幕間 御柱黎明の会敵
国会が始まった。
決めることは多くある。
いくつかの法改正に、最近では当たり前になった憲法改革。
この1年日本が使う国家予算の使い道などなど……。多くのことがこの国会で決まることとなる。
中でも目玉とされているのが東條保文が掲げた法改正案――『農業ビル建築における税制法案』『国営ネットワーク管理・運営法案』『一次芸術(絵・小説などの芸術)制定法案』『一次芸術生成AIによる生成物の販売・利益獲得禁止法案』などなどが語られることとなる。
それらの内容が語られる中、人々の視線は今回の衆議院選挙の台風の目となった、東條保文へと集まっていた。
――ここで確かな実力を示せば、次の総理大臣はおそらく彼になる。
そんな本来ならば考えられないが、あり得ないと言い切るにはいささか以上の影響力を示してしまった東條に対する期待と恐怖が、国会内では渦巻いていた。
当然のごとく東條はその期待に応えるべく奮闘をしているのだが……何分不慣れな国会だ。
地方議会とは勝手が違うケースも多く、民生改革党のベテラン国会議員から様々なことを教えられながら、四苦八苦しながら交渉などを行っていた。
さて、そんな中東條の懐刀である黎明はというと……。
「すっかり春だなぁ……」
東條に頼まれ花見の会場を抑えに墨田川へブルーシートをもってやってきていた。
花見といっても派手なものではない。
滋賀の事務所からついてきた東條の側近や同僚のみを招く内輪の会だ。
『せっかくだからどこかの高級料亭に豪華弁当でも作ってもらいましょうよ!』という黎明の提案が『いや、身内の会だからみんなで弁当作って来よう』という東條の提案によって封殺されたところが、身内のみの集まりであることをより強く印象付ける。
「にしても、日本人ってのは東京でも滋賀でも変わらんなぁ……」
鮮やかに咲く桜の下を歩きながら御柱があたりを見回すと、そこらに広がる楽し気な笑い声と……すっかり出来上がった酔っ払いの怒号や歓声。
今さっきも御柱の目の前をネクタイを頭に巻いたおっさんが横切ったくらいである。
今時あんなテンプレートな酔っ払いがいるのかと、黎明は驚きながら幸いにもあいていた桜の根元にブルーシートを広げ一息をつく。
昔から変わらない日常。たとえ政府や国体が変わってもこれだけは変わらないだろうと思える日本国民の風景。
そんなものを眺めながら、黎明は独り言ちる。
「弁当……唐揚げと卵焼き詰められるだけ詰め込んできたけど、これで許されるかな」
「ほう。唐揚げかい? ひとつ味見していいかな?」
「あぁ、どうぞどうぞ。流石に作り慣れているとはいえ自分の味覚でしか味見してないんで。他の人の意見も聞かせてくださいよ」
「では遠慮なく」
声の主はそういうと、ひょいと黎明が持ってきた重箱のふたを開け1段目にぎっしり詰められた唐揚げを見て苦笑を浮かべる。
「本当にから揚げしか入ってないんだね……。先生もいいお年なんだからさすがに胃にきついんじゃないかな?」
「弁当っていったら唐揚げでしょう? それにご安心を。西住先生や秋島先生もくるんで、最悪余るなら俺とあの二人で食べますよ」
「そうかい。若い人の胃は健康で羨ましい限りだ」
そんな風に雑談を交わした後、黎明はそっと首を動かし声の主へと視線を向けた。
「えぇ……で、何か御用でしょうか? 南場先生」
「いや、期待の東條先生の秘書を見かけたものでね。何をしているのかと思ってちょっとばかり暇つぶしの散策をしていたのさ」
「それ要するにストーカーでは?」
「尾行と言ってくれ。年甲斐もなく楽しませてもらったよ」
もう老人といっていい年齢をしているにもかかわらず、伸びた背筋と活力あふれる笑みを浮かべているのは、『日本民生党』現当主にして、次期総理大臣とうたわれる政界の怪物――南場 相一郎であった。
■ ■ ■
「あの選挙はなかなか劇的だった。本来ならば内々に処理されるべきことを、真っ先にマスコミがすっぱ抜いて話題性が上がり、その後の東條先生と民生改革党上層部のすったもんだを匂わせる動きがいくつもあったからね。君もその一翼を担っていると聞いているよ? 大変だっただろう」
「いえいえ。大したことはさせてもらえませんでしたよ。先生は党のためならと身を引かれたのですから、それ以上のことが起こるわけがない。先生が当選できたのは完全にただの偶然……いや、先生の働きを多くの国民の皆さんが認めてくれた賜物ですよ」
「ほう? 私の耳には、君がいくつかの党を回って『移籍するとどうなる?』という話をしていったと届いているが?」
「……随分とよろしい耳をお持ちで?」
「あいにく年を取るたびに悪くなっていくばかりだ。すっかりモスキート音も聞こえなくなってね」
そんな言葉を話す南場に黎明は得体のしれない凄みを感じる。
(マジで何しに来たんだこの爺さん……。流石に派手に動いていたから俺の動きが悟られているのはまぁいいが、この人ならそこからの突き崩しは困難だってわかっているだろう。結局あれは『何の効果もなかった』。東條先生はしないが、最悪俺をしっぽにして『秘書が勝手に話をしていった』と語って切れば済む話)
それをつついても時間の無駄。労力の浪費にしかならない。
では一体何をしに来たというのか?
本気で理由がわからない黎明は必死にポーカーフェイスを取り繕いながら、南場の言動に集中する。
目的を推測できる発言・行動・動作を読み取るために。
だが、
「そんなに警戒しなくてもいいよ」
「……警戒とは?」
「こう見えて無駄に歳だけは食っていてね。緊張・困惑・焦り・憤り……若い人のそう言った感情は何となくわかるようになった」
「…………」
「今回はただの顔見世だ。本当にそれだけなんだ。だから落ち着いてくれ」
「……南場先生がそうおっしゃられるなら」
ひとまずは、深呼吸をし脈拍を整え、そっと目を閉じ再び開く。
いつものルーティーン。心を落ち着けるための所作。
それを終えた黎明は――。
「いや、にしても南場ッチに会えるなんてマジでびっくりだわ。あ、サインとかもらえる? お茶買ってくるしトレードでヨロ」
「リラックスのライン軽く超えてきたね!?」
「落ち着けって言われたので」
「礼儀を捨てろとは言ってないよ?」
じゃぁどうしろと!? と困惑する黎明にいぶかしげな視線を向けつつ、南場は咳ばらいを一つした。
「君は本当につかめない男だね。どこにでもいるただの大学出の若僧かと思えば、私の予想を軽く超えてくる言動をする」
「はぁ……」
「東條君にしてもそうだ。彼は本来ここにいるべき男ではなかった」
「…………」
「民政党の総裁について初めての出来事だよ。私が予想していない男が国会議員の席に着いたのは」
「………………」
「あぁ、勘違いしないでくれ。これでも褒めているんだよ?」
そう言って、南場は嗤う。
目の前の矮小な存在が起こしたちょっとしたイベントを見てなお、余裕の笑みを浮かべる。
「すべては君が起こしたこと。だろう?」
「……いや、あれは先生が」
「隠さなくてもいい。東條保文に本来国会議員の器はない」
南場はそう言いながら指を折っていった。
「まじめで、実直。嘘が苦手で不正が嫌い。国民のために身を粉にして働くのを良しとし、それこそが本来の政治家であると心の底から信じている。せいぜい描ける夢と言えば……国会の生中継で自分が国会議員の席に座っているところを写してもらう程度」
そして折った指を再びたて、南場は笑う。嗤う。哂う。
「どこにでもいる、普通の地方議員だ。それ以上には絶対に成れない。そういう男だった」
「……話を聞く限り、極めて理想的な議員だと思うんですけど?」
「本気で言っているのかい。御柱君――君ならわかっているはずだ」
「本気で国のかじ取りをすることを目指す人物は、大なり小なりエゴイストだ。必ず言動に自分の欲望がにじみ出るほどの野心家だ。国会議員は党が人気取りで招集した人物以外はそんな奴らばかりだよ」
「…………」
「そして私は君からもその気配を感じ取っている」
「…………」
なんとなく分かった。黎明も理解した。
秋島が自分に接触してきたのは間違いなく秋島自身の嗅覚があってのモノだ。
だがその秋島に東條先生を調べるように促したのは、おそらくこの目の前の怪物だ。
そして、
「どんな野望を描いている? この国をどう変えていきたい? この国の民をどうしたい? どんな国家運営が望みだ? ん? ぜひともその心の底を聞かせてほしい」
この怪物は――相容れない。
黎明最大の敵になる男だと。
「……いや、ないですよ。そんな大それたものは」
「ほう?」
だから黎明はそう答えた。
それに対し、南場は感心したような顔をする。
事ここに及んでごまかしに入った黎明の胆力に――ではない。
「ただまぁ、叶えたい野望があるとするなら」
黎明が不敵な笑みを浮かべ、
「あんたより先に東條先生を総理大臣にすることですかね」
平然とした声音で、宣戦布告をしてのけたことにだ。
「はっきり言ってあげよう。それは夢じゃない。ただの妄想だ」
「そうですかね?」
「そうだとも。そんなことは不可能だからね」
それだけ言うと南場は杖を片手にブルーシートから立ち上がった。
「ではね。御柱君。話せて楽しかったよ……今度は国会で会おう」
「会うのは先生ですけどね」
「君も付き添いで来るだろう?」
「いえ、今はまだそれは先輩の仕事なんで」
「ははははははは!」
割と笑える冗談を聞いたと言いたげに爆笑をし、踵を返す南場。
黎明はその背中に、一つだけ問いをぶつけた。
「南場先生」
「なんだい?」
「先ほど答えられなかった癖に恐縮なんですが……先生は一体どんな野望を抱いておられるので?」
「ん……」
その問いに対する答えは、一瞬流れた沈黙が雄弁に語ってくれた気がした。
だが、南場の口から出てきたのは当り障りのない答えだ。
「平和で安全。退屈で普遍。誰一人として不幸に見舞われない――そんな国家運営だよ」
その言葉を残し場を後にした南場に対し、黎明は小さくつぶやいた。
「嘘つけバケモンが……」
自分に比肩しうる……。あるいはそれ以上の野望を心に宿した、自分の先達の言葉に敬意を表した言葉だった。
■ ■ ■
しばらくしてやってきた東條達。
花見は大いに盛り上がり、やっぱり残った大量のから揚げは黎明たちが必死こいて処理することとなる。
だがそんなにぎやかな花見の席にて唯一……黎明だけが笑顔を浮かべずに、何かを深く考え込んでいたという。
それが、後の歴史家が語る『御柱黎明の第二のつまづき』――南場総一郎との邂逅の全容であった。




