月の砂とお姫様【1】
とある国のとある田舎道で、田園や青空をバックに一人の男が鼻歌を吹かし歩いている。彼…ミファエル・クィンリッヒは、有象無象やら実用的な物を荷台に乗せて、歩く先にある王都に向かっている道中であります。彼は、旅商人であります。全国各地を歩き回る商売人。
するとミファエルは、煌びやかなドレスを身にまとった女性が、二人の盗賊と対峙している場面に出会してしまいました。彼は、争い事は嫌いでした。ですが、女性の隣に倒れている人は護衛でしょうか、血を流していて身を起こそうともしません。おそらく、死んでいるのでしょう。そんな死体を女性は、身を挺して守っているではありませんか。
「もし、そこの盗賊様方?」
ミファエルは、考え無しに声をかけます。同時に振り向いた盗賊達は、彼の姿を見た途端、口から唾を吹き出し涙を浮かべ大笑いしているではありませんか。なぜなら彼の格好は、お世辞にも綺麗と言えるものではなく、ボロボロの着物と焼け焦げた跡のある袈裟を身に着けておりました。ただでさえみすぼらしい盗賊でも、捧腹絶倒するくらいですから余程のものだったのでしょう。
「…まぁ、見られてしまっては、生かしてはおけねぇな?浮浪者のてめぇから劉してやるぜ!」
笑い終わった盗賊達は、ミファエルに同時に襲いかかりました。彼は怒りに近いような吐息を漏らし、荷台に積んであった先っぽの丸い杖を取り出し、彼らの攻撃をいとも簡単に防ぎました。当然の事ながら、彼らは大きい剣を天に掲げよろめきました。その隙を逃さなかったミファエルは、杖を思いっきし盗賊達の腹に押しつけました。案の定彼らは、汚い唾を吐き散らし、ド派手に倒れました。
「助けて頂き、感謝致しますわ」
ドレスの汚れが余程気になっていたのか、彼女は掌から音が鳴るほどそれを払って、お礼を言いました。
「いえいえ、大したことではありません。困っている人が居るのなら助けるのが、商人の在り方というものです」
そんなミファエルの喋り口調がゆっくりな所為か、彼女は爪を眺めて退屈そうに聞いていた。
「あのー、そこに倒れていらっしゃるお方は?」
「あぁ、単なる私の護衛兵ですの」
「そうですかそうですか」と頷いた後、彼は死体に杖を翳し呪文のようなものを唱えだしました。
その様子を彼女は、好奇の目で見ていました。するとどうでしょう、護衛兵の身体から血は無くなっていき、徐々に起き上がろうとしているではありませんか。彼女は驚きが隠せなかったのか、口元を手で押さえて目が離せない状態にありました。
「…うっ、あれ?私は死んだはず。一体何故?」と生き返ったことに気付き、少々狼狽えた様子を見せました。
「やっと、お目覚めですの?こんな道のど真ん中に寝っ転がって、護衛が聞いて呆れるわ」
「申し訳ございません、姫様。…と、貴方は一体何者ですか?」
謝った後に剣を抜き、それをミファエルに突きつけ、"お姫様"を庇いました。
「おやめなさい!彼は、命の恩人ですのよ」
「!そうですか…。無礼な態度、お許し下さい」と剣を収めます。
「いえいえ、あっ!そういえば…名前を聞いていませんね」
「そうでしたわね。私は、アリネ・シルフワールと申します。あそこの城の第一王女ですわ」
「そうだったのですね。」
横暴な態度はそういうことだったのですか、なんて口が裂けても言えませんでした。
「そして私は、護衛のグヒドです。助けて頂きありがとうございます」
「どういたしまして。ボクは、ミファエル・クィンリッヒと申します。」
「…クィンリッヒ?まっ、まさかあの"クィンリッヒ"ですか!?」とグヒドは、分かりやすく戦きました。
「あの方をご存知ですの?」
「あ、いえ。昔、親から聞いたお話なのですが…。クィンリッヒと名乗る大賢者様が、ここら一体を統べていたという逸話なんですが」
「そうです。その大賢者は、ボクのお爺ちゃんです」
「じゃ…じゃあ、貴方もだいけん…」
「いやいや、そんな大層な職業じゃありませんよ。ボクは、商業を生業としていますが。副業で、ネクロマンサーなんて言うのもやってます。」
「それのお陰で、私は生き返ったということですか?」
「まぁ、そうですね」とボサボサの頭をポリポリと掻いていました。
「それはそうと、商売の話をしませんか?一応、こちらが本業なんでね」
ミファエルは、後ろの荷台を親指で差してそう言います。
「そうですわね…、何がありますの?」
「貴方様みたいなお美しいお姫様に、ぴったりな商品が御座いますよ」
目を細めて取り出した物は、金色に光り輝くネックレスでした。チェーンの先には、楕円形の球体ガラス、その中にサラサラとした金の砂が入っていました。アリネは、輝く瞳を瞬かせました。
「これ、何が入っていますの?」
「えぇ、これはですね『月の砂』が入っておりまして。良い行いをすれば、更に美しい輝きを放ちますよ」
「これ、買いますわ。いくらですの?」と食い気味にそう言いました。
「いえ、お代は結構ですよ。鈍った身体を動かせましたし…」
「そんなこと言わずに、受け取ってくださいまし!」
彼女はミファエルの手に、少々分厚めのお札をボンと置きました。
「有難うございます。今後ともご贔屓にー」
アリネは、永遠に広がる青い空に、月の砂入りのネックレスを翳していました。彼女は満足そうに、グヒドと一緒に城へ帰って行きました。