お姫様と旅商人
「失礼します。ミファエル様をお呼びしました」
「ご苦労様。もう下がっていいですわよ」
一礼したグヒドと入れ替わるように、ミファエルがアリネの前に姿を現しました。
「久方ぶりです、アリネさん」
「こちらこそ。それはさておいて、あのネックレス本当に良かったですの」
「それはそれは、気に入っていただけて光栄です」
「そこで貴方に、いいお話がありますの」と自信たっぷりに胸を張って言いました。
「ミファエル・クィンリッヒに『大商人』の称号を与えますわ!」
その言葉に彼は、多少なりとも驚きました。それもその筈、『大商人』と言えば、全国各地の商人が喉から手が出る程欲しがっている称号なのです。それを手に入れるには、王様の許可が必要なのです。
「それは…本当ですか?」
「嘘を吐いているように見えますの?」
「いえ、そんなことは…ただ、信じられなくて」
ミファエルは、喜びで綻んだ口元を手で隠していました。そんな彼を見てアリネは、どこか誇らしげに笑っておりました。
王様の部屋の外でノック音が聞こえた父親は、誰だと威厳ある感じに訊ねると
「私です。アリネですわ」と可愛い愛娘の声が聞こえました。
案の定父親は、朗らかに目を細めて
「入って良いぞ~」と、猫なで声を発していました。
「…失礼しますわ。お父様に用がありますの」
「そうかそうか、アリネの喜ぶことなら、何だってしてやるぞ」
「そうですの。それなら、このお方を『大商人』にしてくださいまし?」
そう言って、後ろに居たミファエルを紹介しました。彼は、緊張しながらひょこっと顔を出し
「お初にお目にかかります、国王陛下。旅商人をやっているミファエル・クィンリッヒと申します。」と片膝をついて自己紹介をしました。
父親は、もう一回威厳のある顔つきになり、ミファエルを睨みつけました。
「何故、彼を『大商人』にしようと?見た所、商人っぽさわ感じられんのだが」
「このお方は、本当に立派な商人だと思いますわ。私が保証します。この…ミファエルさんは、盗賊に襲われていた私達を助けてくれましたし、瀕死状態のグヒドを救ってくれました。」
「ほぅ…」
父親が腕を組んで、お姫様の話を聴いておりました。
「ミファエルさん、こう見えてもネクロマンサーですのよ?そんな彼に魅了されて、恩返しのつもりで私は彼の売っている商品が欲しいと思いましたの。それで、買ったネックレスのお陰で、私は変わりました。」
「なるほどな。それで…ミファエルと言ったか?」
「はい」
「お前は、何人くらいと商売の話をしてきたんだ?」
「アリネさん…だけです」
「じゃあ無理だな、儂の娘だけでは『大商人』の称号は与えられんな」
現実はそう甘くないとミファエルは痛感しました。アリネは、肩を落として彼の事を気にかけました。
「すみません。力になれなくて」
「いいえ、十分力になりましたよアリネさん。それで、何人くらいで『大商人』を貰えるのですか?」
「そうだな…。ざっと50人くらいじゃないか」
「分かりました。それでは、失礼しました」
ミファエルの背中には、哀愁が漂っていました。
城に停めておいた荷台を引こうとしたその時
「待ってくださいまし!」
お姫様がミファエルを呼び止めました。そして、彼の元に近付きました。
「ミファエルさんのことを応援していますから…」
アリネは、モジモジした様子でそう言いました。彼は、何も言わずに微笑んで、その場を後にした。
城の門が大きい音を立てて閉じた時、ミファエルは胸を張って商品を売りに行くのでした。後ろの荷台は、レンガの凸凹によってガタガタと振動を繰り返す。建ち並ぶ家々が、妙に恐怖感を煽っているように、彼はそう感じていました。此処の住人の邪魔にならないように、荷台を道の脇に停め、手を叩こうとした瞬間でした。
「あんた、ミファエルさん?」
「はい、そうですが」
「!それなら、何か売ってくれよ。何でも買うからよ」
男がそう言ったら、歩いていた人々はミファエルを囲みました。案の定、彼は戸惑っておりました。
「これは…どういうことですか?」
「あんた、あれだろ?アリネ様を虜にしたって言うあの商人さんだろ」
聞こえはあまり良くないなとミファエルは思いましたが、そんなことは気にせず営業スマイルをつくり、商売の話を進めるのでありました。
とある小話
ミファ「そういえば、グヒドさんのお名前を聞いていませんでしたね」
グヒ「何故、グヒドが名字だと思うのですか?」
ミファ「まぁ、名前だけを名乗る人ってあまり居ませんから、そうなのかなって口にしただけです」
グヒ「…笑わないでくださいね。マヤって言います、マヤ・グヒド」
ミファ「何故笑う必要があるのですか?」
グヒ「それは…女の子っぽいと馬鹿にされたことがあるので、名前は言いたくなかったのです」
ミファ「そうですかそうですか。でも、自分の名前は誇りに思った方が良いですよ。親御さんが、一生懸命に考えたものですからね。」
マヤ「分かりました。名前に恥をかかず、精進していきます。」
ミファエルは、微笑んだ。