幸せメーターと事勿れ主義者【2】
「実は…バンカっていう男にボコられたっす。いや!俺の方が悪いんすよ」
「どういうことですか?」
「その…バンカに金借りてるんっすよね。勿論、払わない俺も俺っすけど。こんなボロボロの男、雇うどころか助けてもくれないっすよね」と皮肉に笑い、続けました。
「見ての通り、ろくでなしっすよ。同情なんてしなくていいっす。平穏に生きていきたい、俺が切に願う願望なんっすけど、ざまあねぇっすよ」
「それを、他の人に振り撒いてもいいんじゃないですかね」
ユーグは、一瞬固まりました。
「ですから、平穏に生きていきたいということを他人にもたらす、つまり人助けをすることで自分自身も他の人も幸せになれるんですよね。だから貴方様にその…あれ?メーターは何処に」
「あぁ、此処にあります」とズボンに手を突っ込んでメーターを取り出しました。
ユーグがそれを起動すると、いつの間にか『4』と表示されているではありませんか。ただ彼は、多分、バンカと取り巻き達だろうと思いました。そして、思わず腹を抱えて笑い出しました。
「…ってあれ?痛くない!」
ポーションが効いてきたのでしょう、ジンジンと蝕んでいた痛みが微塵も感じませんでした。それに感動した彼は、ミファエルの手を取り「ありがとうございます!」と頭を深々と下げていました。
「それじゃあ、頑張ってくださいね。ユーグさん」
そういった後、荷台を押して闇夜に消えていきました。
翌朝、ユーグは身の回りを警戒するように、物陰に隠れながら街を歩いていました。すると、少女の泣き声が響いてきました。
「ど…どうしたのかな?」と彼は慌てて訊ねました。
「まいごなの…」
絞り出すように一言だけ口に出した後、もう一度泣き喚きました。ユーグは、何とか少女を落ち着かせようと、いないいないばあやら変顔やらと子供じみた様子を見せました。それが可笑しく思ったのか、少女の顔は綻びました。
「…取り敢えず、憲兵庁に行こうか」
彼は、恥じらいながら微笑みました。それに呼応するように、少女は満開の笑顔を咲かせました。因みに憲兵庁というのは、日本で言う交番みたいな所です。
憲兵庁に向かう途中、ユーグは少女に色々訊ねておりました。
「お名前は?」
「マグイ」
「お父さんかお母さんと、はぐれたのかな?」
「ううん、一人でおかいもの」
「一人で!?それは、家族に頼まれて?」
「あたしのはんだんで」
「へぇ〜…」
そうこうしているうちに、目的地に到着しました。それと同時にユーグは、物陰に隠れてしまいました。
「あれ、おじさん?」
その後彼は、好調に人助けに邁進していました。お年寄りの重たい荷物を代わりに持ったり、子供達のままごとに付き合ったり、土木作業を手伝ったりと一日だけで尋常じゃない程動いておりました。
「ひー、疲れた~」
ユーグは、家と家の間の路地に座り込んでいました。そして、メーターを確認すれば『30』とまあまあの数が示されていました。汗を流しながらも彼は、嬉しそうに床に寝っ転がろうとしたその時。
「キャー!」という女性の悲鳴やら、それに群がる民衆の戸惑う声が彼の耳に入ってきました。
「物取りだー!」
誰かの叫んだ声の元まで、ユーグは人混みを掻き分けていきました。それを抜けた後、その場で泣き崩れる女性やら憲兵を呼びに行こうとしている男性、その場からカバンを持って逃げるーー。
(アイツじゃねぇかよ!)
彼は、無我夢中に追いかけました。体力には自信のあるユーグは、逃げるヤツの腰辺りにタックルを決めました。
「離せ…離せよ!」と全身を使って抗っています。
「嫌だ!」
そう叫ぶと同時に、拘束する腕の力を強めました。すると数分後、軍靴の鳴る音が段々と近付いて来ました。
「よし、そこまでだ!君、もう大丈夫だよ」
低い声がよく響く鉄甲冑を身に纏った隊長みたいな人が、ユーグの肩をガチャガチャと叩きました。
「ユーグ…絶対許さねぇからな!」
連行されていく逃げていた物取り男が、自分の名前を叫んだので彼は驚きました。しかし顔をよく見れば、バンカの取り巻きの一人であることに気が付きました。
「助かりました。ご協力感謝致します」と、次に甲冑の憲兵がお礼を述べていました。
「いや、これくらい大した事ないっす!それじゃ、俺はこの辺で…」
ユーグは、謙遜した後直ぐに、逃げるように家の路地裏に消えていきました。甲冑の憲兵は、彼を止めようと手を前に出しておりましたが、何も言えずに固まってしまいました。
「…慣れない事したなぁ」と汚い服に汗を吸わせまいと、上半身裸になって冷たいレンガの床に寝っ転がりました。
そして、習慣になってきたメーター確認を行うと、表示された数字に驚愕しました。
「『97』!もうそんなにいったのか…」
目標まであともうちょっとという喜びと共に、一抹の不安が彼の頭を過りました。
(でも、幸せになれるかどうかは、分からないんだよな…)
彼は、膝を抱えてそこに顔を埋めました。
『どうやら、お困りのようですね』と聞き覚えのある声が頭に響いてきました。