77. 謁見
一夜明けて、アンナとルーフェス、それにリチャードとリリアンナの四人はクライトゥール家の馬車に乗って王城へと向かっていた。
「アンナ、緊張している?」
隣に座るアンナの顔が強張っている事に気づいて、ルーフェスは彼女の手にそっと触れると、気遣う様に声をかけた。
「それは緊張するわよ。だって国王陛下の御前なのよ?」
彼に触れられてアンナは少しだけ気持ちが落ち着いたが、それでも、これからこの国で一番偉い人物、国王陛下に謁見するという事実に平静ではいられなかった。
「うん、僕も緊張している。一緒だよ。」
「嘘、全然そんな風には見えないわ。」
「そんな事ないよ、ほら。」
そう言ってルーフェスは、アンナの手を取ると、自分の胸に押し当ててみせた。
すると指先に触れた彼の温かい胸元からは、確かにドクンドクンと早鐘を打つ様に激しく脈打つ鼓動が感じられたのだった。
「……ね?」
ルーフェスはそう言って微笑むと、アンナを見つめて「そんなに気負わなくてもいいんだよ。」と、彼女の頬を撫でながら言った。
「まぁ、大変仲がよろしいこと。」
「そうだね。本当に、羨ましいねぇ。」
二人の様子を微笑ましく見守っていた前の席のリリアンナが嬉しそうに声を上げると、リチャードもそれに同意したのだった。
「僕は散々二人の仲を見せつけられていたんだから、これくらい良いだろう?」
ルーフェスはリチャードに向かってそう言うと、それがさも当然であるかの様な顔でアンナの肩を抱き寄せたのだった。
「私が良くないから!!もう、恥ずかしいからやめて?」
アンナは顔どころか耳の先まで真っ赤にすると、彼の胸を押してその腕の中から離れようとしたが、ルーフェスは彼女の肩をしっかりと掴んで離さなかった。
それどころかルーフェスはアンナの耳元に口を寄せると、「恥ずかしがってる姿も、可愛いよ。」と囁いたので、アンナは更に顔を赤くして、抗議の声を上げたのだった。
「ルーフェス!!!もう、揶揄わないで!」
「揶揄ってなんかないよ。本当にそう思ってるんだよ。」
彼の真剣な顔で真っ直ぐにこちらを見つめるので、アンナは何も言えなくなって、ただただ、気恥ずかしそうに俯いた。
「こ……こういうのは、二人だけの時にしてね?」
アンナは消え入りそうな声で、なんとかそれだけ言うと、ルーフェスは満面の笑みを浮かべて「分かったよ。」と答えたのだった。
「それでどうかな、緊張は大分取れたんじゃないかな?」
「そうね。別の意味でドキドキしてるけどね……」
「それは光栄だな。」
言われてみれば確かに、先ほどまでの緊張は、恥ずかしさに塗り替えられてしまっていた。
ルーフェスはそんなアンナの様子を見て満足げに笑ったのだった。
そうこうしているうちに、四人が乗った馬車は王城の門をくぐり抜け、そのまま城内へと進んで行った。
窓の外の景色から場内に入った事を確認すると、リチャードは「よしっ」と言って大きく手を叩いて皆の注目を集めると、真面目な顔で呼び掛けたのだった。
「さて、城内に入ったからには、戯れるのもここまでだ。ここからは、気を引き締めて行こうね。」
彼の一声で、和やかだった馬車の中の空気が一変する。四人は緊張した面持ちになると、これから行われる謁見に意識を集中させたのだった。
***
謁見の間に連れてこられると、そこには既に国王陛下と王太子殿下が鎮座しており、こちらをじっと眺めていた。
四人は直ぐにその場で片膝をついてひざまずくと、代表してリチャードが「国王陛下におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。」と陛下へ挨拶の言葉を述べたのであった。
「楽にしてよいぞ、面を上げなさい。」
国王陛下の許しを得て四人は立ち上がると、その御前に並び立った。
陛下はそんな四人の顔を順番に眺めると、アンナに向かって声をかけたのだった。
「クライトゥール家のリチャードとルーフェス。それから夢見姫のリリアンナは分かるが、して、そなたは名をなんと申すか?」
「お初にお目にかかります。アンナ・ラディウスと申します。」
アンナは国王陛下に直接話しかけられた事に緊張しながらも、動揺を見せずに毅然と名乗りを上げた。
「ラディウス……西の魔の森近郊の男爵領の娘か?」
「はい。今までは父亡き後叔父が領主代行を務めていましたが、先日十八歳になり成人いたしましたので、叔父に代わり、私が領主の座を引き継ぎました。」
「ふむ、そうか。ではそなたが、ルーフェスが本日我々に紹介する予定の人物なのだな?」
国王陛下からのその問いかけに、なんと答えていいのかが分からず、アンナが返答に窮していると、彼女の代わりに、ルーフェスが口を開いたのだった。
「はい、そうです。彼女が私の大切な人です。願わくばずっとそばに居たいと思うほど、私は彼女を愛しています。」
ルーフェスは臆する事なく堂々とそう答えると、国王陛下はそんな彼をじっと眺めてから、再びアンナに視線を移した。
「アンナ・ラディウス、彼の言っていることに間違いはないか?」
「……は……はい。」
ただでさえ陛下の御前で緊張しているのに、それに加えて皆の前で愛してると宣言された気恥ずかしさも加わって、アンナの顔は爆発でもするのでは無いかと思うくらい熱くなっていた。
それでも、自分のこの返答がルーフェス達の処罰を左右するのだと事前に聞いていたので、アンナは消え入りそうな声で、それは事実だと肯定したのだった。
「国王陛下、このように私と兄とでは、愛する女性も違いますし、家督についても、私は兄に継いで欲しいと思っています。自分には、爵位や領地などもいりません。だから、私たち兄弟の間で諍いが起こる事はあり得ないのです。」
ルーフェスはそう主張すると、国王陛下に頭を下げた。そしてそれに続き、今まで黙っていたリチャードも、ルーフェスに加勢するように同じ主張を国王陛下に訴えたのだった。
「国王陛下、ご覧のとおり、私と弟では生きたいと思う道が違います。五十年前のルオーレ公爵家の悲劇のような事は起こり得ないのです。」
二人は陛下の御前で頭を下げたまま、その判断を静かに待った。
そんな二人を前にして、国王陛下は難しい顔のまま少し考え込むように二人の顔をじっと眺めると、重々しく言葉を紡いだのだった。
「そなたらの主張は分かった。お前達の間に争いの種になるような不安要素が無いことは認めよう。
だがここで私が納得したとしても、貴族の間で双子を忌み嫌う風習は根強く、簡単にはその不安は払拭できるものでは無いだろう。それに、今回の件は公爵だけではなくお前たちにも処罰を望む声が少なからず上がっているのも事実だ。それら全てを踏まえて、私はお前たちの処遇を決めなくてはならない。」
そう言って陛下は厳しい表情のまま、二人を見つめた。
陛下の御言葉はもっともであり、彼ら自身もそのような事を言われるだろうとは、事前に予測出来ていたので、リチャードとルーフェスはお互いの顔を見て目配せをすると、意を決したかのように一歩前に進み出て、強い決意を宣言したのだった。
「仰る通り双子が不吉という迷信は根強く、中々払拭できないかも知れません。ですが、私たち兄弟が、そのような噂は間違いであると証明してみせましょう。王家に忠誠を誓って弟と共に祖国発展に勤しみ、この上ない成果を上げることで、そのような不安や不満を必ずや黙らせてみせます。」
「私も兄と同じ気持ちです。」
二人は国王陛下にそう誓いを立てると、片膝をつき胸に手を当てて恭しく頭を垂れたのだった。
そんな彼らの言葉を聞いた陛下は、未だ難しい表情を浮かべたまま、「ふむ……」とだけ呟き、黙ったまま思案を続けた。
しばらくの間誰も何も言わない沈黙の時間が流れたが、スッと手を挙げると、新たな人物が声を上げたのだった。
「陛下、よろしいでしょうか?」
それまで黙って成り行きを見つめていた王太子が、発言の許可を求めたのであった。




