キューピットアローと転生者【1】
「はえ〜、あんた。商人なんだ」と腕を組んで目を大きく見開いておりました。
「意外、とよく言われますね。いやでも、ヴァイルさんも凄いじゃないですか。この世界を平和にしたと言われている英雄だなんて、驚きましたよ」
ヴァイルは、満更でも無い様子でした。そんな彼の容姿は、よく言えば普通、悪く言えば在り来りな感じで英雄と呼ばれるには程遠い外見でした。腰に引っ提げた剣も、神々しさの欠片も無い、憲兵やら帝国軍人などが使っている物と大差ありませんでした。
「何か、良い物無い?例えば、女の子を一瞬にして惚れさせる薬とか…」
「ありますよ」
「えぇ!あるの!?」
冗談で言ったつもりなのでしょう、彼は口をあんぐりと開けて驚いておりました。
「といっても、薬ではないんですけどね」
そう言ってミファエルは、荷台からガサゴソと何かを探っておりました。
「おぉ〜、あんた。ネクロマンサーでもあるんだな」とヴァイルは、いきなりそんなことを言い出しました。
「何故、分かったのですか?」
「そういえば『オオヒノ国』のネクロマンサーが袈裟を着ていたなーって思い出してさ。それで『鑑定』を使ったら、ビンゴだったってワケ」
彼の口から出た『オオヒノ国』というのは、ノーブクライワン国の南に位置する国です。まぁ、ぶっちゃけ日本の都会に似ている感じです。
「『鑑定』って何ですか?」
「ん〜。まぁ、相手の能力を見破れる的なヤツだよ」
「奇遇ですね。ボクもヴァイルさんに似た死霊術を持っているんですよね」含み笑いをして続けます。
「『虫の知らせ』という…まぁ、人の目には見えない者から情報を聞き出す、簡易的な死霊術ですよ」
一瞬、ヴァイルは震えましたが、いつもの調子を取り戻し自分を保ちました。そんな中ミファエルは、彼の後ろを見てふんふんと頷いておりました。
「…成程。貴方様は、テンセイシャなるものなんですね」
「確かに、そうだ。…でも誰から聞いたんだ、そんな情報」
「ヴァイルさんの後ろについていらっしゃる…神々しいオーラを放った女性の方に訊きました」
「えぇ!女神、まだ居んの!?」
「『失礼な!貴方のサポート、オマケにチート?能力を授けてやったのは誰のお陰かな』とその女神様が仰っています」
「…と、話は変わりますけど、ありました。」
ミファエルが手に持っていたのは、小さい弓矢でありました。弓は綺麗なアーチを描いているものの、矢の先端は赤いハートの形をしています。
「先程、ヴァイルさんが仰った『誰でも惚れさせることが出来る』弓矢。通称、キューピットアローです」
「はえ〜、安直な名前だけど…何か良さそうだな!それで、いくらくらいなんだ?」
「とその前に、一つだけ。矢の本数は一本だけとさせていただきます」
「えー、なんでだよ?」
「今から話しますから…」と営業スマイルから困りの表情が入り交じりました。
咳払いをして
「…矢を一本だけにした理由は、不倫などの不貞行為を避けるためです。」
「それは、分かるよ。でも、もし仮に全然好きじゃない子に当たった場合、予備とか…対処法とか無いの?」
「対処法は至ってシンプルです。そのまま抜いてください。それで、予備の心配もいりません」
「そうか…」と何やら残念そうに肩を落としていました。
「もし矢が増えた場合、そんなことは起らない筈なんですけど、どうなっても知りませんからね」
そう彼は、転生者に念を押しました。
その後、ミファエルが値段を提示してヴァイルがそれを支払い、彼の手元に弓矢が渡されました。商人の元から遠ざかったヴァイルは、行きつけの酒場に立ち寄りました。小規模ではあるものの雰囲気は明るく、まだお昼頃だというのに、客の数は多く呑気に酒を浴びております。そんなヴァイルは、いつものカウンターに腰をかけ、少量の酒を注文しました。
(あの商人は…居ないよな?)とキョロキョロと辺りを見回し、例の矢をズボンのポケットから取り出しました。
「増殖バグ」
小声で呟いた瞬間、矢の本数が一から十本程に増えたではありませんか。それを見て彼は、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべました。
(ふふふ…あの商人、オレのチート能力には微塵も興味を示さなかったなぁ。力や金なんて腐るほどあるからなー、後は酒池肉林のハーレムを作るだけ…ふふ、楽しみだなぁ)
注文した琥珀色の酒を一気に飲み干し、些か形容するにははしたない妄想に耽っておりました。
そんな彼を慕う者は、厄介なことに数多くいるもので、その大半は女性なのです。それと、平和を手に入れた時のメンバーも全員女性です。強い者はモテると聞きますが、これ程までにその通りに行く者はまぁ無いでしょう。確かに、ヴァイルに交換を持ち寄り添う者は居ますが、本命とまでは行かないそうです。なので彼は、誰でも惚れさせることが出来る矢を増やした。ただ、それだけの話なのである。




