3-3:国会動乱 秋島の渡米
「秋島議員はアメリカ旅行だそうです」
「……余裕ですね。とは、流石に言えませんか」
秘書からの報告に苦笑を浮かべながら、日本民政党総帥――南場 相一郎口を開く。
「秋島議員はおそらく、【マニュアル】の存在を民生改革党に公開したのでしょう。そして東條議員に国外逃走を勧められた」
「ですが渡航先はアメリカですか……」
コーヒーを入れてきた秘書の相打ちを聴きつつ、南場はカップを傾ける。
「アメリカとは長年政治的連携を強化しています。彼らにとっても現状脛に傷がない民生改革党が日本の統治をおこなうよりも、いつでも脅迫が可能な我が党が上に立っていてくれる方がありがたい……ですね。秋島議員の保護依頼はおそらくは受け入れられないでしょう」
「えぇ、結局のところ政治の世界に善悪はない」
秘書が入れてくれたコーヒーを口につけつつ、南場は達観したような声音で、
「あるのは【自分にとって都合のいい存在か否か】。自己の――自国の利益を誰よりも素直に追求できるものだけが、世界に通用する世界です」
結局のところ、彼もそこをはき違えたか……。
と、ややつまらなさそうに呟いた。
「安っぽいヒロイズムでは、世界は変えられないよ……黎明君」
その言葉を最後に、南場が彼らを顧みることはなかった……。
黎明がたくらんだ、コトが成るまで――。
■ ■ ■
南場が違和感を感じ始めたのは、秋島が渡米してしばらくたってからだった。
何も起きない。いや、何の反応もないのだ。
まるで嵐の前の静けさのように、秋島は何のアクションもアメリカでは起こさなかったのだ。
「……まさかアメリカ政府に保護すら求めないとは。本当にただ旅行に行っただけだったということは」
「ありえない。彼ほどの人材に休みを出せるほど民生改革党に余裕はないはずだ」
実際吉田議員の脱税疑惑に関して、市民からのバッシングはかなり激しいものとなっていた。
連日南場の息がかかったテレビや動画投稿者が、吉田の脱税についてニュースや動画を上げ、最近の中では最も巨額でおぞましい売国行為だと報じている。
それにつられて民生改革党の支持率は急激に下がり続けており「やっぱり東條先生も他の政治家と変わらなかったか」という国民の失望が表れている。
「いや、むしろ何もしてなさすぎて支持率の低下に歯止めがかかっていない。普通なら吉田はもう切っていいはずだ」
「東條先生は初期の段階で【吉田議員の秘書がやったという言葉は事実であり、民生改革党は迅速な犯人逮捕を切に願う】と言ってしまいましたから……。意見を翻すわけにはいかないのでは」
「だとしてもだ。これほどの騒動となった以上、吉田議員をかばい続ける方がリスクがある。賢い政治家なら【犯罪者をかばっている】レッテルを張られてまで、意見を固持するのは愚行だと東條先生も気付いているだろうに」
――いったい何を考えている?
東條の意味不明な行動に、南場がいよいよ意味が分からなくなってきたときだった。
「南場先生!」
「……どうかしましたか?」
副秘書の一人が扉を勢いよく開きながら部屋に入ってき、南場へと報告を開始した。
「そ、総理が――鯵開総理から緊急の連絡です!」
「鯵開君から?」
国会期間内に予算通すために四苦八苦していたと思うが?
と南場が首をかしげながら、秘書が通した内戦を受け取る。
「どうかしたのかい? 鯵開君」
『どうかしたのかいではないです南場先生! アメリカから緊急ホットラインが入っています! それに、Y〇utubeをみてください!』
……嫌な予感がした。
南場はためらうことなく、内線電話を投げ捨て秘書から渡されたスマホを起動しY〇utubeを開く。
そこではこんな生放送が開始されていた。
『私、秋島・S・リチャードは、民生改革党に非情な攻撃を行った日本民政党に対し抗議を行います。この生放送はその抗議の一環としてアップさせていただいたものです』
流暢な――英語でそう語るリチャードの様子が、スマホの中に大きく映し出された!
■ ■ ■
『秋島・S・リチャード議員が巧妙だったのは、その行動指針でした』
『国内での政治不正疑惑に関して行うべきは、国内での陳情であり外国に頼ることは決してあってはならないからです。まっとうな国会議員ではまずこのような手段を取りません』
『それはなぜか? 外国に頼ってしまえば【国家治世において不適格な政府】の烙印を押され、外国からの軍事的侵攻を許してしまいかねない大きな隙になりかねないからです』
『歴史の中で消滅した独裁政府などが顕著ですね』
『そのため、秋島・S・リチャード議員の旅行に関しても、一時的な日本民政党の暗殺を恐れての逃走がせいぜいだろうと思われていたのですが、まさか国外で政治不正を暴くための動画を上げるとは思われていなかったのです』
『ましてや渡航先はアメリカ。当時は様々な事情で日本と懇意にある国家でした。それはすなわち、当時のアメリカ政権において、日本の統治は民政党に行ってもらっていたかったということ』
『当然もともと日本民政党議員であった秋島議員は、そのことをよく理解していました』
『なのに秋島議員のなぜ渡米し、アメリカで動画をアップロードしたのか』
『実は彼、動画をアップロードした当初はもうアメリカにはいなかったのです』
シリーズ動画アーカイブ「激動近代史 ──近代偉人伝──」より
■ ■ ■
「よう、秋島。調子はどうよ」
『意外と快適だよ。昨日はヘラジカ狩りを見学させてもらってね』
「ヘラジカ? ちょい待て。スマホで調べるわ。うわっ、でか。カナダすげぇな。あんなでかい鹿狩るのか」
『うん。実はちょっと取り逃して私が乗っている車に突進してきてね。車ひっくり返るかと思ったよ』
「おいおい、観光もいいが物見遊山でケガして帰ってくんなよ。お前が帰ってきたらやってもらいたいことはいくらでもあるんだ」
『わかっているさ』
都内某所。
黎明は快活な笑い声を交えてながら、国際電話で秋島と近況報告を行う。
『それで、反応の方はどんなもん?』
「抜群だよ。日本民生党は蜂の巣を殴りつけたような騒ぎだ」
突如として挙がった日本民生党の非道を告げる動画は、世界中で瞬く間に億を超える再生数が行われた。
口の悪い海外のネット界隈では
『国民は素晴らしいが政府は無能な日本とうとうやらかす』
『永和始まって以来の大醜態』
『流石におとなしい日本国民も今回は黙ってないでしょう』
という意見が次々と上がっては消されて行っている。
「そういう合衆国はどんな感じよ」
『流石に日本ほどではないけど、あわただしいね。今代大統領は総理や南場先生とは仲良くしていたみたいだから』
「日本民政党がこければ自分の指示率にも影響があるってことか。まぁ焦るだろうな。むしろ今回はアメリカの方が動画の広がりは早いだろうし」
『そうだよ。連日総理達と相談はしているみたいだけど、いよいよ切り捨てが視野に入りつつあるみたいだね』
「ヨシヨシ。なら問題ないな。そう遠くないうちに日本民生党とアメリカのつながりはきれる。あとは国内で奴らを孤立させるだけだ」
『そううまくいくとは思えないけどね。相手だってこういうパターンを考えていないわけじゃないし』
「まぁな。そしてその対策を受け止めるために俺はここにいるというわけで」
実は現在、黎明がいるのは東條の事務所がある東京都心ではない。
東京23区の中で田舎といわれる、奥多摩町。その中でも家賃が死ぬほど安いの近くにあるおんボロアパートだ。
「予想通りなら南場先生は針にかかるはずだ。あとは俺がうまく立ち回るだけ」
『その上手く立ち回るが大変なんだろう』
「まぁな……。でもお前さんだってうまくやっているんだ。俺もうまくやるさ」
『ふふ……。それは楽しみだ。じゃぁ、祖国から帰ったときは土産話を期待しておこう』
「土産話って普通旅行に出た方がするもんじゃないのか?」
電話の向こうで『楽しみだ』と笑う秋島に、やや呆れた声を出しつつ黎明は通話を切る。
「黎明君? 誰と会話していたの?」
「あぁ、秋島先生とちょっと」
そしてほとぼりを覚ますために一緒にやってきた吉田議員の声に返事を返しつつ、黎明は窓の空を見つめた。
赤く染まった、不穏な夕暮れを。
「さてと、吉と出るか凶と出るか……。せいぜい楽しみに待つとしよう」
■ ■ ■
秋島は、通話を切ったスマホをしばらく見つめた後、うっすらと口元に笑みを浮かべる。
「なに、私なんかとは比較にならない経験を、おそらく君はすることになる。土産話には事欠かないさ」
「秋島議員。お時間です」
そんな秋島の背後から、どこにでもいそうなサラリーマン然としたスーツの男が声をかけてきた。
「おや、飛行機はもう取れたのかい」
「問題なく。ですが、合衆国もそろそろあなたが国外に逃げた可能性を視野に入れ始めたようです。お早く」
「はいはい。やれやれ、カナダの生活も悪くはなかったんだけどな」
そう言って歩き出した秋島の背後では、サラリーマン風のスーツを着た男や女があわただしく電話をかけて始める。
彼らの所属組織の名前はMI6。
秋島がパイプを持っていた父方の祖国であり……秋島のアメリカ旅行中に接触し彼をひそかにカナダへと逃亡させた元凶だった。
「にしてもずいぶんと協力的ですね。拘束くらいはされるかと思っていましたが」
「いえ、日本の政治不安は我が国にとっても不安材料でした。ロシアや中国に対抗するためには、貴国には健全で強大な国であって貰わないといけないですからね」
(嘘でもないけど、それだけでもないか。変な交渉をツッコまれないように、注意だけはしておくとしよう)
嘘臭い笑顔と共に模範解答をしてくるエージェントの内心を探りながら、秋島の逃避行はこのあと半年ほど続くこととなる。