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76. 最高の贈り物

リチャードとルーフェスは、サロンでゆっくりとお茶を飲みながら、二人で今後について話し合っていた。


「まぁ、予想通り王宮は私たちの事を囲い込んだよね。」

「それはそうだろうよ。王都の結界はリチャード一人で護ってるようなものだし、稀少な回復魔法の使い手を手放すわけないさ。」

「まぁね。喜んで良いのか悪いのか。」

「そうだね。僕たちはもう少し、自分の価値を有効に利用して、自由で優位な立場になりたいものだね。」

そう言ってルーフェスは肩をすくめてみせると、二人は互いに視線を合わせて苦笑した。


そんな風に二人が仲睦まじく話をしていると、サロンのドアがノックされ「失礼します。」と言って、リリアンナが、アンナを連れて戻ってきたのだった。


「やぁ。もう試着は良いのかい?」

そう問いかけながらリチャードは立ち上がってリリアンナに近寄ると、彼女の手を取り自然な流れで自分の横に座らせた。


「えぇ。とても良く似合ってましたわ。殿方へのお披露目は、明日までお待ちくださいね。」

リリアンナは彼に導かれるままソファーに腰を下ろすと、リチャードと、それからルーフェスの顔を交互に見やって、自信たっぷりにそう答えたのだった。


「アンナにドレスを貸してくれて有難うね、リリアンナ。」

「いいえ、どういたしまして。アンナさんのドレスを選ぶのとても楽しかったわ。」


実は、リリアンナにドレスを貸して貰えるように事前に頼んでいたのはルーフェスから依頼だったのだ。

彼は目の前に腰を下ろしたリリアンナに、改めて謝意を伝えると、彼女はとても満足げな顔で微笑んだのだった。



「ところであの、エヴァンは?」

三人がソファーに腰を下ろす中アンナは一人立ち上がったままで、部屋の中を見渡しても弟の姿がどこにも見えない事に不安を覚えていた。


「あぁ、エヴァンは書架に居ると思うよ。好きに読んで良いって、リチャードが許可したんだ。この家の中なら、流石に安全だろうしね。」

「そうだったんですね。リチャード様、ご配慮有難うございます。」

ルーフェスのその説明に胸を撫で下ろすと、アンナはリチャードに向かって深く頭を下げて感謝の意を表したのだった。


そんなアンナの態度にリチャードは苦笑すると、軽く手を上げて、それを止めさせたのだった。


「堅苦しいのは止めよう。そんな畏まった話し方しなくて良いよ。君、ルーフェスとは普通に喋るじゃないか。」


「それは、そうですけど……」

リチャードからの指摘にアンナは困ったように口籠ってしまった。冒険者同士として知り合ったルーフェスと、貴族の嫡男として知り合ったリチャードとでは、同じ様に接しろと言われても気が引けてしまうのだ。


けれども、それを寂しく思っているのはリチャードだけではなくて、彼の横からリリアンナも同じように口を開いたのだった。


「そうですわ。私とも、もっと砕けた口調でお話しして欲しいわ。私も、もっとアンナさんと仲良くなりたいのに敬語で話されると距離があるみたいでなんだか悲しいんですもの。」


彼女の訴えかけるような眼差しに、アンナは少し申し訳なさそうな顔をして、それから、リリアンナとリチャードの二人を交互に見遣った。

二人が共に目を輝かせながらこちらをじっと見つめているので、アンナは観念したかのように

「……分かったわ。」

と言うと、二人の願いを受け入れたのだった。


「でも、急に言葉遣いを変えるのは難しいですからね。善処しますけども、暫くは大目に見てくださいね?」

「うん。分かったよ。貴女が徐々に私たちに慣れてくれたら嬉しいよ。」

リチャードがそう言うと、横に座るリリアンナも優しく微笑みながらうなずいたので、アンナは安心した様にホッと息を吐いてから、「はい。」と返事をして笑顔を見せたのだった。



「ところで、アンナも立ってないで座ったらどう?」

一連のやり取りが纏まったのを見て、ルーフェスはいつまでも立ったままのアンナに、自分の隣に座る様に勧めた。けれどもアンナはその誘いには乗らずに、少し頬を赤らめて、恥じらいながらその場に佇んだまま動かなかった。


そんな彼女の様子を不思議に思って見ていると、アンナは小さな声で呟いたのだった。


「あ、うん……それなんだけど……」

彼女は躊躇いがちに言い淀むと、一度大きく深呼吸をした。そして、ルーフェスの目を見ると、意を決して話を切り出したのだった。


「あのねルーフェス、私にもう一度お庭を案内してもらえないかしら?」


「え……?それは構わないけれど、もう一度って?庭どころかアンナにはまだ屋敷の中も案内もしていな……」

そう言いかけて、ルーフェスは彼女の言おうとしていることにハッと気がつき、嬉しそうに口元を手で覆った。彼は前に一度だけ、アンナに庭を案内した事があるのだった。


「あぁ、分かった。うん、行こうか。」


ルーフェスは満面の笑みを浮かべると、すぐに立ち上がってアンナの手を取りそのままドアの方へと歩き始めたので、アンナは慌ててリチャードとリリアンナにお辞儀をすると、ルーフェスと一緒に部屋を出て行ったのだった。


その二人の後ろ姿を優しい眼差しで見送ったリチャードは、姿の見えなくなったルーフェスに向けて

「良かったね。アンナにまた会えて。」

と、独り言のように呟いた。


それは、長年ずっと待ち望んでいた再会を果たした弟に対する、兄からの祝福の言葉だった。



***



「ジェフは、庭師としての腕も本当に素晴らしいのね。」

「そうだね。この庭にはいつも綺麗な花が咲き誇っていた。僕しか見る人が居ないのにそれでも彼は手を抜かずに常にこの庭を美しく保ってくれていたんだ。」


ルーフェスとアンナは、二人が初めて出会った想い出の庭園を散策していた。


相変わらず人気の無い静寂した庭であったが、あの時と変わらず、草木は瑞々しく生い茂り、季節の花々が美しく咲き乱れていた。


「あの時は、ダリアが綺麗だったわね。」

「うん、覚えているよ。」

アンナの言葉に、ルーフェスは目を細めながら懐かしげに微笑んだ。二人は、寄り添いながらゆっくりと歩き、庭園の中央にある東屋に辿り着くと、そこから見える景色を暫くの間、楽しんだのだった。


「それで、どうしたの?何か話があるから、僕をここに誘ったんじゃないのかい?」


二人は、ひと時の間何も言わずに懐かしい気持ちで景色を眺めていたのだが、やがてルーフェスは横に座るアンナの方を向いて、彼女の手の上に包み込む様に自分の手をそっと重ねると、そう問いかけたのだった。


するとアンナは、恥ずかしそうに顔を赤らめながらもルーフェスの方を向いて、白い箱を彼に差し出したのだった。


「それは……、その……これを渡したくて……」

「これは?」

ルーフェスはアンナから差し出された箱を受け取ると、その中身を確認して息を呑んだ。

箱の中には、自分のイニシャルであるRの文字が刺繍された、白いハンカチが納められていたのだった。


「全然上手く刺せなかったけど、時間も全然無くって、こんな物しか用意できなかったけれども……ルーフェス、お誕生日おめでとう!!」

少しはにかみながらも、アンナはあふれんばかりの笑顔で、ルーフェスの十八歳の誕生日にお祝いの言葉を贈ったのだった。


「!!!

アンナ、有難うっ!!すごく嬉しいよ!!」


ルーフェスはアンナからの贈り物に感極まって涙ぐむと、思わず彼女の身体を引き寄せて、しっかりと抱きしめたのだった。


急に抱き寄せられてアンナは戸惑ったが、密着した身体から彼の体温が感じられると、そのまま大人しく彼の胸の中に身を預けた。


「刺繍なんて初めてだったから、本当に上手く出来なくって、歪んでしまったんだけれど……でもね、貴方の事を想って、一針一針心を込めて刺したのよ。」


「うん。ありがとう。こんなに嬉しい贈り物は他に無いよ。一生大切にするね。」


ルーフェスは、アンナを少し離すと、その目を愛おしげに見つめて、優しく髪を撫でながら礼を言った。


それは大袈裟すぎじゃないかと思ったが、彼が心から喜んでくれた事が嬉しくて、アンナもルーフェスを見つめると、幸せそうな笑顔を見せたのだった。


それからアンナは、ルーフェスから視線を外して少し俯くと、彼の顔を見ないまま、心残りを残念そうに漏らしたのだった。


「本当は、もっと何か他にも用意したかったのよ?だってこんな素敵なブローチを貰ったんだから、それに見合うプレゼントを贈りたかったんだけど……ごめんなさい。色々忙しくて準備出来なかったわ。」

「そんな事気にしなくて良いんだよ。僕にとってはアンナが僕を想って用意してくれた物なら何だって嬉しいんだよ。」

「けど、やっぱり私が貰った物と金額が全然釣り合って無いわ……」


話しているうちに、アンナは段々と申し訳なさが募って、更に下を向いてしまった。

そんな彼女を見つめていたルーフェスだったが、ふとある事を思い付き、アンナの顔を上に向けさせると、その提案を彼女に伝えたのだった。


「そんなに気にするんだったら、今もう一つプレゼントを貰っても良いかな?」


「えっと、今?でも今は何も他に贈れる物など用意してないけど……」


アンナは、ルーフェスの提案の意図が良く分からず、不思議そうに首を傾げた。


その仕草を見てルーフェスは苦笑すると、彼女の耳元に口を寄せて囁くように告げたのだった。

「目をつぶってくれるかな?」


その言葉の意味を察して、アンナは途端に身体が熱くなった。


「それは……プレゼントになるの?」

「なるよ。僕にとって最高の贈り物だよ。」


重ねていた手は、いつの間にか指を絡め合う繋ぎ方に変わっていた。

彼の指に力がこもるのを感じて、アンナは頬だけでなく全身を真っ赤にすると、小さく頷いて、そっと瞳を閉じたのだった。


「んっ……」


アンナの唇にルーフェスの唇が重なった。

それはほんの数秒の出来事で、軽く触れ合っただけなのに、アンナは生まれて初めての口づけにドキドキして、幸せな気分に浸ったのであった。


ゆっくりと目を開けると、そこには優しい眼差しでアンナを見つめるルーフェスの顔があった。

そして彼はもう一度アンナをぎゅっと抱きしめると、彼女の頭を撫でながら、そっと彼女の耳に語りかけたのだった。


「この日をどんなに夢見たことか。君にこうして触れる事が出来て本当に嬉しいよ。ずっと君のそばに居たい。アンナ、大好きだよ。」


ルーフェスは蕩ける様な笑顔でそう言うと、もう一度アンナを強く抱きしめたのだった。


「私も……ルーフェスの事が好きよ。貴方とずっと一緒に居たいわ。」


アンナもまた、そう答えるとルーフェスの背中に腕を回して、彼を抱きしめ返したのだった。


それから二人はしばらくの間そうやって抱き合っていたが、やがてどちらからともなく顔を近づけると、お互いの想いを確かめる様に、再び長い口付けを交わしあったのだった。

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