2-2:苦難の選挙 天津木 平治の更迭
『結論から言いましょう。御柱黎明のたくらみは結局失敗に終わりました』
『内外各所から吹き上がった、民生改革党に対するバッシングは民生改革党の『内部干渉である』という至極まっとうな指摘と、民生改革党本党から依頼された東條保文による「理不尽な指示があったなどは事実無根」という発表によって封殺される形となりました』
『無論多くの人々はそのような言葉は信じませんでした。きっと権力を背景に無理やり言わせているのだろうとさえささやかれていました』
『ですが公式発表がそうである以上、世間はその言葉を受け入れるほかなかった』
『こうして【御柱黎明の第一のつまづき】とうたわれた事件は幕を閉じたのです』
『選挙の結果ですか?』
『このチャンネルを見ている懸命な視聴者の方なら、そんなものは聞かずともわかっているのではないでしょうか?』
シリーズ動画アーカイブ「激動近代史 ──近代偉人伝──」より
■ ■ ■
誰もがかたずをのんでいた。
眼前のテレビでは、衆議院議員選挙の開票結果が発表されている。
唯一落ち着いているのは、選挙には成れている東條保文と、
「どうぞ先生。お茶です」
「ありがとう黎明君。君は見なくていいのかな?」
目論見が外れたにもかかわらず、特に動揺した様子を見せていない御柱黎明のみであった。
「君は見なくてもいいのかな?」
「えぇ、事ここまで来たらジタバタしてもしゃーないですから」
「まぁそれはそうなんだけどね」
――君は本当に年齢と態度がそぐわない男だね?
と達観しすぎた黎明の発言に東條が苦笑いを浮かべる中、次々と当確が決まった議員たちへのインタビュー映像が流れる。
さすがは政治家を志すものといったところか、喜びの声を上げはしていても、態度自体は冷静で次の国会で行う政策の宣伝などを行っていた。
中には東條よりも年若い議員もおり、これからの日本政治を担っていくために、どのようなことができるか考えたいと溌剌と発言していた。
「……私もなりたかったな」
「はい?」
思わずこぼれ出てしまったその言葉。
失言というにふさわしいその言葉に、黎明が反応する。
「……すまない。聞かなかったことにしてくれ」
「まぁ、それは別にいいんっすけど……なんかなりたいものでもあったんですか先生?」
「国会議員というやつだよ。政治家にとってあれは一種の夢だ」
「はぁ……」
なんとも気のない黎明の言葉に、東條はわずかに苦笑を浮かべた。
――これはもう、彼も私を見限ったかな。
そんな自嘲のセリフを内心で告げつつ、
「さて、黎明君。準備をしてくれ」
「インタビューのですね。ばっちりできてますよ先生。もうすでに何人か記者も来ていますし、ローカル局のカメラも入ってます」
「ありがとう。君にも随分世話になった」
「いえ、むしろ先生には俺の方こそ世話になってばっかりで……」
「次はもっと有能な先生のところに君を紹介するよ」
「はい?」
彼の野望のためにせめて力になってあげないとなと考え、黎明の再就職先の斡旋を考えた瞬間だった。
「あの、先生? ひょっとしてもう負けたと思っているんですか?」
「? なに?」
「先生。そりゃ今の先生の影響力ってやつをなめすぎですよ」
黎明がそう言った瞬間、滋賀選挙区の情報が開示された。
『当選
小選挙区
西住重彦
比例代表区
秋島 S リチャード
西住 重彦(小選挙区)
……
……
……
……
東條 保文』
瞬間、割れるような歓声が部屋を揺るがした。
男泣きをしながら、リチャードを抱きしめ泡を吹かせる西住を筆頭に、滋賀選挙区の民生改革党議員たちが涙を流しながら、互いの背中をたたき合い――最後には唖然として固まる東條の元へやってきた。
「おめでとうございます先生!」
「もうだめかと……思ってましたぁ」
「先生がやってきたことは無駄じゃなかったんですね」
「うおぉおおおおおお! ぜ、ぜんぜい……おめでどうございまず!」
「あ、ありがとう。みんな」
まだ状況が呑み込めていないのか、目を白黒させる東條に声がかかる。
「では先生どうぞ」
「――!」
「記者の方たちがお待ちです」
声の主は、確保していた記者会見会場への扉を開く御柱黎明だ。
「君は――」
「はい?」
「……いや、いい」
まるですべてを知っていたといわんばかりの黎明の態度に、東條は一瞬何かを言いかけ――やめる。
その満面の笑みが、嘘偽りなく自分を祝福していることは事実だったのだから。
「これから忙しくなりますね先生」
「そうだね。ひとまずは国会開催期間中の宿の手配からだ」
「遅刻居眠りは厳禁ですからね。まぁ平然とやらかす議員が大半ですが」
「そうだね。東京は勝手がわからないから、国会議事堂に近いところがいいとは思うんだけど」
「議員用の寮とかなかったでしたっけ?」
「維持費の無駄だってことで数年前に売却されたはずだよ。一応議員は格安で泊まれるようにはなっているらしいが」
「あらら」
だから東條保文は、この得体のしれない青年と共に国会議員の道を歩むことを決意する。
この男はきっと……悪い男ではないのだから。
■ ■ ■
この年の衆議院議員選挙において、一つの奇跡が起こった。
当選絶望とみられていた老人議員――東條保文が、比例代表区選挙において当選。
日本政治史上異例ともいえる得票率を確保し、民生改革党は国会内においてその発言力を大幅に強めた。
比例代表選挙における民生改革党得票率――実に95.7%。
史上類を見ない圧倒的支持率を胸に、滋賀の改革を行った彼らは、日本の改革を行うため、首都東京へと旅立った。
■ ■ ■
謀日――東京都千代田区――民生改革党本部。
「申し訳ございません」
『何を謝っているのですかな? 天津木先生』
民生改革党党首 天津木 平治は電話越しにある人物へと謝罪していた。
「こ、このような事態はワタクシたちも想定外でして……まさか東條保文が当選することになるとは」
『あぁ、いいんですよ天津木先生。あなたが我々に謝る必要はない』
「そ、それは……」
『なぜって我々は無関係な党なのですから。内部干渉などできようはずもない』
「――っ」
明確に告げられる自分とは無関係であるというセリフ。
トカゲのしっぽきりとしか思えない現状で放たれたそれに、天津木の額から冷や汗が流れ落ちる。
「な、なにとぞ! なにとぞもう一度チャンスを」
『天津木先生。ここからは私の独り言ですが……』
そして最後通牒を声は告げた。
『地方のポッと出の議員一人の勢いを殺せない程度のあなたに、チャンスをつかみとれるとは思えませんね』
「な、なにを……お待ちください。私はずっと、この国のために」
『では先生、ご多幸とご健勝をお祈りしていますよ』
その言葉を最後に通信は切れ――
天津木の執務室の扉が勢いよく開かれる。
「天津木先生」
先頭に立つのは、背後に自身の味方となった若手議員や、ばつが悪そうな顔をしたベテラン議員を引き連れた東條保文だった。
「……今回の選挙に関して、貴方には伺いたいことがいくつかある」
「……東條、保文ぃッ!」
「ご同行を願いましょうか」
その言葉と同時に、若手議員が天津木の脇を固め立つように促す。
その光景を苦々しく見つめながら、天津木は東條に向かってこう吐き捨てた。
「地方のぽっと出風情が……思い知ることになるぞ」
「?」
「国政は……お前が思っているほど簡単ではないとな」
その言葉を最後に、天津木は二度とこの執務室に帰ってくることはなかった。
後に「天津木事変」と揶揄される一連の党首交代劇は、5年もの間ひそやかに語り草とされ、新たな民生改革党党首――東條保文の活躍を彩る、伝説の一つとして数えられることとなる。
■ ■ ■
「わかってないのはあんたの方だろう、天津木党首」
そんな光景をはたから見ていた御柱黎明は、不敵な笑みを浮かべて呟く。
「時代のうねりはもうここまで来ているんだよ。俺がやった悪あがきに似たなにかはすべて、それを証明するためのものにすぎん」
――これからの日本は東條先生を中心に回る。
絵空事にしか聞こえない、その呟きは今回の一連の騒動によって力を帯びる。
「さてと、時代の防人たち。ついてこれるかな? お前たちが作り上げた世界が、崩壊し再構築されていくその速度に!」
「何をしている黎明! 先生の仕事場を整えなければならんのだ! ひとりさぼっているんじゃない!」
「あ~~~~~!」
そんな風に一人ほくそ笑んでいると、西住に見つかり襟首をつかまれ引きずられる羽目になった黎明。
だが、彼の呟きは正鵠を射ることとなる。
ここから日本は、新たな時代に向かって舟をこぎだすことになったのだから。
それもただ流されるだけの小舟ではない。
張り巡らされた氷を粉砕し、新時代の道を切り開く巨大な砕氷船として。