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3-2:国会動乱 マニュアル

「申し訳ございません!」


 民生改革党本部にて、あちこちに白髪が混じった老年の男が恥も外聞もなく東條に頭を下げていた。

 つい先ほどニュースで脱税をすっぱ抜かれていた吉田新議員だ。


 民生改革党内での評価は、地味で目立たない。せいぜい人数合わせがいいところの議員ではあったが、真面目であることは間違いなく、議会中居眠りなどで問題になったことはない。


 良くも悪くも、どこにでもいる普通に実直で誠実な男というのがこの人物の評価だった。

 脱税をして私腹を肥やすような男ではないはずだったのだが……。と、彼の周囲を囲む党員たちが信じがたいものを見るような目で吉田を見つめる。


「……まずは脱税をしていたというのは事実なのですか?」

「……はい。先ほど臨時で雇った会計士に依頼し調べてもらったところ、私の知らないところで5億近い謎の金が私の口座に振り込まれていました」

「で、その金は?」

「振り込まれたのと同日に即時引き落とされており、別の口座に移されたようです……。今そちらの口座を調べてもらっていますが、海外の口座らしくどこの誰の口座かもわかるのに時間がかかる始末で」

「あぁ、いいっすいいっす。おおよそ予想通りッスネ」


 悲痛というのがふさわしい、悔恨と自責の念が感じられる声音の吉田に対し、どうでもよさそうな声音で手を振ったのは黎明だ。


 まるで『すべてそういう筋書きになることを予想していた』といわんばかりのその態度に、同席していた西住が声を荒げる。


「黎明っ! 貴様何か知っているのか!?」

「知っているというよりかは予想していたって感じっすね……。まぁ一番手口に詳しいのは」

「もともと日本民生党だった、私ですね」


 黎明の視線を受け、立ち上がったのは秋島だ。

 秋島は苦笑いを浮かべながら、うなだれる吉田の肩に手を置いた。


「はめられましたね……。吉田先生。普段から金銭関係の書類はきちんと把握するようにしてください」

「は、はめられた?」


 リチャードの信じがたい言葉に、東條を含めその場にいた全員が愕然とした表情となる。

 話の流れから察するに、つまりそれは。


「日本民生党が、何かをしたのですか?」

「えぇ、そういうことです」



   ■   ■   ■



【日本民生党】


 この党が生まれたのは第二次世界大戦の終戦後3年がたったころだ。


『日本がアメリカ統治下から離れた時、世界に対等の発言を行える国にならねばならない!』


『そのために今から近代国家としての下地を作り、国家としての日本のひな型を作る!』


『まずは、多くの民の生活の安定こそが日本の急務である!』


 初代党代表――阿尻廉二郎あしりれんじろうの宣言により、冬の時代であった日本政界へ殴り込んだこの党は、いくらかの浮き沈みがあったものの長く日本の政界の要所へおり、歴代総理大臣も20名近く輩出している巨大政党である。


 特に近年はその勢力拡大が顕著であり、現在は約30年にわたり与党政党を務め、総理大臣も輩出している。


 だが、どうやらその栄華には――



   ■   ■   ■


「当然のごとく裏があります」


 そう告げた秋島は、指を折りいくつかの事件を挙げていく。


「2年前にあった大阪革新党の「10億円献金事件」。

 5年前の「全民幸福党不正選挙事件」。

 そして8年前にあった「安楽死推進会事故死事件」」


 いずれも最近騒ぎになった政治家の不正事件だ。

 特に10億円献金事件はクーデター一歩手前まで行ったことが記憶に新しく、大阪革新党が弱体化すること最大の原因となる近代政治のトピックだ。

 知らないものの方が少ないほど大きな事件だった。


「この3件のほかにも、こまごまとした脱税問題や、問題発言問題などすべて日本民生党が裏で手を引き、起こしたものです」

「――!?」


 まさかそんなことをされていると露ほども思っていなかったのだろう。

 東條は愕然とした表情で秋島の言葉を聞いていた。


「今回の吉田先生の一件は分かりやすいタイプですね。先生、その問題の納税を任されていた秘書というのは見つかったんですが?」

「そ、それが……昨日から有休をとっており、携帯の方にも連絡がつかない状況で」

「逃げましたね。おそらく先生の口座から脱税して貯めた金を持って」

「ドバイあたりかねぇ。5億もあったら遊びまくれるだろう」

「な、なんだと!?」


 あっけらかんとした秋島と黎明の言葉に吉田もさすがに怒り心頭。

 愕然とした後見る見るうちに顔が赤くなっていく。


 どうやら冷静な判断はできそうにない吉田をしり目に首をかしげて口を開いたのは西住だ。


「だが証拠は? 何一つないであろう」

「えぇ。そうですね。おそらく警察のガサ入れがあるでしょうが、秘書がやった証拠はあったとしても、日本民生党につながる証拠は何一つとしてないでしょう」


 どこか自信ありげに告げる秋島は、「しかし」と続け、



「私はこれでも民生改革党の若手ホープですからね。見せてもらったことがあるんですよ」

「……なにを?」

「日本民生党の極秘書類にあった【他政党対策マニュアル】に記載がありますので。完全に同じ手口ですね」


 瞬間、吉田議員のサモン会の場の空気が凍った。


「マニュアル!?」


 一番最初に復帰した西住の声が響き渡るまで、誰一人として反応できなかった。


「えぇ、マニュアルです」

「い、いったい何のだ?」

「先ほどまでのお話でおおよそお察しでしょう。すべてですよ」


「日本民生党の脅威となりうる要因の排除方法――天変地異から、諸外国の圧力――そして別政党から台頭してきた議員のつぶし方など、すべてが記された日本民生党の虎の巻にして、日本民生党の闇をすべて引き受けたマニュアルですよ」


「…………」

「まぁあるだろうなぁ」


 唖然とする東條達に対し、黎明の反応は平たんなものだ。


「黎明はあんまり驚いていないね」

「長く日本政治界の頂点に君臨していた政党だからな。いくら何でも主権期間が長すぎるから、多少ヤバいことやっているだろうとは思っていたよ。まさか犯罪ギリギリどころか真面目に犯罪やっているとは思わんかったけど」


 黎明の呆れたような声に対し秋島は苦笑とともに肩をすくめ続ける。


「おそらくあちらの筋書きはこうです。最近勢いをつけてきた民生改革党。その求心力である、東條先生は元はただの地方議員。ノーマークでこちらの裏工作員は入れていない上に、黒い噂もまるでないマニュアルが効かない相手。直接こういった手で叩くのは難しい」


 当然だと、西住は満足げに頷く。

 東條先生の清廉潔白さを、最も知り誇りに思っている男はこの男なのだから当然の反応だ。


「じゃぁどうするか? ちゃんと工作員を入れている議員から問題を起こし、党全体の求心力を下げればいいと考えたんでしょう。結果起こったのが今回の脱税騒動です。これによって、吉田先生が所属する民生改革党の信用は地に落ちる。それを狙って今回の逃げた秘書に、脱税をした金を握らせて海外に逃がし、吉田先生の脱税に関してマスコミにリークした」

「だ、だがしかし……私は正直に話し警察も協力してくれている! 事態解決は早いはず」

「吉田先生……犯人が捕まるかどうかなんて、日本民生党にはどうだっていいんです」


 秋島の指摘に対し、吉田はぐうの音も出ないと言いたげに黙り込んだ。

 その指摘がいまさらになってもっともだと気付いたのだろう。


「政治家は人気商売であると同時に信用商売だ。国民から【犯罪者】だとみられればその議員の議員生活継続は困難を極める。それこそ日本民生党のような最大派閥でもない限りは」

「それに先生、さっきの記者会見で正直に『秘書がやりました』っていっちゃったでしょう」

「れ、黎明君まで。確かにそうだが……事実なのだから仕方ないじゃないか!?」

「でも国民はそれを信じませんよ。よくあるトカゲのしっぽきりの定型文なんですから」

「たとえ警察が公式に発表したとしても、権力癒着が現在疑われているのが今の日本警察です。もみ消しを疑う有権者は一定数以上いるかと」

「そんな……」


 秋島の最後の言葉に、とうとう吉田は膝をつきボロボロと涙をこぼしだす。

 議員生活10年。やっとの思いで所属政党が日の目を見始めたこの大事な時期に、自分の不手際でそれを台無しにしようとしているのだ。

 彼の悔恨はいかほどの物か……地方から出てきたばかりの東條達では推し量ることは難しかった。


 だが、やはり許せないものは許せないのだと、額に青筋を浮かべながら西住が立ち上がる!

 

「なん、ということだ! なぜこんな横暴を許して置ける! なぜ誰も声を上げようとしない」

「それこそ言ったじゃないっすか。相手は日本政治最大にして最長の主権を持つ政党っすよ」

「そんなこと関係ない! こんな犯罪行為、直ちに断罪されるべきだ!」


 呆れた声をあげる黎明とは対照的に、燃え上がる西住。

 彼に対し、首を振ったのは日本民生党の力をよく知る秋島だ。


「西住先生。先ほど警察と政界は癒着を疑われていると言いましたが……残念なことに事実です」

「なに!?」

「日本民生党党首――南場 総一郎先生のつながりは非常に強い。現在の警視総監は南場先生の大学の後輩で、長く付き合いのある人物だし、現在の最高裁判所長官に至っては南場先生の幼馴染です。彼の政治パーティーには彼らに連れられ、警視庁の要人たちや最高裁裁判官も多く顔を出しています」


 見ます? と言って秋島が差し出したスマホには、黎明は見たことがないが他の面々は顔を合わせたことがあると眉をしかめる人物が幾人か映し出されていた。


「ここで例のマニュアルの存在を公にしたところで、もみ消されるのが落ち。せいぜいネットをざわつかせるだけの都市伝説として処理されるでしょう」

「そんな……」

「その存在を知る私の転籍を許したのも、ばらされたところで揉み消すことは可能という自信の表れでしょう」

「むしろそう言った自信ある態度を見せることによって、相手の戦意を折ることも主目的かもしれんな……。流石最大政党……やることの器が違うといったところか」

「日本政治は……こんなに腐っていたというのか」


(この一件は奴らにとってはまだジャブといったところだろう)


 打ちひしがれる西住をしり目に、黎明は内心考える。


(むしろこれほどの物をジャブで打てるということを示すことが、今回の一件の最大の目的だ。格の違いを見せつけて、変な反抗をしないようにする。実に王者らしい立ち振る舞いだ。まぁでも)


「ちょっと余裕を見せすぎたな」

「で、どうするつもりなんだい黎明?」

「ん?」


 そう言って不敵に笑う黎明に、秋島から声がかかる。


 いきなりの話題ふりに黎明が驚き辺りを見回すと、その場にいる面々すべての視線が黎明に集まっていた。


「え? なんすか急に」

「なんすかではない。貴様がその態度をとるということは対抗策はあるということだ」

「黎明君……今すごい悪い顔していましたよ。正直頼りになりはしますが、総理大臣を目指す場合そういった顔をするのはどうかと」

「マジっすか!? やっべ、すぐ直さないと」


 真面目に心配していそうな東條の指摘に焦りつつ、黎明はそれでも言い切った。


「んじゃまぁ、やりますか。もうちょっと攻撃がいるかと思いましたけど……相手がこうもすぐに仕掛けてきてくれたんならやるしかないですし」

「ほう。ということは、やはりあるんだね? 必勝の策が」

「必勝ってわけじゃないっすけど……」


 そう一言断りを入れ、黎明は告げる。


「とりあえず……秋島にはアメリカにわたってもらいます」


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