影響でもあったが……それは今は語るべきことではないだろう。


「そうだ。何もない。治安も悪くない飯に困ることはない。だがそれ以上のものは? 未来への展望は? 何もないんだよこの国には。未来の世界において、日本という国家を維持し続けられるだけの武器が、今の日本にはどこにもないんだ。飯も治安も、その武器を作る土壌をつくるための現状維持手段でしかなかったはずなのに……今はそれしか誇れるものが日本にはないんだ。そして現状、それはさらに悪くなりつつある」

「そ、そこまで言うほどのことじゃないだろう……。まだ日本はそこまで追い詰められていないはず」

「15467名だ」

「?」


 突然出たその数字に、御子柴が首を傾げ吉田が固まる。


「なんだその数字は?」

「去年統計局が出した、日本での餓死者数だ」

「っ!」


 瞬間、御子柴の缶を握る手が震えた。

 自分たちがこんなとこで酒盛りをしている間に、飢えて死んでいる人間が日本にいる。

 その現実に、思わず体が止まってしまう。


「10年前に比べてなんと5倍の死者数を記録しているらしい。そりゃ、後進国なんて言われる国と比べればまだはるかに少ないが……だが、年々この数は増加してきている」

「だが、東條先生は幸いなことに対策をうたれている。農業ビルの建設に、農業の企業化。これからは工場で製品を作るように安定した食糧供給が実現できるはずだ」

「だが本来ならこんなことはしなくてよかった。畑も田んぼもバブル期のころには十分な量があり、日本国民を飢えさせない食糧供給は実現できていた。ではなぜこんな事態になったのか? 農業離れが起きる中、爆発的に増えた人口とか……いろいろと理由はあるんだが」


 そこで缶をあおり、黎明は顔を赤くしながら不敵に笑う。


「根本的な話をすれば、結局のところ国家が弱かったからだ」

「……」


 苛烈。そういうに余りある、黎明の指摘に吉田も御子柴も反論の言葉は出なかった。


「アメリカからの関税調整に抵抗もできず、食料のほとんどを輸入に頼ることになったことも、本来食糧なんぞ余らせるくらいでちょうどいいにもかかわらず、田んぼを減らせなんて言ってきたお門違いの政策も……すべて国家が弱く、そして自浄作用があまりに貧弱だったのが原因だ」


 酔いが回ってきたのだろうか。

 その声には明らかな怒りと……悲しみがにじみ出ていた。


「かつて日本の飢餓は相対的飢餓だった。飯以上に揃えないといけないものが多いが故の飢餓だった……。だが、北海道を取られ、それでも田畑を減らし続ける政策を維持する政府によって、その飢餓は真実『金があっても飯が食えない』飢餓へとじわじわと移行しつつある」


 震える声で――手に握った缶をへこませながら、黎明は吐き捨てる。


「どうして誰も否を唱えない。国民がじゃないぞ? そんなもんは北海道がとられたときからデモという形で起こっている。俺が言いたいのは、政府の中でどうしてそんな状態にあるにもかかわらず、否を唱える人間がいないのかということだ」

「それは……」


 長く国会議員の席にいた吉田だからこそ、内情は知っているのだろう。

 申し訳なさそうに目をそらした彼に、御子柴も視線を移す。


「なぜなんですか、吉田先生」

「…………」

「その方が楽だからだ」

「なっ!」


 だが、黎明から帰ってきた言葉にはさすがに憤りを覚えた。


「どういうことだ!?」

「決まっている。政治家の官僚も飯に困っていない。金があっても飯が食えない状態に移行しているだけで、今はまだ相対的飢餓の割合が高い。食費は高騰しているが、国家の運営にかかわるような富裕層や、中流家庭といわれるボリュームゾーンの国民にはまだその影響は微々たるものだ。だったら下手に政策変更を進言してにらまれるより、言われたことをはいはいと言ってやっていれば官僚としては楽だし、本当に飢えている国民の声なんぞ無視できる場所に政治家はいる。だから変わらない。変える必要がない。このままじゃまずいのは理解しているが、選挙での票獲得は盤石。だったら対策は自分たちが死んだ後の政治家がしてくれると――今の政治家は本気でそう考えているのさ」


 瞬間、御子柴が缶を投げ捨て黎明の襟首をつかむ。


「本気で言っているのか!」

「怒んなよ。俺がそう思っているわけじゃない。ただの政治家内における一般論だろ」


 黎明はそう告げると、苛立たし気に御子柴の手を払いのけ襟元をただした。


「そもそも未来を予想して先手を打てなんて言う話がもともと人間には土台無理な話だ。人間誰だって自分が可愛いもんだ。今の生活に満足していりゃそれを変えようとは思わん。テメェの足元が崩れて初めて、自分が薄氷の上に立っていたことに気づく」

「……黎明君は、それを変えたいんだね」


 吉田のその言葉に、御子柴は目を見開いた。

 この粗雑な口調の男は――政治秘書とはとても思えぬこの男は――そんな国を救うために立ち上がるつもりなのかと。


「……えぇ、そうっす」

「理由は? どうしてそんなことを想い、東條先生の元に来たんだい」

「…………」


 吉田の問いに少し悩んだ様子を見せたが、黎明はそののち素直に答えることにしたらしい。


「小学生の時、給食費が払えませんでした」

「っ!」

「先生からの同情の目や、同級生からの『貧乏人』という言葉が胸に刺さったのを今でも覚えています」

「それ……は」


 なんということはない……御柱黎明は、飢えている人間だったというだけの話。


「状況が改善されたのは中学入ってからッスネ。家に帰るとお袋が首をくくってまして」

「…………」

「親類縁者もおらず、親父も新しい家族を作っていて俺の受け取りは拒否した。えぇ、政府運営の児童養護施設にすぐ入れられましたよ。おかげで食うに困るってことはなくなりました」


「君は……」


 震えた声で吉田が言葉を吐き出す。

 だが、次の言葉は出てこなかった……。


 どれほど詫びても、黎明の人生が平穏なものになることはないのだと、彼は悟っていたからだろう。

 代わりに御子柴は告げる。


「恨んでいるか……?」

「政府を? まさか。言っちゃぁ何だがおふくろは弱かった」


 対し、黎明の言動は乾いたものだ。

 当の昔に、その過去は乗り越えたといわんばかりに、笑みすら浮かべて彼は語る。


「親父に捨てられ、まっとうな職にも就かず――就くつもりもなかった。家に帰るたびに『お前さえいなければ』言ってくるクソ女でしたよ。どうも白馬の王子サマが、不幸な自分を助けてくれると思っていたらしい」


 語られる壮絶な過去に、御子柴はかける言葉は見当たらなかった。

 本人が特に気にした様子も見せないので、黙って語らせるほかなかった。


「まぁ、生活保護で生きていくのも手いっぱいの母子家庭だ。精神が参るのもわからんでもないですが、同じような状況でも強く生きている連中はごまんといる。結論としちゃ、お袋が弱かったんだとするしかないでしょう」


 酔いが回った軽い口で、黎明は軽妙に語る。


「それに政府にゃ感謝してますよ。おふくろがもらっていた生活保護も、俺をここまで育ててくれた児童養護施設も、全部政府が金を出して作ってくれたもんです。ガキが一人育成されるにゃ文句はない環境だったというしかない」


 だが――。と言葉を切った彼は、空になった空き缶をアスファルトにたたきつけた。


「それゆえに気に食わなかった。どうしようもなくなっていくこの国に、誰も否を唱えないこの現状に!」


 缶がひしゃげ、アスファルトに結露によってついたしずくが水跡をつける。

 カンッと澄んだ音が、駐車場に響き渡った。


「だったらもうおれがやるしかないでしょう。金と権力を引っ提げて、政治の道に殴り込みをかけるしか! できないなんてことは言わねぇよ。やってもいねぇんだから、そんな言葉は口が裂けても吐けねぇ」


 かつて飢えていた男は不敵に自嘲(わら)う。


「国を変えるために選挙へいこう? 投票率が低いから国民の意思が反映されないんだ? どいつもこいつも見当違いだ」


 本気で国を変える覚悟を決めた男は嗤う。


「本気で国を変えたいのなら、紙きれ一枚に名前を書いている場合じゃ、もうねぇんだよこの国は。テメェが国政の場に出て、テメェの意見を言うしかねぇだろうが」


 そのための準備をしてきた男は笑う!


「だから俺は総理大臣になる。総理になって日本を変える。世界に名だたる先進大国――日本を取り戻す!」


 その決意に、


「この国はもう終わったと海外の奴らは言っているらしい。接客サービスがいいが、観光名所としちゃあありだが――国家としてはもう老衰間近だと」


 御子柴と吉田は飲まれた。


「だがまだ終わってねぇ……まだ俺がいる」


 そんな二人に、黎明は笑って手を差し伸べた。

 おのれの覇道について来いと――そう言わんばかりに。


「御柱黎明がここにいる!」



…†…†…………†…†…



「まぁ、ココを超えないと死ぬんだがな……」


 御子柴たちが息をのむほどの大演説をかましたのち、黎明が告げたのはその言葉だった……。


 ここで終わるならそれまでだ! そう勢いよく告げた彼の背中を見ながら、御子柴はため息をつき傍らの吉田に話しかける。


「吉田先生……本当に大丈夫だと思いますか。この作戦」

「そうれしゅねぇ……。れいめいくんにゃららいじょうぶらとおもひましゅ」

「あ、ダメだこの人! もうほぼつぶれかけてる!」


 あの演説から15分程度。

 黙々と高いアルコール度数の安酒を飲みまくった三人は、現在前後不覚――とまではいかないが、足元がおぼつかない程度には酔っていた。


 特に吉田の状態はひどく、ほぼ泥酔状態だと言っていい状態だ。

 呂律も回らず顔も真っ赤。漫画だったら眼球に書かれているのは渦巻マークだといわんばかりに酔っぱらっている。


「おいぃ! 黎明! 本当に大丈夫なんだろうな!? 俺ココから生きてい帰れるんだろうなぁッ!」

「ダイジョウブダイジョウブ!」

「ほんとだろうなぁッ!」

「死ぬほど酔っているから銃撃受けても多分そんな痛くないって!」

「ふざけんなてめぇっ!」


 それ要するにバレてい撃たれているだろうがぁッ!

 そう叫ぶ御子柴を放置し、黎明は路地裏の角からひょいッとあっさり姿を見せた。


『っ!』


 明らかに物騒な雰囲気を放つ、外国人男が見張る通路へと。



…†…†…………†…†…



「Hey! Stop!!」


 男からかけられた言葉に、御子柴に緊張が走る。

 現在御子柴は吉田に肩を貸している状態だ。

 緊急で戦闘状態に入れば、まともに戦うことすら難しい。


 そんな御子柴をしり目に、黎明はへらへら笑いながら止まるよう告げた外国人男に話しかける。


「Oh! OKOK! あいきゃんとスピークイングリッシュ? OK!」

『OKなわけあるか! しゃべってんじゃねぇか英語!』


 御子柴は現役自衛官だ。

 米軍との合同訓練もあり、英語は日常会話程度なら話せるようになっている。

 だからこそ、黎明の発音が無茶苦茶な英語に男が激しくツッコミを入れていることが理解できた。


「おうにーちゃん! ここどこやおもてんねんこらっ! 日本に来たんやったら日本語話さんかい。いきなり酔っぱらい止めるとは何様やこら! れっつりぴーとあふたみー! こんばんは! 今宵は虎徹も泣いていますね!」

「虎徹泣かしてしてどうする……」

『Ko,Kotetu? 何言ってんだこのジャパニーズ』


 そして同時に気づいた。

 この外国人男――日本への見識はあまり深くはないらしい。

 黎明が泥酔していることは分かっているようだが、言っている言葉は何一つ理解できていない。


(これが黎明の言っていた勝機か!)


 その事に気づいた御子柴は、慌てた様子で同じように顔を出し詫びを入れる。


「す、スイマセン! こいつついさっきまでの飲み会で結構飲んじゃってて」

『あぁ! 追加できやがったよ、東の猿どもが。3人で動いているとは聞いていたがひょっとしてこいつらか? おい、ジャップ! ちょっと顔みせろ!』


 理解できていないと思っているのか、差別用語がバンバン出てくる。

 どうやらかなりガラの悪い奴のようだ。


 当然、黎明はめんどくさがられるためにそこに食らいつく。


「おいこら、今モンキー言ったの聞こえたぞ! 誰がモンキーや! 西ローランドゴリラくらいにせんかいらぁッ!」

「す、スイマセンスイマセン。ちょ、黎明やめろ! お前ほんとにまじで明日部長に叱られるぞ! ねぇ部長!」

「えへぇ~! しょっしゅねぇ!」


(あれ、ひょっとしてまともなの俺だけなの? この切羽詰まった状況で⁉)


 瞬間御子柴の脳裏によぎる『絶望』の2文字。

 これひょっとして詰んでいるのでは? と御子柴が考えた時だった。


『クソがっ! いいから面かせっていってんだよオラァッ!』

「うおっ! まぶしっ! ちょ、顔つまむなって。ライト当てんなまぶしいやろがい! おっ――やばっ、ちょっと、たん」

『ん?』


 黎明の顔をしっかり確認しようと、男が黎明の顎をわしづかみにし、携帯していたライトを当てた時だった。

 黎明の頬がまるでリスのように膨らみ。


「おぼろろろろろろろろろっ!」

『Nooooooooo! Fu〇k! Fuuuuuuuuuuuuu〇k!』


 その吐しゃ物を男顔めがけて吐きかけたのだ。

 あれだけ大量のアルコールを一度に摂取し、胃袋に収めていたのだ……。その結果は透けて見えたものだと言えた。


 当然至近距離で顔を確認しようとしていた男に回避するすべはない。

 盛大に胃酸交じりのアルコールを顔面にぶっかけられた男は、悲鳴を上げのたうち回り、切羽詰まった声を上げながら顔をふくものを探し始める。


「す、すんませんでしたぁぁあああああ!」


 敵ながらこれはひどい……あまりにひどすぎる。

 内心ちょっと男に同情しながら、いまだに「おえっ! やばっ……おもったよりしんどい」と嗚咽を漏らす黎明を抱え、肩を吉田に貸しながら、御子柴は必死の形相で男の傍らを通り抜け、基地めがけて進みだす!


 残り10m。

 基地入り口の門が見えてきた。守衛の明かりがわずかに見える。

 残り5m。

 何やら基地内が騒がしい。火事になったあのアパートを気にしているのだろうか。


 残り3m。

 基地入り口付近。助かった! これでこの決死行も終わりを迎える!



 そう思った瞬間だった。


 パンッ! という軽い音とともに、足に激痛が走る。

 驚き下を見ると、太ももの端から血が流れだし、ズボンが無惨にやぶけていた。


 銃撃!

 そう気づいた瞬間、御子柴は吉田と黎明をその場に伏せさせ、自分も地面に倒れこむ。

 パンパンという音とともに、頭上を飛び越える2発の弾丸。


(日本で――しかも自衛隊基地前でためらいなく発砲だと! いかれてやがんのかこの野郎!)


 内心そう毒づきながら、御子柴は自身を撃ってきた相手を睨みつける。


『てめぇ……頭どうかしてんじゃねぇのか』

『ジャップどもがぁッ! この仕事は乗り気じゃなかったが、気が変わったぜ。テメェらをぶっ殺すことはもう確定路線だよ』

『落ち着けよ兄弟。たかが顔面にゲロ吐かれただけじゃねぇか。吐かれる前より今のがイケメンだぜ』

『減らず口叩いてんじゃねぇぞこのクソ猿がぁッ!』


 明らかにキレている。キレ散らかしている。

 まぁそらそうだわ……と、内心にいまだに消えない同情を抱きつつ、御子柴は足の激痛を無視し立ち上がる。


『一つだけ聞くぜ? 銃の持ち込み許可はあんのかよ、クソ野郎』

『テメェごときが知る必要はねぇよジャップ。話はうえで全部ついてんだよ』


 上? どういうことだ?

 その言葉に嫌な予感を覚えながら、黎明に視線を移す。


「あぁ、やっぱりか……。だからせめて敷地内に逃げ込みたかったんだが」

「どういうことだ」

「来ない警察。日本ではあり得ない銃火器での武装集団の闊歩。これだけのことをしでかすならそれなりの根回しが必要……まぁそういうことだよ」

「……そうか」


 つまり、黎明が今まで戦っていたのはこの国の権力者だったようだ。

 何ともはや恐ろしい話である。

 映画化ドラマの中だけだと思っていた……こんな事件は。


 とはいえ巻き込まれてしまった以上、御子柴としてもそれなりの対応をとる必要がある。


 痛む足を引きずり、格闘戦の構えをとる御子柴。

 銃を構えた外国人男は、その姿に明らかな嘲笑を浮かべた。


『侍きどりかジャップ。徒手空拳で弾丸斬れるのはアニメーションの中だけだぜ』

『知ってるよ、んなことは。だが……見捨てるわけにもいかなくてね』


 たとえ男がキレたのは黎明が悪くとも……

 国家ぐるみで死ぬことが望まれている男でも……

 たとえ味方はだれもいなくとも――!


「俺の名前は御子柴透弥。自衛官」


 胸に誓った――役目がある。


「日本の国民を守るのがお仕事だクソ野郎がぁッ!」

『叫べば世界を救えんのかよ、ファッキンジャップ』


 低い姿勢でタックルをするために駆けだそうとする御子柴に対し、男は無慈悲に正確照準を合わせ――


「そこ、危ないよ」

「え?」


 自衛隊基地を囲む鉄製の柵を踏みつぶし姿を現した戦車によって、男の弾丸ははじき返された。


『――な、に?』


 何が起こったのかわからない男の声が戦車越しに聞こえる。

 同時に、破られた柵内から完全武装した自衛隊隊員たちがわらわらと飛び出し、御子柴と黎明たちを保護。


 男に対しては銃口を向ける。


「少々オイタが過ぎたようだね、君は」

『な、何やってんのかわかってんのかテメェらっ! 話は通してあったはずだろうがっ!』

「話? 何のことかわからないが」


 銃を捨てホールドアップする男に対し、戦車の扉を開き――顔を出したのは奥多摩駐屯地司令――阿波宮宮司あわみやぐうじ


「君がいま撃ち殺そうとし、現状銃によって負傷させられているのは、奥多摩基地所属の自衛官だ」


 彼はそのまま戦車を降りると、ホールドアップしている男に無造作に近づき、


「観光パスポートも持ってねぇ、得体のしれない外国人に――撃ち殺されていい奴じゃねぇんだよっ!」

『がっ!?』


 老いてなお鋭い右ストレートによって、男――重犯罪者ジョージ・ウィックマンを殴り倒した。



…†…†…………†…†…



 こうして奥多摩事変は決着。

 理不尽な政府からの命令を無視し、迅速に被害者保護へ行動した阿波宮宮司氏は『命令不服従』を理由に2階級降格――ののち、自衛官として素晴らしい活躍を見せたとのことで3階級特進をされました。


 御柱黎明を見事護り切った御子柴透弥自衛官も同じく特進が約束されていましたが――足の負傷が思ったより悪く自衛官を引退。


 のちに御柱黎明率いる『御柱内閣』において『防衛省大臣』を務めることとなります。


 シリーズ動画アーカイブ「激動近代史 ──奥多摩事変──」より

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尚リアルパイセンぇ... 吼えるねぇ...
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