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不死身の神官  作者: ほねつき
第0章
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第6話『大陸の王』

 磨き上げられた黒曜石の大広間。そこには一つだけ虚しく置かれた、金と黒曜石で造られた無骨な玉座。それを見つめる紅玉のような瞳を宿した赤髪の男。『魔王』ファランド・グリム・ドワフールは主を失ったその玉座を見てクツクツと今にも吹き出しそうな笑いをぐっとこらえる様に呟いた。


「第8代目『魔王』ティー・ターン・アムリタ。長い間ご苦労だった。貴方の遺言は承りました。___しかし。」


 紅玉のような瞳が爛々と輝き、無手だった筈の左手に、その瞳の色に相応しい紅の炎を纏った三つ又の槍を顕現させ、その玉座をなぎ倒す。無音の空間に椅子が叩き付けられる音が響く。壁に飾られた燭台の蝋燭の炎が揺れ、『魔王』グリムは勝ち誇った顔で天井を見上げ声を漏らす。


「『魔王』アムリタ__いえ、ティー・ターン・アムリタ。貴方は昔、私にこう言った。『死者の言葉に耳を傾ける必要はない。』___とね。」


 倒れた椅子に追い打ちをかけるように、手にしていた三つ又の槍をその背中に突き刺し踏みつける。まるで仇敵をいたぶる様に、グリムは歪んだ笑みを浮かべて仰々しく両手を広げ宣言する。


「貴方の望む世界(遺言)など、私は創らない。何故なら『死者の言葉に耳を傾ける必要はない。』からな。___死んでくれてありがとう。元『魔王』。__老害は、あの世で私の雄姿を見ておくんだな。貴方の望む世界とは違う。理想の世界を私は作って見せよう___ッ!?」


 玉座に突き刺さった三つ又の槍を引き抜き、吐き捨てるように振り返りその視線を出口へと向ける。そして本来居るはずの無い人物を目撃し、息を吸うことすら忘れ硬直する。


「ふむ。成程の。」


「あ、アムリタ様……?」


 何故__と。グリムは問うことは出来なかった。否、問うことすら許されない。口を開くことも、声を出すことすら儘ならなくなっていた。気が付けばグリムは身体の自由を奪われ、地面を這っていた。そして洗脳にすら感じる一方的なアムリタの声が脳に響く。


「どうやら、再教育が必要だったようじゃな。」


「ッッ!!」


 その言葉と共にグリムの血の気がさっと引き、恐怖で身体が震えだす。如何に屈強な戦士でも、如何に最強を誇る『魔王』でも、己のトラウマを克服できるとは限らない。アムリタの『教育』は決して生易しいモノではない。その恐怖の顔色にアムリタはそっと微笑みかける。


「グリムよ。我が送った例の遺言。___あれ、やっぱ無しで。」


「ッッーーーーッ!!」


 ふざけるなと、グリムは叫ぶ。それは声にならず。彼の意識は、『教育』という名の『地獄』から逃げる様にプツンと途絶えた。



 ***



 我が『相棒』バンシィ・ディラデイルとその『(しもべ)』ジャンヌ・ダルクとの気まずい空気を避け、我が無人の居城に転移で帰宅したと思ったら、クソ餓鬼(グリム)が我の椅子を串刺しにしている所を目撃してしまった。ふむ。ツイていないの。


 確かに、自殺を図った我は、予め遺言をグリムの元に送られるよう()()を仕込んでおいたが、完全に忘れておったの。だから真相を確認すべく、グリムは単身で我が居城に侵入していたようじゃが、まさか我が生きているとは思ってもおらんかったようじゃの。それはそれとして、グリムには再度()()を施し、対策を練る。


『魔王』の称号を持つ者は、その称号の呪いによって精神に害を及ぼす。


 いつから出来たのか分からない称号『魔王』。これは過去何千と受け継がれてきた過去の『魔王』達の遺恨、怨念の集合体。憎しみが力を付け、その怨念が次代の『魔王』達を強くする。死した『魔王』の力はその称号に取り込まれ、さらなる力を『魔王』は得る。憎しみと恨みはその者の精神を犯し、支配する。それ故に『()()()()()()()()()()()()()()()()。』と教えた筈なのだが、アレにはいまいち伝わってはいなかった。これもまた、呪いなのかもしれんの。


 しかして、このままでは魔族は滅ぶ。


 ()()を用いて思考を加速させ、近い将来起こりえる可能性を予測する。同格である『魔王』の思考を読み取る事は出来ない。力で組み伏せる事は出来ても、意志と思考までは強制させることは出来ない。アレが魔王であるが故の弊害。致し方ないか、アレの血は『魔王』であることを望んでいいる。『魔王』であることはドワフール家の宿願であり希望。魔族至上主義であるかの名家は、今のグリムというものを、少なくとも形成しているのだろう。


 だが、こちらも指を咥えて見ている訳にはいくまい。……最低限の手は打たせてもらおうかの。はてさて、どう進めて行くべきか。


 長考の末、長期計画を組み替える。少なくとも20年先の未来を見据える。さてここでひとつアクセントでも加えてみるかの。


 人間であり人間でないモノ。

 魔族でもなく人間でもない。

 あるのは底の見えない莫大な魔力(暴力)

 彼はこの世界にとっての妙薬か、それとも劇薬か。


 バンシィ・ディラデイル。

 彼が今後どのような道を歩むのであれ、あの力は世界を間違いなく変えることだろう。であるならば、より良い世界の為に導かねばならぬ。


 バンシィ__


 バンシィ・ディラデイル。


 ディラデイルとは、喜びを齎す知恵の花。

 その花には様々な薬効があることからそう呼ばれている。時に傷を癒す為の薬として使われ、時にその優れた安眠作用から煎じ湯を赤子に飲ませたり、種を枕に入れて深い眠りに導く事など、様々な用途として使用されておる。

 最近では料理の香りづけにもよく使われておるようじゃが、食べたことはないの。


 その名の示すままに、世界に喜びを与えんことを願う。


 喜びを齎す知恵の花(ディラデイル)。よい名を持った男に我は出会ったものじゃ。これを運命と呼ばずに何と呼ぶのじゃろうか。


『不老』に睡魔は訪れない。否、睡眠の必要など一切なく。生命として完結してしまった存在。


 倒れ破壊された玉座を直し腰掛ける。肘置きに頬杖をついて思考を整理(リセット)する。


 眼を閉じ、視覚情報を遮断し息を吐く。魔力で得られる情報が、常に更新され必要のない情報まで処理を行う。生きている限り思考は止まらない。我の吐息を耳が捉え、聴覚情報として処理される。如何なる状態でも、情報処理が行われる。思考が加速する。



 __数年先の未来すら予測する300年の時を生きる不老の魔王。未来を予測した(見た)彼は閉じていた瞼をゆっくりと開ける。300年、彼の魔王の住まう無人の城。黒曜石の輝く大広間。無人の城にただ一人、虚空を見つめ息を吐く。しかし、その紅く染まった双眼は、希望を見出したかのように爛々と輝いていた。



 ***




「よーしダルク。おっさんは放っておいて、早速だがあの山の天辺を目指して移動してくれ!」


 夜中、何故か寝ることが出来なかった俺は日が昇ると同時に、寝ているダルクを起こして目的地である山の頂上を指さした。

 おっさんはどこかに逃亡を図ったので、さっさと先に進むことにした。きっと後から追いつくでしょ。知らんけど。


「え……バンシィ様、あの山を目指すんですか?」


 目的地を指さしたが、どうにもダルクが乗り気ではなさそうだった。というか8個ある内の2個の頭は露骨に恐れているような表情をしていた。尻尾もしょんぼりとしているし。


「なんだ、あそこに何かあるのか?」


 乗り気でない訳を聞いてみる。

 するとダルクは若干目を背けながら、あの山に何があるのかを語ってくれた。


「はい___あの山の頂上には、『大陸の王』が住んでいます。アレはこの大陸に於いて最強。未だかつて誰も倒したことの無い……いえ、本能で理解(分かる)んです。誰もアレには勝てない。次元が違うんです。もはや生物かどうかも怪しい。得体の知れないナニかなんです。」


「ほ、ほう。なるほど。」


 得体の知れないナニか……か。

『大陸の王』__一体どんなやつなんだろうか。


「ダルク、その『大陸の王』ってどんな見た目なんだ?」


「見た目……ですか。大きさはバンシィ様くらいの、真っ黒な蜥蜴って感じです。」


 蜥蜴か、ドラゴンみたいなやつかのかな?


「ほう、戦ったことは?」


 ダルクは首を横に振りながら、恐怖を思い出したかのような表情で語る。


「ありません。ですが、その戦いを見た事ならあります。」


 そう言ってゆっくりと息を吸ってからダルクは語った。


 あれは僕がまだ『大陸の王』の存在を知ったばかりの時でした。当時の僕は、縄張り争いで闘いの日々に明け暮れ、恐怖を知らなかった時です、僕の縄張りに降り立った一体の空飛ぶ青い蜥蜴が僕に勝負を挑もうとして時です。

 背筋を凍らせるような感覚に襲われ、気が付いた時には目の前に居た筈の青い蜥蜴は喉元を喰いちぎられて崩れ落ちた後でした。殺気も感じない本当に気が付いた時には殺されていたんです。

 アレと目が合った時、僕は生まれて初めて理解(恐怖)しました。


 間違いなく『死ぬ』と。


 アレは僕に一瞥すると僕には興味がなかったのか、直ぐにあの山の頂上へと消えて行ったのです。


 ___それ以来、あの山には近づかない様に過ごしてきたんです。と。ダルクはひとしきり話した後、何かを決心したかの様な顔で、ゆっくりと俺の方に近づき腰を下ろした。乗れって事だろうか?俺が暫く様子を見ているとダルクは口を開いた。


「ですが、バンシィ様ならアレにも勝てると、僕の『直感』が言ってます。」


 ウンウンと話している頭とは別の頭がドヤ顔で頷いている。こいつの頭って、喋らないだけでそれぞれの頭でなにか考えているんだな……。

 しかし、話だけ聞くと相当ヤバそうな生き物みたいだな。


「ま、何とかなるでしょ。」


「その通りじゃ。バンシ…ギャァァァアア!!!!」


 当然背後に瞬間移動してきたおっさんが、ダルクに頭を噛みつかれる。

 おっさんの頭だけ咥え、ブンブンと振り回し始めた。


「ギャァァァアア!!!ギブギブ!!!ちょおおおおおおおお!!!」


 おー、良く死なないなあれで。振り回された挙句、空高くに放り投げられたおっさんが重力に従い落下してくる。おっと、俺の方に落ちてきそうだな。


「ば、バンシィぃぃぃぃ!受け止めてくれぇぇぇぇ!!!」


「おう!やだ。」


 スッと避けた。


「ちょとおおおおおおおお!!!」


 バコン!と地面に顔から打ち付け、倒れるおっさんに、ダルクが更なる追い打ちをかけようとしたのでそれを制した。


「ダルク、それくらいにしてやれ。」


「は、バンシィ様の言う通りに。」


「た、助かったぞバンシィよ。」


 ボロボロに見えるが、そこまでダメージを負っていなさそうなおっさん。それを見て俺は笑顔でこう言った。


「おう、じゃあおっさんは頑張って走ってついてきてくれよ。」


「え?」


 俺はそれだけ言ってダルクに飛び乗り、先を急ぐようせかした。直ぐにダルクは意図を読み、嬉々として目的の山に向かって駆け出した。




 ***



「いけーー!!突っ走れ!!ダルク!!」


 ダルクの背中に乗り、森の中を駆け抜ける。木々を上手く躱しながら疾走するダルクの背中はお世辞にも乗り心地の良いものとは言えないが、走るだけでは味わえない風を切る様なこの疾走感はたまらなく楽しい。


「のおおおーッ!二人とも待てくれええぇい!」


 なんか後ろの方からおっさんの叫び声が聞こえてくる気がするが、たぶん気のせいだろう。

 森の中を駆け抜けるダルクの8個の頭は、木々に上手いこと当たらない様にそれぞれが顔を動かし避けながら進んでいく。すげー器用だな。


「いいぞダルク!この調子なら直ぐにでも着きそうだな!」


「はい!後、数分もかからないと思います!」


「おーいぃ!待ってくれえぇぇい!」


 振り返るともの凄い速さで走るおっさんの姿が見え思わず声が出た。


「なんだアイツ、速過ぎじゃないか!?」


 ダルクの速度が遅いわけじゃない筈だ、ダルクの走った後を追いかけているから道に困るわけではないから、走れはするがこんなに速いのはちょっとおかしい。


「僕の速さに追いつくって__一体何者ですか!?あのおっさん!?」


「俺も知らん、ただの『不老』のおっさんの筈だ!」


 ダルクの頭の一つが俺に問いかけてくるが、俺も知らんからさっさと逃げろと促す。


「『不老』の時点で只者じゃありませんよあのおっさん!」


 確かにそうだね!少なくとも普通じゃないね!

 よし、足止めしよう。


「ダルク!俺がおっさんを足止めする。構わず突っ走れ!」


「いえっさー!」


 ダルクの背中の上で体勢を変え、おっさんの方向に顔を向ける。距離はそんなに近くない、よし。

 大きく息を吸い込み体内でブレスの準備を整える。胸のあたりが少しだけ温かくなったような気がした。息を溜めこみおっさんに向かって勢い良く吐き出した。


「ハァァァッ!!」


「なぬっ!?」


 口から火炎が吐き出した息と共に噴射され、走り迫るおっさんに向かって吐き出した。

 おっさんは驚きと共にすぐさま高く飛び上がり俺のブレス攻撃を躱し、同時にごく当たり前の顔で空中で走り始めた。何こいつやべぇ!


「よっとー!」


「んなぁ!?」


 空中で突然加速しこちらに追いついたと思ったら、俺の目の前に着地し腰掛けたおっさん。その人外すぎる動きに思わず変な声が出た。平然とダルクの背中に腰掛けたおっさんを見てダルクも絶句し、その足が止まった。


「__む?どうした、二人してこっちを見つめよって。」


 我の顔に何かついておるか?と、本気で訪ねてくるおっさんを見て思わず本音がこぼれた。


「お前。何者だよ……。」


「なにって……ただの()()じゃが?」


 は?


「え。」


 ____ええええええええ!?


「魔王!?__お前が!?」


「然り。」


「え、魔王って。あの、魔王?」


「__あの魔王が何を指しているのかは知らんが、おそらくそうじゃ。」


 おいおいマジか、こいつ魔王かよ。成程、ならこの異常な身体能力にも頷ける。

 気を取り直して前を向き、ダルクに指示を出す。


「成程、じゃあダルク行くぞ。」


「え、バンシィ様。魔王について触れないのですか?」


 困惑した顔でこちらを見つめているダルクを見て、思わず小首を傾げる。


「魔王って、魔王だろ?__なんか聞くことあるのか?」


「あ、いや、分かりました。何でもないです。」


 分かってなさそうなダルクが気を取り直して向き直る。


 刹那、ダルクが大きく後ろに飛び下がる。


 音の無い衝撃が、先程まで俺達が居た場所を抉り、土が舞った。


「むっ!マズい_《防壁展開》!」


 瞬時におっさんによって展開された半透明の壁に、黒い何かが飛来しぶつかる。


 良く見ると、黒い粘着質の何かが、半透明の壁にへばりついていた。ソレはまるで生きているかのように、半透明の壁を這いずり、やがてその壁を食い破った。


「バンシィ、ダルク!さがれ!これは手強いぞ!《防壁反射》」


 飛びあがったおっさんが何か呟くと同時に、俺とダルクは少し離れた位置に弾かれる様に飛ばされた。


「ダルク!さっきの黒いのはなんだ!?」


 即座にダルクに問う。

 問いかけたダルクの顔は真っ青に、ガクガクと身体全体が震えているのを感じた。


「あ……ああ。」


「おい!ダルク!しっかりしろ!なんだアレは!」


 明らかに震え上がるダルクに動揺が隠せない。これは、どう見ても明らかな恐怖心。

 ダルクが掠れ震えた声で静かに呟いた___




『大陸の王』___と。


次話投稿は多分明日。

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