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4-2:奥多摩事変 決死行

 けたたましく響き渡る消防車のサイレン。

 集まる野次馬に、下がるように告げる消防士。


 基地の目の前で起こった突然の出火に、奥多摩駐屯地司令――阿波宮宮司あわみやぐうじは目を細める。

 同時に、指令室にてその光景を眺めていた彼の耳に、扉のノックオンが届いた。


「誰だ?」

「大島一等陸曹であります」

「入っていいぞ。どうせ目の前の火事に関してだろう」

「はい。失礼いたします」


 断りを入れ入ってきたのは、眼鏡をかけた神経質そうな男だった。

 男の名前は大島順平。この奥多摩基地において阿波宮の右腕的役割をこなす男だ。


「周辺住民の様子は?」

「そちらは特に問題はなく。もともと古いアパートだったこともあり不審火の出火に関しては『自衛隊が何かしたのでは?』ではなく、『とうとう燃えたか』の印象が強いようです……ですが」

「それ以外に問題が?」

「はい……。国防大臣から直々の指令が発布されています?」

「なに? 国防大臣から?」


 いくら自衛隊基地が近いとは言ってもただの古いアパートの出火だ。

 本来ならば国防大臣の耳にすら入ることのない些事だ。

 だが、その国防大臣から指令が出ているということは……。


「何かあるのか?」

「いいえ。むしろ逆です」


 そういうと、大島は眉をしかめとうとうと指令を告げた。


「『何もないから……調べるな』と」

「それはまた……」


 あまりにわざとらしすぎるその指令に、阿波宮は大きな舌打ちを漏らした。


「いかがいたしましょうか。こうなってくるとさすがに何かあるとしか……」

「大臣は調べるなとおっしゃられた。自衛隊は文民統制。逆らうことはできん……できないが」


 同時に思う。

 つい先日の焼き肉会のことだ。


 さすがに身分はかくして接していたが、年上の自分に対しきやすい雰囲気で話しかけてきて――日々死んだ目で業務をしていた部下を泣かせてくれたあの御柱黎明という男が、阿波宮はあまり嫌いではなかった。


「大島。情報部の奴らに何人か休暇を出せ」

「は? 突然何を」

「そいつらにはこう告げておけ。お前たちが休日で何をするのもこちらは関知しないが、ご近所の御柱さんの安否くらいは確認してもいいかもしれんとな」

「……承知いたしました」


 阿波宮の言葉にわずかに笑みを浮かべながら大島は司令官室を出ていった。



…†…†…………†…†…



「あれってあれだろう? よく洋画とかで見かける――PMC=民間軍事会社ってやつ」


 薄暗い地下水道をスマホのライトで照らしながら走る黎明はそういう。


「確かに、思ったよりもクソエイムだったけど……銃の扱いにはなれていそうな連中だった」

「な、何だってそんな人たちが私たちを狙うんだ!?」


 黎明の言葉に御子柴が肯定を示す中、もっともな疑問を抱いたのは吉田だ。

 たとえ秘書に金を持ち逃げされた議員であっても、PMC使って暗殺を狙われるほど自分が大物ではないことくらい、吉田が一番よく分かっていた。

 だが、対して黎明は落ち着いた態度だ。

 まるでこうなるのを想定していたように。


「さて、そこまでは……。とりあえず俺たちをぶっ殺そうとしているのはよくわかるんですけど」

「流石に理由もわからず殺されるなんて嫌だよ私!?」

「案外吉田先生の逃げた秘書が証拠隠滅のために先生殺そうとしているんじゃないですか?」

「証拠隠滅も何も……私の悪事としてもうあれは全国に放送されてしまったじゃないか。いまさら何を言ったところで……」

「そうだな。たかが5億円の安全を確保するためにPMCを日本に送り込むなんざ、非効率もいいところだ。正直にいうと考えづらい」


 自分の情けない現状を思い出したのだろうか。

 すっかり肩を落とし歩みも若干遅くなった吉田の言葉に、今度は御子柴も賛同を示した。


「え? PMCってそんなに高いの?」

「それもあるが、銃火器を日本の税関突破させるのが困難なんだ。日本の税関連中は鼻薬も効かないし、結果としてヤクザやその他反社組織に輸送を頼む必要がある。当然その分輸送費は割高だ」

「はぇ~。知らんかったわ。ということは狙いはどうも吉田先生じゃなさそうってことか」

「となると……」


――後のターゲットは一人しかいないんだが。と、御子柴は白い目を向ける。


「何をやった黎明」

「何をやったんだい御柱君!」

「ちょ、やめてくださいよ。俺なんかどっからどう見てもただの政治秘書でしょうが!?」


 黎明がそう叫んだ時だった。スマホの画面を何かがかすめ、画面に盛大な亀裂が入る。


「おっと」

「銃撃だ! そこの通路を曲がれ!」


 慌てて近くにあったメンテナンス用の横道へと入り込む黎明たちを追い、無数の火花が暗闇の地下水路ではじけた。


「くそっ! そっちから出られそうか!?」

「何とか外につながっている!」

「開けた場所じゃないだろうな……! あがれあがれ!」


 御子柴の指示を受けながら、黎明が慌てて奥にあった梯子を駆け上がり、頭上の蓋を開ける。


「おっと……」

「どうした!」

「駅前広場だ! とりあえず人はあんまりいないけどめっちゃみられている!」

「気にしている場合か! さっさと出ろ!」


 しぶしぶといった様子で黎明、吉田、御子柴の純で地下水道から出てくるが、そこは黎明が言ったように繁華街だ。

 酔っぱらったサラリーマンや、女子高生たちが突然地下から這い出てきた3人に奇異の視線を向けている。


「重石を探せ黎明!」

「OK。違法駐輪は禁止です」


 そんな中、考えていたことは同じだったのか、近くの点字ブロックにかぶさるように止められていたオートバイを黎明が蹴り倒す。

 まるでドミノ倒しのように、違法駐輪されていたそれらが倒れ、先ほど三人がでてきた地下水道入口へと覆いかぶさった。


「ちょ、なになになに!?」

「けーさつ! けーさつ呼んで!」


 さすがに器物破損は見過ごせなかったのか、女子高生たちが黎明たちの写真を撮り、友人に110番通報を促す。


「何してんだお前!?」


 と御子柴が切れかけたが。


「いや、そうか!」

「そうそう。むしろこの状況なら警察の介入はありがたいっしょ。いやまぁ」


――来てくれるならだけど。


 と言いかけた言葉を、黎明はひとまず飲み込んだ。


「ならここで警察が来るのを待つってのも」

「いいや、ダメだ」

「え?」


 御子柴が楽観的観測を述べかけた時、それを否定したのは意外なことに吉田だった。


「ここには長居出来ない。今すぐ人気が無いところに行くべきだ」

「何を言っているんですか吉田さん!」

「そうですよ先生。ここなら人目もあるし、おおっぴらに銃撃されることも」

「そんな保証はどこにもない!」


 黎明の言葉を、吉田は否定する。

 今まで罪の意識でぐったりしていた男とは思ないほどの、突然の大喝。それに黎明が驚く中、吉田はつづけた。

 

「いいかい。どんな目的にせよ、日本に銃を持ち込んでこちらの命を狙ってくるような連中だ。手段を選んでくれるかは完全に相手のさじ加減になる。そして、もしも相手が『市民を巻き込んででも相手を殺すように』と指示を受けていた場合……ここは戦後日本始まって以来最大の銃殺事件現場になる」


 その瞳には今まで見たことがない、確かな決意が宿っていた。


「私は政治家だ。政治家っていうのはみんなが考えているほどえらい存在じゃない。せいぜい国民に支持を受けて、国民が安心して暮らせる国家を作るための手助けをする程度の存在でしかない。だがそれゆえに、私は国民を守る義務がある」


 手を握り締めながら黎明を諭す。


「国民を盾に、命を長らえるような行いは政治家は絶対にしてはならないんだ!」

「…………」


 吉田の言葉に黎明はしばらく唖然とした後。


「おみそれしました、吉田先生。この状況でそれを言える政治家が何人いるか」

「だがどうする!? 人気のないところなんて行ったら間違いなく奴らに殺されるぞ」


 御子柴としても少し感動を覚えたが、現実は非情だ。

 銃で武装した相手に追いかけられているという現実は変わらない。

 だが、黎明はすぐにそれに対する答えを出した。


「まぁ、だとすれば行けるところはもう一つだろう」

「というと?」

「何とぼけたこと言っているんだ。この中じゃお前が一番馴染みのある場所だ」


 銃の取り扱いにたけ、PMC相手にも引けを取らない防衛組織――もうそこに頼るしかないと黎明は告げる。


「さぁ、ミッション開始だ御子柴君。果たして君はおうちに帰れるかな?」

「舐め腐ってんのか!? って、それってまさか」

「あぁ……。奥多摩基地へ逃げ込む!」



…†…†…………†…†…



『随分とさびれた田舎町ですね。これがワビサビってやつでしょうか』


 奥多摩の風景を眺めながら、夜の道路を一台のバンがのんびり走っている。


 それに乗っているのは、色素の薄い髪に灰色の瞳をしたホリの深い男だった。


 男の名前はアレン・ジョーンズ。PMC――TacticalButlerのCEOだ。

 いまだ新進気鋭だが、要人の護衛・暗殺を主に活動しており、その実績は上々。

 業界においても、その名が広まりつつある今絶好調の民間軍事会社だった。


 そんなアレンの横の助手席に座るのは、地図とにらめっこしている女性社員だ。


『本当なら観光で来たかったですよ……。それにしてもどうしてこんな男の暗殺を?』

『さぁ? 細かいことは聞きませんでした! 聞いたところで藪蛇になる可能性が高いですしね!』

『……大丈夫なんですか、それ? 厄介ごとに首を突っ込んでいるんじゃ』

『なぁに、大きな声じゃ言えませんがパトロンはしっかりしています。裏切られることはないですよ』


 アレンがそう言った時だった。


『CEO。連絡です』

『ハァイ! ヘンリー! 首尾はどうですか?』

『スイマセン、ボス。逃げられました。あいつら、部屋にブービートラップ仕掛けていた上に、住んでいた部屋ぶち抜いて隣の部屋に住んでやがった!』

『ほう?』


 明らかに計画的な逃走。

 まるでスパイの様な暗殺対策に、アレンの表情が少し変わる。


『OKです。追跡をして何としてでも殺してください。終わればボーナスですよ』

『OKボス! とはいえ、水路捜索チームも撒かれたらしいし……行先は』

『警察・自衛隊は除外していいです。あちらは頼れないようになっていまーす』

『? どういうことです』


 部下の疑問に対し、アレンは一言だけ告げた。


『話はついているということです。いいから、それら二つを除いた逃走経路を絞ってくださーい。狙われることを悟っていたのなら、彼らは街の外に逃げようとするはずです』

『……OKボス』


 その言葉に、これ以上の深入りはまずいと察したのか部下からの通話はきれた。

 隣にいる女性社員も気まずそうな顔をする中、アレンは一人車内で呟く。


『まさか国から殺すように命じられているなんて、彼は思いもしないでしょうねーーターゲット・御柱黎明』



   ■   ■   ■



 男ーージョージ・ウィックマンはTechnicalButlerの新人傭兵だ。

 何よりも銃を愛し、弾丸で人をぶち抜くのが大好きでこの仕事についた。


 だが、あいにくと彼は銃以外に興味はなく、作戦行動についても「とりあえず突っ込んで敵を殺しまくれ」という依頼以外はあまり真面目に取り組む方ではなかった。


 今回の暗殺依頼も正直一人の政治秘書の暗殺以外は聞いておらず、ターゲットの人相すらおぼろげなくらいだった。


『だいたいアジア人は見分けづらいんだよ。中国人も韓国人も日本人も、皆判で押したような同じ顔をしやがって』


 ぶつくさ文句を言いながら、ジョージは自分が配置された暗い路地で、腕を組みながらため息を付く。


『どうせなら俺も追撃部隊に選んでほしかったぜ。無差別でいいからぶっ殺せと言ってくれれば、他の誰よりも働いたっていうのによ』


 その見境のなさが、彼が追撃部隊から外された挙げ句、黎明たちがまず通らないであろう自衛隊近くの路地に配置された理由なのだが……彼がそんなことを知る由もない。


 流石に隊長に逆らわない程度の良識を持っていた彼は、ただ黙って路地を通過するものを見張るだけだった。



   ■   ■   ■



 そんなジョージを路地裏の角から見ている人影が3つ。

 黎明たちだ。


「驚いた。見張りがいるな」

「驚いたって……普通こういうときは、警察や自衛隊に逃げ込まれないようにするために見張りくらい立てるだろう」

「俺の予想通りなら立ててないはずだったんだがなぁ……」

「はぁ? どういう予想だそれ」


 黎明の言葉に御子柴が首を傾げる中、黎明はそれには答えることなく吉田に告げた。


「他の人気のない道は国道に通じていてもっと多くの見張りがいる可能性があります。なんとかしてここを通らないと」

「と言われましても私には策などは……」

「先生は生粋の政治家だもんな。人前に出ることはあっても人目を忍んでっていうのは苦手なんだろう」

「いや、むしろ政治家なんだから人目を忍んで行動するの得意でしょ」

「あの、政治家全員が後ろめたいこと抱えていて人目を忍んで行動すると思わないでもらえます?」


 黎明の一言に吉田の顔が引きつる。

 現状脱税した犯罪者である吉田だが、本人はそういったことをしたことはないらしい。


「じゃぁ俺が頭ひねりますか」


 そして黎明は暫くの間考え込むと……。


「かけだがしょうがないな。先生、あそこ行きましょう」


 直ぐ側にあったコンビニを指さした。


「……あのコンビニに隠れるというのはなしですよ」

「わかってますよ。国民は巻き込めない! でしょう。じゃなくて、あそこで酒を買います」

「「はぁ?」」

「泥酔したいので、できるだけ強い酒をありったけお願いしますね」

「「はぁああああああああ!?」」


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