幸せメーターと事勿れ主義者【3】
ユーグが大活躍した数日後、彼は筋肉痛に犯されていました。使わなかった筋肉をフルに使った所為で、立ち上がることすらままならない状態にありました。
(痛ってぇ…でも後『97』!)
『97』という数字をバネに彼は、人助けをしようと奮起しました。
「ユーグ!何処だ!」と聞き覚えのある叫び声が街中に響いておりました。
バンカでした。するとユーグは、あることを思い出しました。それは、借金を返済することでした。数日間、人助けに夢中になりすぎて『職に就く』という目標を見失っておりました。
(ど…どうしよう!金があったとしてもこんなはした金じゃあなぁ…)
ズボンのポケットから、少々の硬貨を取りだし肩を落としました。人を助けたことによって貰ったお金は、ユーグの借金を返すには雀の涙程でした。彼は、ヤツから逃げようとしましたがーー
「おい、そこのお前!」と知らない顔の憲兵二人組が、ユーグにそう叫びました。
多分彼等は、路地裏に許可無く住み着く浮浪者を取り締まる憲兵隊だと、ユーグは勘づきました。そんな彼は、逃げました、自分の平和の為に。勿論のこと、憲兵達は追いかけます。面倒臭い出来事に巻き込まれたくないという思いに対抗するように、忘れていた筋肉痛が全身に負担をかけます。
(俺は…平穏に生きたいだけなのに!)
彼等に身柄を拘束されたユーグは、歯を食いしばりながら憲兵庁に連行されました。皮肉にもメーターは、『99』と表示されていました。
憲兵庁内にて、ユーグは日本で言うところの取調室みたいな所に居ました。壁と床は、乱雑に石が組み込まれていて、鉄の扉の横には憲兵が一人ユーグを見張っていました。そんな彼が言うには、憲兵隊長が此処に来るから大人しくしていろ…どのことでした。憲兵で一番位の高い憲兵隊長が動くということは、何かやらかしてしまったのではと、彼は頭を抱えて怯えました。それを増長させるように、ガチャンガチャンと鉄甲冑の揺れる音が響いてきました。それが聞こえた憲兵は、扉を軽々と開けて、敬礼したまま定位置に戻りました。
「もう直っていいぞ」と何故だか見覚えのある鉄甲冑がユーグの正面に座りました。
それと同時に、憲兵がその場を去りました。
「久しぶりだな。私のこと、覚えているか?」
「…あぁ、物取り事件の時の!」と顎を抓っていたユーグは、思い出して椅子から飛び上がりました。
「まぁ、そうだ。そして、座ってくれ。貴様に助けられたのは、これで二回目なんだ。本当に、感謝してもしきれない」
鉄甲冑の憲兵は、立ち上がってヘルメットを外し、深紅の頭頂部を見せていました。数秒間続き、漸く顔を上げました。それを見た時彼は、思わず見とれてしまいました。綺麗な顔立ちをした褐色肌の女性が現れたのですから、無理もありません。
「どうした、私の顔に何か付いているか?」と、キョトン顔でユーグのことを真っ直ぐに見ました。
「いやいや、何も付いてないっす!…ていうか、二回目ってどういう意味っすか?」
「あぁ、娘がお世話になったな」
「えーっと、もしかして…おままごとやろうって言ってきた、派手な着物の女の子っすか?」
「すまん、言葉足らずだったな。その娘ではなくて、迷子になっていた娘だ」
「あぁ!マグイちゃんですね」
「そうだ。…そう言えば、自己紹介が遅れたな。私の名前は、グルエラ・チャコマビッチだ」
「ユーグ・ポトシーっす」と顔を赤らめました。
「単刀直入に申し上げるが、貴様、憲兵に興味は無いか?」
「えっ…」
グルエラから、いきなりそんなことを言われたのでユーグは言葉を失いました。
「まぁ、なんだ…人手不足というのもあるんだが。貴様の評判は聞いている。素晴らしい好青年がいる、とね」
肘をついた手に顎を乗せて、片目を瞑りました。
「だから、貴様みたいな若さと優しさ溢れる者に是非ともと思って、この話を持ってきたんだが如何かな?」
(優しさ…か)
ユーグは、俯きました。すると、意図せずにメーターが見えました。
『100』
どうやら彼は、目標の数字まで稼ぐことが出来たのです。ユーグへ降りかかる幸運と言うのは、手に職をつけることだったのです。
「あの…嬉しいお誘いなんっすけど、やめときます」
「成程。断るのは自由だが、貴様、行くあてが無いんだろ?」と心配そうに彼の顔を覗き込みました。
「でも俺、事勿れ主義なんすよ。」
「そんなの、私が叩き潰してやる。と言うか、貴様は人助けのできる男になっているじゃないか。私の目は、絶対だ」
「そうっすけど、グルエラさん。気付いてるっすよね?ポトシーって名前を聞いて、驚いたっすよね」
案の定グルエラは、動揺していました。
「…流石にバレていたか。そうだな、まさか此処でポトシーの名前を聞くことになるとは、思いもしなかったな」
ユーグは、顔をしかめました。続いて溜め息を漏らしました。
「本当に俺の家族って、どうしようも無いヤツらっすよね」と自分自身を嘲笑しました。