キューピットアローと転生者【2】
ハンターギルド…と言ってもこの世界が平和になった今では、勇者達の溜まり場となっています。魔族達が転生者の手によって弱体化し、ノーブクライワン国の東に位置する森しかない街『マモンの森』でのんびりと暮らしているので、討伐依頼などの仕事はほぼ皆無です。なのでそこで働いている人は居らず、仕事の無い勇者達は、困り果てたかのようなもしくは友達と会うような感じの溜まり場として使っておりました。
そんな所にヴァイルは入っていきました。活気を失くしたギルドは、辺りは薄暗く、妙に広い空間には埃が舞っておりました。すると、何者かがギルドの中に入ってきました。
「ヴァイル?」
そう声をかけたのは、狐の耳に長く黄色い髪、メガネをかけた獣人の女性でした。
「おう!待ってたぞ、ゼスカ」
彼は、笑顔で手を振った後、『清掃魔法』というものを使ってギルド内を一瞬にして綺麗にしてしまいました。それプラス、簡易的な照明を取り出して窓口の机に置きました。
「もう何年もパーティーとして一緒に居るけど、やっぱりヴァイルって凄いわね」と感嘆に似た呆れの溜め息を漏らしました。
彼のパーティーは五人組で、くどいようですが彼以外は全員女性です。
「そうかな?別に、普通だと思うけど」
「何回も言うけど、私から見たら異常なのよ」
ゼスカは、彼を睨んで頬を膨らませました。それを見た彼は、微笑み…と言うよりかは何かを企んだような笑顔をチラつかせていました。
「それで…約束通り一人、だよな?」と後ろを確認する素振りを見せました。
「ま、まぁそうだけど」
モジモジと腰をくねらせ頬を赤らめた彼女。きっと告白されるのではという考えが、身体に表れているようでした。
「目、瞑ってて」と彼女の耳元に囁きました。
その声色は、嫌に艶めかしく快くゼスカの耳を貫きました。
彼女が目を瞑っている間、ヴァイルは例の弓矢を取り出し、構えました。そして、彼女の胸に目掛けて矢を放ったところ、一滴の血も流さず見事に突き刺さりました。すると次の瞬間、ゼスカは膝から崩れ落ちて苦しそうに胸を抑えております。その様子に彼は、心配して彼女に近付きました。
「だ…大丈夫か?」
俯く彼女の顔を覗き込もうとした次の瞬間、いきなり肩を掴まれて、吐息が触れ合う程に顔が接近しておりました。
「はぁ…はぁ、ヴァイルぅ。」と猫なで声を上げました。
その目つきはとろんとしており、彼のことしか見えていないという状態でした。そんな彼女の状態を見て彼は、心配することを辞めてニヤけておりました。
それからの彼の悪行は、止まることを知りませんでした。他のパーティーメンバーにも矢を打ち込んでいますし、彼が可愛いと思った女の子達にも自分を魅力的に見せておりました。案の定、ヴァイルは悦に入っていました。まるで、自分自身が世界の中心に居るかのような、そんな鼻高々と言わんばかりの感じで大通りを凱旋していました。それは、世界を平和にしたあの時と同じように…
ヴァイル・イーシャの前世は社畜でありました。自分に嫌気がさしており、生きる希望も見失っていました。そんな彼の死因は至ってシンプル、自殺です。それで彼が死んだ後、気が付けば何も無い空間に居ました。そして何処からともなく神々しいオーラを放った女性、名をヒェロイムと言い、第二の人生を貴方の思い通りにさせましょうと彼の耳元に囁きました。彼は、一度顔を赤らめ頷きました。
「貴方が生きていきたいと思う世界はありますか?」
ヒェロイムは、彼の反応を面白がった後、そんなことを言いました。彼は逡巡する間も無く、日本以外の異世界に転生したいと声高に吐き出しました。それもそうでしょう、今の彼は死んだ身とは言え、心はズタボロな状態にありました。
「そんな貴方に、その世界で快適に過ごせるように、私からある能力を授けましょう」
「それはもしや、チート能力ってやつですか?」
「まぁ、そんな所ですかね」
彼女がウィンクした後、右手人差し指から光の玉を出し、彼にぶつけました。案の定、彼は目を瞑りました。
「何をしたんですか?」
「貴方に『バグ能力』を授けました」
怯える彼を安心させるように、優しい声でそう言いました。
「『バグ能力』は、具体的に『増殖バグ』、『身体強化バグ』などなど、貴方を有利にしてくれる能力です」
「…と、転生する世界について説明を行いますね。貴方が転生する世界は、ファンタジーです。魔法も使えますし、不思議なことも沢山あります。そんな世界で貴方は、『バグ能力』を駆使して魔物を薙ぎ倒し、平和にするという義務があります」
「つまりオレは、転生先の『主人公』ってことになるんですか?」
「はい。…それと貴方だけじゃ心許ないでしょうし、私がサポートを行います」
「分かりました」
「それでは、強くてニューゲーム人生スタートです!」
そして彼は、ヴァイル・イーシャとしてミファエル達の住む世界へと転生しました。