第8話『着弾』
長い睨み合いに息を呑んだ。
刹那に対峙していた黒いうにょうにょした何かとおっさんが消えた。
何かがぶつかり合う金属音の様なドンパチが行われたかと思うと、黒いうにょうにょとおっさんが距離を置いて現れる。なにが起こったのか分からないが、なにが起こったのか分からない。
「すごいな。」
「すごいですね。」
俺の独り言にダルクも同調する。おそらく目の前で行われているのが何か分からないのだろう。
「この短時間であの『大陸の王』の猛攻に剣線のみで対応するとは、流石に『魔王』の称号を持つ者は違いますね、バンシィ様。」
「あ……ああ。」
成程、わかってないのは俺だけか。
戦いが動いた。黒いうにょうにょが形を変え、おっさんと瓜二つの姿に変化し突撃してきた。
「《装填》」
おっさんの言葉と共に展開された紫の魔法陣、なにあれかっけーなおい!俺もやりたい!
「《領域呪縛》。貴様はそこから逃れられぬ。」
黒いうにょうにょを、紫色の魔法陣の中に閉じ込め拘束した。
すげードヤ顔だな。
「《連撃の矢》」
休む間もなく、紫の魔法陣が別で展開されそこから木でできた様な矢が勢い良く連射され黒いうにょうにょを撃ち抜く。文字どうりハチの巣になる程に撃ち込まれたそれは、原形を留め無くなり崩壊する。
でもさ、こういうのって、魔人〇ウとかもそうだけど、切れ端でも再生したりするよね。
そう考えていた矢先に、おっさんの背後に千切れていた黒いうにょうにょの破片が動き出していた。
「おっさん!後ろッ!!」
「ッッ!!」
咄嗟に叫んでいた。
その声に引かれてか、即座に反応したおっさんが十手の様な武器を、異空間から取り出し、黒いうにょうにょの攻撃を受け止める。それを弾き飛ばしたおっさんを見て声をかけた。
「おい!おっさん大丈夫なのか!?」
「大丈夫じゃよバンシィよ、そこで見ておれ。」
ホントに大丈夫かよ。戦いの内容は全くわかんないけど、石とか投げて援護しようか?
「《思考加速》《防壁強化》《防壁反射》《行動加速》《知覚強化》」
おっさんがこれでもかってくらいバフをかけているのが分かった。おっさんがそのバフを言い終わった刹那、おっさんの世界だけが加速したかのように、動いた。
「《ワールド・バーン》!」
「《■■■■■》」
闇と光の球体が互いを打消し爆発する。
衝撃で顔を覆った。
「《魔力解放》」
その声が聞こえ、覆った手を離し、おっさんを見た。
一言で言ってしまえば、ザ・魔族。
禍々しく穿つ耳の上辺りから生え出た漆黒の角。背中からは蝙蝠の翼の様な見た目の、漆黒の翼。
悪魔かな?……いや、魔王か。
見た目の変化だけでなく、おっさんを取り巻く見えない何かが渦巻いているのが感じ取れた。
直感がいう。これはヤバい。身の危険を自覚する。距離を置いた方がいいと。
そう考えた時にはもうすでに遅かった。
「『永久に眠るがよい』」
明らかにヤバそうな呪文を唱えるおっさん。思わずダルクと顔を見合わせた。
おっさんの背面に現れた数十を超える闇を纏った紫の魔法陣がその矛先を黒いうにょうにょに向ける。
「あ、これ俺達もヤバそうだな。」
「ですね。」
人って案外、ダメだなって分かった時、何もしなくなるよね。
「《永久の終わり》!」
発声と共に撃ち出された紫炎を纏った様な破壊の光線。黒い何かは疎か、眼前の風景の全てを音と共に消し飛ばした。風圧で顔が変形しそう。
思い出したかのように、大爆発と爆風が発生し、俺とダルクを襲った。声も上げられない程の爆風、俺とダルクはひっくり返り、生き残っていた木々に背をぶつけ止まる。
砂塵が舞い辺り一帯が見えなくなるほどにその破壊の威力は凄まじい。すごいけどよ……
暫くして砂塵も落ち着き視界が開ける。
満足げに仁王立ちするおっさんの背を見て殺意が湧く。
「___ちと、やりすぎたの。」
「やりすぎなんだよッ!!」
思わず手元にあった小石をぶん投げた。
「いたッ」
後頭部にクリーンヒット。結構いいコントロールしてるね俺。
***
障害物の無い真っ新な大地を歩む。
何もない。木々は無く、見えるのは青空と真っ赤な太陽。
なぜこんなにも何もない道を歩んでいるのか……
「やりすぎなんだよッ!」
「うおっ!ビックリした。……急に大きい声を出すでない。まだ、そんなこと言っておるのか。」
ダルクの背の上で揺られる俺達。おっさんが呆れたようにそういう。
「見ろ!何もないぞ!草木一本生えてねぇ!辺り一帯滅んでるよッ!!」
何もない真っ新な大地を指さし俺はおっさんに言う。
「そりゃ、『破滅魔法』ですし……」
「やかましい!何もないのは味気なさすぎるだろ!?」
「うるさいのぉ……真っ直ぐ行くだけになって楽ちんではないか。」
それは、そうかも。
「いや、だけどよ__」
「バンシィ様。落ち着いてください……もう間もなくつきますよ。」
ダルクに促され視線を変えた。
それは、不自然に切り取られた一枚の山の絵の様に神々しく佇んだ山岳だった。
おっさんに抉り取られたはずの大地が、この山の入口で不自然に止められたような跡があった。
心なしか今まで見てきた木々とは雰囲気が違う。
視線の先には、この山の麓からでも確認できるほどの巨大な大木が聳え立っているのが見える。
これは違う、物理法則を無視したかのようなその巨大な大木は、まさに天を覆い隠すほどに巨大。
そんな大木が、こちらを見ていたような気がした。
「気のせいか?」
「__バンシィ様?」
「__ふむ、バンシィよ、ここからは、先のあの黒い奴以上のものが出てくると思った方が良さそうじゃ。」
おっさんがダルクから飛び降り、剣を抜いた。
俺も便乗してダルクから飛び降り、着地に失敗して手をついた。ちょっと恥ずかしい。
「ッ!__何か来ます!」
ダルクが突然山から距離を置き、警戒する。俺はおっさんの魔法で宙に浮き一緒にダルクの近くに下がった。
ズシンという音と共に現れたのは、ダルクより一つ頭とびぬけたサイズの巨大な黒いゴリラ。
それはこちらを見下ろし、一言呟いた。
「ニンゲン。ソレト、マゾク。カ。」
しゃ、喋ったァァァァッ!!!
片言で喋るゴリラ。俺が内心驚いている中。隣のおっさんが冷静に問いかける。
「いかにも、我々は魔族に、人間じゃが、おぬしは一体何用じゃ?」
「ソウカ。イヤ、コチラガ。キキタイ。コノサキニ、ヨウガ。アルノカ?」
「うむ、この山の頂上にあるあの巨大な大木を伐採しに来たのじゃ。」
「ソウカ。__デハ、ココヲ、トオス。ワケ二ハ、イカン。」
「ほう、門番と云うわけか?」
「シカリ。ソウイウ、ケイヤク。デナ。」
「なる程の、おぬしはそういう口か。ならば、力尽くでおし通る。___バンシィがな。」
「は?」
視線がこちらを向いた。
__え、この流れで、俺?
「バンシィよ、次はおぬしの番じゃよ。」
順番的に。そういうおっさんはあっけらかんとした表情で、俺の後ろに下がった。
ほほう。
目の前の巨大なゴリラを見上げる。
うん。勝てないだろ。これ。
「デハ、ニンゲン。ハジメヨウカ。」
そう言ってすでに拳を振り上げていたゴリラ。
くそう!どうにでもなれ!
「ああ。ばちこい!」
「バンシィ様頑張ってください!」
ダルクの声援が微かに聞こえた瞬間。ゴリラの拳が振るわれた。
半ば反射的に体が動いた。振るわれた大きな拳に向けこちらもめいいっぱいに握りこんだ拳を合わせ殴りこむ。
拳が触れた瞬間、俺の身体が沈み込むほどの衝撃を受けた。立っていた地面が砕ける。
それなのに俺は、痛みや痺れは全くなかった。
不思議な感覚に囚われ、意識が何処かに行きそうだった。
互いの拳が逸れた。
ゴリラの拳が地面を穿つ。前のめりになったその巨体の隙だらけの鳩尾。砕けた不安定な足場を踏み込み、跳躍し膝蹴りを決める。
__確かな手ごたえ。
「グオオオッ!!」
ゴリラの嗚咽を吐き、空中で無防備な俺を空いた手で払い飛ばす。手足で防ぐ体勢をとるが弾き飛ばされ、木に激突する。
有り得ない破壊力。このままただの殴り合いではじり貧だな。
不思議なくらい冷静に戦える自分がいた。ただ、何も戦う手段は浮かばない。
殴り合いでは勝てない。……魔法でイケるか?
イメージだ。今までみたいに、なんとなくで出来るはず。
「いくぞ!」
「コイッ!」
ゴリラが胸を張りそこに謎の光が集まっているのが見える。
俺は右手を握り締め力を溜める。身体に流れる何かが拳に集まっているのを感じた。
踏み出し、ゴリラとの距離を詰める。
ゴリラが胸を突き出し、まるでここに撃ってこいとでも言っているかのように感じた。
望みどおりに___
踏み込んで、振りかぶる。ゴリラの構える胸元は完全に無視し、一番距離の近い、ゴリラの左足。その脛に目掛け拳を振り下ろした。
__やるわけねぇだろォォォォ!!!
脛を殴りつけた瞬間、ゴリラはバランスを崩し前のめりに倒れる。その股下を転がりその巨体の落下から身を守る。
ドシンと、音を立て倒れたゴリラが起き上がらない。
_____勝った?
「よくやったぞバンシィ!」
「流石です!バンシィ様!」
おっさんがパチパチと手を叩きながらこちらに歩いてくる。ダルクが尻尾を振りながら、こちらを称賛している。
すると、倒れていたゴリラがむくりと起き上がった。全然倒せてないじゃん!
「オレノ。マケダ。ノゾミドオリ、トオシテヤル。」
先ほどとはうって変わって大人しいゴリラ。こちらを見下ろしながらこう言った。
「タダシ。ニンゲン。オマエハ、オレニカッタ。ツマリ、オレノ、『王』ダ。」
え?なに。どうゆ事。
俺が首をかしげていると、おっさんが補足してくれた。
「つまりバンシィは、ダルクに次いで、新たな僕が出来たというわけじゃ。」
おー!なる程。
「よし、そういうことなら、先ずは、名前だな。俺はバンシィ・ディラデイル。バンシィでいいぞ。んで、そこのおっさんが_」
「ティー・ターン・アムリタじゃ。アムリタと呼んでくれ。」
おっさんが謎の決めポーズをしているが無視。
「ジャンヌ・ダルクです。僕がバンシィ様の第一の僕なのでよろしく。」
謎の僕マウントなに。
「んで、お前は?」
「オレハ、『コング』。そう呼ばれている。」
「おそらくそれは、種族名じゃな。」
おっさんが冷静にツッコんできた。
うーん。名無しって事か。
そうだな___
「じゃあ、お前の名前は『ベータ』な!」
そう言ってやると、ベータが一瞬首を傾げるが、直ぐに嬉しそうに表情を緩めた。
「デハ、オレハ。『ベータ』ダ!」
「よろしくな!」
「ヨロシク。」
「うむ、改めてよろしくのベータよ。」
「僕が先輩ですからね!ベータ。」
「アア。」
***
「さて。」
「うむ。」
視線の先には圧倒的巨木。如何にも神聖ですと言っているような広大な新緑に、一歩が踏み出せない。
「まだ結構先だな。」
「うむ、そうじゃな。」
ちょっと休憩でもしてから動くかと、考えていたらベータが声をかけてきた。
「バンシィサマ。アノ、『大陸の王』ノモトへ、イクナラ。オマカセヲ。」
「おお!ベータ、何かいい案があるのか?」
「エエ。」
そう言ってニッコリ笑顔で俺とおっさんを包むように握った。
ん。ナニコレ。
え、なんで振りかぶってるの!?
「ふむ、かなり脳筋なやり方じゃな。」
おっさん!お前なんでそんな冷静やねん!!
「逝ってらっしゃいマセ。」
「ちょ__おい!ま___」
投げ出された。
視界が完全にブレ、体感としては数秒___
俺とおっさんは
『大陸の王』と呼ばれる巨木に___
着弾した。
バンシィ「ベータ。あいつ普通に喋ったよな?」
アムリタ「そういうキャラでいくんじゃろ。」