74. 談笑
ルーフェスが用意した馬車に揺られながら、三人は、クライトゥールの御屋敷へと向かった。
エミリアとの別れを経験して、アンナとエヴァンは黙ったまま窓の外を眺めている。
これでもう会えなくなる訳ではないが、五年間、ずっと二人のことを側で見守ってくれていた彼女の存在が、ぽっかりと抜けてしまうという事実に慣れるまで時間がかかりそうだった。
ルーフェスも、そんな二人の心境をおもんばかって、何も話さずに、じっと二人を見守っていた。
そうして、馬車は静かに進んで行った。
暫くすると、馬車はクライトゥール家に到着した。
「リチャードとリリアンナが待っているはずだから、先ずは彼らに挨拶をしに行こう。」
馬車を降りるとルーフェスは、そう言ってアンナとエヴァンを引き連れて玄関ホールへと足を踏み入れた。
ホールには複数の使用人が働いていたが、ルーフェスの姿を見ると皆一様に作業の手を止めて頭を下げたのだった。その光景にアンナは少しだけ面食らいながらも、ルーフェスが本当にクライトゥール家の人間であると認められたのだと、嬉しく思った。
「お帰りなさいませ、ルーフェス様。」
「うん、ただいま。リチャードは何処に居る?」
「はい、二階のサロンでリリアンナ様とお待ちです。」
「そうか、ありがとう。二人共、こっちだよ。」
そう言ってルーフェスは二人を促して階段を上っていくので、アンナとエヴァンも彼に続いた。
二階に上がって直ぐの扉を開けると、そこは日当たりの良い広々とした部屋で、応接セットに座るリチャードとリリアンナの姿があった。二人は、部屋に入ってきた三人の姿を認めると嬉しそうに立ち上がって出迎えてくれたのだった。
「アンナさんっ!!」
「リリアンナ様?!」
アンナの姿を見ると、リリアンナは勢いよく彼女に飛びついて、ぎゅっと抱きしめてきた。
突然の出来事にアンナが驚いていると、リリアンナは顔を上げてアンナに微笑みかけたのだった。
「色々聞いてるわ、男爵位を継承なさったんですってね、おめでとうございます。」
「有難うございます。」
「貴女との縁が続きそうで、嬉しいわ。」
「そんな、勿体無いお言葉、恐れ入ります。」
彼女の心からの祝福の言葉に、アンナは恐縮しがら謝意を返すと、二人は顔を見合わせてふふっと笑い合ったのだった。
「それで、アンナ嬢はルーフェスの申し出を受けてくれたんだね?」
後ろで彼女たちのやりとりを微笑ましく見守っていたリチャードが、ルーフェスに向かって問いかけると、彼は晴れやかな笑顔でうなずいたのだった。
「うん。明日一緒に登城してくれることを、快諾して貰ったよ。」
「あっ、でも待って……問題があるの。」
そんな兄弟の会話を聞いていたアンナが、少し困ったような顔で彼らの口を挟んだ。
「どうかしましたか?」
「アンナ?」
不思議そうな顔をする二人に、彼女は申し訳無さそうな顔をしながらも、自分の抱えている気がかりを話したのだった。
「私国王陛下に謁見出来るようなドレス持っていないわ。このような庶民の格好で陛下の御前に出るのは流石に問題では無いかしら……?」
しかも、手持ちで一番上等な服は今日既に着てしまっているのだ。国王陛下の前に出られるよな服はとてもでは無いが用意出来そうにないと、アンナは頭を抱えていたが、そんな彼女の不安を聞いたリチャードとルーフェスは顔を見合わせると、そんなことかと言わんばかりに苦笑した。
それからリチャードは、リリアンナに目で合図をすると、アンナを安心させるように優しく語りかけたのだった。
「それならば大丈夫だよ。リリアンナに頼んで、アンナ嬢に似合いそうなドレスをいくつか見繕って持って来て貰ってるからね。」
「えぇ。別室に用意してあるわ。その中から着れるものを探して今からサイズ直しをすれば明日には間に合うわ。」
「それは……、有難うございます。」
二人の言葉に安堵して胸を撫で下ろすも、あまりにも準備が良すぎるので、アンナは少し戸惑ってしまった。
しかし、そんな彼女の様子など気にせずに、リリアンナは楽しそうに笑うと、目を輝かせながら
「アンナさんにはどんなドレスが似合うかしら。」
と言って、アンナの腕を引っ張りながら上機嫌で部屋を出て行ったのだった。
部屋にはリチャードとルーフェス、それからエヴァンの三人が残された。
「ごめんね、君が口を挟む余地なく話が進んで戸惑ってるよね。楽にしていいからね。」
リチャードは、所在なさげに佇んでいるエヴァンにソファーに座るように声をかけるも、エヴァンは「いえ、お構いなく…」と言ってその場を動こうとはしなかった。
エヴァンは、なんとなく苦手な人物と、対して親しくない人物の三人で部屋に残されたことに心底困惑していた。しかも、この二人は自分より身分が上で年長者だ……。正直言って居心地が悪いにも程がある。
エヴァンは失礼になってはいけないと、顔に出さぬよう必死に取り繕ってみせたが、それでも彼の表情が硬いことにルーフェスは気がついて、彼の緊張を取り除こうとそっと声をかけたのだった。
「エヴァンも部屋に案内させるよ。荷物を置いたら好きに過ごしていいよ。」
「そんな、好きに過ごしてと急に言われてもね……。」
けれどルーフェスの問いかけにも、エヴァンは困り顔で返事を返すのみだった。ただでさえ展開が早すぎて気持ちの整理がついていってなかったのに、この状況下で自分が何をしていいのか、本当に分からないでいたのだ。
そんな彼の様子を見て、今度はリチャードがエヴァンに優しく話しかけたのだった。
「そうだ、君は本を読むのが好きだと聞いているから、書架の本も自由に読んでいいよ。そっちも案内させようか。」
それはとても、魅力的な申し出だった。
公爵家の所蔵など、普段お目にかかれないような貴重な本もあるに違いなかった。
「それは嬉しい……です。」
「いいよ、好きな本を自由に読んで。」
リチャードはにっこり笑ってそういうと、近くに控えていた使用人に、エヴァンを彼に使って貰う部屋に案内したら、その後書架へ連れて行く様にと命じた。
「あっ……有難うございます!!あの、本の事もだけど、俺……いえ、私たち姉弟を保護してくれて、本当に有難うございます!!!」
リチャードの申し入れに、今まで立ちすくんでいたエヴァンは少しだけ頬を緩めると、丁寧に腰を折ってお礼の言葉をを繰り返したのだった。
「そんなに畏まらなくっていいから。」
リチャードは恐縮する彼を宥めつつも、少し嬉しそうな顔をして「じゃあ、ゆっくり過ごしてね。」と言って、エヴァンを送り出したのだった。
「なんかいいねぇ、いじらしくって。まるで弟が出来たみたいだ。」
エヴァンの退室を見届けると、リチャードはソファーに深く座り直して、しみじみと呟いた。
「ちょっと待て、それじゃあ僕は何だって言うんだよ。」
向かいのソファーに座るルーフェスは、そんなリチャードの呟きに、いささか不服そうに声を上げた。
「そうだな、ルーフェスは弟っていうより……同志って言葉がはまるような気がしてね。」
「あぁ……確かにその感覚は何となくわかるよ。」
リチャードの答えに、ルーフェスも納得した。双子とは実に不思議なもので、お互いがお互いの半身であるかのような感覚を感じてしまう時があるのだ。
それは、ただの兄弟というより、もっと違う何か特別な繋がりに思えてならなかった。
「今まで私たちは文字通り二人で一人だったけれども、これからは、リチャードとルーフェスの、一人、一人だね。」
「そうだね、こんな風に二人揃って、堂々とお茶を飲める日が来るとはね、夢にも思わなかったよ。」
そう言って、リチャードとルーフェスはそれぞれ紅茶の入ったカップを手に取ると、感慨深げにそれを眺めながらゆっくりと口を付けた。
「しかし、本当に彼女のお陰だよね。感謝してもしきれないなぁ。……お前、振られないように頑張るんだよ。」
「……言われなくても、精進するよ。」
そう言って、二人は互いに視線を交わし合うと、顔を見合わせて笑ったのだった。




