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4-1:奥多摩事変 オンボロアパートのBQ

 ジュージューと、肉の焼ける音が響き渡る。

 その隣からは、けたたましい男の語りが披露される。


「だからな、バーベキューの神髄は火加減なわけよ。コンロによって飼いならされた現代人は、野生の頃はうまく使っていた火力というものを自然に使うことができなくなった! だが、バーベキューは違う! 工夫を凝らし、火を操らねば即座に黒焦げか生焼けになるシビアな世界。ここで人のケモノとしての本能が試されるというわけなんだよわかるぅ?」

「御柱君……野生動物は自力で火を使わないよ」

「ってか煩いぞ黎明! 焦げるだろうが!」


 幽霊アパートに不審人物が2名ほど引っ越してきてから一か月がたった。

 その間に、腹をすかせた自衛隊隊員たちが通りがかるたびに、いい匂いをさせながら肉屋飯盒炊爨をしていた二人――御柱黎明と吉田新はすっかり町の新名物となっていた。


 なぜ毎日庭でバーベキューしているのかというと、どうやらこのオンボロアパート……本気でおんぼろすぎて、ガス管が老朽化しており、このままガスを使用するのは非常に危険という判断になったかららしい。


 結果として、二人は毎朝許可をもらったうえでアパートの庭で火をおこし、こうして食事をしているらしかった。


「……あんたら仮にも国会議員とその秘書なんだろう? 外食したらどうなんだ」

「まぁ俺は正確にいうと新田先生の秘書じゃないんだが……。新田先生がなぁ」

「ふふふ……私はもう贅沢を許される立場にいないんですよ。国民の血税を無様にだまし取られ、党の足を引っ張り危機に瀕している……。秋島君にもどれだけ迷惑をかけたことか」

「まぁこんな感じで……」

「大変だなお互い……」


 遠い目をして虚ろな笑い声を漏らす新田に、黎明と男がため息をつく。

 因みに男の周りにも、幾人かの男たちがたむろしており、おのおの自衛隊から持ち出してきたバーベキューコンロなどを持ち寄って好き勝手にバーベキューをしている。

 この男たちは、自衛隊奥多摩基地に所属する幾人かの隊員たちだった。



   ■   ■   ■



 きっかけは今黎明と気安げに話している男――御子柴透弥みこしばとうやから始まった。


 北沖事変よりこの方「防衛面積の縮小」を理由に、徐々に予算を減らされてきた自衛隊の食事は全盛期のころに比べるとかなり質素なものになり果てていた。


 一応体づくりに必要な栄養素は取れるようになっているのだが、食堂に人員を雇う予算などは降りなくなってしまっており、自衛隊隊員の食事は家からの通勤組以外は、基本は配布されるインスタント弁当が主になってしまっており、食事のたびにお湯で戻した味気ない食事をするのが常だった。


 そんな彼ら自衛官に、突如として降ってわいた隣から漂ってくる焼き肉の香り。


 もはやそれは拷問以外の何物でもなく、物資調達帰りの自衛官たちは、物欲しそうな眼を黎明たちに送りながら通り過ぎるのが日課となってしまっていた。


 そんな日々がしばらく続き、流石の黎明もいたたまれなくなったのだろう。


 黎明たちがバーベキューを始めてから一週間ほどたったころ。


「おい、あんた」

「え?」


 バーベキューの匂いにほぞをかみ、必死に耐えながら通り過ぎようとした御子柴に、黎明から声がかかったのだ。


「食べるか?」

「いや、だが……」


 当然のごとく、公務員である自衛官は職務中に民間人から食事などの供与を受けることは禁止されている。

 だが、


「私服ってことは物資調達(意味深)の帰りだろう? なら業務時間外だ。どこで何食おうが自衛隊は関知しないんじゃないか?」

「まぁ、それはそうだが……」

「だったらくってけ。国を守ってくれているあんたらにささやかな礼ってことで」

「お、おい……。御柱君」


 もう一人の男――新田は黎明の言い分にまずくないかと慌てた様子だったが……正直御子柴ももう限界だった。

 漂ってくる肉の匂いに、耐えきれる自信はすでになく、自衛官としての大義名分も黎明にはぎとられた彼は、ふらふらと誘い込まれるように音ボロアパートの庭へと入り込み……。


「じゃ、じゃぁ……少しだけなら」


 と、バーベキューへと参加した。



   ■   ■   ■



 それからはもうあっという間である。

 くどくどと語るだけはあってか、黎明のバーベキューの腕は一級品で(本人曰く『ハワイで親父に習った』らしい。『わざわざハワイに行く意味は⁉』と御子柴が突っ込んだのはご愛敬だ)、御子柴が誘いに乗った後徐々に増えていった自衛官の間でも評判となった。


 結論として、週に2回――おんボロアパートの庭ではバーベキューにいそしむ黎明と、そのご相伴にあずかる(あるいは自分でバーベキューをする)ために、多くの非番の自衛官が集まり、肉を焼く非公認イベントが発生することと相成った。


 一度はあまりに煙が立ちすぎて火事かと勘違いした近隣住人が通報。

 消防車と救急車がバーベキュー会場に突撃してくる珍事件が発生したが、今ではすっかり近所の名物と化しており、時折一人暮らしの老人や、親が共働きの子供が来て一緒にバーベキューを食べていく程度には浸透していた。


「にしてもこの焼肉会もずいぶんと流行ったな。こんなに人が集まるとは思ってなかったわ」

「むしろ俺としては自衛隊連中がここまで食いついた方が意外だわ。そんなにまともな飯食ってないの?」

「あぁ……昔は違ったみたいなんだが、北沖事変からはちょっとな」

「あぁ、そういえば最近予算カットが激しいって話だったな。一応武装の世代上昇とかは問題なくできているみたいだけど」

「そっちにばっかり予算がいってな……。自衛官の日常を潤す備品とかは徐々に消えていっているよ」


 食事もその一つだ。と切なげに笑う御子柴に「……まぁ食えよ」と同情的な視線を向けつつ黎明が焼けた肉を出してくれる。


「今のご時世、自衛官は『役立たず』扱いだ。こんな仕打ちもまーしゃあねぇよ。だから正直意外だった……。俺たちに声をかけて飯を一緒に食おうなんて市民はそういなかったしな」

「そうなのか?」

「あぁ。役立たずの擁護をするなんて……って、ご近所の奥様が後ろ指さしてくるぞ」

「はっ。馬鹿馬鹿しい」


 御子柴の自嘲交じりの警告を、黎明は鼻で笑う。


「防衛力を持たない国が、国際社会で相手にされるかよ。今は平和の時代だが、野心が存在しない政治家なんかいない。今は戦争という手段が面倒だからだれも取らないだけで、きっかけさえあれば軍事力を使うことにためらいを覚えるリーダーはいないさ」


 にこやかな笑顔でありながら、意外なほどにシビアな意見を述べる黎明に、御子柴は少し驚く。

 いつも焼き肉を焼いて人に配っているだけの気のいい男だと思っていたから、ここまでのことを言うとは思っていなかったのだ。


「そして軍事力の喪失っていうのは、そのきっかけに十分なりえる。北沖事変がいい例だろう。あの事変は中国が裏で国防大臣を買収して日本の軍事力をなかったものとしたが故に起こった事件だ」

「……いや、あれは自衛隊の不始末で」

「本気でいってんの御子柴さん?」


 黎明のその言葉に、御子柴の口は思わず閉ざされた。

 自衛隊の誰もが、国民に罵られながら自分たちの不手際ではないと思っていたからだ。


「俺から言わせてもらえれば、あんな事件が起こったのに自衛隊の戦力を減らせとか、そもそも無くせとか言っている奴らは敵国の工作員か、タダのバカだね」

「そこまで言うか……」

「そこまで言わなきゃわからんだろう。自衛官全員はちゃんと理解しているはずだ。『中国が次を狙ってくるとしたら間違いなく本土侵攻になる。今度は北沖事変の比ではない虐殺が起こる』と」

「…………」


 事実だ。そのため自衛隊は、超長距離ミサイルや敵艦艇の侵入を防ぐための艦艇をいくつも建造している。


「侵攻という手段をとるにあたり、国は二つの手段をとることができる。自分たちの国民を入植させるために原住民を皆殺しにする【鏖殺】か、原住民たちを体のいい労働力として扱うために極力殺さず、洗脳教育によって自国へと組み込む【懐柔】だ」


 バーベキューコンロの中の炭を黎明は転がす。


「そして北沖事変にあたり、中国はどちらを選ぶかが見て取れた。前者の鏖殺だ。彼らは自身が【世界の大国】であるという自負があるがゆえに、原住民をうまく使うのではなく、自分たちの国民をはぐくむための領土こそが必要だ。不要な反乱の種になりかねない日本人はむしろいてもらうと邪魔になるんだ」


 火加減の調整だろうか。火のついた薪を転がしながら、とうとうと語り続ける。


「だからこそ、防衛力の整備は必要不可欠だ。俺たち日本に次ぎはない。万が一また中国の侵攻を許してしまった時、その時は日本人という人種が絶滅するときになるのだから」

「………」

「だから俺は、あんたたちには感謝しているんだ。北沖事変があり、北海道や沖縄を失った今――日本本土が無事でいられるのはあんたたちという抑止力がいてくれるからだ」

「………っ」

「次は北沖事変のような失態はないと中国も思っている。そして、北海道地方の武装などは結局粉砕されてしまったが、実をいうと自衛隊自体はそこまで質を落としたわけじゃない。まともに戦わなかったことが功を奏し、本土防衛にあたっていた自衛隊の装備・練度は世界高水準を維持している。次何の策も攻め入れば負けるのは自分たちだと中国に思わせるほどの力を、あんたたちは持っているんだ」

「……黎明さん」


 想わず目元をぬぐった。

 暖かい何かが、目元を伝っておりてきたのが分かったからだ。


「あんたたちは、俺たち一般市民にはできない偉業を毎日してくれている。俺たちがしたくないと目を背けた『殺人』をいつかしなければならないという恐怖に耐えながら、国家防衛のために銃を構えてくれている。そんな人たちを……俺は役立たずとは罵れねぇよ」

「……ありがとう。黎明さん」


 ずっと……ずっとつらかった。

 自分が選んだ道は間違いではなかったのかと……。

 どれほどの災害でどれほどの人命を救おうとも、今の自衛隊に感謝してくれる国民はいない。

 北海道・沖縄をみすみすと奪われた自分たちを、たたえてくれる国民などいない。


 彼が自衛官に任官してから、自衛隊の日々はまさに冬の日々だった。

 見かけただけで罵られ、親類縁者からは会うたびに辞めるように勧められ、政府は自分たちを汚物か何かのように扱い、年々予算を減らしてくる。


 それでも日本を守るために……歯を食いしばりながら、自分たちは日々の業務をこなし、訓練をこなし、いつ来るかもわからない外敵の侵入に備え続けた。


 それが今ようやく……報われた気がしたのだ。


「ありがとう……。黎明さん……本当に、本当にありがとう!」

「ウェ!? 何? どうしたの急に泣き始めて!?」

「黎明君……君まさかこれ以上肉をとられないために?」

「冤罪も甚だしいんですけど!? 吉田先生!?」


 突然泣き始めた自分を見て、周囲の人々がなんだなんだと集まってきたあと、黎明が何かしたのかと彼に白い目を向け始める。


 それに必死に弁解する黎明に、少し笑い声を漏らしながら御子柴は決意を新たにした。


(そうだ……。たとえ誰に何と言われようと、俺はこの国を――国民を守るために自衛官になったんだ。ならもう、恥じることはない。堂々としていよう)



…†…†…………†…†…



 そして、それから2週間ほどたったある日のことだった。


 何時ものように物資調達の帰り。

 御子柴がいつもの焼き肉のお礼に、黎明たちに何か差し入れでもと思いオンボロアパートに寄った時だった。


「たまには日ごろの訓練の成果でも見せてやるか」


 と、彼は気配を殺し民家の塀や近くの用水路などを駆使してこっそりオンボロアパートへと近づいていた。

 黎明たちが気付かないうちに外に出た時に背後を取って驚かせてやろうと考え、接近を極力気づかれないように立ち回っていたのだ。


 それが功を奏したのか――あるいは、余計なことだったのだろう。


 音ボロアパート裏手に流れる用水路に、御子柴が入った瞬間――。



――ゴッ!



「は?」


 もはや音の壁としか思えないほどの爆音とともに、オンボロアパートが爆発。

 巨大な火柱となって、原形をとどめぬほど炎上し始めた。


 と、同時に!


「おわぁあああああ!」

「ぎゃぁあああああ!」


 炎上するアパートから、二人の人影が飛び出し、用水路に墜落してくる。


「なっ! ちょ!?」


 長年鍛え続けられた体は、即座に人命救助のために動いた。

 明らかに受け身の体制が取れていない老齢の男を用水路内部でキャッチする。

 同時に用水路落下と共に、ゴロゴロと藻と水まみれになりながら転がった男に声を上げた。


「れ、黎明さん!? いったい何が!」

「御子柴か!? 話はあとだ! ここから離れるぞ! 吉田先生! 立てますか!?」

「み、御子柴君のおかげで何とか……」

「なら走りますよ! ちょうどこの用水路は日原川までつながっています! まずはそこまで逃げます!」

「ま、待て黎明! 本当に一体何が――」


 瞬間、黎明と御子柴の間を何かが通り抜けた。

 聞きなれた風切り音と、用水路底にできた小さな穴。


 見間違えるはずが無い……あの穴は弾痕だ!


「ッ!?」


 この日本で銃撃事件だと!? と御子柴が度肝を抜かれながら上を見上げると、そこには覆面をかぶり自動式拳銃を握る男の姿があった。


「ちっ! 逃げたぞ! 殺せ!」


 そんな物騒な言葉を、やや英語訛りの日本語で叫ぶ男を見て、御子柴は発言する。


「逃げるぞ!」

「さっき言ったろ」

「言い合ってないで早く行きましょう!」


 吉田の悲鳴じみた提言を二人は即座に実行し、水音を響かせながら地下水路へと通じる用水路入口へと三人は走り出した。

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